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生闇斬魔  作者: 湖林
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愛別離苦 ~哀の中で~ その1

 あのキメラ騒動から八ヶ月経った。夏の真っ直中である。太陽の光を身に受け、蝉が土から出られた喜びの声を精一杯あげている。辺りは生命に満ちあふれ、青き木々が風に揺られ、心地の良い音を奏でる。

 晴斗はるとは、相変わらず星夜せいよと一緒に暮らし、暇つぶしのオモチャにされている。八ヶ月前と代わったことと言えば、もう一人家族が増えたことぐらいだろう。八ヶ月前から家族になった、雪夜ゆきよである。キメラ騒動後から、ユキヨの


“強くなりたい”


 との言葉によって、厳しい訓練が始まった。ユキヨは、元々素質があったのか、その成長には目を見張るものがあった。そして、刀を与えても十分扱えるようになったので、夢黒(ゆめぐろ『一騎当千 ~戦いの渦の中で~』参照)の家からハルトの為に盗って来たもう一本の刀(良い方の刀)を渡した。


 ハルト達は、あの後島に俊敏に訪れるようになった。特に羽馬はま 和也かずやは、月の半分は《陽炎のかげろうのむら》で過ごしている。というか、パートナーとなった羽矢手はやて 水奈みずなとの話し合いの末、半月は日本本島で、もう半月は島で過ごすという決まりができたらしい。もちろん二人一緒にである。それでも、前と同じぐらいの量の依頼はこなしているというのだから、たいしたものだ。

 ハルト達は月に二度ぐらい《陽炎の村》に訪れている。ユキヨもミズナと仲良くなり、島に行くことを楽しみにしている。丁度今、ハルト達は島に来て、夏のバカンスを満喫している。


 夜になると、涼しい風と、鈴虫の音色が心地よい時間を作り出してくれる。夜空には無数の星が散りばめられ、今にも落ちてきそうである。特に人工的な明かりが無い森の中や海岸沿いでは、一層まぶしく輝いて見える。

 そんな中、島の海岸沿いの切り立った崖の上に二つの影が見える。


「綺麗な星空ね」


 夜空を眺めて、セイヨが隣に寝転がっているパートナーに話し掛けた。


「ああ、なんだか落ち着くな」


 隣に寝転がるハルトはとても穏やかな声を出し、目を瞑った。ハルトの言葉使いもだんだんと大人っぽくなってきた。今ではハルトがセイヨをリードすることが多々ある。


「ねぇ、ハルト?」


 静かに、セイヨがハルトに問いかける。ハルトは言葉では答えずに、目を開けセイヨの方を見た。


「死んだら、どうなるのかな?」


「死んだら?」


「そう、死んだらどうなるのかなって思って」


 少しの間無言でセイヨは星を眺め、再び口を開いた。


「私は、死んだら星になるんだと思う。星になって、これからずっと先まで地球を照らし続けるの。決して明るくないけど確かな光で」


 セイヨの横顔を見ていると、何故かハルトはセイヨがいなくなってしまうのではと言う不安に襲われた。セイヨの存在がとても稀薄に感じられたのだ。


「セイヨ」


「なーんてね。冗談、冗談。死んだ後のことなんて、まだ考える歳じゃないものね。死なんてまだまだ先の話だし」


 セイヨがニッコリと笑う。ハルトがセイヨから受けていた稀薄な感じは消えた。しかし、何かが胸の中に突っかかっているような、そんな感じがした。


「大丈夫だ。セイヨは俺が守るよ」


 ハルトは胸にある不安を払うようにそう言うと、再び目を閉じた。セイヨもそんなハルトに何も言わずに、横に寝転がり目を閉じた。

 二人ともとても幸せそうな顔をしていた。


 しかし、そんな幸せな時間は終わりへと刻一刻と向かっていた。そして運命の時を迎える。




 夜が明け、ハルト達が村に帰ると何やら慌てた様子で、ミズナがこちらに向かって走ってきた。


「どうしたの?慌てて」


 セイヨが取りあえずミズナを落ち着かせて詳しく話を聞こうとする。


「と、東京にキメラが集団を成して迫っているそうよ。特A級の《よう》を筆頭にキメラがおよそ百体。今『無月むげつ』のメンバーをなるべく集めて、東京から北へ50km行ったところにある広い平原に防衛戦を作っているわ。たぶん其処が最初で最終防衛ラインになるって」


 言葉で言われても、想像も付かない。『無月』とはハルト達が各地に散らばったキメラを片づける為に作った組織で、各地で各々キメラや研究所の始末を行っている。始末してきたキメラの数は計り知れない。

今回のキメラの動きは、東京にターゲットを絞っているようだ。しかも特A級の《妖》がキメラを指揮しているときた。


「な、何ですって!?特Aの《妖》とキメラが?」


 一体どうして……?何処からそんな大量のキメラが……?


