二の句が継げない?その2
ミズナに見送られた後、ハルト達は村の西にある洞窟を目指した。ルカには来なくていいと言ったのだが、ルカがどうしてもというので連れてきた。まだ、ハルト達以外の知り合いがあまりいなくて不安なのだろう。洞窟に近づくに連れ、ハルトの口数が減っていった。
「なんか、この洞窟に近づくにつれ寒くなってきているような気がするんだけど」
三人は既に洞窟の前まで来ていた。そこは、まるで冬のように寒い。原因は洞窟の中から出てくるとても冷たい冷気なのだが。
「さ、寒い、凍えちゃいそう」
ルカが弱音を吐く。まぁ、夏着で冬の寒空の下にいるようなものなので無理もないが。
「気を体にまとわりつかせて。そうすれば、寒さは防げるわ。元々この冷気は心気が具現化したようなものだから」
ユキヨに言われるがまま自分の気を体にまとわりつかせると、嘘のように寒さが消えた。
「じゃあ、行くぞ」
ハルトはいたって平然としている。ルカはこれもハルトの右腕についている、気を感じさせないブレスレットの力なのだと勝手に解釈してハルトについて洞窟の中に入った。実際はとても薄く密度の高い気を張っているのだが。気を抑えるブレスレッドを付けていてもこの位の芸当は出来るようだ。
暫く黙って奥に進む、すると少し視界が開けた行き止まりになっていた。そこには中心には刀が突き刺さっていて、それを中心に普通の氷より幾分か蒼く透き通った氷が洞窟全体に広がっていた。そして所々に氷で出来た花が咲いていた。しかも洞窟の氷が自ら光を放ち、洞窟の中を青白く照らしていて、何とも綺麗で神秘的な場所だった。
「綺麗」
ルカは今日何度目かのこの台詞が、またもや自然と口から出た。しかし、その感動に浸かれたのも束の間、気で体を覆っているはずなのに、刺すような冷気が体をチクチクと刺激する。
「気を付けて、少しでも気を抜くと氷漬け。もし駄目だと思ったら、私にくっついて。ルカさんの体も一緒に包むから」
「そんなことも出来るの」
ビックリして聞き返す。
「ええ、少しの間なら。でも、耐えられるところまで耐えて、これも修行のうちだから」
その言葉に、わかった、と頷いて自分の気に集中する。寒いが、まだ余裕がずいぶんとある。この分だとまだまだ行けそうである。これも日頃の特訓の成果か。
「で、あの刀は何なの?」
ハルトがいつの間にか刀の前に立って、その刀を見つめている。刀の刀身には雪の結晶のような模様があり、人を吸い込むような輝きを放っている。
「お墓」
「えっ?」
ポツリと呟いたユキヨに聞き返した。ユキヨの方を見ると、凄く悲しそうな、今まで見たことのない位、表情を表に出していた。
「私の、姉さんのお墓」
「ご、ごめんなさい」
ルカはしまったという顔をした後、ユキヨに向かって頭を下げた。こんなに軽々しく聞いて良いことではなかった。洞窟に近づくに従って、無口になっていった二人の態度と、洞窟の中に入ってから、一言も喋らないハルトの様子。そのことから考えれば、推測出来たことかもしれなかった。そして、この洞窟の中に自分は入っていて良いのかという疑問にも包まれた。
「ああ、気にするな知らなかったことだ」
ハルトが振り返って、ルカに言う。凄く寂しそうな笑みを浮かべながら。そんな笑みを見るとハルトの存在が、触ったら壊れてしまうような、そんな感じを受けた。
「ユキヨ、『月下美人』を出してやれ、久しぶりの対面だ」
「おいで、『月下美人』」
寂しそうな、それでいて愛おしそうな声で呟くと直ぐにユキヨの手に刀が現れた。ユキヨらしくない口調だが、この場所では必ずこうやって刀を呼ぶ。昔、姉がそうやっていたように。
呼んだ『月下美人』を抜刀すると、刀身が赤く輝きだした。
リィィィィィィン
そして、高い音で刀身が鳴き出した。それに共鳴するかのように、地面に突き刺さっている、蒼い刀が、輝きを増し同じような音で鳴き出した。
