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生闇斬魔  作者: 湖林
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能ある鷹は爪を隠す?その2

「そこの女の子、逃げなさい!!!」


 状況を確認するなり、ハルトの隣にいたルカは大男の方に駆け出した。もちろん刀は袋から出し、いつでも抜刀出来るように構えている。そして途中からいっき加速し、一瞬で大男の懐に舞い込み『冬桜』を抜刀した。ユキヨは相変わらず立ったままである。


「ハァッ!!」


 刀を抜くと同時に大男を下から上へと切り上げるように刀を振り上げた。が、大男の姿は既にそこになくなっていた。普通の人間から見れば消えたように見えただろう。しかし、ルカはしっかりと目で追えていた。


「上っ!!」


 そう叫ぶと直ぐにルカも跳躍し空に舞った、そしてうまく空中でバランスをとりながら大男に斬りつけた、狙いは翼だ。完全に決まるタイミングで刀を下ろした。


 ガキィィン


 そんな高い音がして刀がはじかれる。見ると大男は右腕を出し、刀を弾いていたのだ。右手は鉄のような光沢を放っている。今度はルカがバランスを崩す。その隙をつき大男は、図太い腕をルカにむかって叩きつけた。


「グッ」


 ルカはどうにか直撃を避けたようだが、地面に叩き落とされてしまった。肺から空気が漏れる。大男はニヤリと笑うと追撃を仕掛けようとせず、笑いながらルカの苦しむ姿を見下ろしていた。


「ヨワイ」


 ルカがヨロヨロと立ち上がると、大男はそれに合わせてルカからある程度の距離を取り地面に下りる。ハルトとユキヨは黙って二人の様子を見ている。ルカの目の色が変化している。先ほどまで黒かったのに今では透き通るように綺麗な青になっていた。地面に叩き落とされた衝撃でカラーコンタクトが外れたのだろう。


「ハァ、ハァ、アンタ喋れるって事は上級の《妖》ね。やっかいだわ」


 ルカは中級以上の《妖》と戦うのはこれが初めてなので、この戦闘はかなり厄介である。座学での知識はあるものの、実践からでしか学べない相手に対する知識が圧倒的に不足している。京都の四季族など表だって《妖》を狩る者の中では、《妖》は低級、中級、上級と三つに分けられている。ちなみに低級の《妖》は本能で動いていて、動物の中でも最も簡単に食せる人間を狙う。つまり低級の《妖》にとって、人間は腹を膨れさせる食事にしか過ぎない。知能の欠片も持たない《妖》である。中級は知能を持ち、強い人間を襲い、自分の糧とするタイプである。強い人間を多く糧とすると上級になることもしばしばある。上級は高い知能を有し、人語を操り、集団での行動もする。更には自分の体の一部を変化させたりも出来るようになる。強さは下級と中級、中級と上級ではかなりの差がある。


 一方、《闇に生きる者》は《妖》をH、G、F、E、D、C、B、A、AAの九つに分けている。Hが最弱でAA(特A級)が最強である。下級、中級、上級と照らし合わせると、下級がH、G、F。中級がE、D、C。上級がB、Aである。AAはまだ、表で《妖》を狩る者には知られていない。上級の《妖》を遙かに凌駕する存在、あえて言うならば、特上級と言ったところか。


「オマエナド、タベテモ、ナンノタシニモ、ナラン」


大男は無機質で固言な声を発した。


「ず、ずいぶん、ひどい、ハァ、ハァ、言われようね・・・」


 ルカの呼吸がだんだん落ち着いていく。


「ふぅ、・・・行くわよ!!」


 ルカが《妖》に向かって走り出す。刀は鞘に収めている。


「行くわよ!!空鳴斬!!!!」


 言うと同時に、気を込めて刀を超高速で鞘から抜刀する。すると刀からカマイタチが生まれ、地面をえぐりながら《妖》に襲いかかる。これは《四聖族》がよく使う技で、《四聖族》の人間なら大抵の者は使える。