 考えても、次から次へと疑問が沸いてくるばかりだ。


「セイヨ、考えていても始まらない、とにかくみんなの所へ行くぞ。考えるのはその後だ」


「カズヤと、ラルゥは準備を済ませて待ってるわ。急ぎましょう」


 そんなことで、ハルト達一行は村で合流して、海岸沿いに迎えに来ていた政府のセスナ機で本土に向かった。




 東京に着き、休む間もなく『無月』のメンバーが集まっているところに行く。其処は、平原になっていて、周りに全く人家が無く、一番近い町まで行くのにも歩いて片道数時間かかる。戦うには好条件の場所だ。

 大体30人ほどの人間が集まっていた。みんな、やる気に満ちていて志気も高まっている。ハルト達が到着したことにより、更に志気が高まる。


「おっしゃー、天使と死神達が到着した!!!野郎共相手が何人であろうがここよりも先に一歩も通すんじゃねぇぞー!!!」


「「「「「「おーーーーーー!!!!!!!」」」」」」


 リーダーっぽい男が掛け声をかけると、周りの人達が一斉に気合いを入れる。これならキメラが何体来ても大丈夫そうだ。


「ちょっと聞いてくれ!!今から数グループに分けて敵を迎え撃つ。敵が三つのグループに分かれ、こちらに迫っているという情報が入った」


 一同の前にカズヤが立って、巨大な地図を広げた。そして、このメンバーの中で、名の知れている三人の人間を呼び出す。


「お前らに、リーダーをやって貰いたい、ここにいる人間の数を今から俺が三つに分ける。そいつらを引き連れ各迎撃ポイントに向かってくれ。配置は左翼、右翼だ。三つ目のグループはここで待機して、他の二グループが逃したキメラを仕留めてくれ。」


 今いる場所を含め地図の三カ所を指差す。そして、メンバーを割り振って、三つのグループを形成させた。後衛(最終防衛ラインのグループ)には戦闘経験が余り無い人間と、戦闘経験豊富な人間が7対3位の割合で、後の二つはなるべく経験がある奴を平等に分けて形成した。


