青き瞳 ~疑問の色~ その2
カズヤが去った後、ハルトがミズナに駆け寄った。
「ルカ、ちょっと頼みがあるんだがいいか?」
ハルトが冷静にミズナの止血をしながら、呆然と突っ立っているルカに声をかける。ルカは状況に着いていけなくて目を白黒させている。どんな予想外の状況にもしっかり対処しなくては、《妖》との戦いにおいて生きていくことは出来ない。こう言ったところが、《光の世界の人間》が温室育ちと言われる所以だろう。
「な、なに?」
ハルトに声をかけられて慌ててミズナの所に寄って行く。ミズナの傷口を見て、口を押さえ目を広げた。
ミズナの傷口は、ルカをかばう時に貫かれた右肩、先ほど着けられた背中の刺傷の二ヶ所である。ハルトが必死に止血しようと試みているが、どちらの傷口からも赤い血が止めどなく溢れてきて止まる気配はない。このまま行くと、出血死してしまうだろう。
「ぜ、全然大丈夫じゃないじゃない!?」
私のせいでミズナはこうなってしまったと言う気持ちがあり、頭が混乱してヒステリックな声を上げる。
「ああ、このままじゃまずい。ミズナ、意識があるうちに《半妖化》しろ」
ミズナの指がピクリと動くと、背中から真っ白な翼が姿を見せた。瞼を閉じていてわからないが、きっと瞳が金色に変わっているだろう。そして、赤い血がAA級の《妖》独特の綺麗な青色に変化した。
ミズナの流す青い血が衣服に染み込んでいる赤い血を紫色に変色させた。そして、しばらくするとピタリと出血が止まった。取り敢えずこれで一安心だ、半妖化すればほとんど《妖》と同等の回復力になる。まぁ、腕や足がちぎれたら新たに生えてはこないが……。これで放っておいても傷は完治するだろう。
「とりあえずは安心だ。ミズナを村へ連れて行くのを手伝ってくれないか?」
ハルトは血が止まったのを見て安堵すると、ルカへ声をかけた。
「……」
ルカからの返事はない。怪訝に思いルカの方を見る。ルカは震えていた。暗闇でも確かにわかるぐらいに。
「どうした?」
ハルトが声をかけても、ガクガクと震えているだけで返事が返ってくる様子はない。視線はミズナに固定されている。ルカはミズナのことが怖かった。村で初めて《半妖》だと聞かされて、ミズナの綺麗な翼と、澄んだ金色の目を見た時は本当に綺麗で嫌悪感など微塵もなかった。しかし、目の前の青い血、自分たちとは違う色の血を流しているミズナを見ていると、恐怖感が体を支配していった。心ではわかっていても、金縛りにあったように体が言うことを聞いてくれない。それどころか、自分の左手に持っている刀の柄に右手が自然と伸びていくのを押さえるのに必死だった。
「ご、ごめん。先に行ってて。後から行くから」
ルカは震える声でハルトに言う。この時、ルカは知らず知らずのうちに殺気を放っていた。《気》を抑制するリングを着けているハルトも、気絶寸前の状態にあるミズナも、殺気を放っているルカ本人すら気がつかなかったが。
「わかった。くれぐれも周りには気をつけろよ」
ハルトはルカの変化に気がつき、その原因もだいたい察しがついた。ここはルカの意志を汲み、ルカを残して先にミズナを運ぶことにした。落ち着いて、気持ちの整理が出来たら、すぐに後を追いかけてくるだろう。
ルカはミズナを背負って村の方に歩いていくハルトの姿が見えなくなってから一息ついた。
「な、なんで私」
自分の肩を抱くようにしてその場に座り込んでしまった。顔面蒼白で、土がズボンに付くことも気にせずガタガタと震えている。
「こ、怖いの?あんな優しいミズナが……?な、なんで体の震えが止まらないのよ……?さっきまであんなに仲良く話してたのに!私の命を救ってくれたのに!!なんで体が震えるのよ!?」
言ってみたところで、誰も答えてくれる“人”はいない。そう“人”は……。
「知らない。彼女があなたと違うから?」
予想外に答えは森の方から返ってきた。女の声だった。姿は見えない。
「誰!?」
ルカは即座に刀に手をかけると、すぐに立ち上がって体制を整える。先ほどの出来事を頭から追い払うように頭を振った。すると、さっきまで震えていた体も一瞬で震えが止まった。そして、体の奥底から《心気》を捻りだすと、ジワジワと体に広げていく。まだ不安定で所々ムラがあるが、一応体全体が《心気》で覆われた。
本来ならば敵を前にした場合一瞬で体中に《心気》を纏わせるべきなのだが、ルカではまだ其処まで出来ない。まぁ、この間まで《心気》を体に纏わせることすら出来なかったのだから無理もない。これでもかなり成長の速いほうだ。
「私はルビィ。あなたを殺させて」
少し悲しそうな声が聞こえた後、声の主がルカの正面に姿を現した。ルカは目の前の者を一瞥してすぐに《妖》だとわかった。人間にはない、フサフサした尖った耳と、鋭く伸びた爪、ズボンを突き破るように生えている黒く艶やかな尻尾を持っていた。
目の前の《妖》はしゃがんで両手を地面についた格好で静止する。これが彼女の戦闘態勢のようだ。
