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旅立ち 3

トムとウィル、ローレイは町に向かって走っていた。


「いいか!客船のところについたら、すぐに中に入れてもらうんだ。チケットは購入してある。ほら」


トムは、走りながらチケットを2枚差出した。

ウィルは受取ろうと手を出したが、横からローレイがチケットを先に取った。


ウィルがチケットを安全に保管する能力もないと考えているらしい。

ウィルは、黙ったまま前を向いて走り続けた。

リュックが思ったよりも重く、息が切れる。



「トム、何の偵察でここに?」


「分からないのか」


答えたのはローレイだった。

「お前を奴らは探しているんだ。お前はやつらにとって、邪魔な存在だからな!」


ウィルは血の気が引いた。


「大丈夫だ。見つかりはしないよ。お前がラゼルの子だと判断する材料を持っていないんだから」


トムはウィルを安心させるように言った。


それでも、ウィルは走るスピードを少し上げた。



ようやく町に入った時、ウィルは人が多いのに驚いた。

今までに何度か来たことがあるが、自分の記憶がまちがっていなければ、もう少し静かな町だったはずだ。しばらくして、ウィルはそわそわしている人が多いのに気づいた。ひそひそと立ち話をしたり、相手に耳打ちをしたりしている人がやけに目立つ。


「王国の者たちが来たから驚いているんだよ」

トムは、ウィルが周りの様子に疑問を抱いているのが分かったらしい。

「この島は前にも言ったとおり、田舎でとても…ゴホッ…静かな町だ。王国の者が来るなんてこと…ゴホッ…はめったにない」

「トムおじさん!」

ローレイが突然立ち止まった。

「前方から……」

ローレイに言われて、初めてウィルは気づいた。

水色の軍服を着た者達が、こっちに闊歩して来ている。道の真ん中にできていた人だかりも、その者たちが近付くと、両脇に消えていった。ウィルは震え上がった。ここで、僕は捕まってしまうのだろうか……。


「大丈夫だ。さっきも言っただろう?」

トムが落ち着きをはらった声で言った。

「あいつらはお前の顔を知らない。きっと私のことも気付かないだろう。さあ、脇の人々の所に紛れ込むんだ」


3人は脇にいる人々の中に滑り込んだ。ウィルは大丈夫だと分かっていても怖かったので、近くにいた大柄の男の後ろに隠れた。


「何の偵察だと思う?あんた」

横に立っていたエプロンを着た女性が、大柄な男に聞いた。どうやら夫婦らしい。

「さあ、誰も知っている者はいないんだ。誰かが悪いことをしたんじゃないか?それで、そいつを探しに来ているとか……」

「悪いことって、わざわざ王国の者が十数人もお出ましなんてどれほど……」

「ああ、もしそうならよっぽど悪いことをしたんだ。捕まったら死刑じゃないか?」

王国の者達の列が近付いてきた。

近くの人々の話し声がぴたりと止み、あたりは静かになった。


闊歩する足音だけが聞こえる。

ウィルは男の影からそっと覗いた。水色の軍服がすぐ近くに見えた。肩にはワッペンがついている。


ペガサスの絵、つまり王家の紋章だ。

ウィルは恐怖心も忘れて、食い入るように彼らを見つめた。


その時だ。

彼らの一人がこちらを向き、一瞬ウィルと目が合った。

どきりとした。

相手はかなり若い。

ウィルとあまり年齢が変わらない。

なぜか不思議な感じだ。


彼は、すぐに視線をもとに戻した。

何事もなくその一団は通り過ぎ、人々の話し声が次第に大きくなっていく。

隣でトムがふーっと息を吐いた。

「さあ、さっさと船乗り場へ行こう」

3人は再び走りだした。



「まだ出発までに2時間ほどありますぜ」

その船員はなまった話し方をした。

「いいんですかい?王国の者たちが来てると言って、町は大騒ぎしてますわ。見物しなくていいんですかい?」

「かまわない」トムはそっけなく言った。

ローレイはチケットをその船員に渡した。

「125号室。入って三つ目の部屋ですわ。まちがえねーように」


ウィルはトムを振り返った。

トムは微笑んでいた。

「笑顔で別れることにしよう。ウィル元気でな。手紙を忘れるなよ」

ウィルは頷いた。


何か言おうと思った。


だが言葉が見つからない。



後ろから、船員たちが荷物を運び入れながら、威勢のいい掛け声をかけているのが聞こえる。


「今までありがとう」


ウィルは口ごもりながら、なんとかそれだけを言った。

本当は、言いたいことがたくさんあった。

いろいろな感情が体の奥からぐっとこみあげてきている。

でも、言葉にうまく言い表せない……。


ウィルは困惑して、トムを見上げた。


トムはゆっくりと頷いた。

ウィルは悟った。

そう。

いつだって。

トムは分かってくれている。


唯一の家族で唯一のウィルの理解者。


そして今、僕はこの人から離れようとしている。


別離の悲しみと恐怖がウィルの心を一杯にし、ウィルは騒ぎたいという強烈な気持ちにかられた。



しかしウィルが次にしたことは、唇を噛んでトムに背を向け、船に向かって歩き出したことだった。

それがウィルの精いっぱいの理性だった。

唇を血が出るほど強く噛んだ。



こんな時にトムを困らせてはいけない。

その気持ちだけが、ウィルを何とか奮い立たせた。


トムは、背後から心配そうにウィルの後ろ姿を見ていた。


はっとするほどひ弱な背中。

頼りない肩。


トムは目を涙でうるませた。



「ローレイ君……」

「分かっています。僕に任せてください。何年もこの日のために修行を積んできたんです」


ローレイはトムを励ますように言った。


「あいつは……あいつは、ああ見えても……ゴホッ…今はまだ頼りなくても――」

「分かっています。心配しないでください。僕は士族です。さらにトムおじさんの甥です。

その精神は、まだ完璧とは言えなくても、しっかり受け継いでいるつもりです。そして、あいつが成長したら、その時は、トムおじさんから言われたとおり……」


ローレイは腰に提げている剣をぎゅっと握りしめた。

「うん、ローレイ君。君がいるから、だいぶ…ゴホッ…安心できる。ありがとう」


トムは再び笑顔を浮かべた。


「こちらこそ、短い間でしたがありがとうございました。トムおじさんに会うことができて本当に光栄でした。お体をお大事に」


ローレイは回れ右をし、船の中へ向かった。

さっそうとした、揺るぎない歩調で。




かくしてウィルの壮大な冒険が、幕を開けた。



読んでくださってありがとうございます。

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