一騎当千 ~戦いの渦の中で~ その2
早速、カズヤと別れてハルト達はラルゥの偵察ルートを辿り始めた。そのルートとは木と草が生い茂り、道すら出来ていない状態だった。とても人間の歩けるようなものではない。
ハルトとセイヨは仕方なく木の枝をつたい進んでいくことに決めた。頑丈そうな木の枝を探してうまく飛び移って行く。
「あのラルゥが行方不明なんて」
「そうね」
ハルトとセイヨは、ほとんど音を立てずに移動しながら小声で話している。その為、移動速度はそれほど速くなく、ラルゥとの連絡が途絶えた地点まで後30分と言ったところか。ちなみに普通に歩くと1時間半は掛かる距離である。
「でも、ラルゥのことだから、何らかの理由でレシーバーを壊しちゃったのかもね。それで、その辺で居眠りしてるのかも」
「あっ、確かに何か面白い物を見つけて夢中になっているのかも」
あまり心配しているように見えない二人である。ラルゥは結構いい加減なところがあって、今までも誰にも連絡無しにふらっと何処かに行ってしまったことも多々あった。
「でも」
「そうね、ミズナは心配ね。あの子が予定の時間に連絡入れないなんて、今まで一度もなかったものね。彼女も相当強いはずなのに。もしかしたらキメラの強さが上がっているのかもしれないわね」
ラルゥの話をしている時とはうって変わって真剣そうなトーンになる二人。先ほど村人があんなに慌てていたのは、ラルゥよりもむしろミズナとの連絡が途絶えたことだった。
「あっちはあいつに任せておけば大丈夫だと思うわ。それよりこっちはこっちで、キメラを見つけたら、直ぐに殺るわよ。言葉通り気を抜かないでね。一匹も逃がしちゃダメよ」
「わかってるよ。ラルゥは」
此処まで話すと、二人は話すのを中断した。自分たちの前方から何かが近づいてくる気配がする。
「おいで、『月下美人』」
セイヨは妖刀『月下美人』を呼び寄せると、一気に鞘から引き抜いた。ハルトもいつでも戦闘には入れるように、セイヨが持ってきてくれた刀の柄に手を添える。もちろん二人とも木の上で一連の動作をした。ちなみに、セイヨがハルトの為に盗ってきた刀のもう一本は、村を出る際にユキヨに預けて来た。
「まぁ、こんなに警戒しなくても誰が近づいて来るか、わかるんだけどね。だいたい村まで一直線に向かって来てるんだから、村の場所を知っている奴しかいないものね」
「そうだね。村の人間か、村の人間にこの村の在処を聞いた何者か」
そんなことを話しているうちに気配は近づいて来る、耳を澄ませると木の枝がガサガサと音を立てているのがわかる。
「あれ?ハルトとセイヨ?どうしたの??」
迫ってきた気配の正体がハルト達の前に姿を現した。そして、あちらもハルト達を視認すると、いきなり緊張の欠片も無い声を発した。《陽炎の村》トップの戦闘能力を誇る特Aクラスの《妖》・ラルゥである。《妖》ではあるが、ほとんど人間と姿は変わらない。大きく違うところと言えば、人間より少し尖った耳、人間と違い、はっきりと尖っている犬歯、そして燃えるように真っ赤な目である。ちなみに、見た目は二十歳前後に見える。実際は数十歳なのだが、《妖》の肉体の老化は人間よりも遙かに遅い。
「どうしたの?じゃないわよ。なんで時間通りに連絡しなかったのよ?」
セイヨが少し安心した声を出す。
「木の上で座ってたら何だか眠くなっちゃってね。でも、それだけじゃ君たちがここに来る理由にはならないよね?」
そう言って、軽く笑う。本当にのんびりとしていて、今起こっていることの重大さをわかっているのか疑ってしまう。
「ええ、私達はあなた達が見張っていた連中の処分に来たのよ、それとあなたとミズナの捜索にね」
「ミズナ?彼女はまだ戻っていないのかい?」
ラルゥの顔に少し緊張の色が走る。
「うん。今、ミズナとの連絡が途絶えたところに、俺達の仲間が向かっている。彼に任せておけばミズナのことは心配いらない」
「あまり長話している暇はないわ。後でそいつのことは紹介するから。あなたは先に帰って無事だったことを村長達に報せて上げて。奴らの始末は私とハルトでやるわ」
「わかったよ。じゃあ、気を付けてね。ちなみにここから少し行ったところに、人間達がキャンプ張ってるよ。キメラの数は十数匹ってとこかな?」
そう言うと、ラルゥは大きな欠伸をかましながら、村の方へ去って行った。
「十数体か。確かハルトと初めてであった夜に襲ってきたキメラの数は・・・」
「五体だったよね」
ハルト達はラルゥを見送ると、またキメラがいる方へと向かい足を進め始めた。
「どれくらい強くなっているか試せるわね」
セイヨがそう言いながら、面白そうに笑った。ハルトに出会ったあの日から、ハルトと共に修行に勤しみ自分の力を磨き上げてきた。それが今から試せると思うと、体が熱くなり、早く戦いたいと自分を急かしているように感じた。
