一期一会 ~赤い月の下で~ その4
「『雪月花』、来て」
ハルトはボツリと呟くと、化け物の手が自分の腹部に届く前に姿を消した。
「切り札は最後まで残しておかないとね」
次の声は、化け物の背中の方から聞こえた。化け物はその場で手を突き出した状態で固まっている。ハルトの手には先ほどまで持っていなかった、刀身が真青な刀が握られている、セイヨの持っている『月下美人』に近い不気味な輝きを放っていた。先ほど持っていたボロボロの刀とは違い傷一つないとても綺麗な刀だ。
「・・・妖・刀・だ・と・・なぜ・・そん・・なも・・の・・・・・を・・・・」
そう言って、化け物に化けた男は地面に崩れ落ちた。見ると胴体を真二つにされている。
「出しては仕舞っていたんだ。気付かれないようにね。それに、まだ僕には手に余る代物だから、長時間出していたくなかったんだよ」
その後化け物は絶望にゆがんだ顔のまま絶命した。そして暫くすると男は元の人間の姿に戻り、灰になって消えてしまった。
ハルトは一息付くと刀を鞘に仕舞い、異空間に刀を戻した。
「『雪月花』・・・、今の刀、『雪月花』ね!?最上級の《妖》の蒼い血を焼き入れの水に使って作られた。何もかもを斬り、斬れない物などないと言われている最強の一振り。更に、斬った物の再生力を失わせる細胞を完全破壊する刀。なんであなたが幻の妖刀を持っているの?」
セイヨがハルトの方に詰め寄ってくる。少しヨロヨロとしているように見える。
「それと、『雪月花』は《気》も吸う事が出来るよ。あの刀は、お父さんから貰ったんだ。僕が《気》を使えるのも、戦うことができるのも、全てあの刀がのおかげなんだ」
「なんで、私を殺さなかったの?私と戦いの時、あなたがその刀を使っていたら、私が完全に負けていたはずよ?」
ハルトは少し黙った後、セイヨの方を向いた。
「さっきも言ったけど、君は悪い人じゃないから、それにまだ生きなくちゃいけない人だから」
そう言った、ハルトは少し悲しそうに見えた。
「なんで?まだ生きなくちゃいけないのは、私だけ?あなたは死んでもいいの?」
「もう僕には何もないから。もう、居場所がないんだ。何処に行っても、人に命を狙われる。さっき君が僕を殺そうとしたようにね。もう疲れたよ」
ハルトの言葉を聞き、セイヨは少し前の自分の行動を思い出した。そして少し困った顔をした。
「ごめんなさい、あなたを狙ったことは謝るわ。私は、生きる為に無差別に人を殺してきた。そして、私は戦うことで自分が生きていると実感していたの」
少し黙って、その後何かを決心したように喋り出した。
「もう止めるわ。善悪無差別に人を殺すのは。これからは、悪人と《妖》だけを狩る事にするわ。それに私達はもっと生きなきゃならない。今まで苦しいことばかりだったから、これからもっと人生を楽しむ権利があるわよ。いっぱいお金稼いで、大きな家に住んで、美味しい物いっぱい食べなくちゃ」
そう言って、微笑んだ。その笑みは戦闘前の笑い方とは違って柔らかく包むような笑顔だった。
「これからを楽しむ?」
「そうよ。あなた私のパートナーになってよ。二人で陽の当たる世界に出て行きましょう」
セイヨはそう言うと、ハルトに手を差し出した。
「・・・」
ハルトは少しとまどった後、その手を少し躊躇いながら握った。セイヨの手は暖かく、心を包んでくれるような感じだった。初めてハルトは人の温もりを感じた。
「改めて、私は美月 星夜。セイヨでいいわ」
「破夜御 晴斗。ハルトでいい」
返事をしたハルトは少し笑ったように見えた。
「じゃあ、これから私の家で一緒に暮らしましょう。部屋も余裕があるし、結構広いわよ。そう言えば、あなたはどうやって過ごしてきたの?」
