赤き炎 ~信念の色~ その2
ルビィとルカ(るか)は森の中で戦闘を繰り広げていた。先ほどの障害物がないところでの戦いとは形成が逆転して、ルカが圧倒的に不利になっている。もともと、森で戦い、育ってきたルビィと、道場で戦闘訓練を受けて育ってきたルカでは森への適応能力にかなりの差ができてしまっていた。
ルビィは森の中を、木を足場として縦横無尽に駆け回り、ルカの死角に潜り込んでは攻撃を繰り出していく。ルカの反撃を逃れるために、一撃を放った後は直ぐに姿を森へ消す。地の利を生かした利口な戦い方である。
一方、ルカはかなり焦っていた。どうにか、全神経を集中させルビィの攻撃を防いでいるが、このままではいつかは隙を作ってしまうだろう。
「くっ」
また、真後ろからルビィが飛び出してきた。どうにか気配と微かな音で、場所を判断して刀で相手の攻撃を流した。そして、直ぐさま攻撃しようと刀を振るが、瞬きをした瞬間には相手の姿は森の中へ消えてしまっている。
ルビィがルカを本気で殺そうとしているのなら、ずいぶん前に勝負は付いている。ルビィはわざわざ音を立てて、ルカに自分が何処から仕掛けるのかわかるように攻撃をしている。
ルカを殺そうとして自分でも初めてわかったことだが、ルビィはルカを殺すことが出来ない。いや、おそらく人間を手に掛けることができないのだろう。ルカを殺そうとすると、サファイの悲しむ顔が頭に浮かぶのだ。それだけで、ルビィは手を止めてしまう。サファイの悲しそうな顔が浮かぶ度に胸が苦しくなってどうしようもないのだ。
ルビィは自然とルカと戦いながら森の奥へと誘導するように進んでいった。無意識に、サファイを求めているのだろうか?
そして、ルビィとルカはこの森で繰り広げられている激闘の真ん中へ到着した。いや、まだ距離はあるのだが、熱気とビリビリとした殺気がルカを襲ってくる。
ルカは一瞬、攻防を忘れその殺気の方を伺ってしまった。ルカはこの真っ暗な森の中でも鮮明にその気配を放っている者達を視認できた。周りの森が燃え、姿をはっきりと森の中に映し出している。
「なにあれ……?」
ルカが呆然と炎を見る。あり得ない光景だった。まず、かなりの距離があるのにかなり熱い。そして、その炎の中心で平然と立っている影が二つ。
「サファイ?」
その炎を確認した瞬間、森の中に身を隠していたルビィが飛び出してきて、炎に向かって走り出していた。ルビィは《妖》なので、攻撃として使われる《気》以外の《気》の影響はほとんど受けない。熱さを感じていないのだろう。まぁ、直接燃えているカズヤの《気》に触れたら一瞬で火達磨になってしまうだろうが。
ルカも急いで、なるべく大量の気を捻りだし、体に纏いルビィの後に続いた。だんだんと熱さが増すに連れ、炎の中心にいる者の姿が鮮明に目に映し出される。
「えっ?羽馬?」
そこにはルカの知っているカズヤはいなかった。今のカズヤは何度も生死の狭間を経験してきた人間の目をしていた。年齢に見合わない目、鋭い光が宿っていた。ついこの間まで、一緒のクラスで勉強していたカズヤが自分とは何もかもが違う。別の世界の人間に見えた。
カズヤとサファイの激しい攻防は平行線を辿っていた。いや、若干カズヤの方が押しているように見える。サファイの体にはあちこち擦り傷や、軽いやけどなどが見受けられた。それに比べカズヤはほとんどダメージを負っていない。
二人の戦っている空間はカズヤの《気》で出来た炎に覆われている。《妖》のサファイにはこの《気》で出来た炎の熱さは伝わらないが。
と、その時二つの気配がこちらに向かってくるのを感じ取って、二人とも攻撃の手を休めお互いに距離を取った。
「ルビィ?」
最初に喋ったのはサファイだった。自分が一番大切にしている者が、視界に入ってきた。
次に後ろから見慣れぬ人間の女が刀を構え追ってくるのが見える。直ぐにでも後ろの女を足止めしたかったが、今動いたら自分がカズヤに殺られる。
「ちっ、氷神か。邪魔な奴が来やがった」
