一期一会 ~赤い月の下で~ その2
白衣の男が手を頭の上に上げると、ハルトとセイヨを囲むように5人の人間が現れた。全員目の焦点が合っていないように見える。
「何か用かしら?私はあなたの依頼を遂行しているところだけど?」
セイヨが刀を下ろさずに、白衣の男を睨み付けると、白衣の男は醜い笑顔を浮かべた。もちろん、セイヨは表面上、動揺を隠している。しかし先ほどの会話は聞かれてしまっているだろう。
「気が変わったんですよ。丁度あなた方を捕らえる程の力を持つ化け物が完成したのでね。あなた方にはモルモットになってほしいと思いまして、丁度そっちの少年の武器もあなたが壊してくれましたしね。それに、あなたではその少年を殺せないのでは?クックック」
ジリジリと焦点の合っていない男達が詰め寄ってくる。よく見ると男達は既に人間と呼べないほどに醜い姿だった。男達の爪は金属のような光沢を放ち、腕はだらりと伸び普通の人間より幾分か長い。肌の色も青白く、まるで死人のようだった。
「どうです?私の可愛いペットは?研究員の細胞内に複数の《妖》の細胞を埋め込んだんです。するとどうでしょう、《妖》の細胞が人間の細胞を浸食し、《妖》の特化した性質の肌や筋肉組織、五感に変わったんですよ。まぁ、問題はその副作用として自我が崩壊してしましましたが、仕付けをして私の命令に忠実に従うようにしたので何の問題もないのですがね。《キメラ》とでも名付けましょうか」
「最低の人間ね」
「クックック、褒め言葉を有り難う。楽しみですよ、あなた方二人のように《気》を持っている人間と《妖》を足すとどんな生物が出来るのか。考えただけでゾクゾクしますよ」
人間と《妖》を合わせることに至極の楽しみを見いだしていて、その為にはどんな犠牲もかまわないと言う思考、完全に狂っている。
「ハルト、とか言ったわね。あなたを殺さなくてもいい方法を思いついたわ、取りあえず其処でジッとしてなさい、素手じゃ戦えないでしょ?それにこの人間と《妖》の合成生物は多分かなりやっかいな相手だろうから。私でも五人いっぺんで勝てるかどうか」
そう言って、セイヨはハルトを庇うように立った。ハルトを殺さなくてもいい方法、依頼してきた組織ごと潰すことだった、依頼してきたと言う事実を抹消する気だ。まぁ、向こう側から仕掛けてきたのだから、何も問題ないし、ちゃんと正当防衛という理由もできる。しかし、方法は見つかったが、実行するとなるとかなり大変そうである。まず、目の前のやっかいな相手を倒さなくてはならない。
「やれ。殺さずに捕らえるんだ。腕の一本や二本は斬ってもかまわん!!」
セイヨはハルトから離れるようにキメラ一体の方に突っ込んでいった。キメラも白衣の男の号令で一斉にセイヨに向かって突っ込んできた。刀を持っているセイヨの方が危険と判断したのだろうか?
セイヨが初めに的を絞ったキメラに横凪に刀を振るった。そこら辺にいる普通の《妖》なら腕でガードしようが、これで上半身とか半身が離れて勝負がつく。
ガキィィィィィ
金属の触れ合う音が響いた。セイヨの『月下美人』を難無く腕一本で止めていた。
「くっ」
一旦退いた後、その反動で回転し反対側の胴を薙ごうとしたが、これもまた腕によって妨げられた。この奇襲が成功しなかった為に、後ろから迫ってきていたキメラへの反応が遅れ背中を強く殴られてしまった。
「ぐっ」
一応、前に飛び衝撃を逃がしたが、それでも相当のダメージを受け、木にぶつかって止まった。
「かなり高密度の《気》で体を覆っていてこの威力。なんて馬鹿力なの」
苦しそうな顔をして立ち上がる。5匹のキメラはセイヨを囲むように円陣を組みジリジリと迫ってくる。
「しょうがないわね。かなり疲れるけど」
セイヨが《月下美人》に気を集中させる。すると赤い刀身が更に赤く輝きだした。
「行くわよ」
そう言った瞬間、セイヨの姿が消え一体のキメラの真後ろに現れた。キメラもしっかりとそれを目で追っていた様で、体をもの凄いスピードで反転させ迎え撃とうとした。
「遅い!!」
セイヨはキメラが自分の方を向く前に刀を振った。振った瞬間からセイヨの腕と刀が視界から消えて、次の瞬間には振り切った状態で姿を現した。