「刀が共鳴してる?」
「ああ、妖刀は自分の意志を持っていて、自分の主人を自分で選ぶ。そして、この二本の刀は元々ここに眠っている美月 星夜の物だった。だから、二本の刀は共鳴している」
美月星夜と言う名前を口から出した瞬間、ハルトの寂しそうな顔に拍車が掛かる。
「この『月下美人』は姉さんが死んだときに主人に私を選んだ。そこに刺さっている刀、『冷花』は姉さんをまだ主人として、そこに一緒に眠っているの」
暫くしていると、二つの刀の共鳴が止んだ。どうやら刀同士の挨拶が終わったようだ。ユキヨは刀を鞘に戻すと、『冷花』の前に歩いて行って、地面に手をついて暫く目を閉じてジッとしていた。
「姉さん。また来年も来るから」
暫くして立ち上がると、軽く頭を下げた。
「じゃあ、兄さん私達先に行くから。また後で。行こう、ルカさん。聞きたいことがあるなら、話は後でするから。兄さんを一人にしてあげて」
ユキヨが振り返り、その場を立ち去ろうと歩き出す。ルカもそれに従って歩きだした。何となくここにいて良いような気がしなかったし、話もユキヨから聞けるのなら、無理にここで話をする必要もない。
二人が去った後、暫くボーっと『冷花』を見つめていたが、思いついたようにその場に腰を下ろした。
「もうあれから3年か。お前が居ない日常にもずいぶん慣れてきたし、ユキヨも結構元気になった。それにさっき来ていたルカって言う子は、ユキヨが今、気に掛けている子だ。昔、お前がユキヨにしてやった特訓を今度はユキヨがルカにしているよ。ユキヨの奴、だんだんお前に似てきたような気がするな。まぁ、あたり前か・・・、お前があいつに言葉や感情を表に出すことを教えたんだからな」
そこでいったん話を止め、寂しそうに微笑んだ。
「今でもまだお前が死んだときの夢を見るよ。始めてその夢を見た時、無意識に俺の気が暴走して大変な事になった。それからこのブレスレットを身に付けるようになった。そして、お前の仇に再び会ったときに外れるように封印した。俺の決意、なんだろうな」
そう言ってブレスレッドを刀の方にかざした。人の足音がすぐ後ろでしたので、直ぐに表情を消し、振り返った。
「よぉ、今年も一緒して良いか?」
いつの間にかハルトの後ろに立っていたのは、やはりいつもと変わらない笑みを貼り付けたカズヤだった。両手にはジュースやら酒やら食べ物やらが大量に抱えられている。
「ああ、かまわない。毎年同じ事を聞くな」
サンキュ、と短く言ってハルトの隣に座って持ってきた飲食物を床に置いた。
ハルトはその中から、セイヨが好きだった物を選ぶと刀の前に置いた。
「じゃあ、パーッとやるか!一年ぶりに昔の想い出にでも浸ろうや」
ハルトはやれやれと言った表情で手近にあったジュースのプルタブを開けた。先ほどまでの寂しそうな雰囲気は何処かに行ってしまったようだ。カズヤはハルトに気を遣って、いつもより明るく振る舞っている。そのことはハルトも良く知っている。こういった時、ハルトはカズヤがいてくれて良かったと思うのだ。実はユキヨよりもカズヤの方がハルトやセイヨとの付き合いは長い。
「飲む前にあいつらも呼ばないとな」
ハルトがそう言うと、カズヤも解っていると言うように頷いて右腕を前にかざした。
「出てこい!『炎』」
腕の前が輝くと、炎に包まれた刀が現れた。それをカズヤが握った瞬間、火が消え鞘に入った一振りの刀が鮮明に姿を現した。そして、鞘から抜くと、真っ赤な刀身が顔を出した。刀身には炎が揺らいでいるような模様が入っている。
リィィィィィィィン
また共鳴が始まった。ユキヨの『月下美人』よりは小さいが確かに共鳴している。暫くすると共鳴が止む。カズヤは共鳴が止んだのを見て『炎』を地面に突き刺した。
「『雪月花』、来い」