「質問です」


 そのうち後衛のリーダーが声を掛けてきた。


「なんだ?」


「これでは、真ん中がガラ空きなのでは?」


 左右に前衛を分けて置く為に、真ん中がガラ空きになってしまう。


「大丈夫だ、其処にはハルトとセイヨが入ってくれる。ちなみに、俺とミズナは左前衛、ラルゥは右前衛、そしてユキヨが後衛の援護に入る」


 カズヤは三人を眺めた。ハルトとセイヨの所に、何人か人数を割くことも可能だが、ハルト達とその辺の人間ではレベルに差がありすぎて、逆に邪魔になってしまう。


「俺等んとこには死神が加わってくれんのか!?これなら百人力だぜ!!必ず一匹も逃さず仕留めてやろうぜ!!期待してるぜ、死神さんよ!!」


「おう、任せとけ!」


「後衛は任せて下さい。一歩も東京には近づけさせません」


「期待してるぜ!!」


「うむ、右前方は任せて貰おう。ラルゥと肩を並べて戦えるとは、願ってもないことだ。存分にその力見せて貰うぞ」


「任せたぜ、ラルゥとは仲良くな」


 リーダーの三人はそれぞれカズヤに一言ずつ声を掛けて、カズヤに言われたメンバーの収集に向かった。

数分後、カズヤの前にグループに分かれて並ぶ。みんなやる気に満ちあふれた目でカズヤの事を見ている。ハルト達はカズヤに任せ、端の方で自分たちの準備を整えている。


「おっしゃー!!出陣だ!!」


「「「「「「おーーーーー!!!!」」」」」」


 一斉にそれぞれリーダーについて自分の守るべき場所に向かって行った。この場に残ったのは、ハルト、セイヨ、ユキヨ、そして後衛のメンバーである。


「あの、ハルトさん達は、まだ行かなくても大丈夫なんですか?」


「ああ、俺達は後からでも大丈夫だから」


 後衛のリーダーの問いにハルトが答える。前衛の真ん中を守るのはセイヨとハルトの二人なので、少し遅れて出ても十分間に合う。しかし、二人がここに残る意味は無いはず。


「ユキヨ、どうしたの?」


 俯いているユキヨにセイヨが声を掛ける。どうやら、二人はユキヨの心配をしてここに止まっているらしい。


「何でもない」


 ハルトも少し心配してユキヨのことを観察してみるが、体調不良とかではなさそうだ。なにか考え事をしているような、そんな感じだ。


「ホントに?私達と離れて戦うのは初めてだし、それに相手はキメラよ」


 ユキヨはセイヨが心配してくれるのが少し嬉しくて、セイヨに向けてかすかに微笑んだ。


「本当に大丈夫」


 セイヨはユキヨをじっくりと観察する。やはり、いつもと少し違う、かすかに腕が震えているように見える。このまま戦わせてはいけない気がしてならなかった。なにかとても嫌な予感がするのだ。もう二人に二度と会えないような、そんな気がした。


「ユキヨ」


 セイヨはユキヨに近づくと、ポツリとユキヨの名を呼んだ。その声にはとても愛おしい者の名を呼ぶ響きがあった。そして、セイヨの声が聞こえた瞬間、ユキヨの意識は無くなった。


「セイヨ」


「ハルト、何も言わないで、ユキヨを一番近くの町のホテルまで運んで、……お願い」


 セイヨはとても悲しそうな顔をしてハルトを見るとそう呟いた、最後の方はほとんど聞き取れないくらい声が小さくなっている。こんなセイヨを見るのは初めてだった。

ハルトはこのセイヨの言葉に従ってしまった。それが最大の誤りとは知らずに……。




「さぁ、来たぜ!!フンドシの紐締めて掛かるぞ!!」


 こちらは左前衛、つまりカズヤとミズナが援護に入っているグループだ。

 既に、目で確認できるところまでキメラが迫っている。その数、三十。それに対してこちらの人数は十人、かなり苦戦を強いられるだろう。


「ミズナ!!」


 カズヤの声に会わせて、ミズナが数十本の光の矢を集団に向かい撃ったのを切掛けに、お互い一斉に散らばり乱戦になった。

 バラバラに攻撃を仕掛けてくるキメラに対し、人間側は数人で1グループを形成して、うまくキメラ一体一体確実に仕留める戦い方をしている。

 キメラが少しずつ人間の動きを学習し、対応できるようになった頃には、人間とキメラの数は五分五分になっていた。更に人間の方にはカズヤとミズナがいる。人間側がかなり優勢である。


「ぐはっ!!」


 人間側の一人がうめき声を上げる。うめき声の中心にはキメラでも人間でもない何かが立っていた。周りに数人の人間が倒れている。


「どうやら私達が当たりを引いたようね」


「そうだな!!あの《妖》は俺等に任せてお前らは、後衛まで残りのキメラを誘導して其処で残りを殺れ!!」


 どうやら、全キメラを従えている特A級の《妖》がこのキメラのグループの後ろにいたらしい。キメラの数がある程度減ったところで出て来たのだ。カズヤとミズナは二人同時にその《妖》に向かっていく。


「来い!!貴様らの相手は俺だ!!食ってやる」


 《妖》もカズヤ達に接近してきて、お互いある程度の距離を取り対峙した。

 《妖》がカズヤ達と戦っている隙に人間側は負傷した仲間を抱え、キメラをうまく誘導して、後衛の方まで退いていった。ここに残っているのは《妖》とカズヤとミズナだけになる。

 《妖》の見た目は、特有の耳のとんがりと尖った犬歯を除いては、黒目黒髪の何処にでもいそうな目つきの悪い青年だった。


「あなたが、キメラ達のリーダーね!?一体どうやってキメラを従えたの!?」


 ミズナがキメラに問う。


「そんなの決まってるじゃねーか、研究所を乗っ取たんだよ。そんで、俺の下にいた《妖》と、研究所の人間を合成させてこんだけの群れを作ったのさ!!びっくりだぜ、キメラにしただけで、ここまで戦闘能力が上がるとなぁ!!まぁ、馬鹿になっちまったがな、ひゃひゃひゃひゃひゃ」


