ディナーパーティ 1
「簡単に整理すると、2つの策があります」
リィが言った。
一同はベッドに腰かけていた。
ウィルのベッドにローズとリィ、向かい合わせのローレイのベッドにローレイとウィルが座っている。
リィ以外の3人は静かに話を聞いていた。
リィは、ローズのはもとより、早くもウィルとローレイの信頼をも獲得している。
「先程脱出の話があったけど、まずその前に船長さんとか他の人に話すこと。そして、この船の進行方向を変えさせる。あともう1つは、隠れる。脱出案はさっきも言ったようにやめた方がいいと思います」
そこでリィは話を切り、他の人の反応を待った。
「そうだな……」
ローレイは腕組みをして考え込んでいた。
「最初の作戦はより簡単で安全かもしれないけど、私達の話を信じてくれるかしら?」
ローズは首をかしげながら言った。
「私もそれを考えました。私達まだ若すぎて、信じてくれる可能性は低いと思います。そもそも、私達があなた達に助けを求めた理由は、あなた達も子供だったからです。大人の人は相手にしてくれないと予想したからです」
「手紙を入手すれば、立派な証拠になるんじゃない?」
ウィルが聞いた。
「確かに……。キャラハンさんの言うとおりですけど―――」
「ウォルトでいいよ。丁寧語も使わないで。同じ歳なんだから」
リィは一瞬困惑したらしく口をつぐんだが、すぐにウィルに向かってにっこりした。
「ありがとう、キャ……ウォルト」
「俺に対しても同じようにしてくれ。それはそうと、さっき何か言いかけてたな」
「あ、はい。えっと…手紙のことでし…だったわね。もう、手紙は焼かれて無いんじゃないかと思って……」
「確かに、そうね。私が読んだ後だしね。それに持っていたとしても、隠すことも容易だしね」
「でも、試してみる価値はあると思うの。特に今日はディナーパーティだから」
リィはウィルのそばに置いてあった、ディナーパーティの案内をちらと見ながら言った。
「ディナーパーティがどうかしたの?」
「さっきディナーパーティに出席しないと狙われる可能性があるって言ってたでしょ?人がいないから。それを、私達が利用するの。大部屋に侵入するのが、容易になると思うわ。ただ……」
「俺かこいつがしないといけない…だな?」
ローレイはウィルを親指でくいっと指さした。
リィが申し訳なさそうに頷く。
「私かローズが食堂にいなかったら、あの男が探しにくるかもしれないので」
「かまわない。俺がやる。お前はこいつらと一緒にディナーパーティに出席しているんだ」
ローレイはウィルに向かって言った。
「分かった」
ウィルは何でもないように答えたが、内心すごくほっとしていた。
「でも無い可能性が高いだろうな。無かったらどうするんだ?」
ローレイは立ち上がりながら言った。
「それでも、とりあえず船長に言ってみたら?失敗しても危険はないでしょ?」
ローズが言った。
「そうね。まぁ、駄目でしょうけど。それからのことは、ディナーパーティの後で考えましょう。襲来するのは明日の午後って書いてあったし……」
「午後って一体どれくらいの時間に来るんだろう?暗くなってからかな?」
ウィルは不安げに聞いた。
「それはないと思うわ」
「どうして?」
「ローズが言った手紙の内容を覚えてる?何か問題があったら、赤い服を着てデッキに立つようにっていう件。もし襲来が夜だったら、あの男が赤の服を着ているかどうか判別しにくいでしょ?」
「どうして白の服にしなかったんだろう。そしたら、夜でも見えるのに。夜の方が襲いやすいと思うんだけど……」
「おそらく、原因は船員ね」
「船員?」
リィは頷いた。
「うん。船員の服装は――」
「白だ!」
ウィルはそう言ったあと、口を閉じリィをじっと見つめた。
「リィって、さっきから思ってたんだけど、本当に頭いいんだね。僕と同い年なのに……」
リィはそう言われると、ぱっと頬を赤らめた。
「あ…ありがとう」
「もう一つ、夕方に襲う理由があると思うわ」
ローズだ。
「何?」
「奴隷市は夜に行われるのが決まりなの。法的には認められてないことだからね。ま、今の王は見て見ぬふりを決め込んでいるけどね」
「見て見ぬふりならまだいい。アルノー王はその奴隷市を推奨しているというウワサを俺は聞いたことがある」