今度はハルトが呟く、次の瞬間空間が歪み、ユキヨの『月下美人』と良く似た鞘に入っている刀が姿を現した。そして、その刀が姿を現した瞬間、地面に刺さっている『冷花』がユキヨの時よりも大きく鳴き、そして綺麗に輝いた。ハルトが『雪月花』を鞘から抜くと、更に共鳴が強くなった。『雪月花』の刀身は『冷花』よりも蒼い。その刃の美しさは、見る者全てを魅惑し、《妖》ですらも虜にしてしまう輝きを放っていた。
「久しぶりだな。お前の『雪月花』を見るのは。相変わらず、怖いくらいに綺麗だな」
暫くして共鳴が止むと、ハルトも刀を地面に突き刺した。
「じゃあ、乾杯と行きますか」
カズヤの言葉にハルトは黙って、持っていたジュースをかざした。カズヤも同様にして、軽くお互いの缶をぶつけ合わせて口に運んだ。
暫く無言で、自分の飲み物を口に運んでいたが、ふと、カズヤがハルトの左腕に付けている赤と青のリングに目を向けた。
「いつになったら、そのリング外せるんだろうな?」
「さぁな。明日かもしれないし、一生外れないかもしれない。いや、もうすぐ外れるな」
ハルトも自分のリングを見る。が直ぐ地面に視線を落とした
「もうあれから三年だぜ。まだあの夢を見んのか?」
「ああ、週に一回は見るよ。三年経っているが、かなり鮮明にな。多分、セイヨの仇を取るまで見続けるだろう。あいつを、ラウェルを殺すまでな!!」
言葉の後半で、ハルトの声が大きく、荒くなり洞窟中に響いた。
「でも三年経っても出てこないんだぜ?もうどっかでのたれ死んでんじゃないのか?それに最後に美月(セイヨの名字)が付けた傷。あれじゃあ、生きている可能性の方が遙かに低いぜ。例えそいつが《妖》AA級クラストップの実力者だろうがな」
「それはないな。あの時、かなりの深手を負わせたが、ラウェルの奴は生きている」
そう言って、ハルトはジュースの缶を握りつぶした。
「何故わかる?」
ハルトはそれに答えるかのように、シャツをまくり胸の辺りをカズヤに見せた。
「なんだ、その包帯?・・・! まさかお前、あの時ラウェルに傷を負わされていたのか!?」
其処には、背中から胸にかけて包帯が巻かれていた。それを取ると、黒いアザのようなものが現れた。
「あいつが、セイヨがやられた所を見て無我夢中に駆け寄っていった時に、後ろからラウェルの気に貫かれた。もう三年経っているのにこんなにはっきりと痕が残っている。この意味わかるな?」
「その傷を付けた奴が、ラウェルがまだ生きている」
AA級レベル並の《妖》の気になると、送り込まれた気が其処に止まり、そいつを殺さない限りその場所が痛み続ける。今二人がいる、洞窟にとどまっている冷気と同じようなものだ。
「最近、疼くんだよ。この傷が・・・。だんだん痛みが強くなっている。あいつが力を取り戻している証拠だ」
ハルトは本当に嬉しそうに笑った。しかし、いつもの優しい笑い方ではなく。どこか狂気が入り交じったような笑い方だった。
「ちっ、一波乱ありそうだな」
「カズヤは手を出すなよ。ラウェルは俺が殺る」
「好きにしな。最も初めから俺は手を出すつもりはねぇよ。それにここで話す内容ではないだろ?」
「そうだな」
確かにセイヨの墓の前でするような話ではない。ハルトはそう思い、カズヤの意見に同意した。
「今日は特別な日なんだから、男同士水入らずで色々と話そうや」
「たとえば、カズヤとミズナとの出会いとかか?」
そう言って、軽く笑う。
「おいおい、止めてくれよ」
カズヤも軽く笑った。そして二人は昔の記憶をたどり懐かしい過去の話をしだした。決して楽しいことばかりではなかったが、それでもそれは大切なセイヨとの思い出。ハルトはこれからもその思い出を大切にしていきたいと思っていた。
あれから、三年も経った。あの懐かしい日々を思い出しながら、頬を静かに緩める。赤い月の夜、ハルトとセイヨは出会った。
それが全ての始まりだった。




