闇の島 4
「あ!目を覚ました。大丈夫か?目を覚ます直前、アンタうなされてたぞ」
ローレイは、ぼんやりと自分を覗き込んでいる少年を見つめた。
ボロボロの服を着ており、肩につくほど伸びた髪もボサボサ、顔には泥がついている。
「ローレイ、起きたの?」
少年の後ろからウィルの声が聞こえた。
ローレイは、ベッドからがばっと上体を起こした。
そこは小さな部屋だった。壁のあちこちが壊れていて、みすぼらしい部屋だった。
「ここはどこだ?」
「まだ寝てたほうがいいんじゃないか?」
近くにいた少年が慌てて、ローレイをまた寝かそうとした。
その手をローレイは受け止め、きっぱりと言った。
「大丈夫だ。それより質問に答えろ」
「そんなコワイ顔するなって」
少年は苦笑いをした。
「ここはピエールじいさんの家だよ。僕たち助けてもらったんだ」
ウィルはローレイをなだめるように言った。
ローレイはウィルのその口調が気に食わなかったらしく、プイっと横を向いた。
「ご機嫌ななめって感じだな」
近くにいた少年が笑った。
「あ、遅れたけど俺はアミン・メンヘ。よろしく」
ローレイは無視を決め込んだが、アミンは構わず話し続けた。
「あんた一日じゅう寝ていたぜ。もう夜だ」
ローレイはそっぽを向いたまま顔をしかめた。
さっきまで見ていた夢が、鮮烈に頭の中に残っていた。
あの時の兄の顔。
笑い損ねた顔。
あの後兄は行方知れずになった。
母ナニーは「お腹がすいたら帰ってくるでしょう」なんて言って笑っていたが、そうではないことを誰よりも理解していたに違いない。
夜中に母が一人で泣いているのを何度かローレイは見た。
一番見たくない夢だった。
よっぽど疲れていたのだろうか。
自分の体力を読み間違えたなんて。
ローレイは唇を噛みしめた。
「バディ」失格だな。
運に助けられるなんて、情けない。
「おや、目が覚めたのか」
部屋に一人の老人が入ってきた。
人を安心させるような穏やかな雰囲気を持った人だった。
「この人がピエールじいさん。この家の主だよ」
ウィルが説明した。
「昨日の夜のことを覚えているかの?」
ピエールが優しく聞いた。
ローレイは少し気を和らげ、老人の方を向き頷いた。
「だいたいは。こいつにここへ連れてきてもらった」
ローレイはアミンの方を向いた。
海に飛び込んだ後、危惧していた通りリィとローズは完全に荒れ狂う海の中で意識を失ってしまった。
ウィルと協力してなんとか2人を砂浜まで引き上げたものの、そこでウィルも当然のことながら力尽きる。さらにローレイも自分でも驚いたことに立ってもいられないほどの疲労に襲われた。
行く末が真っ暗に思えた時だった。
アミンがどこからともなくやってきたのは。
結果的に良かったとは言え、アミンを警戒するべきだったのに、その気力もローレイには残っていなかった。
「……八つ当たりして悪かった。悪い夢を見てしまって……」
ローレイは素直に謝った。悪い夢のせいで八つ当たりなんて、さらに情けなかった。
激しい自己嫌悪に陥る。
「助けてくれて本当に感謝している。情けないが、お前に助けてもらわなければ今ごろどうなっているか……」
「いいってことよ」
アミンは笑いながら言った。常に笑っている少年だった。
「それよりお前腹へっているだろう?俺の作ったお粥があるぜ。薬草が入っているから栄養満点だ。おいしいぜ。俺は料理が得意なんだ」
「それがいい。何か口にした方が、回復も早いじゃろ。アミンの料理は本当にうまいぞ」
アミンに続いて部屋を出ると、そこは粗末な台所だった。
「汚い家だが勘弁してくれんかの?」
ピエールが言った。
「いえ、とんでもない。助けてくれただけでありがたいのに」
「そこに座ってくれ」
アミンがローレイの前にあったテーブルを指した。
「今お粥を出すから」
ローレイはおとなしく言うとおりにした。
アミンのお粥は本当においしかった。
スプーンを口に運べば運ぶほど、体がポカポカと温まり、回復していくのが感じられた。
ピエールはローレイの真向かいの席に座り、ローレイがお粥を平らげるのを目を細めて見守っていた。
「こいつもさっき起きたばっかりなだ。何があったのかは、こいつから聞いたよ」
ウィルの方を指しながら、アミンがローレイに言った。
「後の二人はかなりヤバイ状態だったけど、今はなんとか落ち着いたよ。まだ隣の部屋で寝ている」
「本当に助かった。恩にきる」
ローレイはそう言うと同時にスプーンをカチャリと皿に置いた、
既にお粥を食べ終わっていた。
「だからいいって」
アミンは両手を振りながら、照れたように言った。
「俺も嬉しいんだ。こんなに安くで人助けができるなんて」
「どういう意味?」
ローレイが機嫌が悪いのを恐れ後ろでそわそわと見守っていたウィルが、口を挟んだ。
「この島では人助けをするのに途方もなく金がかかるんだ」
ウィルはアミンの言っていることが理解できず、首をかしげた。
「ピエールじいさんは、野族に捕えられ奴隷市に駆り出される子供たちを助けるためにこの島にいるんだぜ」
アミンは誇らしげに言った。
「まさか市で金を出して子供を買っているのか?」
ローレイが驚いて聞いた。
「ああ、そうじゃよ」
ピエールが頷いた。
「野族の者達に金を払うなんて、本当に口惜しくて嫌なのじゃが、それが一番安全に子供を助けられる方法なのじゃ」
「だが、金が相当かかるはずだ。助けられるのはほんの数人だろ?」
「そのとおりじゃな」
ピエールは顔を曇らせた。
「わしの財力は見ての通り、ほとんどない。ただ双子の兄が絵の才能があってのう、その絵を売りさばいて、稼いだお金の一部をわしに送ってくれるんじゃよ。それでも助けられるのは、犠牲者のほんの一部。でも何もしないよりはずっといいとは思わんかね?」
ローレイは黙ったまま、ピエールを見つめていた。何かを考えているようだった。
ピエールは続けた。
「わしに助けられた子供たちは、何か胸に残るかもしれんし、そうでないかもしれん。しかし、胸に何かが残ったものはきっと自分もまた何らかの形で力になろうとする。憶測でしかないが、そうなればより多くの子供たちが助けられる。現にな、わしが助けた子供のうちの一人がこの前わずかだが、わしにお金を送ってきたよ。これで他の子を助けてくれとな」
ピエールの曇っていた顔がぱっと輝いた。
「わしはその心づかいが本当に本当に嬉しかったのじゃ。この気持ち分かるかの?」
「分かります」
数秒間をおいた後、ウィルは力強く答えた。
心の底からピエールのことを、凄いと思った。
自分はカミーユ達を見捨てることしかできなかったが、この老人は違う。
僕とは大違い……。
感動すると同時に、苦い気持ちが残る。
自分の無力さ、未熟さを改めて思い知らされる。
カミーユの泣き声が、オジエ婦人の真っ青な表情が、ケンの何気ない風を装った笑顔が、今でもはっきりと、はっきりすぎるくらい脳裏に残っている。
いつか僕もピエールみたいに、人の役に立てる日が来るのだろうか。
ウィルは暗澹とした気持で考えた。
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