イルネス・フィーバー
さてみなさん、ご堪能あれ~
リースは顔を上げて月を見た。
「今は、大体午後九時ってところかしら。少し早いけど、寝る準備をしましょう。もちろん、野宿よ」
それにルークは、露骨に顔をしかめた。
だが、シュスは呑気に言った。
「そうだな、もうなんか眠いし」
「そうだな。もう良い子は寝る時間だしな」
「ぶっ殺すぞ?」
レドルノフまで、呑気に言っている。
「お前ら、なにさらっと流してるの? 野宿だぞ?」
俺は嫌だからな?
まず、レドルノフが答えた。
「俺、元傭兵だぞ? 野宿は日常茶飯事だ」
そして、シュスが答えた。
「お前のせいで、もう慣れっこになったんだよ」
刹那、リースによって顔を鷲掴みにされた。
「……ねぇ、ルーク。どういうことかしら? まだ、十三歳の子供に、あんたは野宿をさせたの?」
て、てめぇも今させようとしてるだろうが、と言いたいが、頭蓋骨から、メリメリという音が響き渡って、それどころではない。
て言うか、殺されるぅ。
このままでは、殺されるぅ。
頭蓋骨をお茶の間にカミングアウトして、殺されるぅ。
「ちょ、マジ離してェ。頭蓋骨砕けそうになるから、マジ離してェ」
ルークの必死な懇願を、リースは笑って受け流す。
「あんたには、教育の知識をぶち込んであげる」
ルークの頭を鷲掴みしながら、森の奥へと引きずっていく。
「嫌ァ! 侵されるゥ! 教育の知識に私の脳が侵されるゥ!」
「うっさい、知識童貞! 下らない知識ばっか貯め込んでないで、少しは役に立つ知識を詰め込んどきなさい!」
「いや、マジ勘弁してくれって! 俺、別にシュスの保護者じゃねぇんだよ! ただ、こいつの父親殺しただけなんだよ!」
「いや、それは責任取って、あんたが保護者になりなさいよ!」
「二十歳で一児の父親なんかなりたくねぇ」
そうボヤいたら、リースの鉄拳をいただいた。
☆
ルークは、リースに教育が何たら、子供未来がどれだけ重要が何たら、を徹底的に叩き込まれた。
そうこうしていると、もう十二時になってしまった。
「……ルークのせいで、すっかり遅くなっちゃたわね」
「いや、お前のせいだから」
また鉄拳をいただいた。
「それじゃ、もう寝ちゃいましょう。今は十二時。起床は朝六時にする。この森、獣が多いから、見張りを交代で立てるわよ」
「どういう時間配分だ?」
「一人一時間半制にしましょう。最初は私がやる。次にレドルノフ、ルーク、シュスって順番ね」
そう言って、リースは立ち上がった。
ルークが、あくびを噛みしめながら言った。
「と言っても、火の番をするだけだろ」
「まぁね。ま、あんたを狙った賞金稼ぎとかだったら、私が処理してもいいけど」
「あっそ。お休み」
シュスもあくびをしてから、言う。
「お休みー」
「zzz」
「あれ!? レドルノフ、もう寝てる!?」
声を上げるシュスに、リースは微笑む。
「早く寝ちゃいなさい」
☆
リースは何もせず、ただ立っていた。
「zzz」
見張りのくせに寝ていた。
☆
一時間半ぴったり経過して、リースは目を覚ました。
できるだけ疲れましたオーラを放ちながら、レドルノフに歩み寄り、彼の体をゆする。
「起きなさい」
「んぁ? もう一時間半経ったのか?」
「そうよ。それじゃ、後はよろしくね~」
そう言って、彼女はさっさと眠ってしまった。
「…………めんどくさい」
☆
レドルノフは、必死になりながら睡魔と闘っていた。
「うおぉ、眠い。すんげぇ眠い。リース、すげぇな。こんなの耐えてたのか」
彼女は、ぐっすり寝ていただけである。
「ぶえっくしょん!」
突然、彼はくしゃみをした。
「なんだ? もしかして風邪ひいたか?」
自問してから、
「ケヒ、ケヒヒヒヒ」
そして突然、危険な笑い声をあげるのであった。
☆
一時間半が経過した。
「よっしゃ終わりだ、起きろオラァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
