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冬休み

作者: 奔埜しおり
掲載日:2014/12/18

 どうやったら、彼をクリスマスに誘えるのだろう。

 最近ふとした瞬間にそんなことを考えてしまう。別に恥ずかしさだけが言えない理由ではない。というか、それよりももっと大きな問題がある。

 視線を開いてあるノートから、前にいる彼に移す。彼は分厚い問題集を見ながら私の苦手な数学をサラサラと、真剣な表情でノートに解いていく。そんな姿をしばらく見つめてから、俯く。

 彼は私の一つ上の部活の先輩で、今年は受験生。センター試験が間近に迫っているクリスマスにデートしませんか、だなんて言えるはずがない。来年まで待とうか、とも思ったが来年は自分が受験生だ。それにそもそもの問題として、来年の今頃まで自分たちは続いているのか。周りで付き合っては別れていくカップルたちを見ていると、不安になってくる。

「舞衣?」

 包み込むような暖かさを持った、低すぎない心地よい高さの男の人の声。そんな声に名前を呼ばれてハッと顔を上げる。彼と目が合った。

「なんですか?」

「いや、なんか考え込んでるみたいだったから……。難しい問題でもあった?」

「いや、問題というかなんというか……」

 彼が軽く横に首を傾げる。それに合わせて、先輩の黒髪がさらりと揺れた。

「ん?」

 優しげな微笑み。大好きなこの微笑みを向けられると思わず正直に言ってしまいそうになり、慌てて口を閉じる。きっと誘えば頷いてくれるだろう。だけどいいのか。それは彼に迷惑をかけることにならないのか。

 ずっと黙っている私を不審に思ったのか、彼の眉間にしわが寄る。

「もしかして、悩み事、とか?」

 図星を突かれて反応しそうになったのを寸でのところで止める。

――舞衣は自分で思ってるよりも、すごくわかりやすいよ。

 ずっと前。付き合いだして間もない頃に先輩から言われた言葉。たしかあのときは、彼氏ができたことが始めてで、どういう風に彼に接すればいいのかわからなかったんだっけ。それで悩んでいてほかの先輩に相談していたら彼にばれて、怒られた末にそう言われたんだ。

 今回のことも、実はもうばれてるんだろうか? きっと、詳細まではわかっていなくても、私が何かに悩んでいることには気づいているだろう。じゃなきゃわざわざ悩み事があるのか、なんてこんなまじめな顔で訊いてくるはずがない。

 言おうか、どうしようか。考えるために黙り込んでいるこの時間が、悩み事があるということを認めているようなものだ。そう気づいて私は、何かそれとなくクリスマスが空いてるかどうか訊こうと、口を開いた。

「あの、先輩」

「なに?」

「先輩って冬休みーー」

「準いる? ……って」

――先輩って、冬休みに暇な日、ありますか?

 そんな私の言葉は、突然図書室に入ってきた透き通った中性的な声に遮られてしまった。彼の顔が呆れた表情になり、私の向こう側を向いた。つられるようにして私も後ろを振り向く。そこには、まっすぐな少し茶色の混じった黒髪をポニーテールにした女性が立っていた。

