五十歩百歩?その1
その後、心身共に疲れ切っていたルカをハルト達は家に招待した。ユキヨはあまり乗り気ではなかったが、ハルトが決めたことならと了承した。家に帰ると直ぐにハルトは風呂の準備をした。別に下心があるわけではなく、返り血と、自分の冷や汗で汚れたルカへの考慮だ。取りあえず風呂が沸くまで、リビングで紅茶でも飲んで貰っている。
「何か質問はあるか?」
ハルトがルカに向かって問う。ルカは既に落ち着きを取り戻していて、顔色もずいぶん良い。
「あの子は何者なの?」
どうやら、ユキヨのことを言っているようだ。本人は台所で夕食を作っている。本人がいないからこんな質問が出来るというもの。本人がいたら怖くてこんな質問出来ない。もし彼女が、ルカを殺そうと思えば一瞬で殺せるだろう。
「ああ、そのことは本人から聞いてくれ」
「それが出来ないから、ハルトに聞いてるの!」
「大丈夫だ。直接本人に聞いても、ルカを斬り殺すことはない。俺の知り合いだからな。だから遠慮せずになんでも聞くといい」
「で、でも」
相当ビビッているようで、声が若干震えている。まぁ、自分が一体でも苦戦していたものを、あんなに簡単に殺しまくっていた人物なのだから恐怖が沸くのもわからなくもない。
「私は、五年前に兄さん達に拾われた」
いきなり、後ろから声を掛けられてビクつくルカ。
「あ、あなたは、なんでそんなに強いの?」
愛想笑いを顔に貼り付けて、更に質問する。
「生きていく為には強くなるしかなかったから」
無表情で返すユキヨの瞳にルカでは想像できないほどの深い闇が見えた気がした。さらに、無表情なので感情が汲み取れない。そのことが、いっそうルカを不安にさせた。
「そんな怯えなくても平気、あなたを殺そうとかは思っていないから。今のところ」
「い、今のところ?」
それは後で気が変わるかもしれない、と言うことなのか?
「冗談」
「ユキヨの場合、冗談が冗談に聞こえないんだよ。だけどな、ルカ。今日ユキヨがいなかったらどうなっていた?俺たちを助けてくれたのは誰だ?そのことをよく考えな。それにユキヨは俺の大切な妹だ。”化け物”じゃない」
そう言って、コーヒーを一口啜る。その言葉はルカの心に突き刺さった。昔、自分もそんな経験があったのでなおさらだ。いくら無表情で化け物のように強くても同じ人間だ。
自分の過ちに気付かされ、恥ずかしさで赤面した。
「ごめん、そうだよね。あなただって普通の人間だよね。ゴメンね、ビクビクしちゃって。でも、まだあなたのことをそこまで知らないから、心の奥にある恐怖は消せないと思うの。これから、ユキヨちゃんのことをもっと知って、必ず恐怖を消して見せるから」
素直にそう言って頭を下げた。ハルトも満足げだ。
「別にいい」
ユキヨの表情にかすかだが喜びの感情が浮かんだように見えた。それを見てルカは、別に表情に乏しい普通の女の子だなと、考えを改めた。
ルカと、ユキヨは良い友達になれそうである。考えてみれば、ユキヨに新しい女友達が出来るのはかなり久しぶりのことなのではないのだろうか?そう考えるとの少しハルトは嬉しく思った。
ルカは、とりあえず気持ちの整理がつき、緊張が解けると、今まで忘れたことを思い出す。何かお腹のところが涼しい気がするのだ。気のせいではない。チラリと自分の腹部に目をやると、白い肌が覗いていた。胸のちょっと下から全てが切り落とされている。おへそも丸見えだ、下手すると胸を隠す布が見える。
「!!」
すぐに両腕で、見えそうな下着を隠す様に胸を隠した。血が頭に上って行って、一瞬で茹で蛸みたいになってしまった。
「ああ、悪い、気がきかなくて。今なんか着替え持ってくるな」
すぐに、ハルトは自分のシャツを持ってきてルカに貸した。ルカの姿には始めから気付いていたが、本人が全然気にしていなかったことと、直ぐに風呂に入るのだから別にそのままでも良いだろうと考えていた。人間としては何処か抜けているところがある。
「あ、ありがとう」
シャツを素直に受け取り、すぐさま身につけた。この家で使っている洗剤の良い香りがルカの鼻をくすぐる。
服装のことになってもう一つ気づいたことがあった。
「ねぇ、ユキヨちゃん。なんで服に返り血が一つも付いてないの?あれだけ間近で斬れば、返り血の一つや二つ付くはずじゃないの?」
そう言ってユキヨの姿を見た。戦闘をしていたときのままだが、まったく汚れていない。
「刀のおかげ」
「刀?」
「ああ、ユキヨの刀は月下美人っていう代物だ。聞いたことはないか?」
ルカは少し考え込み、思い出したのか両手をパチンと合わせた。
「月下美人って、深紅の刀身を持つ幻の刀?確か、あれって妖刀じゃなかったかしら?」
「そうだ。あの刀は血を吸う。だから斬ったときに切り口から出る血は、全て刀が吸いとる」
「だから私には血が付かない」
「な、なるほど」
二人の説明に内心ビビって声が震えたルカ。
「まぁ、あの刀には触らない方が良い。ユキヨ以外の人間が触れると、血を吸われ、あっという間にゾンビだ」
「わ、わかった気を付ける。所でもう一つ、ハルトはなんであんなに凄い殺気を浴びて、平然としていられるの?」
「こいつのお陰だ」
そう言ってハルトは左腕に付けている青と赤のリングを見せた。
「ブレスレット?」
「こいつには殺気とかそう言った物を感じさせない力があるらしい。貰い物だから詳しいことはわからない。ちなみにルカに説明される前から、殺気の事は知っていた。ルカの殺気の中でも平然としていられたのはこいつを着けていたからだ」
ルカは、何故そんな物を身に付けているのか?と質問しそうになるが、ユキヨと一緒に住むのなら、そういった物が必要だと勝手に解釈した。実際の理由はそれとはかけ離れている。このブレスレットには、相手の殺気を感じさせない力ともう一つ特殊な効力を持っている。それは、自分の気を抑える力である。
気とは、大きく分けて、威嚇の為に相手に放つ『殺気』、身体能力を一時的に飛躍させる『体気』、主に攻撃に載せて相手にぶつける『心気』、の三つがある。殺気とは空気中を伝い、相手の精神に働きかける気のことで、強いものになるとこれだけで相手を殺せる。
次に体気であるが、先ほどの戦闘でユキヨやルカが見せた常人離れした動きは、この体気によってやったことだ。体気は自分の体を普段の数十倍、数百倍に活性化させることが出来る。それは聴力、視力、感覚、瞬発力など、体の全ての機能に適応される。
そして最後の心気、ルカが戦闘の途中で放った『空鳴斬』、『氷華裂斬』、ユキヨが使った『血桜』などは、心気を武器に載せ放ったものである。ちなみに心気には操る者、各々の心が影響して、各々違った性質ものになる。
しばらく話していると風呂の沸いた合図があった。
「じゃあ、入って来い」
「えっと、じゃあユキヨちゃんから入って」
「ルカさん、先に入って」
「二人では行ってこいよ。この家の風呂かなり広いから、二人で入るくらい余裕だ。お前らが入っている間、俺は夕食の準備の下ごしらえをしておくから」
二人はしばらく考えた後。結局、二人で入ることに決めたようだ。