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生闇斬魔  作者: 湖林
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井の中の蛙?その1

空が薄明るくなり、電灯に灯った光が消え始める、そんな時間に昨日の公園に二つの人影がポツリと浮かび上がっていた。昨日の悲惨な状態は既に跡形もなく綺麗にされていた。本当にここで《妖》の惨殺があったか、と疑いたくなるほど何の形跡もなくなっていた。


「ハァ、ハァ、あ、朝っぱらから、ハァ、ハァ、よ、40㎞も走るのは、つ、辛い」


 既に起きてから1時間ほどが経っていた。二人とも動きやすそうなスポーツウェアに身を包んでいる。ルカは膝に手を置きながら息を切らせていた。一方ユキヨは、軽く息を弾ませている程度である。それもそのはず、ユキヨに合わせて走った為に、ルカは始終ほとんど全力疾走になってしまった。


「まだ、体気の絶対量が少ないから疲れるの」


 ユキヨがルカにタオルを渡しながら言う。ルカもだいぶ落ち着いてきた様だ。


「でもさ、私とユキヨちゃんって、どれぐらいの差があるのかしら?」


「わからない、でもルカさんは素質があるから、結構早く強くなると思う。取りあえず、毎朝これを続ければ、着実に体気の絶対量は上がっていく。残りの一時間は、気の使い方について教えるから」


 ずいぶん多弁である。ユキヨはルカのことが気に入ったのか、それとも、戦いのことになると人が変わるのか、はたまたそれの両方か。いずれにしても普段のユキヨよりもずいぶんと生き生きしている様に見える。


「えっ?戦い方は?」


「昨日の戦いを見ていて、戦い方はもう問題ないと思う。後は気の量が上がって、気の使い方を覚えれば、数段強くなれると思う」


 そう言って、ユキヨはルカと少し距離を取った。


「じゃあ、始めは私の殺気になれること、毎日徐々に強くしていくから」


 ユキヨが言い終わった瞬間、ルカの体に目に見えないプレッシャーが掛かる。


「ぐっ、け、結構きついね」


 ユキヨがかなり手加減しているのか、呼吸が少し荒くなって、少し体の動きが鈍くなる程度の物だった。


「取りあえず、これに慣れて」


 15分ぐらいすると、ルカの呼吸が落ち着いてきて、体にあった重さも感じなくなった。これが、慣れた状態という奴なのだろう。


「私達は本来戦闘では、殺気はなるべく抑えるの」


「えっ!なんで?」


 基本的に、普通の人間は戦闘態勢になると自分でも知らず知らずのうちに殺気を放ってしまう。殺気を全く発さないで戦うことは不可能と思われているのだ。


「自分と同じぐらいの力を持つ者、もしくはそれ以上の者と戦うときは、殺気を放つと相手に自分の行動を読まれてしまうから、自分より弱い相手の時だけしか使わない」


「でも、殺気を全く放たないで戦うことなんて出来るの?」


 心底びっくりした様な顔で聞き返す。《四聖族》のそれぞれの頭首でさえ、戦うときは相手への威嚇の為、膨大な殺気を振りまいて戦う。それが目の前にいる少女は、戦いに不利になると言っているのだ。どういう世界で戦ってきたのか不思議でしょうがない。


「ええ、上手くコントロールすれば。私の場合はまだ少し放ってしまうけど、私が知っている人で、全く殺気を放たないで戦うことが出来る人は3人いた。でも、まず自分の殺気を強くすることが大切。ある程度の殺気を当てられても大丈夫にならないと。私の殺気、慣れる為に練習中はずっと放っておくから」


「わかったわ」


 取りあえず、今は強くなることだけを考えて、疑問は口に出さないことにした。


「じゃあ、次は最大限の心気を体に溜めて、それを暫く留めておいて」


 それが何の訓練になるのか?とルカは思ったが、ユキヨに言われたことなので実際やってみる。

 自分の体の奥から気をひねり出し、そのまま体内に留める。すると、時間が経つに連れて、気を留めておくのが辛くなってきた。普段なら、ひねり出した気はすぐに武器と一緒に放つので、体に留めておくのも長くて30秒位である。それが今は既に2分を超えて体に留め続けている。


