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野族襲来 4

「リィ……」

ローズは今度は問いかけと言うよりも、つぶやくように言った。

ウィルはリィの様子が急変したことに驚き、リィの目を見つめた。

茶色の目にはローズもウィルも映っていない。どこか遠くを見ているような目。

「いや……」

小さな悲鳴と同時にリィは床に座り込んだ。両手を耳にあて、震えている。

「どうしたんですか。何が起こっているんですか。教えてください!」

リィの尋常ではない様子に、オジエ夫人は不安を大きくしたようだった。

ウィルは困り果てて、その場に立ち尽くした。

周囲の騒ぎはより大きくなっていく。

「リィ、立つのよ。早く行かなきゃ」

最初に動いたのは、ローズだった。

リィの左腕を鷲づかみにすると、無理矢理立たせた。

リィは体を震わせ俯いていたものの、全く抵抗することもなく、ローズにひかれるがまま、前へ進んだ。

「さぁ、あんたも行くのよ!早く!」

ローズはウィルの横まで来ると、脅すような目つきでウィルを見ながら言った。

「失敗は許されないわよ!」

そしてもう一歩ローズが前へ踏み出そうとした時、外からドンという、何かが破損するような鈍い音が聞こえた。同時に船が大きく傾く。

人々の悲鳴が上がった。オジエ夫人もカミーユをしっかりと抱きながら、周りの悲鳴に加わった。

ローズはバランスを失い、前に転びかけたが、危機一髪ウィルの胸倉を掴み、態勢を立て直した。

ウィルは掴まれた勢いで前につんのめりになり、そのまま廊下の壁に顔から激突した。

幸い、船は徐々に態勢をもとに戻した。

ウィルは目を涙で潤ませ、鼻をさすりながらもほっとした…のは束の間だった。

「時間がない」

次にウィルの服を掴んだのは、ローレイだった。

「今のはこの船が捕らえられた音だ。ローズ!」

ローレイは顎で先に行くよう、合図した。

ローズはローレイに黙って頷くと、まだ体を震わせているリィの腕を掴み、走りだした。

「さぁ、行くんだ。俺が一番後ろを歩く」

有無を言わせない口調。

ウィルもローズの後に続いて、走りだした。


が、進まない。


何事かとウィルは後ろを振り返った。

すぐそこには、オジエ夫人の顔。その左手はウィルの服の裾を掴んでいた。

「どこに行くんですか?私達も連れて行ってください。お願いします。私達を助けて」

オジエ夫人は顔を真っ赤にし、泣いていた。

「夫が…この子の父親がオーラムステッラ島で待っているんです。この子は一度も父親に――」

「今すぐに離せ」ローレイは唸るように言った。

「女だからと言って、俺は容赦はしない」

夫人は取り乱し膝を床についていたものの、カミーユを抱く右腕と、ウィルの裾を掴む手は微動だにしなかった。

「お願いし――」

夫人の声は、デッキの方からのすさまじい人々の悲鳴に掻き消された。

ドタドタと逃げ惑う人々の足音も聞こえる。

鈍いウィルでも今すぐに逃げなければならないということが、はっきりと分かった。

「オジエさん。すみません。離して――」

ウィルが言い終わらないうちに、オジエ夫人の体が大きく傾いた。ローレイが横からオジエ夫人を思い切り押したのだ。ようやくオジエ夫人の手がウィルから離れる。オジエ夫人が床に倒れるのと同時に、カミーユが火がついたように泣きだした。

ローレイは即座に左手でウィルの腕を掴み走りだした。右手は剣の柄の上に置かれている。

デッキからの騒ぎがすぐそこまで迫ってきているのが分かったが、ウィルは気にならなかった。

それよりも何よりもウィルの背中を追いかける、オジエ夫人の嗚咽とカミーユの泣き声。

心臓が張り裂けそうだった。

仕方がない。僕にはどうにもできない。

ウィルは自分に言い聞かせた。

けれど、涙で視界がぼやけるのを防ぐことはできなかった。



ウィルとローレイは階段を下り廊下を走って、なんとかローズとリィに追いついた。

ローレイはウィルの腕を放すと、まだ力を無くした状態で、ローズに助けられていたリィを支えた。リィは熱があるかのように、ぐったりとしていた。

「俺がリィを連れていく。船長室はすぐそこだ。早く先に行け」

ローズは黙って頷くと、前に進もうとした。

だが一歩踏み出したまま、止まった。

「おぅ。譲ちゃん、大部屋で一緒だったな。最近は見かけなかったが」

ローズの前に立ちはだかっていたのは、スキンヘッドの男だった。

「どこに行くつもりか知らないが、逃がさねえぞ。働き盛りの4人、市場では高い値がつくからなぁ」

男はにんまり笑うと、右手をゆっくり上げた。手には大きなナイフが握られている。

「傷つけられたくないなら、おとなしくロープに縛られるんだ」

そう言うと、男は左手で腰に携えているロープをポンとたたいた。

ここまでなんだろうか。ウィルはナイフを見つめながら思った。男が戦い慣れしているということは、ナイフの使いこまれている感じからも難なく想像できる。僕達には到底勝てっこ…。


「チッ」


こんな緊迫した状況の時に、味方側から舌打ちが聞こえるなんて、ウィルは露ほども思わなかった。

ウィルが振り返ると、ちょうどローレイはリィをローズに預けているところだった。

リィを受け取ると、ローズは怯えた目でローレイを見上げた。

「一体どうするつもり……」

ローレイは何も答えなかった。だがその瞬間、ウィルはローレイの手が剣の柄にあてられるのを見た。

次のローレイの動作を、ウィルは見ることはできなかった。ただ顔で、すぐ横を通るローレイの風を感じただけだった。全ては2、3秒のうちに起こった。ローレイの踏み込みの音。金属と金属がぶつかる音。何かが壁にぶつかる音。剣が空を切る音。ウィルが慌てて男の方を振り返った時には、事は終わってしまっていた。

ポタリ。

床に真っ赤な血が一滴落ちる。そしてまたポタリポタリとニ滴、三滴。

スキンヘッドの男は、左腕で右腕を押さえていた。血は男の右腕から出ているらしい。右手に握られていたナイフは、男のすぐ横の壁に突き刺さっていた。

「勝負あったな」

ローレイは剣を男の顔に向けながら言った。

「くそ!」

男は顔をそむけた。

「潔くロープを差し出せ」

ローレイは剣をいっそう男の顔に近づけながら言った。

男は観念したらしく、おとなしく従った。

ローレイのその後の動作も素早く、ウィルは思わず見とれてしまった。

まず男の腕を縛り、口もロープで塞ぐと、船長室の隣にある救命ボート室に男を連れていき、最後に足を縛って部屋の戸を閉めた。3分もかけずに、ローレイはこれらのことを器用にやってのけた。

ローレイが凄い実力の持ち主だと分かっていたつもりだが、実際に目の当たりにするとウィルはただ唖然とするしかなかった。ローズを見ると、ウィルと同じように驚いているのが分かった。

「さぁ、時間がない。船長室に入れ」

ローレイは何事もなかったかのように言うと、再びリィをローズから受取り、歩き出した。

ウィルとローズは同時に我に返り、後に続いた。


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