2人の少女 2
「ドン、ドン、ドン」
誰かが激しく部屋のドアをたたいた。
船に乗って4日目の朝。ウィルはまだ着替えの途中だった。
ウィルがローレイを見ると、ローレイは顎でしゃくってドアを開けるよう合図した。
ウィルは指図にむっとしながらも急いで着替えて、ドアを開けた。
立っていたのはウィルと同じくらいの年の少女だった。頭の上から薄汚いマントをすっぽりとかぶっていたが、肩に優雅にかかっているブロンドの髪にとても不釣合いである。
「何のようですか?」
「あなたが酔い止めの薬を持っていると聞いて……」
少女は息を弾ませて言った。
「私の連れが、酔いが激しくて大変なの。少し分けてもらえないかしら。もちろんルクはちゃんと払うわ」
少し気取ったような話し方だった。差し出した水晶には、身なりに似合わずかなり入っている。三千ルクのメモリ近くまで入っていた。
「かまわないですよ」
ウィルはベッドの所にある薬を取りに行った。
「でも、少ししかありません。これで最後になります。はい、どうぞ」
「どれくらい飲めばいいのかしら?」
少女は受け取った袋を持ち上げて言った。
「一日に二回です。朝と夕に一つまみずつ。三日分はあると思います」
「三日分……」
少女は心配そうに言った。
「まあ、仕方ないわね。ないよりはマシだわ」
少女は自分のバッグに袋をしまった。そのバッグが、華やかな飾りが施してあり、見るからに高価な品物であることにウィルは気付いた。
「それで、ええーっと。いくらかしら。二百ルクくらい?それよりもっと?」
「いいえ」
ウィルは驚いていった。
「二十ルクで結構です」
「二十ルク?」
少女は目を丸くした。
「あら意外と安いのね」
ウィルの水晶に二十ルク移すと、少女はお礼を言って去っていった。
ウィルが部屋の方に向き直ると、ローレイがじっとドアをにらんでいるのが目に入った。
「何だよ?」
「さっきのやつ……」
ローレイはそのまま黙り込んでしまった。決まってこうだ、ウィルは苛立ちながら思った。き誰も何も教えてくれない。
ウィルはその理由が分かっていた。
まるっきり信用されていないのだ。
能無しだと思われている。
その日は雨の日だったので、ウィルは部屋の中にいた。
もちろん、ムカツクローレイも一緒だ。ウィルは、「基本薬学」の本を開いた。まだルクに余裕はあるが、いつ不足するか分からない。ルクを貯めて損はないだろう。
読み始めて10分もたたない時。
「ドン、ドン、ドン」
またドアをたたく音がした。
ウィルがまたドアを開けると、立っていたのは先程の少女だった。今度はもう一人別の少女が後ろに立っている。後ろの少女は、先ほど薬を買いにきた少女の髪が優雅にカールしているのに対し、ストレートの黒髪だった。
ウィルはドキリとした。
もしかして、渡す薬の種類を間違えたのだろうか?
それで酔いが悪化して、クレームをつけにきたとか?