ハルトは特に闇の世界で仕事をしていたわけではないので、お金は全く持っていない。もちろん家もないし知り合いもいない。いつも森の奥の方で、木に登って寝ていた。食事はキノコや、木の実、そして動物を捕まえて食べていた。
「うそ。そんな生活してたの!?良く今まで生きて来れたわね」
それはハルトの運の良さと、ずば抜けた適応能力のたまものと言えるだろう。
「まぁ、いいわ。とにかく今日は美味しい物をいっぱい食べさせて上げるわ。それで、あったかいお風呂に入って、暖かい布団でグッスリと寝なさい」
ハルトの手を引いてその場を去ろうとした。しかし、ハルトの少し待って、と言う言葉で歩みを止める。
「家の場所教えてくれる?ちょっと忘れ物があるから、取りに行ってくるよ。先に帰ってて」
「じゃあ、私も一緒に行くわ」
「ううん、僕一人でいいよ」
ハルトは断固としてセイヨを連れて行こうとはしなかった。
「わかったわ。じゃあ、私此処で待ってるから、さっさと取ってきて。大体どれくらい掛かりそう?」
「1時間半ぐらいかな?」
セイヨはハルトの言葉を聞いて“わかった”と言うと、手頃な木の上に上った。
「じゃあ、私は少し寝てるから戻ってきたら起こして、それと自分のことを僕じゃなくて俺って言いなよ。そっちの方が格好いいし」
ハルトは頷くと、その場を後にした。ハルトを見送ると、セイヨは疲れにより直ぐに深い眠りに落ちた。しかし、セイヨは押し寄せる睡魔により失念していた。キメラを倒したが、その大本が残っていると言うことを。ハルトが向かった方向に、その研究所があった。
ドガァァァァァァン
セイヨは爆発音で目を覚ました。体内時計ではハルトが行ってから大体1時間が経っている。爆発音のした方を向くと、森の中が赤く光っていた。丁度、キメラの研究所のある場所だ。
「まさか」
嫌な予感が体全体に走る。直ぐに木から飛び降りると、幾分か回復した《気》を全て《体気》にまわし全力で研究所に向かった。
「私としたことが、研究所のことをすっかり忘れてたわ」
舌打ちをしながら、とにかく1秒でも早く、と走る。ハルトの忘れ物はこれのことだったのだ。
「ハルト。無事でいてね」
生まれて初めて他人を心配した。そして、心の隅で心配できる人がいる喜びを感じていた。そして、それを失うことを恐れた。
研究所は酷い有様だった。回りの森は燃え、研究所は内部から爆発したようで、ところどころの外壁が剥がれ、研究所全体が黒く焦げていた。吹き飛んでひしゃげていた門は綺麗に斬られた後が残っていた。そして、所々に転がる肉片。人の肉を焼いた時の嫌な匂い。とてもじゃないが見ていられるような状態ではなかった。
「・・・」
あまりの惨状に言葉を失う。
暫く呆然と立ちつくしていたが、研究所の中からフラフラと出てくる影が目に入った。臨戦態勢を取る、キメラの生き残りかもしれない。
「ハルト」
しっかりと目視できるようになった影は、1時間ほど前に別れたハルトの姿だった。おぼつかない足取りで、セイヨの前まで来る。
「これで、全部終わったね」
ハルトは擦り傷だらけの顔でそう言ってはにかむと、崩れ落ちた。セイヨは慌てて地面に倒れそうになるハルトを支える。
「ハルト!ハルト!!ふぅ、気絶しただけね。もう《気》が空っぽなんじゃない」
ハルトが気絶しただけだとわかると、安堵の息を吐き優しく微笑んだ。
「もう、無理しちゃって。ありがとう」
その後、ハルトを少し離れた落ち着いた場所まで移すと、自分は木に寄りかかり、膝の上にハルトを寝かせた。そして、ハルトの頬を優しく撫で、そのままセイヨも深い眠りにいた。二人ともとても幸せそうな寝顔をしていた。
ハルトとセイヨのぎこちないが、幸せいっぱいの共同生活が始まった。この幸せな生活は死が二人を分かつ時まで続くことになる。長くて短い、幻のような幸せな時が動き出す。