「図書室では静かにって何回言えば気が済むの? 絢」

「あはは……ごめん。ていうか、なんか邪魔しちゃった感じ、だよね。ごめんね、舞衣ちゃん」

 女性、絢先輩は申し訳なさそうにきれいに整った眉をハの字に曲げてそう言った。

「き、気にしないでください!」

 慌てて顔の前で手を振りながら私は言う。

「大切な話ではなかったので!」

 うん、そうだ。大切な話ではない。そういうことにしておこう。

 絢先輩とは同じ部活で、本当に妹のように可愛がってもらっていた。そんな先輩に、こんな顔はあまりさせたくない。

「本当に?」

 後ろから彼が訊いてくる。本当に違うのか、疑っているときの声だ。

「はい」

 私はそう先輩に頷いて、何気なさを装って壁に掛かっている時計を見上げた。時計は四時半を指していた。

「ちょっと今日、五時までに帰ってこいって親に言われてるので、お先に失礼します」

 これ以上ここにいると先輩に問いつめられるような予感がした。だから私は、素早く荷物をまとめると立ち上がった。問いつめられてから言うのは、すごく嫌だから。

「送っていくよ」

 そう言う彼の誘いを丁寧に断ってから、私は図書室を出た。




 私は準の幼なじみだ。年も同じで、家はお隣同士。小さな頃から、それこそ生まれたときからずっと一緒にいた。

 何歳ぐらいからだろう。準のことを“男の子”として意識し始めたのは。いつからだったのだろう。準のことを“異性”として好きになり始めたのは。どうして私は、準のそばにいるのが当たり前だと思ってたのだろう。一番そばにいるのは自分だ、なんて勘違いしていたのだろう。

 準のそばには、気づけば私ではない女の子が立っていた。

 舞衣ちゃん。私と同じ吹奏楽部で、私が担当しているパーカッションパートの後輩。何事にも一生懸命取り組む子で、私が一番可愛がっていた女の子。

 正直すごく複雑だった。だけど、大切な後輩が笑うことで、大切な人が笑ってくれるのなら。大切な二人が笑っていてくれたら、きっと私も笑顔になれるから。そう思って私は手を引いたのに。

「で? 絢は俺に何か用でもあったの?」

「ああ、田所先生が、二月にやる演奏会、出席できないかって。ホルンの人数足りてないみたい」

 田所先生は、吹奏楽部の顧問の先生。大きな目が特徴的な女の先生だ。

「えー……。最近吹いてないからなぁ。音出せるかどうかが問題なんだよな。絢は?」

「私はどうしようか迷ってる」

 答えながら、準の隣に座る。もちろん、少し舞衣ちゃんに対して罪悪感は感じるものの、なんとなく舞衣ちゃんが座っていた準の向かいの席に座る気にもなれなかったのだ。

「絢が出たら、舞衣、喜ぶと思うんだけどな」

 そう言って、にっと笑いかけてくる準の表情に、思わずどきりとする。慌てて私は話題を変えた。

「そういえば準。さっき舞衣ちゃんとの話、切っちゃってごめんね。彼女、何か言い掛けてたよね」

「あー……うん」

 すっと準がうつむく。いろいろな感情を抑えるときによくやる、準の癖だ。

「まあ、今度また聞くよ」

「そう。冬休みがどうとか言い掛けてたけど、二人でどこか行くの?」

 準が顔を上げてこちらを見る。その顔には、曖昧な笑みが浮かんでいた。

「まだ、そう言う話は出てないかな」

「誘わないわけ?」

「うーん。なんて言うか、女の子からそう言うの誘われてみたいなって。そんな願望があるんだけど」

「で、その願望は叶えられそうなの?」

 両肘をついて、組んだ手の上に顔をのせて訊く。準はそんな私に肩をすくめて見せた。

「たぶん、さっき舞衣が言い掛けてたのって、それかなって」

 それを聞いて、ああ、やっぱりか、と思った。私は何かとタイミングが悪い。二人の告白シーンにも、準が舞衣ちゃんに甘い言葉を囁いている途中にも、キスシーンにも、たいていどちらかへの伝言を頼まれて突入していってしまう。一度二人に、どこかでタイミングでも見計らっているのか、と問われたが、そんなことはない。というか、できるならそんなうふふな二人を見たくない。見たら悪いな、という罪悪感が半分と、残り半分の嫉妬心的な意味合いで。

「ごめん、ね……?」

「いいよ、別にいつものことだし」

 そういってため息を吐く準。呆れられた。というよりもむしろ、あきらめられた、のほうが正しいかもしれない。

「……たぶん、舞衣ちゃんのことだから、準に気を使って、誘いたくても誘えないんじゃないかな」

 だから、もしも冬休みに会いたいのなら準から誘った方がいいんじゃないかな、という意味をこめて言う。

「やっぱりそうかなあ」

 準が背もたれに寄りかかって天井を見上げる。ギギギッと背もたれがなる。

「でも……やっぱり舞衣に誘ってもらいたいんだよなあ」

 そう言って目を細める準。その視線の先にはきっと、冬休みに会えないか、と誘う舞衣ちゃんの姿が見えているのだろう。そう容易に想像できるくらいにその表情は柔らかかった。