ローレイが厳しい顔つきをしている。
ウィルは自分の足元を見つめた。
ローレイの言うウワサとは、おそらく士族のスパイから得た情報。
ということは、ほぼ確実にアルノーは奴隷市を……。
ひどい。
ウィルは唇を噛みしめた。
今まで、アルノーの横暴とか聞いても、あまりピンとこなかったのが正直なところだ。
でも、今平族であるリィを目の前にして怯えている様子を見ると、アルノーの存在が悪い意味で増してくる。
それと同時に、自分にかかっているプレッシャーの重さが胃にズンとのしかかる。
「さて、行こうか」
ローレイがそう言ったのは、陽が沈み始めたころ。ディナーパーティの時間。
一同は無言だった。襲来はまだだとしても、やはり緊張はする。
「できるだけすぐに戻って来る。ついでに非常時のボートも見てくるが、まぁ駄目だろうな」
「あの、ローレイ?」
リィがおずおずと聞いた。
「なんだ?」
「もし、ボートが壊されてなく、あなたにも余裕があったら、ボートを一つこの部屋に持ってきてくれませんか。なるべく、人に見つからないように……。大変危険だと思いますが、でも私良いことを思いついたんです」
ローレイは頷いた。
「分かった」
それから、ローレイはウィルの方を振り向いた。
「お前は、ディナーパーティの会場を決して離れるな。分かったか?」
まるで父親が子供を諭すような口調だ。
「分かってるよ」
ウィルはむくれながら、つぶやいた。
ローレイはウィルを一瞥した後、そのまま軽い足取りで部屋を出て行った。
食堂は予想以上に綺麗に飾り付けられていた。
カーテンやテーブルクロスなども上等なものに代えられており、音楽演奏が行われるステージも立派に拵えられている。
「すごい!」
ウィルは感嘆した。
「そうかしら?」
そう言ったのは、ローズだ。あまり驚いていない様子だ。
人も、こんなに船に乗っていたのかと思うくらい、集まっていた。
「よぉ、遅かったな。ウォルト。来ねえんじゃねえかと思ったぜ」
ケンがにこにこしながら、近づいてきた。
手には不思議な形をした楽器を持っている。
「ケン!その楽器は何?ケンも音楽演奏をするの」ウィルはまじまじと楽器を見ながら聞いた。
「おめえさん、知らねえのか?我ら船族は皆楽器を演奏するんだぜ。海の上での演奏は最高だからな。それで、これはピーフォという楽器よ。笛の仲間だ」
ケンは、ピーフォをウィルに差し出した。
ピーフォは蛇みたいなクネクネした形をしていた。
「この楽器は全部こんな形をしているの?」
「私、この楽器知っているわ」
横からローズが口を挟んだ。
「確か、木の枝の中をくり抜いて作る楽器よね。木の名前もピーフォじゃなかった?」
「その通りだ、お嬢さん」
ケンは感心したふうだった。
「この楽器の製造法を知っている人は、船族以外はほとんどいないと思ってたんだが……」
「あの、ケンさん?今日は立食パーティなんですか?」
リィがあたりを見回しながら、聞いた。
「おお、そうだ。存分に楽しんでくれ。おっと、俺は船長室に行かないといけねぇんだった」
「楽しみにしてるよ。演奏」
そう言って、ウィルはケンにピーフォを返した。
「ああ、また後でな」
ケンはそう言うと、その場を去って行った。
ウィルは、改めて会場を見渡した。
どのテーブルにもおいしそうな料理が並んでいる。
料理の良い香りが、ウィルの鼻孔をくすぐった。
「さあ、食べようよ」
ウィルは後の二人に嬉しそうに言った。
人々の賑わい、素敵に飾られた会場、立派な音楽ステージ、よだれが垂れそうな料理。
これらを前にして緊張感を持てというのは、ウィルには無理な話だ。
周りの人々を見ると、もう皿を手に取り、食事にありついている。
ウィル達一行も、他の人がいないテーブルに寄り、食べ始めることにした。
「こ…こんひゃにおいひい…も…もひょを食びぇたのは……初めてだよ!」
ウィルは、口いっぱいにパスタを詰めながらも、一生懸命に話そうとした。
あまりのおいしさに、ウィルは心から感動したのだ。
「そうかしら……。それより、その下品な食べ方やめなさい! 見てるこっちが恥ずかしいわ!」
ウィルはゴクリと食べ物を飲み込むと憐れむように言った。
「君って感受性が乏しいんだね」
この幸せが味わえないなんて、と本気でかわいそうに思ったのだ。
