天性
「海賊船よ!」
ローズの指の先には、3隻の中の1隻の野族の船があった。
ウィル達が乗っていた、客船とは随分雰囲気や造りが違っていた。
海賊船は客船よりも大きく、デザインが粗雑だったが全体的にがっしりとしていた。
海賊の船だった。
海賊船から客船にかけて板が架けてあり、野族の者達が客船にそれを使って乗り込んで行ったことが分かる。
ウィルが窓から飛び降りると、ローレイは剣を船から抜いた。
救命ボートは荒い波のおかげで急スピードで海賊船に向かっている。
「あれに私達乗り込むね」
ローズがひっそりとした声で確認した。
「ああ」
ローレイが答えた。
「船に残っているのは少ないだろうし、救命ボート室とかには人はいないだろう」
「それにしても」
ウィルが浮き袋を身につけながら、言った。
「僕達ラッキーだよね?自分達でこがなくても、この波があの船まで連れて行ってくれるんだから。結構速いスピードで」
海賊船まであと2メートル程。
「そうでもないみたいよ!」
ローズが悲鳴のような叫び声をあげた。
荒波を走るボートは速すぎた。
「突撃だわ!」
「飛び込め!」
ローレイは叫ぶと、リィを腕の下にかかえ海に飛び込んだ。
ローズとウィルも間髪入れずに飛び込んだ。
4人は海賊船に衝突せずに済んだが、乗り手がいなくなった救命ボートはそういかなかった。
救命ボートが海賊船にぶつかり、鈍い音がした。
ウィルは泳いだことなど一度もなかったが、直前に身につけた浮き袋のおかげで助かった。
ウィルは感動して、隣に浮いていたローズに話しかけた。
「浮き袋って、本当に優れものだよね?」
「良かったわ!荷物が無事だった。やっぱりついてるわ!」
見事に無視された。
ローズの後について、足を不器用にバタつかせながらウィルはボートに近づいた。
波が荒いため、ほんのちょっとの距離でも近づくのに苦労した。
縁をつかんでボートの中を除くと、真ん中に大きな亀裂が入っていた。
「本当にラッキーだった。各自荷物をとるんだ」
ローレイはそう言うと自分とリィの分をとった。
続いてローズとウィルが荷物を手に取った。
「良かっ……」
急に黙り込んだウィルを見て、ローズが不思議そうに聞いた。
「違う……」
「え?」
「これ、僕のじゃない」
ウィルが手にしたのは、ボートにもともと乗せてあった革袋だった。
つまり、ドーラ船長が準備していたもの。
もう一度ボートの中を確認する。
ない。
ボートの上には何も乗っていない。
ウィルは顔から血の気がひいていくのを感じた。
薬や『基本薬学』の本なんてどうでもいい。
そんなの糞くらえだ。
ルク……。
ローレイも持っているからなんとかなるだろう。
ウィルはボートの向こう側にいるローレイを必死の面持ちで見つめた。
ローレイは気づいたらしく、同様に顔が真っ青になっていった。
「どうしたの?そんなに大切なものが入ってたの?」
ローズがローレイとウィルとを交互に見比べながら聞く。
波が船に激しくぶつかり、大量の水しぶきがウィル達にふってきた。
大切な物。
そうさ。
大切さ。
僕達にとっては唯一の道標だったんだ。
この国の守護神、そして王家の紋章ペガサスが刻まれた、古びた木箱。
絶対に失ってはいけなかった。
大きな波のせいでウィルの身体がふわっと浮き上がる。
同時にウィルの胃も浮き上がるような感じがした。
「あら?」
ふと我に返ると、ローズが目を細めてウィルを見ていた。
「何?」
短い言葉に大きな絶望感をこめて、ウィルは聞いた。
「あんた、持っているじゃない」
「何を?」
ウィルは今度はいらいらしながら聞いた。
「リュックよ。あんたの背中!」
ウィルはいきおいよく首を回る限界まで回した。
あった。
ウィルはリュックをしっかりと自分で背負っていた。
服が水を吸収し重くなっていたので、リュックの重みに気づかなかったのだ。
そういえば、浮き袋を身につけるので精いっぱいで、下ろす時間がなかったんだ。
「あんた、本当に間抜けね。きっとそれは天性のものだわ」
ローズが確信したように言った。
一方ローレイは何も言わなかった。
実を言うと、ほっとするのと呆れ返るので何かを言う余裕がなかったのだ。
しばらくして、ローレイはポツリとつぶやいた。
「乗り込むぞ」
読んでくださってありがとうございます。
今回の話は少し遊びました。(笑)
次回は真面目にがんばります!
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