一瞬後、二人が同時に動く、ルカは刀を鞘から引き抜くと正面に構える。一方、ルビィは二腕二脚で地面を蹴ると同時に、指の鉄でも簡単に切り裂ける爪を伸ばして、ルカに突っ込んで来た。かなり速いスピードだったが今のルカでも十分に目でとらえられ対処できる。ついでに言えば、猪突猛進な攻撃なので軌道を読むのが容易く、難無くかわすことが出来る。ルカはこの《妖》なら自分でも十二分に戦えると踏んだ。
ルカの予想していた通りの軌跡でルビィは攻撃を繰り出してきた。ルカはなるべく体勢を崩さないようにギリギリの所でかわす。
「この《妖》なら……!!」
ギリギリのタイミングで攻撃をかわし、体勢を崩しているルビィに斬りかかった。
もし、人間同士の試合ならばこれで決まっているだろう。実際、ルカも完全に入ったと思った。しかし、それはあくまで人間との戦いの場合であって、《妖》に対して有効とは限らない。
ルビィは尻尾をたくみに使い人間では考えられない超スピードで体勢を立て直すと、そのままルカに蹴りを見舞った。
完全に勝ちを確信して油断したルカではこの蹴りは避けることは出来ない。しかし、今回はかなり不安定な状態からの蹴りだったことと、敵がまだ弱かったので助かった。たいして大きいダメージには繋がらなかった。もし、あの爪で攻撃されていたら、綺麗に四枚に卸されていただろう。
少し後ろに跳んで体勢を立て直すと、敵と向かい合い相手の出方を伺う。
「あなたじゃ、私に勝てないわよ」
ルカがルビィを挑発してみる。
「私は生き残る。サファイと一緒に幸せに暮らすために」
先ほどまでほとんど無表情をしていたルビィの表情が急に険しくなる。その顔に出ているのは固い決心、小さな戸惑い。
「サファイってなによ?まさかあなたの恋人とか言うんじゃないわよね?」
ルカはルビィの言うことを鼻で笑う。
「私はサファイの事が好き。だからあなたには死んで貰う」
そう言うと、今度は切なそうな表情を作る。
「《妖》が好き?ふざけないでよ!!」
心に閉じこめていた感情が漏れてくる。村で会った《妖》のことを自分は認めていた、つもりだった。ラルゥや村で暮らす心優しい《妖》を頭では認めていた。しかし、心の奥底で《妖》に対する嫌悪感は止むことが無く、無理に押さえつけて自分の心に嘘を吐いていた。それが今、敵である目の前の《妖》によって解放された。
やはり《妖》は敵だ。私が狩るべき存在だ、と。
「《妖》が何言ってるのよ!!私達の生活を、幸せを脅かす存在が!!」
ルカがルビィの言葉に怒り、先ほどとは逆にルビィに向かって一直線に突っ込んで行く。
気に入らなかった、《妖》がまるで感情があるように話すことが、表情を変えることが、好きと言う言葉を口にすることが。
感情だけで突っ込んでいくルカの攻撃はわかりやすく、ルビィは体を少しずらす程度で攻撃をかわした。
次には、やはりルカの体勢が崩れる、ルビィはその隙を逃さず、攻撃を仕掛ける。狙いはもちろん首。1発で飛ばそうと爪を振り上げ、振り下ろす。もちろん、ルビィには油断と言う言葉はなく。完全に決まるタイミングである。
「……」
しかし、ルビィの爪はピタリと首元で止まっていて、ルカの首を薙ぐことはなかった。ルビィの手がプルプルと震えている。
そんなルビィの異変に気付いたルカは柄を地面にうまく突き、体を反転させて再びルビィに斬りかかった。
一瞬動きが止まっていたルビィはルカの攻撃に慌てて後ろに飛び退いた。しかし、ルビィの方が一瞬遅く、ルビィの右腕に軽く切り傷が出来た。
「……」
ルビィは体勢を立て直すと、右腕の傷口を左腕で押さえた。その顔から伺えるのは戸惑い。傷口から少し黒めの血が腕を伝って流れる。
「なんで……」
体を小刻みに震わせながら、小さい声でボソリと言う。静寂に包まれた暗闇の中ではその声ははっきりと響き渡る。
「なんで私を殺さなかったの!!」
今度は闇を裂くような怒鳴り声。ルビィを睨み、罵声を浴びせる。
「……」
ルビィはルカの質問に答えぬまま、再び手を地面に着き構えを取る。既に腕の傷は塞がっていた。
実際、ルビィ本人にも何故手が止まったのか解らなかった。ただ、ルカを殺そうとした瞬間、体がピクリとも動かなくなった。そして、サファイの悲しそうな顔が脳裏に浮かんだのだ。
“辛くなったら、俺の所に戻って来い。これだけは守れよ”
ルビィは真っ直ぐルカを見たまま、スッと戦闘態勢を解く。このままここで戦っても、目の前にいる少女に勝てる気がしなかった。人間を殺せる気がしなかった。
「どうしたのよ!?まだ戦いは終わってないでしょ!?」
「決着は森で付ける」
そう言うと、素早く森の中へ姿を消した。森の中なら本来の自分を取り戻せる気がした。森の中でならいくつもの《妖》を殺してきた。森の中ならこの人間も殺せるかもしれない。そう思ったのだ。
ルカも《妖》をこのまま逃がすなんてゴメンだった。特に自分に情けを掛けたルビィは許すことが出来なかった。
目の前の《妖》を憎み、深い森の中へ姿を消していった。これから自分の心の奥底にある考え方を完全に覆す出来事が起こるとも知らずに。




