黒き闇 ~不安の色~ その1
「さぁ、始まるわよ。楽しみましょう」
水奈が言い終わると、今まで白く光っていたイルミネーションにうっすらと青が混じり、幻想的な光があたりを覆った。光が変わっただけで、先程とは全ての雰囲気が変わった。それが合図となり、料理が乗っているテーブルを囲んで料理に手を伸ばし始める。至る所に隠されて配置されていたスピーカーからは静かな、ゆったりとした音楽が流れてきている。もちろん、この村には《妖》も人間も半妖もいるのだが、みんなそんなことは気にせずに料理を囲んでいる。
「うわぁー、凄い!!」
瑠香はその光景に目を奪われ、大きな衝撃と感動を覚えた。特に大きく心に残ったのは、《妖》と人間が同じテーブルを囲んで楽しそうに話をしている姿だった。今まで自分の学んできたことへの疑問が頭を駆け抜けていく。そして、《妖》に対する見方が少し変わりつつある自分に気がついた。それが果たしていいことなのか悪いことなのかは良く分からないが、変わっていく自分を嫌だと思うことはなかった。
「ふふっ。じゃあ、早速食べに行きましょう」
ルカと雪夜とミズナは、ミズナが食べたがっていた料理のあるテーブルへ移動した。そこにはやはり遠目からみたのと同じ物が並んでいた。日本の一般的な家庭料理、唐揚げから始まり、肉じゃが、みそ汁、漬け物、ご飯、などと言った普通に生活していてもお目にかかれるような料理がずらりと並んでいる。
「じゃあ、食べましょうか」
ミズナが色々な者を少しずつお皿に取って、ユキヨとルカに渡してくれた。
ユキヨはお礼を言うと黙々と無言でお皿の上の料理を食べ始めた。テーブルの上の料理はどれもうまい具合に保温されているようで、料理からは湯気が上がっている。
「いただきます」
口に料理を運ぶ。料理を口に入れた瞬間、ルカの目が大きく開いた。頬張った瞬間に口全体の中に広がる味。今まで味わったことのないほど深みと旨みがあった。
「おいしい!!なにこれ!?こんな美味しいの食べたことない」
やや興奮気味で、ミズナに詰め寄る。
「只の家庭料理だけど、美味しいでしょ?」
「うん、こんな美味しい料理食べたことない。京都の一流料理人が作る料理は食べたことあるけど、こっちの方が美味しく感じる」
喋りながらだが、料理を口に運ぶことは止めようとしない。
「ありがとう、そこまで言ってくれると作った甲斐があるってものだね」
ルカはいきなり後ろから声がしたので、飲み込もうとしていた料理を危うく吹き出すところだった。ちなみに、吹き出したら全てミズナが被ることとなる。まぁ、それもそれで面白いと思うが……。
「ら、ラルゥ?あなたがこれ作ったの?」
そこに立っていたのは、ニコニコと笑う半妖のラルゥだった。
「そうだよ。頑張って作ってみたんだけど」
ラルゥの料理の腕は超一流である。何でも、この島(陽炎の村)の生活がとても暇で、その時に料理という暇つぶしに出会ったらしい。そして、料理にのめり込み、より美味しいものを作り、他人が美味しいと言ってくれるのが彼にとっての一番の楽しみになった、とのことである。
「う、うそー!!」
「ラルゥ君の料理の腕は超一流よ。こういった家庭料理でも人の舌を十分唸らせることができるほどのね」
料理を口に運びながら、ミズナはルカに説明する。
「いや、僕はそんなに凄くないよ。実はこの料理、見かけは普通の料理っぽいけど、使ってる素材が特別だからね」
「特別?」
「そうだよ。たとえば今君が食べているその唐揚げの肉何の肉だと思う?」
ラルゥはそう言って、ルカの箸につままれている唐揚げを指さした。
「えっ?鶏肉じゃないの?」
と言って、一口食べてみる。口に入れると、肉はとても軟らかく、ジュワッと肉汁が広がった。美味しくて、自然に笑顔になってしまう。
「ううん、この島に鶏なんていると思う?」
「えっ?いないかな……。えっ、じゃあ何の肉なの?」
少し不安になって、ひとかじりした唐揚げをお皿に戻す。
「下級の《妖》」
同じく唐揚げを食べていたユキヨがボソリと呟く。
「!?……げほっ!ごほごほ!!」
ユキヨのあまりにも危険な言葉を聞いて、ルカは激しくむせ込んだ。
「冗談」
今日は何故かユキヨにおちょくられてばかりいる気がしてならないルカであった。
「これは、この島に生息する巨大鶏の肉を使っているのよ。全長は180㎝を超えるわ。普通の鶏よりも肉の締まりが良くて美味しいって評判よ」
ミズナが笑いながら慌てているルカに教えてあげた。
「そ、そうなんだ。吐き出すところだった。ユキヨちゃん!!変なこと言わないでよ!!」
ルカはユキヨに向かって怒鳴ろうとするがもう既にその場にはいなくなっていた。あたりを見渡すと、例のお菓子のテーブルに既に移動していた。
「は、はやい。もうデザート行くの?」
「ルカ、あの子は既に成人女性の二人前の量は食べてるわよ」
ユキヨはラルゥの突然の登場にルカが驚いている間も、かなりのペースで食事を口に運んでいたのだ。
「と、ところで、晴斗と羽馬は?まだ来ないの?」
「そうね、そろそろ来てもいい頃なんだけど。迎えに行こうか?」
「やっぱ、羽馬がいないと寂しいんだ」
さっきまでいろんな人にからかわれたので、お返しとばかりにミズナのことをからかおうとする。
「うん、確かに和也がいないとね。和也がいればこの料理ももっと美味しくなるし」
ミズナは幸せそうに微笑んだ。どうやら、この手のからかいはミズナには通用しないようだ。そして、本当にミズナが羽馬のことを好きなんだと言うことがわかった。ここまで人を好きになれるミズナが羨ましかった。
「じゃ、行こっか」
二人は、賑やかな町の中心を背に、ハルト達のいる村の外れの凍れる洞窟へ向かった。