だが、ローズはフンと鼻をならし、キっとウィルをにらみつける。
「よくもそう能天気でいられるわね。もしかしたら、私達はバヤン島に連れて――」
「ああ、そうだった!」
ウィルは、ローズを全く無視してリィの方を向いた。
「まだバヤン島のことを聞いていなかったね」
「そうだったわね」
リィはグラスの水を一口飲むと、それをテーブルに置いた。
「バヤン島はね、野族の島なの。野族の者達の聖地とでも言うのかしら。この世界で二番目に危険な島なの」
「二番目?」
ウィルは首をかしげた。
「ええ、一番目は枯れた島と言われている――」
「ポルテフラ島!」
珍しく自分が知っていることだったので、ウィルはやや興奮して言った。
「大きい声出さないでよ。誰でも知っていることよ。ポルテフラ島なんて」
ローズは皿の上の肉をフォークでつつきながら言った。
無視されたことに相当機嫌を悪くしたらしく、声には毒が含まれていた。
「ローズ」
リィは落ち着いた声で、ローズをたしなめた。
だが効果はない。
「ウォルト、あんたバヤン島がどこらへんにあるか知ってるの?」
「知らないよ」
ウィルはローズから目をそらしながら言った。
まともに見ると、迫力があって怖い。
「あんた一体どういう教育受けてきたのよ! あのね、バヤン島はこの船が旅だったエシミス島とオーラムステッラ島のちょうど中間にあるの。今日はこの船がたって4日目。オーラムスッテラ島まではあと6日ほどかかるって、あのケンという船員が言ってたわよね。つまり、バヤン島はこの船の近くにあるということなのよ」
「そうか。だから、明日この船を襲うのか。その方が都合がいいから」
ウィルは、怯えるどころか、むしろ感心したように言った。
今は、何を言われても現実のこととして認識できない。
何しろこんなにすばらしいパーティの最中なのだから。
ローズは呆れたように頭を振ると、食べることに専念し始めた。
ウィルに何を言っても無駄だと思ったらしい。
「あ! ローズ、男たちがいたわ! ほらあそこ」
リィはそう言って食堂の一角を指した。
ウィルが急いで見ると、図体の大きい男2人が、対照的に立派な服を着た一人の老人と談笑している。
男たちは、ウィル達に背を向けるようにして立っており、2人のうち1人はスキンヘッドで、もう一人は髪がぼうぼうに伸びていた。
少し離れた背後にはケンが立っている。
ケンはウィルと目が合うとウィンクをし、手で老人を示した。
「あのおじいさん、きっと船長さんだわ」
リィが小声で言った。
「何か情報を聞き出してるのかしら」
ウィルの横でローズも船長達を、じっと見ている。
やがて、会話が終ったらしく髪が伸びているほうの大男がこちらのほうを向いた。
ひげもぼうぼうに生えている。
ローズとリィはとっさに、男に対して背を向けたが、ウィルが見たところ、男はローズ達に気づいてないようだ。
ウィルは皿を手に持ったまま、男たちをじっと凝視し続けた。
スキンヘッドの男は近くのテーブルに寄り、ワインをグラスに注ぎ始めた。
毛むくじゃらの男も近づき、自分のグラスを差し出した。
二人はにやにやしながら、グラスを片手に何やら語りだした。
談笑している二人を見て、ウィルは背筋がゾクっとするのを感じた。
さっきの幸福感はいつの間にか消えている。
男達が怖かったからではない。
突然激しい嫌悪感が、ウィルの体を駆け巡ったからだ。
急に食欲がなくなって(既に十分食べていたのだが)、ウィルが皿をそっとテーブルに置いたとき、パッパカパーンと楽器の音がした。ステージの方からだ。ステージの壇上には、華やかな衣装を着た船長が立っていた。にっこりと乗客達に笑いかけている。
「みなさん、こんにちは。そして、初めまして。私はこの船の船長を務めさせていただいている、ニケ・ドーラと申します」
そこでドーラ船長は口をいったん閉じ、にっこりとして乗客達を見回した。
「エシミス島を発ってから今までの日々は、花の月らしい非常に穏やかな気候でした。波も荒れることなく、比較的快適に過ごせたのではないでしょうか?」
この世界の一年は、4つの月に分かれている。穏やかな気候で花の咲き乱れる、花の月。年中でもっとも暑くなる、海の月。木々が美しく紅葉する、山の月。年中でもっとも寒くなり雪も吹き荒れる、風の月。1つの月は101日。今日は、花の月87日。もうすぐ、海の月がやってくる。
