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生闇斬魔  作者: 湖林
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灰色の心 ~怒りの色~

 少し時間はさかのぼる……。


 晴斗はると和也かずやに言われたとおり村に走った。体気たいきが使えない今のハルトでは、水奈みずなをおぶって走るのは少々酷だが、それでも出来る限りの力で走った。


「《よう》が来た。俺達で、村人で戦えない者を安全な場所に移動させる」


 ハルトは村に着くなり、少しでも戦える者を集め村人の避難をするよう指示を出す。雪夜ゆきよとラルゥもハルトを手伝っている。昔、人間にキメラを使って攻められそうになったことがあったので、村のはずれにシェルターを設けてある。壁はハルトの着けているブレスレットと同じ素材で覆われていて《》を完全に遮断する構造になっている。本気で攻めてこられたら、あまり役には立たないが、無いよりましである。

 村人もハルト達の言葉に従い素直に迅速に行動してくれた。それほどハルト達のことを信用しているのだろう。


「兄さん、みんなの避難終わった。ミズナさんもシェルターの中に寝かせてあるから、心配しなくても後は村の人がやってくれる」


 避難が全て終了したようだ。避難を手伝ってくれた村人はそのままシェルターの前で見張り役に付いている。


「ラルゥはこのままここで見張りをしていてくれ。もし攻めてきたら、なるべくシェルターから離れたところで戦ってくれ」

「わかったよ、ここのことは任せて」


 ラルゥはニコリと笑って、快諾した。


「私は?」

「ユキヨは……」


 ハルトがユキヨに言いかけた時に、嫌な感覚に体が支配された。胸を押さえその場にうずくまる。額からは汗がつたいかなり苦しそうである。何度か同じ部分が疼いたことがあったが、ここまではっきりと痛みが来たのは初めてだった。


「……!?兄さんどうしたの?」


 ……この感覚、あいつが近くにいるのか?


 ハルトはそう思うと同時に駆け出していた。何者かに呼ばれるかのように、自分の行くべき場所がわかった。


「ユキヨさんはハルトを追って。ここは僕がどうにかするから」


 ユキヨはコクリと頷くと、まだ見えるハルトの背中を追って走り出した。元々、《気》が封じられて使えないハルトに付いて行くのは楽だった。ユキヨはハルトを止めることなく、後ろから付いて行くことにした。

 森に入った後もしばらく走っていたが、暫くするとハルトの足が止まる。


「クックック、やっと戦える」


 忌々しく、耳障りな声が頭に直接響くように聞こえてくる。そして、直後に襲いかかってくるもの凄い威圧感……。


「……」


 ハルトは無言で俯いて、血が出るほど拳を握っていた。


「……何者?」


 ユキヨが冷静な声を上げる。今まで戦ってきたどの敵よりも、今目の前にいる敵が厄介な相手だと本能的に悟った。力を封じているハルトでは瞬きをするまもなく瞬殺されるだろう。ここは自分が戦わなくてはならない……、といっても自分でも勝てるかどうかわからない。

自然と体に力が入る。


「貴様に用はない」


 ユキヨの体が一瞬硬直した。敵が森から姿を現したのだ……。ギラギラした赤い目、漆黒の髪に白い肌……、そしてとがった耳と、ニヤリとつり上がる口からのぞく犬歯……。外見は今までの《妖》とあまり変わらないのだが、雰囲気が完全に違った。


「……『月下美人げっかびじん』」


 ユキヨが呟くと同時に、『月下美人』がこの世に降臨する。血のように紅い美しい刀身を持った《妖刀》……。


「……!?その刀は……」


 《妖》の顔が驚きに染まるが、すぐにニィッと口の端をつり上げて笑った。


「クックックック、我は運が良い。あの女の使っていた《妖刀》を引き継ぐ者がいたとはな」

「あなた姉さんを知ってい……」

「き……さま……」


 パキッ


 ユキヨが喋り終わる前に、何かが割れるような鈍い音がした。


「殺す、殺してやる」


 ボソリとハルトの方から声が聞こえてきた。そして、ハルトが左腕にしている《気》を押さえるリングにひびが入っていた。砕けるのは時間の問題だ。


「にいさん?」


 俯いていたハルトの顔がゆっくりと上がり、《妖》の方を向く。そして、ハルトの憎しみの満ちた目が《妖》を捕らえた瞬間……


 パキン!!