そのコンマ数秒後、ボトリと言う音を立てて《妖》の上半身が地面に落ちた。普通なら血しぶきが上がるはずなのだが、全く血しぶきは上がらなかった。『月下美人』が切断面から出る血を、全て吸ったのだ。おそらく斬られたキメラの体内にある3分の2の血液はこの一瞬で消えただろう。
「ふぅ、一匹」
額に大粒の汗が滲み出す。その間にもキメラはセイヨに近づいてくる。そのスピードはもはや人間の追えるスピードではない。
「次!!」
セイヨも気合いを入れると、姿を消した。
ガギィィィィィィ
次の瞬間、四匹のキメラとセイヨが姿を現した。そのうち一体に刀を振るい、両腕を切り落としていた。他の三体のキメラは、何か赤い液体のような物に体を拘束され、身動きが取れないようだ。
「ハァハァ、さすがにこのレベルの奴を3匹拘束するのは辛いわ。長くは持たない」
セイヨはかなり苦しそうに息を荒げている。3匹の拘束はどうやらセイヨがやったようだ。今現在敵は一匹しか動けない、その考えが油断を生んだ。
次の瞬間、首に何かが絡みつく感覚と共に、セイヨの体が宙に浮いた。
「さ、再生!?」
両腕を切り落としたはずのキメラから腕が生え、セイヨの首を掴み宙づりにしていた。
「クックック、私のペットを甘く見ましたね。一匹殺されましたが、まぁ、上出来でしょう」
「ハァ!!!」
セイヨが気合いを入れた瞬間、キメラが腕から消滅して、綺麗に跡形もなく消え去った。これは大量の《心気》を相手に直接送り込んで、細胞単位で破壊するという反則的なものだが、《気》の使用量がハンパではない。
「ハァハァ、私がこの程度で捕まるとでも・・・!?」
セイヨはキメラを吹き飛ばした後に、体から力が向けたような感覚に襲われ、膝を付いてしまった。かなり《気》を消耗したが、まだ幾分か余裕があったはずだ。
「クックック、あの程度ではあなたを捕まえられるとは思っていませんよ。私はあなた方の持つ《気》についても研究していましてね。上級の《妖》になると、あなた方、《気》を持つ人間を食べて自分の力に変える事が出来るんですよね、その特質もちゃんと備え付けてありますよ。ただ、生きた者からも《気》を吸い取れるという違いはありますが」
「ま、まさか!!」
白衣の男の言っている意味がわかり、顔を青ざめさせた。実際に体から《気》をひねり出そうとするが、わずかしか出てこないし、体の中に《気》を感じることが出来ない。これではただの非力な少女と変わりはない。『月下美人』も持っていることが出来ず地面に落としてしまった。すると、地面に黒い穴が空き『月下美人』を飲み込んでいった。鞘も同様に、黒い穴に吸い込まれた。正確に言うと、『月下美人』自らの意思で自分の空間に戻ったのだ。
「そうですよ。キメラが先ほどあなたを捕まえた時に、大量に《気》を吸収したでしょうね。更に、そこに座っている少年との戦闘、キメラ達との戦闘、極めつけは、キメラに首を捕まれたその後の攻撃。キメラを消滅させた程の攻撃なのだから、相当《気》を消費するのでは?大人しく捕まりなさい」
指示すると、残りの三体のキメラがゆっくりとセイヨに近づいてくる。
セイヨは立とうとするが、うまく立つことが出来ず、尻餅をついたままジリジリと後ろに下がる。直ぐに追いつかれキメラのうちの一体に腕を捕まれた。
「は、放しなさい!!アンタの研究材料になるなんてまっぴらゴメンよ!!」
「クスッ、まぁ、そう言わないで下さいよ。きっと楽しいですよ」
セイヨはキメラから逃れようと暴れるが、今やただの幼い少女、どうやっても逃れるのは不可能だ。
「この変態クズ男!放せって言ってるでしょ!!」
そう言って白衣の男を睨み付ける。
「私は五月蠅い女は嫌いなんですよ。片腕を折って黙らせろ!」
白衣の男がなかなか黙らないセイヨに痺れを切らせて、セイヨの腕を掴んでいるキメラに命令を下した。キメラは命令に従い腕に力を込めていく。
「痛っ!!」
セイヨが腕にだんだん掛かっていく痛みに声を上げ、腕を折られる事を覚悟し目を閉じ、歯を食いしばった。が、いつまで経っても痛みは来なく、逆に腕に掛かっていた圧迫感が消えていく。そして、自分の顔に何か生暖かい液体がかかって来た。それはむせ返るように生臭い。嗅ぎ慣れた匂いだった。