「皆さんに残念なお知らせがあります」
ドーラ船長はやや声を落して言った。
「明日、このうららかな天気がくずれるとのことです。蟻族から新聞を受け取った方の中で、既にご存知の方もいらっしゃるかもしれません。風が吹き荒れ、雨も激しくなるそうです」
「最悪ね……。私達、閉じ込められたって感じじゃない?」
ローズが唇を噛みながら言った。
会場の乗客達も、不安そうな顔をしてガヤガヤと話しをし始めていた。
こちらは、豪雨に船が耐えられるかどうかを心配しているのだが。
「ご心配には及びません!」
ドーラ船長は声を張り上げて言った。
会場は再びしーんとした。
「もちろん、大丈夫ですとも。私が、自身を持って断言させて頂きます。過去にもこの愛しい私の船は、すさまじい嵐の数をなんなくくぐりぬけてきたのです。明日の豪雨なんかには、きっとびくともしないでしょう」
再びドーラ船長は、乗客達に笑いかけた。
会場が、少しずつ落ち着きを取り戻す。
「さて、そろそろお待ちかねの音楽ステージを始めましょう!」
会場が割れんばかりの拍手で溢れた。
だが、その拍手にウィルは加わっていなかった。
相変わらず一点に目が吸い寄せられていたからだ。
もちろん、あの男達。
スキンヘッドの男がポンと相方の背中をたたいているのが見える。
そして、ゆっくりと食堂の出口の方に向かって歩き出した。
「ちょっとウォルト!」
ローズはそう言うと、ウィルの袖を掴んでぐいと引き寄せた。
「何ぼさっとしてるのよ!ほら、あの子がさっきからあなたに手を振ってるわよ!」
見ると、カミーユだった。
無邪気に大きく手を振っている。
ウィルはあいまいに笑って答えると、またすぐに出口の方に目線を戻した。
男は既に外に消えていた。
ウィルは胸騒ぎがした。
「すてきな演奏ね」
隣でリィがうっとりして言った。
もう、演奏が始まってるらしい。
でも、ウィルの耳には全く届かない。
何か忘れているような……。
ケンが体を大きく揺らしながらピーフォを弾いている。
とても気持ちよさそうだ。
ウィルは自分に問いかけた。
何か忘れてる。
何を?
思いだせ。
ドーラ船長はステージの横に置いてあるイスに座り、目を閉じて体をわずかに左右に揺らしながら聴いている。
あいつらは食堂を出ていった。
何かまずいことでも?
……。
ローレイ!
「ローズ!リィ!スキンヘッドの男が、さっき会場を出て行ったんだ。ローレイが危ないんじゃ……」
「そうなの?」
リィはこわごわと辺りを見回して言った。
「目が合うのが怖くて、全然見てなかったわ」
カミーユの笑い声が遠くで聞こえる。
ますますウィルは焦った。
「どうしよう。ローレイが危険だよ。知らせないといけないんじゃ……」
「ちょっと待って! 馬鹿もほどほどにして!」
演奏を聴き入っていたローズだが、即座にウィルに意識を集中させた。
「下手に動かない方がいいわ。動く方がずっと危険よ!確かにローレイはちょっとピンチだけど、アイツなら大丈夫だと思うわ」
「そんなこと、分からないだろう?」
ウィルは完全に落ち着きを失っていた。
もしもローレイに何かあったら、この旅は早くもゲームオーバーだ。
「ウォルト、ローズの言う通りだわ」
リィがなだめるように言った。
「今はローレイを信じることが一番無難よ。私達にとっても、ローレイにとっても。ローレイがどんな人か、会ったばっかりで全然知らないけど、腰に剣を3本もさげてるくらいだから、剣術がすぐれてるんじゃない?」
「3本?」
ウィルはそこで一旦落ち着き、眉をひそめた。
確かエシミス島に最初来た時は、剣は2本だった。
トムから剣をもらったのだろうか……。
一曲目の演奏が終わり、会場は拍手で再び溢れた。
ピーっと口を鳴らす人もいる。
すごい盛り上がりだ。
ローズとリィも再びステージの方を向き、拍手に加わった。
ウィルは大きく頭を振った。
剣のことなんて今考えるべきことじゃない。
「とにかくここにじっとしてなさい!」
拍手をため、ローズが振り向きざまに押さえつけるようそう言ったとき、ウィルの姿は既にそこにはなかった。
読んでくださってありがとうございました。
今いろいろと忙しい時期で、次の更新も遅くなると思います。