 この《妖》、かなり壊れている。自分の仲間を実験の材料にしたのだ。そして、この会話からこのキメラが特A級の《妖》ではなく、おそらくA級の《妖》だと推測できた。基本的に特A級の《妖》は他の《妖》と群れを成すことは無い。もし、つるんでも、同レベルの《妖》数体というところだろう。


「カズヤ、この《妖》って」


「ああ、楽勝だな。ただの馬鹿だ。A級の真ん中当たりってとこか」


 カズヤとミズナは一気にリラックスして笑った。正直、この程度のレベルの《妖》なら、カズヤ達二人の力を合わせれば余裕なのである。いや、カズヤ一人でも余裕で倒せる。


「なんだと!!俺を馬鹿だと!!!殺してやる!!!」


 カズヤ達の安い挑発に簡単に乗った。やはりこの《妖》は馬鹿だった。

 一気に《妖》はカズヤの懐に入り、心臓を貫こうと硬化させた腕を突き出す。しかし、カズヤに触れる前にカズヤの姿は消えていた。その代わり、目に入ってきたのは4本の光の矢を空中に出しているミズナだった。

 ミズナが軽く手を前に出す姿が《妖》にはスローモーションに見えた。その直後に体に四つの衝撃が走る。四肢を貫かれてしまった。再生する数分間、完全に動くことはできない。


「ば、馬鹿な」


 次にその《妖》を襲ったのが熱さ。背中の方からもの凄い熱を感じる。


炎憑掌えんひょうしょう


 カズヤの腕が超高温の《気》で包まれる。もはや、四肢を失った《妖》にはこれをかわすことは不可能。


「ま、待ってくれ。俺は……」


「死ね」


 カズヤが炎の右手で《妖》の頭を掴む。すると、《妖》は頭から炎に包まれ燃え上がった。


「ま……って……くれ……、俺じゃない…お…れは……あい…つに言わ……れ……て」


 何かを言いかけたまま、《妖》は塵となってこの世から消滅した。


「はぁ、キメラのリーダーって、こんな奴だったのね」


「何か気になるな……」


 呆れるミズナとは逆に胸に何か引っかかっているカズヤ。


「まぁ、いいじゃない。とにかく後衛の援護に行きましょう」


「ああ、そうだな」


 カズヤは胸にある突っかかりをそのままに、後衛の援護に向かった。



 

 着いた頃には、全てのキメラが死体となっていた。そして、ユキヨが倒れてハルトが運んでいったことを知った。

 後衛のリーダーに多数出た負傷者を運ぶ手が足りないので、運んでほしいと頼まれた。ミズナが疲れているようだったので、カズヤはその指示に従い左前衛の者達と共に戦場を後にした。

 実はミズナ、一番後ろに立ち、危なくなった仲間を援護していた。カズヤ達にとってたいしたことの無いキメラでも普通の《闇に生きる者》には少々きつい相手だ。鋼鉄の肌を持ち、疲れを知らず、《気》を吸い取る。初めて戦う人間に取っては驚異的な能力が多すぎる。その為、ミズナが援護の為に放った光の矢は200本を優に超えている。ミズナの疲れは相当なものだ。カズヤもあちこち飛び回って、援護をしていたので結構疲れている。なので、ミズナとカズヤは後衛のリーダーの指示に従った。一人で戦っているセイヨの援護に行きたかったのだが、今の状態で行っても足手まといになるだけだ。それに、駆けつけた頃には終わっているだろう。あのセイヨが本気を出せば、キメラの三十や四十は何ともないのだ。


 ……しかし、現実はカズヤ達の考えているほど甘くなかった。




 セイヨの目の前にあるのはキメラ、キメラ、キメラ……。その数、百を超える。政府側のミスだった。実際キメラは報告の倍はいる。政府の掴んでいた情報が間違っていたのだ。


「やっぱり、今日はついてないわね。でも、この数なら何とかなるか」


 そう言うと、セイヨは『月下美人げっかびじん』と『冷花れいか』を呼び出し、ゆっくりとキメラの群れに向かって歩きだした。大切な人や仲間を守る為に、一体たりとも後ろには通さない。そんな決意を胸に……。

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