糸
朝食を終えて出かける準備をしていると、突然クチから細いものが出てきた。
はじめは、歯のスキマに詰まったなにかかとも思ったが、舌で確認していくと、下前歯の付け根にある歯茎の内側から生えているのだとわかった。
鏡の前にいき、クチビルをめくりおろして確認する。
その正体は真っ白な長い糸だった。
何本もの細い糸が束ねられ、それがそうめん程度の太さになり、クチから出ているのだ。
先端がすこしだけほつれており、きらきらとかがやき、ふわふわとしてやわらかそうな感じがする。
指でつまんでみると、体温で溶けたらしく指先にべたつくものがついた。
感触としては綿アメに近い。
指についたべたつきを舐めてみると、あとを引かないさっぱりとした甘さが感じられる。
やはり綿アメだ。
親指と人差し指のツメの先で糸をつまみ、ゆっくりと引きずり出していく。
引っ張りだしていくたびに、アゴの内側でなにかが回転しているかのようなむずがゆさを感じる。
くすぐったさにも似たその感覚が、アゴを伝って耳の奥をふるわせ始めたあたりで我慢できなくなり引き出すのはあきらめた。
糸を張った状態のままにして根元近くをはさみで切った。
切り取った糸は、丸めてクチの中へ放り込む。
舌の上で唾液と混ざり合うと、瞬間的な甘みだけを残してサッと溶けてなくなった。
クチの中にすこしだけ残った糸に異物感はあるものの我慢できないほどではない。
だが、妙な気持ち悪さが残っている。
なにか根本的な対応がひつようかもしれない。
携帯電話で妹に連絡をとる。
妹は、近くに住んでおり個人の開業医をしている。
事情を話してどうするべきかをたずねるが、
「違和感しかないなら放置してればぁ?」
と、あまりにもそっけない対応だった。
話を聞くと、ボクと同じ理由で電話や来院してくる人間が多数いるという。
下手に手を出すことができず対処法もないため、放置しておけばいい、としか言うことができないようだ。
ボクは電話を切った。
医者でもどうすることもできないならあきらめるしかない。
クチの中の違和感をなるべく考えないようにして家を出た。
糸にかまって遅れてしまったぶん急ぎ足で駅へと向かう。
どうにかいつもの電車に間に合うことができた。
ホームで電車を待っていると前に立つ男性の首に糸クズが付いているのを見つけた。
二センチ程度の長さがあり、先端が首から離れているおかげでつまんでもばれない。
そして、自分の糸ではないため、なんのためらいもなく引くことが出来る。
男性の首の糸を勢いをつけて一気に引っ張った。
とたんに、
ぱんっ
という軽い爆発音とともに前の人の頭が爆発した。
周囲にカラフルな紙テープとメタルテープが飛び散る。
阿鼻叫喚の中で、ボクはひとり『なるほど』と納得している。