「ラウェルゥゥゥゥゥ!!!!!!!!」


 ハルトの叫び声と同時にリングが砕け散った。ハルトの《気》が2年ぶりに解放され、波紋のように森全体に広がっていく。その強烈な《気》を受け、ユキヨが2、3歩後ろに下がった。森の眠っていた鳥や動物が一斉に起きたのか、ざわめきが波紋と同時に広がっていく。


「クックック、それでこそ我に牙をむいた者」


 そう言うと、ラウェルは恐ろしいスピードで身を翻し、闇の中に消えていった。ハルトも直ぐさまその後を追いかけ森の中に消えた。


「待って、にいさん」


 ユキヨも追おうと、地面を蹴ろうとしたが嫌な気配を感じて、足を止めた。


「よく気が付きましたね」


 声の主は先ほどラウェルとハルトが消えていった方向から、ゆらりと姿を現した。

 少しクセのある水色の髪の毛を持つ《妖》だった。凄く繊細な顔立ちをしていて、一瞬女だと思ってしまうようなそんな顔だ……。しかし、その声には感情というものが感じられず、冷たい印象を受けた。水色の瞳も凄く冷たく鋭い。命乞いをしてきた者や、女、子供も顔色ひとつ変えずに殺す、そんな目をしている。

 そして、右腕に握られた背丈ほどもある長いランス……。《妖》が武器を持つことはとても珍しいことだ。基本的に《気》が使えなく、武器強化が出来ないので、人間の扱う様な武器は脆すぎて、《妖》には扱えない。矛先の刃物の部分は半透明で、深い青色をしている物質が使われている。


「邪魔」


 ユキヨは突如現れた《妖》に動じることなく、ハルトを追おうとした。


「いいんですか?今私を放っておくと、村にいる者を皆殺しにしますよ?あなたなら、私の実力くらいわかるでしょ?」


 ユキヨの足が止まる。あの村、《陽炎の村》はユキヨにとって特別な場所。こんな奴が足を踏み入れていい場所ではない。そして、この《妖》が簡単に《陽炎の村》を壊滅させられる程手練れであることもユキヨは感じている。


 ガキィィィィン


 金属と金属のぶつかり合う音が暗い森に響き、真っ暗な空間に火花が散った。


「……」

「妖刀ですか。ですが、これでは私は仕留められませんよ?」


 ユキヨが斬りかかった。それに対し全く動じることなく、槍を少し動かすだけでユキヨの一撃を止めてみせた。ユキヨは直ぐさま、《妖》から距離を置き『月下美人』を鞘に収める。

 やはり、この《妖》の持つ槍は普通の槍ではない。『月下美人』とぶつかり合っても、ビクともしていない。普通の槍なら、一瞬で真二つになっている。


「もっとゆっくりしていってはどうです?今の一撃を受けてみてわかりましたが、あなたが追っていったところで足手纏いになるだけでしょう?」


 確かに、ハルトのリミッターが外ずれた今、ハルトの後を追ったとしても自分の出番はないだろう。

 しかし、ハルトのあの変わりようが気になった。一体どうしたというのだろうか?