「つ、辛い。気を留めておくのが、こ、こんなに辛いなんて、少しでも気を抜いたら、外に放出されちゃいそう」


「これは、心気の絶対量を上げる練習と、気のコントロールの練習。私も始めは15分が限界だった」


 だんだん、ルカの全身から汗が噴き出し、息が乱れてきた。まだ10分と経っていない。取りあえず15分は耐えようと頑張っているが、既に限界を超えている。


「頑張って、とにかく自分の気にだけ集中して自分の中に押さえ込むの」


 そして、十五分何とか耐えきって、ルカが力を抜くと、ルカを中心に強い風が広がった。


「ハァ、ハァ、こ、こんな事、やったことなかった、ハァ、ハァ、ゆ、ユキヨちゃんは、何処でこんな事習ったの?」


 また、膝に手をつきながら息を切らしている。


「秘密」


 そういってユキヨは少し意地悪に笑った、ように見えた。


「じゃ、じゃあ、ゆ、ユキヨちゃんは、何分ぐらい留めておけるの?」


 少し考えた後、ユキヨは答えを出す。


「10時間ぐらいだと思う」


 聞かなきゃ良かったと思う反面、俄然やる気が出てきた。それは、ユキヨと自分にまだまだ大きな差があり、まだまだ自分は強くなれると確信したからだ。そして、いつかはユキヨをも抜き去って見せると気持ちを新たにした。


「が、頑張らなきゃ。後は何をやるの?」


「体気、心気、殺気の3つの訓練は今ので終わり、七時までの残りの時間は私と組み手。武器無しの」


「く、組み手?」


「そう、実戦経験は大切。それと気の使い方を覚えるのはこれが一番良い」


「わ、わかったわ」


「じゃあ、かかってきて、初めのうち、私は手を出さないから」


 ユキヨが構えを取る。ルカもそれに習って構えを取った。


「じゃあ、行くよ」


 言い終わるか終らないかくらいのところで、ルカは駆け出しユキヨの間合いに一瞬で入った。そして拳を繰り出す。しかし、簡単にユキヨの拳に弾かれてしまう。ユキヨの拳に触れる前に何か分厚い壁みたいな物に弾かれた。


「それじゃ駄目、ちゃんと拳にも心気を載せて、そうしないと私に届かない。武器に込めるのと同じように、拳に込めてみて」


 ルカはそれを聞いて今度は、拳にひねり出した心気を込めてユキヨにパンチを繰り出す。さっきと違い、少しユキヨの手に触れることが出来たが、やはり弾かれてしまった。


「途中で拳に込めた心気を解くと、その瞬間弾かれる。だから、心気を常に拳に纏わせておくことが大切。心気を留めておけないと、多くの敵と戦うときには辛い。昨日のルカさんの戦い方は、心気を全く使っていなかった。心気を戦闘中常に刀に纏っていれば、空中での一撃の時に、勝負は決まっていた」


 そう言われて、昨日の戦いで、硬質化された腕に刀を弾かれたのを思い出した。その後、心気を纏わせて放った技は軽々とそいつの腕を砕いた。ルカは元々、心気は技の時のみ使う物だと思っていた。いや、《四聖族》の大抵の者はそう思っている。それ以前に、心気を長時間一定の場所に留めておくことが出来ないだろうが。

 次はちゃんと拳に心気を定着させたまま攻撃をしようと試みた。そして、その攻撃は途中で弾かれることなく、ユキヨの手に触れることが出来た。だが、2、3発放つと、心気を拳に定着させておくことが出来なくなり、拳から心気が消えてしまった。まだまだの様である。


「これが攻撃と防御の基本。防御に使えば、どんな鎧よりも堅い鎧になる。コントロールは攻撃の時以上に難しいけど」


 この日の訓練だけでも、ルカは多くの事を学んだ。これからの訓練のことを考えると、ルカ自身とてもワクワクとしていた。


「じゃあ、今日は終わり、帰ろう」




「ユキヨちゃん、私何かやることある?」


 家に帰り二人はシャワーで汗を流した後、ユキヨは朝食の準備に移り、暇を持て余したルカがユキヨに聞く。


「兄さん起こしてきて」


 ルカはそう言われて早速、ハルトを起こす為に階段を上がっていった。


「お、男の子の部屋入るなんて初めて。なんかドキドキする」


 実はルカは、箱入り娘だったりする。小さい頃から、武術の特訓で家に篭もりっきりだったし、学校も小、中、高と女子校だった為に男とはほとんど話す機会がなかった。男と話す機会は、登下校中の男からのナンパか、同じ四聖族の者とぐらいだった。

