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生闇斬魔  作者: 湖林
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愛別離苦 ~哀の中で~ その2

「ハァ、ハァ」


 周囲にいた大量のキメラは、もはや全てが屍となり山をなしている。周囲を静寂が包み込み、自分自身の脈打つ心臓の音が良く耳に届いてくる。


 星夜せいよの《気》も、動いているキメラの数と同様ほとんど0である。


「ふぅ~。やっと終わったわ」


 セイヨは二本の妖刀を地面に突き刺し額の汗を拭う。もう立っているのがやっとの状態だ。体の所々に傷が見られ、その傷から出る血と、切り伏せてきたキメラの血が服を染め上げている。


……そんな休息も束の間であった。


「本当に今日は厄日ね」


 セイヨは後ろから感じる気配に、刀を再び拾って体を戦闘態勢に持って行こうとする。


「クックック、久々に当たりにありつけたようだな。今日は良い日だ」


 脳に響くような重低音の声が当たりに響き渡る。そして、もの凄いプレッシャーを肌にビリビリと感じている。今まで戦ってきた《よう》の比ではない。まして、今さっきまで戦ってきたキメラとは比べものにならないほどの威圧感である。


「……」


 セイヨの額から先ほどの汗とは違う、冷たい汗がつたう。


「我が名はラウェル。たっぷりと時間をかけてなぶり殺してやる。そして我の血肉となれ」


 声の主の姿は見えない。しかし、徐々に強くなっている威圧感で相手がだんだん近づいてくるのがわかる。

 今のセイヨでは、勝てる可能性の方が低い。

いや、断言してもいい。必ず殺られる。逃げても追いつかれる……。


「どうやら、こいつが裏で糸を引いていた張本人のようね」


 どうにか体を無理矢理戦闘態勢に持っていけた・・・まだ戦える。


晴斗はると


 セイヨがポツリと言うのと、もの凄い威圧感を放っていた《妖》、ラウェルが姿を現すのはほぼ同時だった。

 ラウェルは人間と全く一緒の容姿をしていて、深紅の獣の様な鋭い目と、肩ぐらいまで伸びた漆黒の髪を持っていた。色白な肌には傷一つ無く、髪の毛とのギャップで更に白く見えた。


「はぁ!!」


 セイヨはラウェルの姿を確認した瞬間、相手に向かって跳んだ。そして、刀を首目掛けて一閃する。


「ふむ、なかなかなものだな」


 しかし、セイヨの『月下美人げっかびじん』の刃は相手の二本の指に挟まれ止まっていた。セイヨの一撃を片手の指二本で平然と受け止めたのだ。


「くっ」


 セイヨは受け止められた事を悟った瞬間には、次の行動に出ていた。左手に持つ『冷花れいか』を相手の胴目掛けて薙ぐ。


「……」


 しかし、これもラウェルは見切っていて、難無く右腕でセイヨの『冷花』を叩き落とす。

 次の瞬間、セイヨは腹部に強い衝撃を感じて後ろに吹き飛ばされた。地面を数十メートル転がりながら、やっと止まる。


「ゲホッ、ゲホッ……ぐっ!!」


 左手で口を押さえながら咳き込む。そして、セイヨの手の平が赤く染まった。どうやら先ほどの一撃で内臓をやられたようだ。


「ゲホッ、お、おいで、『月下美人』、『冷花』」


 地面に転がっていた『冷花』がセイヨの声に反応して手元に戻ってくる。しかし、ラウェルの指に挟まれたままの『月下美人』はピクリとも動かない。


「この妖刀を操る力すら残っていないのか?」


 そう言うと、ラウェルは『月下美人』を地面に投げ捨てる。『月下美人』が落ちた所に黒い影のようなものが広がり『月下美人』を飲み込んだ。


「……」


 セイヨは『冷花』を構え、一歩も動かないラウェルを見据えた。そして暫く考え込んだ後、クスリと笑って、構えを解き『冷花』を地面に突き刺す。


「気でも違ったか?まぁ、いい。ゆっくりいたぶってから食ってやる」


 セイヨが突然クスリと笑ったのを見て、ラウェルが不思議そうな顔をする。今まで色々な人間を殺してきたが、此処まで絶望的な状況に陥っていながら笑った奴は初めてだった。


「何?気が狂っているのはあなたの方でしょ?いたぶる?馬鹿じゃないの?時間と体力の無駄使いね。この後に私よりも強いのが控えているんだからさっさと止めを刺した方がいいわよ」


 そういってセイヨはまた笑う。


「さぁ、早く殺しなさい。此処を一突きでね」


 セイヨは親指で自分の心臓をトントンと指す。


「いいだろう。何を考えているのか知らんが、我を侮辱した罰だ。一撃で殺してやる!!死んだと思うまもなく一瞬でな!!!」


 ラウェルは、セイヨが何かを企んでいるのは解ったが、ほとんど力が残っていない人間に何が出来るものか、と高を括っていた。それが、命取りになる事も知らずに……。


「死ね!!」


 一瞬でセイヨの前に移動するとラウェルはセイヨの望み通り、セイヨの心臓を一撃で貫こうとする。しかし、的は外れセイヨの心臓よりも少し下、腹部に突き刺さる。見ると、左手でラウェルの手の方向を変えていた。