カズヤはサファイとは対照的にとても嫌そうな顔でルカを見据えている。
「ごめん、サファイ。サファイの邪魔してる」
ルビィがサファイの背に回って、サファイに話し掛ける。
「気にするな。どうやらお前が連れたあの女の御陰で、少し有利になったみたいだしな」
サファイは少し呆れたような顔をした。
「羽馬!!どうしてこんな所にいるのよ!?」
「見れば、わかるだろうが!?あいつと戦ってんだよ!!だいたい、お前みたいなのが来ても足手纏いなだけじゃねぇかよ!!」
カズヤはルカに視線をやらずに、サファイの方を見たまま喋っている。ルカが来たことで、ルカを守りながら戦わなくてはならなくなった。はっきり言って、カズヤ的にはルカが死のうが全然構わないのだが、もしここでルカが死ねばミズナが悲しむだろう。ミズナが命をかけて守ったルカの命を、ここで見捨てるわけにはいかなかった。
ルカがここにいるので、『炎憑掌』など《心気》を具現化する能力はもう使えない。もし使ったら、ここにいる中で一番ダメージを受けるのはルカだ。ルカの実力からみても、こうしている今でも相当な《気》を防御に回しているだろう。
「わ、私だって戦えるわよ!!ユキヨちゃんだって、強くなったねって言ってくれたし。だいたい、羽馬はどれくらい強いのよ?」
足手まとい、と言われたのが相当悔しかったようで、カズヤに反論する。と、其処で会話が途切れた。サファイの雰囲気が変わった。
バシィッッッ
サファイの攻撃を受け止めているカズヤの背中が目に入ってきた。サファイは早々に戦闘態勢に入ったようだ。
「お話中のとこ悪いが、余り時間がないんでな。ルビィが来たことだし、本気で行くぜ」
サファイはバックステップでいったん距離を置き、体全身の力を抜いて仁王立ちになった。
サファイが静かに息を吸い始めた瞬間、周りの空気が変わった。
「ちっ。氷神、全ての《心気》を防御と動体視力に回せ、《体気》も全部ひねり出すぐらいでいろ。生き延びたけりゃ、完全に逃げに徹するんだ」
カズヤの緊迫した声に、固唾を呑んでルカはカズヤから離れた。しかし、カズヤがああは言ったものの、実はこの炎の中にいる為、常に《心気》は全開状態で体に纏っていた。これ以上は、無理である。
「あんまり人間に見せたくなかったが、このままだとやべぇからな。最初に言っておく。俺がこの姿になった後、油断したら即、死ぬぜ。気を付けろよ。ルビィ、暫くお前は下がっていろ。俺があいつらを動けなくするから、止めはお前が刺せ。それと、この戦いのあとの事は頼んだぜ。俺は暫く後遺症で動けなくなるからな」
最後の部分はカズヤ達に聞こえないようにルビィに耳打ちした。ルビィが頷いて更に後ろに下がると、サファイの体に徐々に変化が見え始める。
「ちっ!!」
舌打ちをして、カズヤが手を振る。すると、いままで辺りを覆っていた炎がスッと消えてしまった。ルカに襲いかかっていた熱も炎と一緒に消えた。
「氷神!!お前は下がれ!!お前じゃ、あいつには手も足もでねぇぞ!!俺もお前のことを考える余裕がない!!自分の身はどうにか自分で守れ!!」
焦るカズヤを傍目に、サファイの姿はどんどん変わっていく。
「なんでよ!!羽馬はあいつに勝てるの?だいたい、二人で戦ったほうが……」
「早く下がれ!!死にたいのか!?」
「わ、わかったわよ」
ルカの声を遮ったカズヤの声が余りにも焦っていたので、ルカは渋々カズヤから百メートル位後ろへ下がった。それに口では強がったものの自分とカズヤの力の差は先ほどの攻防でハッキリしている。悔しいが、自分がいても足を引っ張るだけだ。
サファイの変身が終わった。体は先ほどまで褐色の肌をしていたのが、本来の肌よりも白く綺麗な肌に変わった。かすり傷や火傷もすっかり消えている。次に、オレンジ色の髪の毛は闇のように黒く変化した。そして、尖った耳が丸くなり、犬歯も引っ込む。見た目は人間とほとんど変わらない。
「いくぜ」
そう言って、サファイはにやりと笑ったのだった。