「グッ」


「まだよ!!!」


 ルカはカマイタチの後を追いかけるようにして《妖》に接敵し、斬りかかる。カマイタチに注意を払いすぎたせいで、これは完全に防げない。


「グアッ」


 案の定《妖》はその攻撃をまともに喰らった。胸に大きな傷が付き、どす黒い血をまき散らした。ルカはいったん距離を取り、《妖》と向かい合う。


「私が弱い?あなたの方がよっぽど弱いわね」


 そう言って鼻で笑った。


「クックックッ、コレグライノ、キズヲツケタグライデ、イイキニナルナ。コムスメガ」


 胸から腹にかけて斬られても尚《妖》は余裕の表情を浮かべ気持ち悪い笑いを漏らした。そして見る見るうちに傷が塞がっていく。辺りはすっかり暗くなっていた。これからは《闇に生きる者》の時間だ。《妖》のこの強靱な回復力も日が沈み、闇が姿を現した為といえよう。


「今のは小手調べよ。どの程度の斬撃で、どの程度の傷が付くかのね」


「フッ、ツヨガルナ、オマエノフクヲ、ヨクミテミロ」


 そう言って《妖》はルカを指差す。言われてチラリとルカが自分の服を見ると、制服のお腹の部分がさっくりと裂けて、肌が見えていた。もう少し深く踏み込んでいたら、ハラワタがぶちまけられていただろう。


 相手は回復する、長引くとヤバイと悟り、次の一撃で決める為、気を練り始める。


「コイ!!」


 ルカが走り出す。刀は正眼に構え《妖》に突っ込んでいった。自分の間合いに相手が入ると同時に刀を振り下ろす。


「ハァァァ!氷華裂斬!!!!」


 《妖》は両手を硬質化させ頭の上でクロスさせた。この一撃に耐え切れれば《妖》の勝ちだ。


ビキィィィィ


 次の瞬間、耳障りな音と共に《妖》の両腕が砕け散った。更に《妖》は頭から真っ二つに割られていて、その斬り口は凍っている。両腕は凍って砕け散り、花弁のように空中に舞った。その後、ズゥゥンという《妖》が地面に倒れた音と共にルカは勝利を確信し、小さくガッツポーズを取る。


「ふぅ、二人とも大丈夫?」


 ハルトは少し驚いた様子で公園の入口に立っていた。ルカがこちらを向いたことに気づくと、ゆっくりと公園の真ん中に向かった。そして、ユキヨは相変わらず無表情で同じ場所に立ちつくしていた。ルカはそんなユキヨを見て、あまりにも非現実的なことが起こって、放心しているのだと思い、声を掛けようとした。

 その時、低い叫び声と共に、公園を取り囲むようにゾロゾロと何かが現れた。


「!!こ、こいつら!!!」


 ルカの声からは絶望が伺える。それらは人間の形をしていた、しかし体の一部が人間と異なっている。先ほど屠った個体と同じで、全員薄気味悪い羽が生えていた。数は十数体。


「クックック、オマエヲクッテヤル、スコシノ、タシグライニハ、ナルダロウシナ」


 その声に合わせるようにその場にいた《妖》が薄気味悪く笑う。


「全部上級の《妖》か。いくら私でも無理よ」


 既に完全に囲まれている。ルカの心は絶望一色に染められ、下半身に力が入らずにその場に尻餅をついてしまった。


「おい、ルカ。まだ諦めるのは早いと思うのだが。俺等がここに来る前に、何故《妖》がここにいたんだ?よく考えてみろ?お前の話だと、中級以上の《妖》は特殊な人間を襲って自分の糧にするんだろ?」


 ルカがハルトの言ったことを頭の中で整理する。そしてハッとなった。自分たちがさっき殺した《妖》は自分たちがここに着く前には戦闘態勢に入っていた。あの叫び声が何よりの証拠だ。つまり元々この公園の中に、そういう人物がいたことになる。