 ルカはハルトの部屋のドアを軽くノックして、中に入った。


「は、入るよ。っていうか、もう入ってるよ」


 ハルトの部屋に入り、ハルトの方を見た瞬間そのドキドキとした気持ちは吹き飛んだ。

 ハルトが苦しそうに呻いていたのだ。すぐに駆け寄ってみると、呼吸は荒く、大量の汗を額に貼り付け、かなり苦しそうにしている。


「ハルト、ハルト。どうしたの!?」


 ルカが体を揺すって声を掛けるが反応が返ってこない。


「うっ、うう、せ・・よ・・・」


 ルカはひたすら体を揺すって起こそうとするが全く目覚める気配がない。自分ではどうしようもないと思い、すぐさまユキヨを呼んだ。

 ユキヨはルカからハルトが変だと聞かされると、かなり慌てた様子で、ハルトの部屋までやってきた。ユキヨがあそこまで慌てるとは、ただ事でないことが分かる。


「ころ・・・してやる・・・・」


「兄さん」


 ユキヨは誰に言うでもなく呟き、優しくハルトの手を握った。


「ハルトどうしちゃったの?」


「ずっと戦ってる。三年前からずっと続いている悪夢と・・・。私にはどうすることも出来ない」


 そう言って、苦しむハルトを心配そうな目で見つめる。そして自分には何も出来ない事を悔いているような、そんな感じが無表情ながらも伺える。


「しぬ・・・な・・しな・・・ない・・・くれ・・・せ・・・よ・・・せい・・よ・・・ああぁぁ、うあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!ハァ、ハァ」


 大声で叫んだ後、ハルトはガバッと起きあがった。呼吸が荒い。


「ハルトいったいどうしたの!?」


「兄さん、大丈夫?またあの夢?」


 二人いっぺんに話しかけてくる。


「ハァ、ハァハァ、ハァ。気にするな、いつものことだ」


「いつものことだって、普通じゃなかったわよ!!」


 ハルトが気にするなと言うが、ルカはハルトが心配でなおも食い下がる


「じゃあ、先に私たちはご飯食べているから、落ち着いたら来て。ルカさん、行こう」


「で、でも・・・、わかったわ」


 ユキヨの目を見てハルトに追求するのを諦め、ユキヨと一緒に階下に下りた。二人を見送った後ハルトは深いため息をついて、拳を壁に叩きつけた。


「くそっ!!絶対に殺してやるからな!!」


 いつもの冷静で、ボケッとしたハルトの姿はなく、憎悪と怒りで満ち満ちた姿がそこにあった。




 しばらくしてハルトが下りてきたので、三人は朝食を終え、学校に向かう。その時はすでに普段のハルトに戻っていた。ルカは今朝のハルトの様子について詳しく聞きたかったが、ユキヨの、今は何も聞かないでそのうち話すから、という言葉に簡単に折れた。校門を入ったところでユキヨと別れ、下駄箱の所でカズヤを見かけたので声を掛けた。


「おはよう、ハルト。それに氷神さんだっけ?」


「どうした?」


 カズヤが珍しく何やら同様をしている。


「ああ、下駄箱の中にこんなものがな」


 そう言って、手に持っていた手紙の様な物を、ハルトに見せる。


「なんだ?脅迫状か?それとも、果たし状か?」


 どう見てもハルトの言った様な類の物には見えない。というか、ピンクや空色の便せんを見てそう思うハルトが変なのだ。


「さぁ、どうだろうな?まだ開けてみてないから、どちらとも言えないが、どちらかというと果たし状の方の確率が高いだろうな」


 きわめて真顔で言うカズヤ、もう一人変なのがいた。まぁ、二人の生きてきた世界では、そう思うのが常識なのかもしれないが、ここは平和な学園ないである。そんなもの入ってるほうが珍しい。


「二人とも、本気でそれ言ってるの?」


 ルカは心底驚いた顔をしている。そして自分のロッカーを開けると、そこにも何通か手紙があった。


「ルカ、まだ学校二日目にしてそんなに多くの人間に目を付けられるとは。大変だな、せいぜい相手を殺さないよう気を付けてくれ」


 カズヤの方を見ると、ハルトの言葉にうんうんと頷きルカに同情の視線を送ってきた。


「だから!違うってば!!これは、ラブレターよ、ラ・ブ・レ・タ-、わかった?」


 そう言って肩で息をするが、ハルトとカズヤはまだよくわからない様な顔をしている。


「もういいわ、教室に行ってから説明して上げる」


 と言うことで三人は、教室に移動した。なんとなく、説明に時間がかかりそうだとルカが頭を抱えた。

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