「なに!?」


 セイヨの腹部と口から血が溢れ出す。


「ゲホッ……。ば、ばかね、あ、あなたの、う、動きが私に、み、見えないとでも思ったの?も、もう放さないわ。死になさい!!」


 セイヨは自分の体に残る全ての《気》を腹部に集中させ、そこからラウェルに送り込んだ。相手が自分の体内に手を入れている状況だから出来る最終手段的大技である。もちろん、セイヨから無理矢理流し込まれた《気》を《妖》のラウェルでは受け流すことは出来ない。結果、セイヨの《気》がラウェルの体を浸食し、破壊していく。

 だが、セイヨの《気》の量とラウェルの再生能力によって、浸食はラウェルの上半身の右半分で止まってしまった。


「ちょ、ちょっと、《気》が、た、足りなかったわね」


 セイヨはその場に崩れ落ちる。


「……ハル…ト」


 最後に……あなたに会いたい……。


 セイヨに上半身の半分を消されたラウェルが怒り狂い、セイヨの頭を吹き飛ばそうと残った左腕を振り上げる。

 貫かれた腹部から、おびただしい血を流しながらセイヨは静かに目を瞑った。そして思い出す、ハルトの声や肌の温もり。

 しかし、いつまで経ってもその時は来ず、代わりに自分の頬に何かが伝うのを感じた。匂いからしてみると、それは嗅ぎ慣れた血の匂いだった。

 デジャヴと言うやつだろうか。セイヨは前にも一度この様な事があったような気がした。そして、目を開けてハルトの姿を視認したとたん涙が自然と溢れてきた。


「……ハ…ルト」


 セイヨの目に映るのは会いたくてしょうがなかったハルトの姿だった。ハルトに抱きかかえられている状態だ。


神様ありがとう……最後にハルトに会わせてくれて。


「……ハルト…血が出てる」


 弱々しい震えた声で言うと、うまく力が入らない手を、ハルトの頬にそっと寄せた。ハルトの口から血が顎へかけて、伝っていた。


「俺は大丈夫だ。それより、いや、やっぱりいい」


 ハルトは今までかなりの人間の死に際を見てきた。だから、ハルトはセイヨのそれが悟れた。だから“セイヨは大丈夫だ、絶対助かる”そんな嘘を自分に吐きたかった。


「ラウェルは?」


 ハルトは自分の頬に当てられていたセイヨの手を自分の手で包む。


「殺したよ。大丈夫だ、心配しなくても」


 嘘である。実際はセイヨを庇ったハルトの背中に怪我を負わせた後、分が悪いと逃げていった。もちろん直ぐに追いかけて、原型が残らないぐらいまで粉々にしてやりたかったが、セイヨの状態を見る限り側にいなくてはと思った。


きっとこれが、最後になるから……。


「そっか……、なら、安心……」


 そう喋ったセイヨの口から大量の血が吐き出された。


「セイヨ!!ダメだ!!君はまだ!!俺が絶対守るって、約束したのに」


 耐えられなかった。絶対助からないと頭ではわかっていても、心が悲鳴を上げて否定をする。


「もうなにも見えないの……。だから…ハルト……もっと、ちゃんと……抱き、締めて……」


 ハルトは無意識にセイヨを力一杯抱き締める。この瞬間、ハルトの目からを涙が伝い零れ落ちる。そして、それはセイヨの頬を伝った。


「ありがとう、……ハルト。私の……ために泣いて、くれて」


 雨がポツリポツリと空から降ってきた。ハルトの涙を洗い流すようにセイヨの頬にも、雨が落ちる。


「しょっぱく……ない?……雨?せっかく、ハルトが、泣いて……くれてるのに、どれが……涙だか、わからないね」


 セイヨは少し笑った。


「空に、星に……なれ……るかな?もしも、……もしも星になれたら、ハルトのこといっぱい……見守るからね」




“私は、美月みつき 星夜せいよよ。あいさつが済んだところで殺させてね”


“なんで、なんでよ!!なんで、今頃あなたみたいな人に出会うのよ!!あなたは殺したくない。でも……”


“もう止めるわ。善悪無差別に人を殺すのは。これからは、悪人と《妖》だけを狩る事にする。それに私達はもっと生きなきゃならない。今まで苦しいことばかりだったから、これからもっと人生を楽しむ権利があるわよ。いっぱいお金稼いで、大きな家に住んで、美味しい物いっぱい食べなくちゃ“


“あなた私のパートナーになってよ。二人で陽の当たる世界に出て行きましょう”


“私は、死んだら星になるんだと思う。星になって、これからずっと先まで地球を照らし続けるの。決して明るくないけど確かな光で”


 

 セイヨの声が頭の中に次々と記憶として蘇ってくる。

 

「ハルトに、会えて、良かった……わたし、結構、幸せだったよ……」


「もう何も言わなくて良い」


 セイヨの、手の力が弱まっていくのを感じる。必死にハルトは手を握る。


「最後に、聞いて。私は、……ハルトのことが」


 そこで、セイヨの手がハルトの手を離れ地面に落ちた。




 いままでも、これからもずっと、大好きよ……




「セイヨ……セイヨ!セイヨ!!セイヨ!!!……うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


 ハルトの体から、膨大な量の《気》が当たりを覆う。それは、悲しく、哀しいものだった。もう、どんなに話し掛けても、反応は返ってこない。声が聞きたくても聞くことは一生叶わない。手を握っても握り返えしてくれない。あの優しい目で見つめられることも、からかわれることも、二人で一緒に星を見ることもない。そして、二人で陽のあたる世界へ行くことも全て出来ない。もうセイヨはいないのだ。


 雨が強くなり、やがて、ハルトの心を表すかのように土砂降りになった。ハルトはセイヨを抱えたまま、ただひたすら泣いていた。涙が何度雨に流されようが、ずっとその場で泣いていた。

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