「な…何か?」
「ずうずうしいことは十分承知よ」
少女は、承知しているとは思えない口調で言った。
「だけど、助けが必要なの。しばらく、この部屋にいさせてもらえないかしら?」
「ええ…っと」
クレームでなくて、ウィルはほっとしたが、それと同時に思わぬ要求に困惑した。
「駄目だ」
後ろから鋭い声がした。もちろんローレイだ。
「俺たちは見ず知らずの人間をやすやすと中に入れるほど、無用心のバカじゃない。他をあたってくれ」
「…だそうです」
ウィルは申し訳なさそうに言った。
だが、少女は引き下がらなかった。
「他はあたしたちが信頼できないのよ。お願い、ちゃんと事情は話すわ。ルクもいくらだって払う」
少女はウィルの手を掴んだ。
「ね、お願い」
ウィルは手を振り払うことができず、困り切って後ろを振り返った。
「駄目だ」
ローレイは迷わず繰り返した。
「俺たちは、ただでさえ人よりも用心――」
「あ!」
突然後ろのほうに立っていた少女が、小さく叫んだ。
「ローズ。あの男がこっちに向かってくるわ。何か書類を読んでいて、私たちにはまだ気づいてはいないけど。どうしよう! 気づかれるわ」
「もう!」
ローズと呼ばれた子はそう言うと、突然ウィルを突き飛ばし、後ろの子の手を掴んで部屋の中に入り、ドアをバタンとしめた。
ウィルは当然後ろにひっくり返り、この船では記念すべき2回目の尻もちをつくことになった。
「はぁ、なんとか助かったわ」
ローズはほっと胸を撫で下ろした。横で黒髪の少女がおろおろとしている。
ウィルは立ち上がりながら、ブーブーとローズに向かって抗議した。
ローズは全く意に介さないようで、にっこりした。
「あ、私はローズ。ローズ・アルカデルト。こっちはリィ。リィ・ミンスー。よろしく」
「おい」
ローレイが食ってかかった。
「俺たちは、君らにかまっている暇はないんだ。下手にめんどうなことにまきこまれたくない。今すぐに出て行ってくれ。俺が剣を抜く前に」
リィとローズから紹介された子は、怯えて数歩後ろに下がった。だが、ローズの方はというと、怯えるどころか数歩前に歩み寄った。
「あら、脅しているつもり?」
ローズは顎をつんと上げた。
「めんどうに巻き込まれたくないと言ったけど、無駄よ。明日の午後には、この船に乗っている人全員が巻き込まれるわ!」
「どういう意味だ?」
ローレイは眉をひそめた。
「ここからは取引よ。私たちは、あなた達に重大な情報を教える。代わりにあなたたちは、私たちをかくまう」
「その情報が、俺達にとって重大かどうかはわからないじゃないか」
「今さっき言ったでしょ!」
ローズはイライラした調子で言った。
「船に乗っている人全員が巻き込まれるの」
「あの……」
ローズの背後に立っていた、リィが言った。
「本当に聞いていた方がいいと思います。もしかしたら、逃れる手段が何かあるかもしれない……。うまく言えないですけど、本当に重大なことです。信じてください」
リィはじっとローレイを見つめた。
さすがのローレイもリィの必死な様子に少し考えてるようだ。
「君たちのカラーは?」
「肌色。つまり、平族よ」
ローズが答えた。
「平族?」
「ええ、悪い? もしかしてあなたたちは平族奴隷派の人達?」
ローズは軽蔑するように言った。
「平族奴隷派? 何それ?」
ウィルが聞いた。
「ご存知ないのですか?」
リィが目を丸くして言った。
「平族奴隷派というのは、簡単に言えば、私たち平族が他の族の奴隷となるべき身分だと考えている人達のことを指すんです。平族奴隷派は今のところ少数派ですが、最近増えてきているんです。あなたたちは……」
そこでリィは口をつぐみ、不安そうにウィルを見た。
「もちろん反対だよ! そんなのひどい!」
ウィルはその話に憤慨しながら言った。
リィがにっこりした。
「あなたは?」
ローズがローレイにツンとした表情で聞いた。
「もちろん反対派だ。しかし……」
「しかし?」
「それとこれとは話が別だ。まだ君たちの取引を飲んだわけではない」
ローズはフンと鼻をならした。
「あなた、踏ん切りが悪いわね」
「疑問に思うことがある。別に軽蔑しているわけではないが、平族の人たちは貧しい人が多い。なのに、お前たちは大人でもないのにルクをたくさん持ち、そのような(ローレイはローズのバッグを指差した)高価なバッグを引っさげている」
「大人でもないって、それはあなた達も同じでしょ? それに、このお金もバッグも紛れもなく私たちのものよ。盗んだりなんかしていない。命を賭けてもいいわ!」
ウィルは、ぽかんとしてローズを眺めていた。
今まで女の子とかかわったことがないため、ローズが珍しかった。ローレイが必死に考えをめぐらしている間、ウィルは女の子ってみんなこうなのだろうか、と呑気に考えてた。
「取引成立ということでいいかしら?」
ローズは左側の髪を耳にかけながら言った。
「ああ、そうしよう」
ローレイはしぶしぶ認めた。
「それでは、まずこちらの情報からね」
ローズはここで大きく息を吸った。
「明日の午後、この船は海賊に襲われるわ!」
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