「でも、後のことを考えて力は温存しておかなくちゃね」
セイヨはハルトの言葉に頷くと、急かす体と心を無理矢理押し留めて、《気》を落ち着けて集中する。
暫く木を伝って行くと、少し先に視界が開けたところがあるのが解った。少し手前で止まって、目をこらすと木の隙間から、人影が見えた。
相手に悟られぬよう細心の注意を払いながら近づき、敵の情報を集める。敵の数はキメラが16体、人間が3人の総勢19。特に油断している様子もなく、しっかりと陣営を組んでいる。司令塔の人間はキメラに囲まれているテントの中にいる。司令塔の人間から潰すのがセオリーなのだろうが、この数からして乱戦に持ち込めばこちらに分がある。
「あそこね。準備はいい?」
「大丈夫。いつでも行けるよ」
二人とも抜刀すると、呼吸を合わせてセイヨの手の合図と共に木から飛び出した。不意打ちにも関わらず、相手はしっかりと反応して防御態勢をとろうとする。
ハルトとセイヨは一番自分たちの身近にいた2体のキメラに狙いを定め、一瞬で自分の間合いに相手を入れる。
「「はぁ!!」」
二人のほぼ同時の気合いの一瞬後に、ハルト達がそれぞれ狙ったキメラはピクリとも動かなくなった。見ると、キメラの頭から刀が突き出ている。
「やった、うまくいったわ!」
セイヨがボソリと言葉を漏らす。前回のキメラとの戦いでは、かなり大量の《気》を刀に纏わせなければキメラの体に傷一つ付けることが出来なかった。しかし今回の一撃に使用した《気》は前回の十分の一ぐらいである。
セイヨの《気》のコントロールはかなり上達した。前回は、《気》を刀の回りにふんわりと纏わせるのが限界で、密度や鋭さが無く無意味に分散していた。今回は刀にピッタリと纏わせていて、密度も鋭さもかなりのものがある。更に、《気》の消耗を抑えるために、急所を狙い、突きで攻撃をしている。
ハルトと一瞬顔を合わせ、すぐに次の動作に移る。この一瞬で、二人ともお互いの役割を決めた。
ハルトは回りのキメラの気を引くために、自分の抑えていた《気》を解放する。キメラは指令がない限り、より《気》が強い者に反応する。その間にセイヨは司令塔の人間がいるテントに向かう。
「ど、どうした!!何があったんだ!?」
慌てて、三人の白衣を着た人間がテントの中から出てくる。かなり慌てているようだ。
「あら?ちょっと遅かったようね」
テントから出ると、十二歳の少女が笑顔で立っていた。研究者達は少女の顔を見た瞬間、自分達の未来に絶望した。その少女、セイヨは裏の世界、つまり《闇の世界》の住人の間ではとても有名人なのだ。無論、キメラの研究をしている人間なんぞは、表の世界の人間ではない。
「し、『深紅の天使』」
研究者の一人が顔面を蒼白にしながら呟く。後の二人も顔面蒼白は変わりない。三人の目に映っているのは絶望と恐怖。そして、闇……。
「平気よ、殺しはしないわ。依頼主の要望で、生かして引き渡すことになってるからね。でも、死ぬことよりも辛いことになるんじゃないかな?」
そう言ってニッコリと笑い、少し手を動かす。瞬間、三人は白目をむいて地面に倒れた。次に三人が目を開ける場所は、冷たい牢の中になるだろう。
「馬鹿な人達……。って、それよりハルトは?」
そう言って、辺りを見回してハルトを捜す。倒れているキメラは全部で八体、全部綺麗に頭に刀を刺した後が見られる。
見渡すとハルトは直ぐに見つかった、ハルトはセイヨを庇うように九体のキメラと対峙している、まだまだ余裕がありそうだ。それを見てセイヨが《気》を解放すると、ハルトからこちらに注意を向け四体のキメラが迫って来た。
「……」
セイヨは無言でキメラに向かい駆け出す。セイヨの持つ『月下美人』に手から《気》が伝わり刀身を覆った。うっすらと刀身が輝いているように見える、本来見えないはずの《気》が目視できるのは、『月下美人』を覆う《気》の密度がかなり高い為だろう。
そんなセイヨに怯むことなくキメラは唸り声を上げて迎え撃とうとする。キメラは単体でも十分に戦える強さを持っているが、その力は成長を遂げたセイヨやハルトには到底及ばない。集団でうまく連携を取り、戦うことがセイヨ達と互角に渡り合う唯一の方法だろう。
しかし、司令塔の人間がいない今の状態では、各キメラの動きはメチャメチャでコンビネーションのコの字もなっていない。
うまくキメラを誘導して一体一体確実に仕留めて行く。無駄な動きが多いキメラに比べ、セイヨ達の動きには一片の無駄もない。
「さいごっ!!」
セイヨが最後の一体に止めを刺し、この場所での戦いに終止符を打った。辺りには、16体のキメラの死骸と、三体の気絶した愚かな人間が転がっていた。
チン
ハルトとセイヨが刀を納める音を最後に静寂が周囲を覆った。一陣の風が木々をざわめかせ、セイヨの髪を静かに撫でて通り過ぎて行った。