「じゃあせめて、悩む彼女を見て楽しまずに“あのこと”を言いなよ」

「えー。それはどうしようかな」

 いいながら、細めた目に、幼い少年のようないたずらな光が入った。

 ああ。心が痛む。この表情を向ける先が私だったら、こんな痛みを感じることもなかっただろうに。そう思いながらも、同時にすごくお似合いな二人の姿を何度も見ているから、この痛みから逃げる方法を探す気にもなれなかった。たとえば、そう。舞衣ちゃんから準を盗ろう、とか。そんなことをしようとは決して思えなかった。二人の笑顔が消えるところなんて、絶対に見たくない。

 だから、私は思った。

 二人に協力しよう、と。




「話って、なんですか?」

 お昼休み。友人と教室でパンを食べていたら、突然絢先輩に呼び出され、第二教材室、通称物置の前に連れ出された。物置と呼ばれるだけあって、人通りは少ない。というか、この前を人が通ることすら珍しい。

「舞衣ちゃん。冬休みは暇?」

「そうですね……。部活以外は特に予定はないです」

 本当は彼を誘おうと思ってるけど。まだ誘えていないから、予定は本当にそれだけだ。

「準との予定は?」

 どきり、と胸がなる。先輩には、片思い当初からたまに相談に乗ってもらっていたので、私と彼が付き合っていることを知っているのだ。

「……ない、です」

「もったいないなあ。せっかくの冬休みなのに、会わないんだ?」

「だ、だって……」

 私が黙ってうつむくと、ん? と、絢先輩がのぞき込んでくる。その表情は優しげで、まるで本当にお姉さんに相談しているような気持ちになった。

「準先輩、センター近いので……」

「迷惑じゃないか、心配なんだ?」

「はい……」

 頷く。するといきなり、私の両頬が先輩の両手に挟まれた。そしてその勢いにのって上を向かされ、笑顔の先輩と目が合う。

「しぇんふぁい?」

「いいこと、教えてあげようか?」

 いいことってなんだろう。そう思い、首を縦に振る。

「あいつ、もうAOで大学受かってんのよ」

「……はい?」

 先輩が言い終えると同時に頬が解放され、私は間抜けな声を発した。

「え、じゃあなんでセンター受けるって……」

「受けて損はないからってさ。あ、これないしょね。準が受かってるって知ってるの、たぶん三年では私だけだし。割とデリケートな話だから、あいつ周りに言いたがらないんだ」

「……先輩には言うのに、私には言わないんですね」

 むっとして呟くと、先輩が苦笑しながら私の頭を撫でてくれた。

「まあ、君ならわかると思うけど、あいつはそう言う奴だよね」

 その言葉に、片思いをしていた頃からのことを思い返す。

 そうだった。絶対に大切なことは言わずに、悩む私を見ていつも楽しそうに笑う人だった。でも、その笑いに馬鹿にしているような雰囲気はみじんもなくて。どこか暖かさを感じていたのだ。その笑いが好きだった。……友人には意味が分からない、といわれたけど。

「そうですね。先輩はそう言う人でした」



「準先輩!」

 校門を通ったところで呼び止められた。耳によくなじんだ女の子の声に振り向く。そこには舞衣が白い息を吐きながら立っていた。これから部活のためか、学校指定のベージュのカーディガンの上には何も着ていない。

「どうしたの。もうそろそろで部活始まる時間じゃない?」

 言いながら、見ているこっちが寒くなるような舞衣の肩に、自分の着ていたコートをかける。いいです、と言われたが無視して前のボタンを留めると、舞衣はあきらめのため息をついた。

「大丈夫です。ささっと用件終わらせるので」

 そう言ってじっとまっすぐな視線で俺を見てくる。どきり、胸がなった。片思い当初から、何かないしょにするたびに、こんな目で見つめられた。というか、この目で見つめられるために、大切なことをあえて言わないのだ。単純にそれで悩む彼女を見ているのも楽しいのだが、その結果としてこの目で俺を見つめてくるとき、彼女の視界にいるのは俺だけなのだ。それがたまらなくうれしい。

「用件って?」

「先輩。クリスマス、暇ですか?」

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