レドルノフは叫びながら、ルークを蹴り起こした。
頭を蹴った。
「なっにをするんだ!?」
「うるせェ! 俺はもう寝るンだよ!」
「お前、そんな喋り方だったっけか?」
「ケヒ、ケヒヒ、ケヒヒヒヒヒヒヒヒ」
「…………」
なんか怖いから、彼を無視して、ルークは立ち上がった。
「ああ、くそ、頭痛ぇ」
「中途半端に寝るからだよ、ッエーイ☆」
いや、お前に蹴られたからだよ、とルークは言わなかった。
☆
ルークは、バイオハザードのゾンビよろしく頭を左右に振っていた。
「眠いー。殺される。ここで一句。殺される、眠気によって、ホトトギス」
自分でも、何を言っているのかわからない、ルークであった。
「ケヒ、ケヒヒ、ケヒヒヒヒヒヒヒヒ」
そして、先程のレドルノフと同様に、危険な笑い声をあげるのであった。
☆
一時間半が経過した。
「あはははははは、あはははははははははははは、ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
ルークは、これからパンドラが暴走するんじゃないかと思わせるような笑いをあげた。
「やっとだァ。これでやっと寝れるンだァ!」
頭を進撃○巨人よろしく、頭を左右にシェイクさせながらシュスに歩み寄る。
はたから見れば、即座にお巡りさんが飛んでくるであろう光景だ。
シュスの体をゆする。
「ッエーイ☆ ッエーイ☆ ッエーイ☆ ッエーイ☆ ッエーイ☆」
彼女の体をゆするたびに、危ない奇声をあげるルーク。
シュスは、目を覚ました。
「……っふ、あー。よく寝た。それと、本当にルークなのか?」
「オイオイ、なンですかァ? まさか、俺の顔を忘れちまったのかァ?」
シュスは、ルークの姿に戦慄した。
喋り方がいつもと違うし、しかもなんか危ない顔をしている。
例えるなら、そう、薬物でラリった人。
「二人とも起きろ! なんかルークが変だ!」
シュスの涙目の叫びを聞いて、レドルノフとリースが目を覚ました。
「ッエーイ☆」
「……今の奇声、なに?」
レドルノフの様子がおかしいことに、シュスは気がついた。
「リース、レドルノフから急いで離れろ!」
「んー?」
刹那、シュスの体がリースに引き寄せられ、抱きとめられた。
いつの間にか、体にワイヤーが巻きつけられていた。
どうやら、それを使ってシュスの体を引き寄せたらしい。
「わぷ、リース、なにを……」
シュスの言葉は、パァンという乾いた音によって遮られた。
その音は、リースがレドルノフの拳を受け止める音だった。
「…………あんたたち、何のつもり?」
「たち?」
シュスの問いに、彼女は目配せをした。
指された方向を見ると、そこには刀を振るった後の、ルークの姿があった。
どうやら、彼女に助けられたらしい。
「死ねェ!!」
レドルノフが、薬でラリったような顔をしながら、リースの顔に上段蹴りを放った。
「ふむ。もしかして……」
そう呟いてから、リースはバックステップで蹴りを回避した。
そして、リースは二人の顔を交互に見て、さっきレドルノフの拳を受け止めた手を自分の頬に当ててから、頷いた。
「これは、たぶん、アレね」
「リース、アレってなんだ?」
「あの二人、ウイルス性の風邪に感染してるのよ」
「熱?」
「そ。名前は、ペインジ熱」
「え。もしかして、あのペインジ熱?」
ペインジ熱。
確かそれは、過労や栄養不足などで、体がひどく弱ったときに感染するウイルス性の風邪だ。
だが、これは風邪であって、ただの風邪ではない。
体がかなり弱った時しか感染しないのだが、感染した時の症状がとにかく重い。
人格崩壊。錯乱するまでの異常なまでな高熱。
だが、こんなことは、些細なことだ。
一番厄介な症状、それは、患者が凶暴化してしまうことだ。
ルークとレドルノフが、凶暴化。