「あなたが?」


 そう言って、ユキヨを見るルカ。しかし、表情を全く変えない華奢な少女を見て、更に考えを改める。


「無理よ。上級《妖》がこんなにいるのよ?一人で倒せるわけないわ。こんな大勢相手にして勝てるのは《四季族》の中でも頭首クラスの人だけよ」


「ずっと話を聞いてきて思ったんだがが、ルカは少し自分の常識に縛られるのはやめたほうがいい」


 ハルトの言葉にルカが反論をしようとしたとき、空気の流れが変わった。ルカも今まで感じたことのないほど強い殺気に言葉をなくした。


「B級の《妖》が十六匹。兄さん、私が始末するわ」


 ルカを前に初めてユキヨは口を開いた。無機質な何の感情も籠もっていないような声だ。ルカはその声を聞いただけで鳥肌が立った。

 ユキヨはハルトとルカの一歩前に出た。


「ナンダ?コムスメ、キサマカラ、コロサレタイノカ?」


「殺すのは、こっち」


 瞬間、ユキヨから膨大な殺気が放たれる。《妖》もそれを感じ取り、足を止める。元々上級の《妖》は人間の殺気程度ではびくともしない。それがルカレベルの殺気だとしてもだ。しかし、ユキヨから出るそれは桁外れのもので、上級の《妖》にですら影響を及ぼす。ルカに至っては、顔色は真っ青、足はガクガク、奥歯もガチガチと鳴り、大量の冷や汗が溢れ出している。


「『月下美人』」


 手を掲げポツリとそんな名を口にする。空間が歪み、そこから鞘に収まった一本の刀が姿を現した。

 それを手に取り、流れるような動作で抜刀する。すると、深紅の刃が顔を出した。それは妖しく、見る者を魅了する輝きを放っている。


 ドサリ


 そんな音が聞こえた。そっちに目を移してみると、一番ユキヨの近いところにいた《妖》が真っ二つに斬り伏せられていた。どうやら抜刀の際に、斬ったらしい。ルカがあれだけ苦労して倒したのを一瞬で屠ってしまった。桁違いの強さである。


「一匹」


 ユキヨは全く感情のない声でそう呟くと、その場から一瞬で消えた。次に現れたのは、ユキヨが立っていたところから10メートルぐらい離れたところだった。


「四匹」


 ユキヨが移動した直線上にいた《妖》はすでに息絶えていた、全員胴から真っ二つに斬られている。ここまで十秒と経っていない。

 《妖》達も驚いていたが、このままではヤバイと、すぐさま行動に移った。三体が一斉に上空に飛び上がる。そして振り返りターゲットの姿を目視しようとしたが、既にユキヨはそこにはいなかった。


「七匹」


 そんな声は飛び上がった《妖》より更に上で聞こえた。空中にいた《妖》はバラバラに分解され地面に散らばった。自分たちが何をされたか理解するまもなく息絶えた。

 空に舞い上がったユキヨのその髪は別の生き物のように空中を舞い、月の光を反射して輝いた。ユキヨの白い肌が、月に照らし出されて、とても神秘的に見える。

 そして《妖》は、ユキヨが空中に飛んだことをチャンスと思い、五匹の《妖》が一斉にユキヨ目掛けて跳躍する。

 ユキヨは自分に向かってくる《妖》達を見て、いったん刀を鞘に収めた。


「血桜」


 《妖》と衝突する際にもの凄い速さで抜刀する。刀身はユキヨの呟きに答えるかのように、更に赤く輝いく。着地して、ユキヨがその場から消えた瞬間、空中にどす黒い血の花が咲き乱れる。ルカとハルトは距離があったので血しぶきは掛からなかった。


「十五匹」


 ユキヨが着地地点からずいぶん離れたところに現れると、更に三匹の《妖》が倒れた。

 残りは一匹、始めに喋っていた《妖》だ。


「マ、マテ、ワレラガ、ワルカッタ、ミノガシ、テ、ク、」


 その台詞を最後まで言い終わることなく《妖》は息絶えた。その顔にあるのは恐怖と絶望。胸には深々とユキヨの刀、月下美人が突き刺さっていた。


「十六匹」


 そう呟いたが、刀を抜くことなく、しばらくその《妖》に突き刺していた。すると見る見るうちにその《妖》は干からびていく。干からびた《妖》を見て、刀を引き抜き鞘に収める。それと同時に、ユキヨから出ていた殺気は消えた。


「ハァ、ハァ、ハァ」


 ハルトの隣で荒く息をつくルカ、ユキヨの殺気が相当体に応えたようだ。


「大丈夫か?」


「ハァ、ハァ、な、なんでハルトは、そんなに、平然としてられるのよ」


 ハルトの方を向く。今だに顔が真っ青である。澄んだ蒼い瞳には涙が溜まり、今にも泣き出しそうだ。


「兄さん、取りあえず家に帰ろう。後片付けは政府に任せて」


 近寄ってきたユキヨは息ひとつ切らせていない。


「ああ、そうだな。話しは後にしよう」


 ハルトはルカを担いで歩き出す。その後にユキヨが続く。公園に残ったのは月に照らされる惨殺の痕だけであった。

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