疾風迅雷 ~大切な者の為に~ その2
街灯が道をうっすらと照らし、夜の冷たい風が肌を撫でる。静寂が辺りを包み、時々風が鳴く音が静かに耳に入ってくる。
「午前0時を回ったよ」
白い息を吐き出しながら、ハルトは隣にいるセイヨの様子を伺う。
「じゃあ、行きましょう。準備はいいわね?」
既に二人はブタ、もとい夢黒スルメの屋敷の前に二人で突っ立っていた。屋敷は3階建てになっていて、門から玄関まで50メートル近くある。まだ全ての人間が寝静まっていないのか、屋敷の窓から光が漏れている部屋もある。
「準備はいいよ」
「じゃあ、行こっか。別に何か盗むわけでもないし、堂々と正面から入るよ。それと使用人なんかは殺しちゃ駄目だからね」
そう言ってセイヨは門の方を向き、手をかざした。
「おいで、《月下美人》」
セイヨの手に愛刀が現れた。そして、直ぐにそれを抜刀すると、目に見えないほどの速さで一閃し、次に刀が見えるようになったのは納刀され終わった後だった。一瞬後に門に四角い切れ目が入り、鉄格子がカランと地面に落ち、人一人が通れる位の隙間ができた。
ここからの行動は迅速だった。門に入れる隙間が出来た瞬間二人の姿は消えた。次に現れた時は、もう玄関の扉の前にいた。
「セイヨ、感じる?」
ハルトが玄関の先にいる何かに気が付いた。セイヨもその何かの存在に気が付いたようで、刀に手をかけた状態で静止した。
「ええ、中にいるわね。相当な強さの奴が、この気配は・・・」
「羽馬 和也」
自分たちと似ている《気》をかすかに玄関の扉の向こうから感じる。その《気》を放つ張本人、羽馬和也・・・何度となく、ハルトとセイヨの前に立ちはだかってきた同じ年の少年である。実力はかなりのもので、老若男女問わず、どんな奴でも笑って殺す事から闇の世界では《微笑の死神》と呼ばれ恐れられている。その姿を見て生き残れたターゲットは、ハルトとセイヨを除いていないという話も聞く。
「また、あいつなの?いつも私たちの邪魔ばかりして。あいつって絶対女の子にもてないタイプよ」
「俺が、相手をするからセイヨは先にターゲットを、それと出来れば刀を見つけて来てくれる?この屋敷の中にあるんでしょ?」
ハルトが指示を出すのは珍しいことだ、いつもセイヨの指示で動いている。
「わかったわ」
セイヨも大人しく従った。本当なら自分が相手をしたいのだが、今回はハルトに譲っておくことにした。最悪の場合この後キメラの相手が残っている。こんな所で無駄な力を使うわけにはいかない。
二人は目を配らせ、タイミングを計り一気に扉を破り中に侵入した。
扉の向こうにはハルト達が想像していた通りの奴がいた。ハルト達が扉を破ったのにも全く動じずに、笑顔で二人を迎えた。
ハルトは扉を破った勢いをそのままに、笑顔のカズヤに斬りかかった。狙ったのは首、しかしこの一撃で決められるとは思っていないし、殺そうとも思っていない。そして、セイヨはカズヤの横を通り抜けて屋敷の奥へと進入した。
「くっ!!」
次の瞬間、ハルトは腹部に強い衝撃を受け後ろに吹き飛ばされた。そのまま勢いは止まらず体を地面に叩き付けられながら門の所でようやく止まる。セイヨはハルトがあれくらいじゃ何ともないのをよく知っていたので、自分は自分の役目を果たす為にブタのいる場所へと向かった。
「ようやく来たな、待ちくたびれたぜ。それにしても、よくもまぁあの一瞬で体をうまくずらして衝撃を和らげたな」
ハルトを吹き飛ばしたカズヤは笑顔で話しかけてきた。その表情からでは、まるで敵意を感じられない。しかし、かすかな殺気をハルトは感じ取った。
一瞬でカズヤはハルトのボロボロの刀を手刀で砕き、腹に先ほどの一撃を入れたのだ。
「セイヨはわざと見逃したね?」
ハルトは平然と立ち上がりながら言う。全くダメージを食っていないようだ。
「ああ、お前の方が強いしな。それにお前ら二人を相手にしたら完全に俺が負ける。まぁ、雇い主なんて死んだら死んだでいいし」
どうやら、セイヨはわざと逃がしたようだ。
「《微笑の死神》。なぜいつも邪魔をするんだ?」
ハルトがボツリと呟いた。
「そんなの決まってんだろ?お前が俺に快楽を与えてくれるからだよ。俺が全力を出して戦えるのはお前ら二人くらいなもんだからな。初めてお前らと合った時の感動は今でも忘れないぜ。さぁ!俺を楽しませてくれよ!!」
そう言って、カズヤは構えをとる。それと共に、カズヤの両手足を中心に《気》が膨れ始めたのをハルトは感覚で感じとった。ハルトも同じように構えを取ると、全身に《気》を纏った。
「はぁ、やるしかないのか」
「いくぜ!!」
カズヤの姿がブレ、ハルトの目の前に現れる。そして、ハルトの腹と顔面にそれぞれ2発パンチがめり込んだ。ハルトはまた後ろに飛んで、威力を軽減しようとした。
「同じ手を二度とくうかよ」
後ろに飛んだハルトを逃がさず、ピッタリとくっついて飛ぶカズヤ。そして絶妙な空中バランスで踵落としを繰り出し、ハルトを地面に叩き落とした。
ハルトはコンクリートの地面に叩き付けられてコンクリートにひびが入った。普通の人間なら確実に死んでいる。暫くカズヤはハルトの様子を見ていたがやがて口を開いた。
「あれくらいで、お前がくたばるわけないだろ?早く立てよ」
普通の人間なら、コンクリートにヒビが入るぐらい強く叩き付けられれば、頭などが割れ大量の血が吹き出るはずだ。だが全くそれがない。
ハルトはむくりと立ち上がると、服に付いた誇りを手で簡単に払い、再び構えをとった。カズヤの蹴りと地面への接触は《心気》をうまくコントロールしてクッションにしたようだ。
「どうやら、やっと本気になってくれたようだな」
「俺が死ぬと、セイヨが独りぼっちになっちゃうからね」
そして、一瞬の沈黙の後に、二人ともほぼ同時に相手に向けて駆けだした。バトルのゴングが今鳴った。




