五十歩百歩?その2
「は~、気持ちいい~」
ルカが湯船に浸かって、ユキヨが長い黒髪を丁寧に洗っている。
「ユキヨちゃんの髪の毛って凄く綺麗ね。羨ましい」
「別に大したこと無い」
髪の毛のことを褒められて少し嬉しそうだ。
「ねぇ、ユキヨちゃんから見てハルトってどんな人?」
「優しくて、頼りになる人」
髪の毛を洗い終わった、ユキヨはその真っ白な肌を洗っている。同じ女のルカから見ても、ユキヨは魅力的で思わずため息が出そうになる。
その後、しばらくしてユキヨが洗い終わると、ルカと交代して湯船に浸かった。真っ白い肌がほんのりピンク色に染まる。
「ねぇ、ユキヨちゃん。私に特訓つけてくれない?」
髪の毛を洗っている、ルカが唐突に口を開いた。
「なぜ?」
「もっと強くなりたいの」
「何故、強さを求めるの?」
ユキヨがほんの少し悲しそうな顔をしたのはルカの気のせいなのだろうか?
「わからない。でも、何故かもっと強くなりたい気がする。理由はまだ見えないんだけど、今の私じゃ駄目だって感じる」
髪の毛のシャンプーをお湯で流し、ユキヨの方を向く。その目は真っ直ぐで、本気だった。
「わかった。私が教えられることは教える」
「ありがとう、私頑張るから」
ユキヨのオッケイが出たので、顔をほころばせながらお礼を言った。
「じゃあ、私は先に出る。ゆっくり浸かってきて」
しばらくして、湯船に浸っていたユキヨがルカより先に風呂から上がった。
風呂から出たユキヨはハルトに髪の毛を乾かしてもらっていた。凄く気持ちよさそうに目を細めている。
「兄さん、ルカさんに戦い方を教えることになった」
「そうか。確かに今のままじゃあ、自分の身も守れないな。取りあえず、今日ぐらいの相手なら、余裕で殺れる(やれる)ぐらいにはしてやれ。あいつら《光に生きる者》は温室で育ったせいで、大して強くもないくせに、自分の力を過信しすぎるところがあるからな。それと俺のことはまだ言うなよ」
ハルトは今日のルカとの会話を思い返して苦笑した。自身の力を過信している発言が多分にあった。あれでは、いざというときに真っ先に殺されるだろう。
「わかった。じゃあ早速明日の朝から始める」
そこへ、風呂から上がったルカがやってきた。ユキヨの白いパジャマを着ている。
「でたよ。って何やってるの二人とも?」
「なにって、髪の毛を乾かしてやっているだけだが。こいつの髪の毛は長すぎて自分では乾かすのが辛いんだよ」
「ふーん、じゃあハルト、私の髪の毛もお願い出来るかしら?」
ソファーに座りながらまだ湿った髪の毛を人差し指でいじくる。
「まぁ、いいけど。ユキヨ、終わったぞ」
そう言ってユキヨの髪の毛から、手を離す。一瞬、名残惜しそうな顔をしたが、直ぐに普段の無表情に戻った。
「ありがとう。私は夕食を配膳して持ってくる」
ユキヨが台所の方に行った。ハルトはそれを見送った後、ルカの後ろにまわって、ユキヨと同じようにルカの髪の毛を、ドライヤーを使って梳かし始める。
「あっ、結構気持ちいいかも。ユキヨちゃんが気持ちよさそうにしてたの、わかる気がする」
ハルトは黙って、ルカの髪を梳かし続ける。ユキヨほどではないにしろ、ルカの髪の毛もかなり綺麗な方だと思う。枝毛も少なく、サラリとしている。
「明日から、頑張れよ。あいつ、戦闘のことになると結構厳しいからな」
「はーい、頑張るよ。私はもっと強くなりたい。一族の中ではかなり強い方だと思ってたんだけど、上には上がいるものね。私なんてまだまだだなって思い知ったわ」
「井の中の蛙、と言うやつだな」
「まぁ、そういう事ね。ハルトも一緒に特訓する?少しくらいは強くなるんじゃないの?」
「いや、俺はいい。見学ぐらいはするけどな。・・・終わったぞ」
髪の毛を梳かし終わったハルトは、ルカの後ろから離れ自分の座っていた元の位置に戻った。髪の毛の長さが全然違うので時間もそれなりに早く終わる。そしてしばらくすると、ユキヨがお盆を持ってリビングにやって来た。
お盆の上の物を机に下ろすと、また台所に行ってお盆に載りきれなかった物を持ってくる。それを何回か繰り返してリビングの机の上は、食べ物の皿でいっぱいになった。
「私も食べて良いの?」
「遠慮しないで」
「ああ、二人で食べきれる量じゃない。だが、関西の人間の口に合うかは解らないぞ」
しかし、3人分にしてもかなり多い気がする。そう思いつつもルカは二人が食べ始めたので自分も箸を運ぶ。確かにルカにとっては、味が少々濃いが、気になるほどの物ではなかった。それよりも、ユキヨの食べっぷりに目が行ってしまい、食事を味わうどころではなかった。ユキヨはすごく上品に食べてはいるが、ハルトやルカの約2倍近いスピードで物を口に運んでいる。どうやればあんなに早く食べられるのか不思議でしょうがなかった。それに量もハルトの倍近く食べている。
「ユキヨちゃん、良くそんなに食べられるね」
「今日は戦ったから、それに見合うエネルギーが必要なだけ」
箸を進めるのを止めて、ボツリとそう言って、再び箸を動かし始める。
しばらく黙々と食べていたが、そのうちテーブルの上の皿が全てカラになる。
「ごちそうさま」
皆、満足そうな顔をしている。そして、ユキヨのいれてくれた茶を啜りながら、今後の予定を話し合っている。
「そういえば、ルカは一人暮らしか?」
「えっ。うん、そう。京都から私一人で来たから」
「じゃあ、今夜は泊まっていくか?帰るの面倒だろ?」
「えっ!?と、泊まり?わ、私達まだそういうのは」
ハルトが何気なくポツリと言ったその言葉に、何を勘違いしているのか、ルカが必要以上に狼狽え、顔を赤く染める。
「そうした方が良いと思う。今日の夜、色々明日からのことについて話しておきたいし。それに明日は5時起きだから」
それを聞いて、ルカはガクリと肩を落とし、頷いた。
「が、頑張ります」
ルカの口から乾いた笑いが、虚しく部屋に響いたのであった。