デイナーパーティ 4
「お前は確か…ウォルトの……」
ケンがドアのところに立っている人物を見てそう言った時、ウィルはドアの方を見ないまま大きく溜息をついた。先程の危険とは別の危険の到来。見なくたって、誰だか分かる。しかもその人から発せられている怒りのオーラもはっきりと肌で感じることができる。
ドアに立っている人物が数歩、ウィルに近づくのが分かった。
ウィルは軽く息を、だがゆっくりと吸った。そして。
「ごめん、ローレイ。ぼ…僕つい……」
恐ろしくてまともにローレイの顔を見ることができなかった。
しばらく重苦しい沈黙が流れた。ケンはその場の状況がよく理解できないらしく、不思議そうにローレイとウィルの顔を見比べていた。
ウィルがおそるおそるローレイの顔を見ると、ちょうどローレイは口を開くところだった。
発せられた言葉はとても簡潔だった。
「戻れ。部屋に。今すぐに」
有無を言わせない絶対的な響きがそこにはあった。その顔には静かだが、激しい怒りが秘められているのが分かる。
「あの…ローレイ――」
「早く!!」
ウィルはローレイの鋭い声にびくっとすると、間髪を入れずに部屋を飛び出した。
自分達の部屋に飛び込み、勢いよくバタンとドアを閉めてから、ウィルはやっと一息ついた。そして部屋の中を往ったり来たりしながら、ローレイの先程の表情を思い浮かべた。
「殺されることはないんだから」
ウィルは自分に言い聞かせた。だが何の慰めにもならない。食べ損ねたケーキのことは当に頭から消え去っていた。
待つ。これがこんなにも辛いことだとはウィルは今まで気付かなかった。ただ何もせずじっとしているだけなんて……。ローレイはあの後、食堂に戻ったのだろうか。パーティはそろそろ終わるころだろうか。ローレイはこの部屋に帰ってきて、どれくらい僕を叱りつけるんだろうか。
ウィルはふいに歩き回るのを止め、ベッドに座り込んだ。
――こんなはずじゃなかった
心に浮かぶこの言葉をウィルはどうしても打ち消すことはでいなかった。幼い時分からあんなにも世界に旅立つことを夢見ていた。だけどその旅立ちはこんなものではなかったんだ。もっと自由に溢れていたはずだ。もっと輝いていた。もっと眩しかった。現実はと言うと、「自由」なんてどこにもない。それどころか、途方もなく重い課題をつきつけられて、今はこっぴどく叱られるのをただただ待っているだけ。
ウィルはパタンと上半身をベッドに倒し、腕を不格好に広げたまま、目を閉じた。
運がよければ、ウィルはぼんやりと考えた。
運が良ければ、リィがローレイの説教をうまくとりなしてくれるかもしれない。それにしても、待つというのは本当に……。
「おい!起きるんだ、この間抜け!おい!」
気がつくと、ローレイがウィルを揺さぶっていた。いつの間にか、ウィルは眠りに落ちてしまっていたらしい。
「あ…僕…」
「部屋に戻れとは言ったが、寝ていいとは言ってないぞ」
ローレイはそう言うと、ウィルを揺さぶるのをベッドから一歩後ろに下がった。
ウィルは意識がまだぼんやりとしていたが、ゆっくりと上体を起こした。
ローレイの背後に、腕組みをしているローズと不安そうな顔をしているリィが見えた。
「僕、つい寝ちゃったんだ」
ウィルは誰かにではなく、自分に向かって言った。頭の回転は、まだ鈍い。
「よくもこんな状況で、そこまですやすやと寝れるわね、この能天気!」
ローズが眉をピクピク動かしながら言った。
「仕方がないじゃないか。眠いものは眠いんだから」
ウィルは欠伸交じりに、のんびりと答えた。
その場の4人にしばしの沈黙が訪れた。頭が機能してない者が1名。呆れて言葉が出ない者が2名。皆の後ろで、おろおろしている者が1名。
やがてウィルの頭の中の歯車がゆっくりと動き出す。
「あ……」
ウィルはようやく大事なことを思い出した。この部屋に戻ることになったきっかけ。自分が非常に危険な状態にさらされていたこと。
「あ……僕さっきは――」
ウィルはここでおずおずとローレイを見上げた。
「さっきは、ごめんなさい。僕とっさに――」
「もういい」
ローレイはふいと顔をそむけた。
「今悠長にお前のぐだぐだした言い訳や反省を聞いている余裕はないんだ。もうすぐ真夜中。あとちょっとで日付が変わるんだぞ」
「そんなに?」
ウィルは驚いた。僕はそんなにぐっすり寝ていたんだろうか。
ローレイは溜息をついた。本音を言うと、多少ウィルを怒鳴りつけるよていだったが、ウィルの能天気ぶりに呆れて、怒る気力も失せてしまった。こいつは本当にあの賢帝、ラゼル王の息子なのだろうか。ローレイはそう思わずにはいられなかった。
「とにかくまず状況整理から始めましょう」
リィが急かすように言った。
「そうね」ローズが頷いた。
「まずはローレイ、あなたから話して」
ローレイは大きく息を吸うと話し始めた。
「俺は部屋を出た後、手紙を確認に大部屋に向かった。探したが予想した通り、そこには無かった。他の手掛かりとかも見つからなかった。あきらめて立ち去ろうとした時、あのスキンヘッドの男が目に入った。後をつけてみると、さっきも話したように――」
「救命ボートを壊していた」
リィが後をひきとって言った。
「その通りだ。だが見つかるわけにもいかず、見ていても仕方ないから食堂に向かった」
「だけど、ウォルトが食堂にいなかった」
リィが続けた。
「それでローレイは、ウォルトを探しにまた食堂を出た」
ローレイは頷いた。
「食堂はどうだったの?」
ウィルが聞いた。
「特に何も無かったわ」ローズが答えた。
「パーティの終わりあたりでスキンヘッドの男は帰ってきた。相方の男の方はずっと食堂にいて、船長と楽しそうに話していたわ。きっと自分達を信用させようとしているのよ」
「ありえるわね」
リィは顔を曇らせながら言った。
ローレイはウィルの方に向き直った。
「次はお前だ。ウォルト。全部話すんだ」
ウィルは食堂を飛び出した後のことを語り始めた。大部屋に行ったこと。大きな物音が階下から聞こえたこと。男に見つかりそうになったこと。そして、ケンに助けられたこと。
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