シュスの額に、冷や汗が伝った。
こいつらは、“人の領域”を超えた超人だ。
そんな二人が、凶暴化。
「せ、世界が滅びる!?」
「大袈裟ねぇ。人間が二人凶暴化したところで、世界は壊れたりしないわよ」
「正論で諭すんじゃねぇ!」
「そう言われてもねぇ……」
「どうすれば治るんだ!?」
「簡単よ。あの二人をボコボコにすれば、凶暴化が収まる」
あの二人を、ブチのめす。
「いや、無理だろ」
「弱気なこと言っちゃって~。大丈夫よ。あの馬鹿ども、勝手に潰し合いを始めたし」
「え?」
そう言われて、二人を見てみると、
「ひゃはははは!! 死ね死ね死ねェ!!」
ルークが、刀を振り下ろしている所で、
「ぎゃはははは!! 死ぬのはテメェだァ!!」
レドルノフが、真剣白羽取りをしている所で、
「もうどうにでもな~れ~」
シュスは自暴自棄になりながら、言った。
「あの馬鹿どもが潰し合って、弱ったところを私たちで叩いて、事態を収めちゃいましょうか」
なんともまぁ、ゲスな手を思いつくのだろう、この女。
「うひっ、うひひひひひ、死ねや死ねや!!」
ルークが神速の居合い斬りを放つ。
「ふはは、そんなものが我が輩にあたるはずが、ないであろーう」
蛙のように跳ねて、居合いを斬りを回避するレドルノフ。
「もう誰だよお前ら」
「うひィィいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
「ひょわァァああああああああああああああああああああああああああああ!!」
ドォン! という爆発音が辺りに響く。
「ねぇ、どれくらいで終わると思う?」
「さぁ」
また、ドォン! という爆発音がした。
「森、大変なことになってんだけど」
「気にしちゃダメよ。気にしたって、どうにもならないんだから」
「弧月斬――――――――――――!!」
「空掌―――――――――――――!!」
木が、放たれた斬撃にバッサバッサと斬り倒されたり、掌から放たれた衝撃波がベッコベッコ叩き折られていく。
「ち、地球温暖化が、進んじゃう」
「安心しなさい。これ、ギャグ回だから。いくらでも誤魔化せるから」
刹那、吹っ飛ばされたレドルノフが、リースにぶつかった。
「ッテェ!?」
「きゃあ!?」
レドルノフはすぐに立ち上がって、
「なっにをするンだ!? ゆるさン!!」
ルークに向かって、走り出す。
シュスがリースに駆け寄って、声をかける。
「リース、大丈夫か?」
「ふ、ふふふ、ふふふふふふふふふふふふふ」
「え?」
彼女は、突然笑い出した。
こ、怖い。
リースは勢いよく立ち上がり、ふともものホルスターからナイフを一本取り出した。
「あははははは! 良い度胸じゃない、馬鹿どもが! そんなに相手をしてほっしいなら、してあげようじゃないの!!」
そう言って、彼女は二人に向かって走り出した。
瞬間。
~しばらくお待ちください~
ルラルラルラ~♪※BGMです。
ルラルラルラ~♪※BGMです。
ルラルラルラ~♪※BGMです。
ルークとレドルノフは木にワイヤーで吊らされた。
リースが、にこにこ笑いながら二人に訊く。
ああ、どうして美人が笑うと、こんなに心が和むんだろう。
「二人とも、正気には戻ったのかしら?」
「「はい」」
「それはよかった」
ああ、どうしてリースが笑うと、こんなに怖いのだろう。
さっきから、体が震えるのを止められない。
「ねぇ、二人とも……」
ルークとレドルノフは、目の前にいるのが、悪魔だと理解していた。
これから、二人はなにをされるのかを理解していた。
「これで、一件落着よね♪」
「「落着したのにボコられるなんて、いやだァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」
リースは気が済むまで、二人を殴り続けた。
次回は
取ったどぉぉおおおおおおお、と叫ぶがよろし