「なぜ、先ほどの人間があんなに怒ったのか気になるんでしょう?」


 目の前の《妖》はまるでユキヨの心を読んだように話し掛けてきた。


「私の名はエメラ。先ほどの人間とは今日会ったのが初めてです。ですが、私の雇い主が顔馴染みらしいのですよ」


 顔馴染み?それはおかしい。ハルトが敵意を持った《妖》を見逃すはずがない。少なくとも、ユキヨはそんな話を聞いたことはなかった。


「……兄さんが《妖》と顔馴染み?」

「あなたも知っているはずですよ?」


 エメラが何を言っているのかわからない。先ほどの《妖》に会ったのは初めてのはずだ。記憶をたどっても、あんな《妖》など見たことも聞いたこともない。


「知らない」

「知らないのですか?いや、忘れている、の間違いですかね?」


 エメラとか言う《妖》と話していると、頭の片隅で何か引っ掛かるよな、変な違和感を覚える。


「では、戦いの中でゆっくりと教えて差し上げます。フフッ、あなたには真実を知って目覚めて貰わなくてはなりませんからね。私の目的のためにね」

「うるさい」


 ユキヨの周りに風が集まる。どうやら戦闘態勢に入ったようだ。普段余り表情を露わにしないユキヨが、明らかに怒っているのがわかる。


「取りあえず楽しませて下さい。恐怖と絶望で気が狂うまでいたぶってあげますよ」


 冷たい目でユキヨのことを見据えながら少し笑った。ゾクリとするような嫌な笑い方、底知れぬ雰囲気をそんなエメラから感じる。

 この戦いはユキヨにとってのひとつの試練。自分が向き合う事を避けてきた真実に直面することになるだろう。




 ハルトはラウェルを追っていた。邪魔な物は全て破壊して、とにかくラウェル目掛けて一直線で森の中を突き進んでいる。

 暫く行くと、森が開け、海岸沿いにたどり着いた。


「……」

「……」


 二人は距離をあけて対峙する。怒りや憎しみに捕らわれていても、イノシシのように単純に突っ込んでいくことはなかった。おそらく、この場所がハルト(まもる)を冷静にしてくれたのかもしれない。

 今、ハルトとラウェルが対峙している場所……。ハルトと星夜せいよがよく星を眺めながら、のんびりと過ごした場所だ。


「久しぶりだな……。ようやく完治した。ようやく女のパートナーである貴様を殺すことが出来る。貴様を殺せば《妖》の頂点に絶つことも夢ではない」

「なぜ、俺がここにいることがわかった?」


 飛び出しそうな体をどうにか抑えている。もう少し時間を稼ぐ必要があった。まだ不完全なのだ。呪縛が解けてからの時間が少なすぎる、まだうまく自分の中に眠っていた《気》を制御できていない。ブレスレッドを取った瞬間から《殺気》が漏れだしている。抑えようとしても上手くいかない。


「フッ、知りたいか?我に付けられた傷が痛むだろう?我は例外的に《妖》でありながら《気》を扱える存在」


 ラウェルは『闇に生きる者』を大量に殺してきた。そして、《気》を使えるようになった、超例外的な《妖》なのである。そして、星夜を殺したその瞬間、その実力はAA級を凌駕した。世界に数体しかいないと言われているAAA級(トリプルA級)の《妖》になったのだ。『闇に生きる者』の中でも最も危険な《妖》として扱われている。ハルト達が《妖》の中で危険視されているように、ラウェルは『闇に生きる者』の間で危険視されているのだ。


 ズキン


 ズキズキと痛み続けていた、ハルトの胸の傷が強く痛んだ。この痛みを感じると、ラウェルへ対する憎しみが沸き上がってくる。


 まだだ。まだダメだ……。後少し堪えろ……。


 自分自身に言い聞かせ、精神を落ちつかせる。


「クックック。我の《気》は人体に入り込み、その者を一生苦しめる。そして、その我の《気》は自信で感じ取ることが出来る。貴様の位置も我が付けたその傷のお陰で容易に把握できた。我を殺さぬ限り、その傷は癒えぬよ。貴様はもう逃げられないのだよ!!我を殺さぬ限り、安息はない!!」

「……逃げる?」


 フワッ


 青い風がハルトの周りを覆い、草を揺らした・・・。


「誰が逃げるか。お前は、俺から一番大切な者を奪った……!!」


 ……あと少し、あと少しだ……。


「あの女か。無様な死に際を拝みたかったよ。貴様が邪魔しなければ、あの女をこの手で八つ裂きに出来ていたものを」


 残念と言ったように首を動かした。


「黙れ……!!」


 ハルトの言葉と同時に、周りが完全な無音空間になった。ハルトの《殺気》が突然消えさった。

『漆黒の天使』が再び姿を現した瞬間だった。


「?」


 ラウェルも《気》を感じることが出来るため、ハルトのその変化を感じ取った。


「……行くぞ」


 ハルトの姿がぶれ、ラウェルも同時に動く。

 ハルトの繰り出す右拳とラウェルの右拳がぶつかり合う。そこで一旦動きが止まった。


 ゴオォォォォ!!!


 二人の周囲の地面が沈み、二人を囲むように地面がえぐれ、砂や岩が巻き上がる。《気》と《気》がぶつかり合った時に起こる反発現象……、膨大な量の《気》を持つ二人だからこそこれぐらいの規模になる……。


 パァァァン


 風船が弾けるような音と共に、浮いていた岩や砂が弾け飛ぶ。二人もそれと同時に後ろに飛び退き、距離を置く。


「ふむ、なかなかやるな」


 ラウェルが満足だというように、口元を歪める。


「喋るな、耳障りだ」


 鋭い眼光でラウェルを射抜き、怒りの籠もった声が低く響く。

 ラウェルに出会ったことによって、ハルトの二年前から凍り付いていた時が静かに溶け始めようとしていた……。

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