歪んだ『普通』
今回は短めです~、はい。
それと、少しグロいです、はい。
四人は、リグレット王国の隣国の一つであるネロウス皇国の、とある貴族の館に来ていた。
ルークがリースに訊く。
「なぁ、リース、なんでここに来たんだ?」
「なんとなくよ」
レドルノフにルークは羽交い絞めにされた。
「離せ、レドルノフ。俺はこいつをみじん切りにするんだ」
「落ち着きなさい、良い子だから」
まるで、幼子をあやすような優しい口調。
まぁ、なんてムカつくことでしょう。
リースが穏やかに微笑みながら、言った。
「冗談よ。ここに来たのは、『裏』の方の仕事をやるためよ」
シュスが首を傾げた。
「裏の仕事って何んだ?」
「……その男言葉、直した方が良いわよ」
「根付いた」
リースはため息をついた。
そして、質問に答えた。
「裏っていうのは、まんまよ。子供や純粋な国民たちには見せられないような、汚い暗部のこと」
シュスは、彼女が自分が殺し屋だということを言っていたことを思い出した。
「ってことは、殺しなのか?」
「そうよ。ターゲットは、あの館にいる貴族全員」
「なんで、殺すんだ?」
「理由? それはね、あの館にいるのは、リグレット王国に戦争を吹っかけることを賛成してる馬鹿貴族だから」
シュスが思っていた理由とより、健全なものだった。
てっきり、勢力争いの上で邪魔だから消す、とかの私欲でやるものかと思った。
「そんな訳よ。だから、行ってきま~す♪」
三人にそう言い残してから、彼女は堂々と貴族の館へと歩き出した。
気配を消すことにせず、姿すら隠さずに、馬鹿正直に門へと歩いていく。
…………ん?
「あの人何してるの!?」
シュスが彼女を止めるために、走り出そうとする。
その瞬間だった。
ルークに腕を掴まれて止められたのは。
「ええ!? いや、リース止めなきゃヤバいだろ!?」
「いや、俺もあいつがどんなやり方でやるかは知らないが、考えなしで行くほど、あいつも馬鹿じゃない」
「そりゃ、そうかもしれないけどよ」
レドルノフがシュスの頭に手を置いて、言ってきた。
「ま、ここで見てろよ。リグレット王国軍の二番手さんの実力を」
シュスが集音のための魔法陣を描き、発動させる。
ちょうど、リースは門の手前についた。
そして、門番に言った。
「お疲れ様。レーネ、手筈通りにやってくれた?」
「はい。これが館の中の見取り図です」
「「「部下かよ!!」」」
あまりに予想外だったため、三人は思わず同時に突っ込んでいた。
「ていうか、あれレーネかよ!」
ルークの叫びに、シュスは首を傾げながら訊く。
「レーネって誰?」
「同業者だよ。階級は俺たちより一個下の、少将」
ルークの回答を最後にして、三人はリースとレーネの会話に聞き耳を立てる。
リースは、レーネから見取り図らしきものを受け取り、すぐに返した。
どうやら、一度目を通しただけで覚えたらしい。
「ありがと」
「いえ、仕事ですから」
「……あんたっていつも思うけど、かなり事務的ね。もう少し砕けたら?」
「正直、あの人以外にはそういう態度を取れそうにはありませんね」
「わかった。あいつも、めんどくさいやつ残したわね。それじゃ、あんたは帰国して。後は全部私がやっとくから」
レーネと呼ばれた男は、会釈をしてから、闇に消えていった。
彼女は、にこにこ笑いながらこちらに向き直って、言ってきた。
「それじゃ、行ってくるわね」
彼女は、こちらが会話を聞いていることをわかっていたようだ。
彼女の底が測り知れない。
☆
リースは鼻歌を口ずさみながら、ただ歩いていた。
気配を消すのでもなく、足音すら消していない。
なのに、巡回の兵士に見つかっていない。
「いや~、ここの守りを統括してる奴もセオリー通りにしか動けないってことね」
彼女は、先程見た見取り図から巡回ルートを計算した。
だから、どのタイミングに、どの道を通れば誰にも見つからないのかがわかる。
彼女の言うセオリーとは、巡回ルートの組み方を言っている。
この建物の構造なら、こうするのが効率的だ、とかリスクが少ない、などの考え方に基づいた組み方を訓練を受けた者はする。
そう思考しているだろうと仮定し、相手の思考を彼女は読んだ。
「~♪ 私の読みがあってるなら、そろそろかしらね」
しばらくして、二人の巡回の衛兵が角から現れて、リースがいる反対方向へと曲がった。
「ドンピシャ~」
ただ歩くのも暇なので、二人の話を聞きながら目的地へと歩く。
「あ~、やってらんねぇよなぁ。こんな馬鹿みたいに広いを巡回なんて」
「そうボヤくなよ。仕事なんだから。割り切ろうぜ」
「でもよ、貴族の命を狙おうとする奴なんて、いないだろ」
「……まぁ、確かに考えられないな」
いますよ~、今あなたたちの真後ろに、と言いたいが言わない。
そしたら、口封じに彼らの対処をしなくてはならくなる。
無駄に労力を費やすようなことを、したくない。
彼女は別に、アンリのような仕事中毒者ではないのだから。
目指すのは、屋上の空中庭園だ。
☆
リースは、衛兵に一度も見つかることもなく、目的の空中庭園にたどりついた。
テーブルに並んでいるのは、豪奢な料理に高級な銘柄の酒。
パーティーに出席している貴族の服装も、一目でかなりの高級品とわかる。
彼女は、ため息をつき、小声で言った。
「まったく、良い御身分ね」
瞬間、彼女の目を色が変わる。
いつもの、『人間』としての目ではなく、『人殺し』の目になる。
「全員で、二十五……いや、三十ね」
三十人もの貴族が、戦争を吹っかけることに賛成している。
私腹を肥やすために、多くの人が悲しみ、苦しむことになる悲劇を起こそうとしている。
「アホらし」
「おい、そこの女」
まさしく、ザ・貴族といった小太りの中年男が彼女に声をかけた。
「早く酒を持ってこんか」
先程、厨房で拝借したワインが入ったグラスを乗せたトレーを持って、その貴族に歩み寄る。
「む、ほほぉ」
貴族が、品定めするかのように、リースを見る。
「うむ、後で儂の部屋に来るがいい」
「…………」
品性の欠片も見られず、他人がどうなろうと、己の欲望を満たすことができればいいと思っている。
ここにいるのは、そういう連中だった。
それに彼女は、昔の仕事を思い出して、気分が悪くなった。
「貴い血、ね」
「む、何か言ったか?」
貴族の問いに、リースは輝かんばかりの笑顔と、
「なんでもない」
無駄がない、躊躇のないナイフの薙ぎ払いで答えた。
その動きは、ただ命を刈り取るだけに、相手を殺すだけに洗練されていた。
貴族の首が薙ぎ払われ、床に落ちた。
首が落ちる音と、残された胴体が倒れる音が、周りに響く。
これが、処刑執行の合図。
周りの貴族たちが、死体の存在に気づく。
「な、何が起きている!?」
「どうして、こんなことに!?」
「衛兵だ! 衛兵を呼べ!」
周りが、騒がしくなっていく。
だが、彼女にとっては貴族たちの醜い態度など、どうでもよかった。
逃げることも、立ち上がることもできない自堕落な人間たち。
貴い血が、聞いて呆れる。
「さて、と」
そう前置きを入れて、懐から数本のワイヤーカッターが巻きつけられたナイフを取り出した。
周りのことは一切気にせず、ナイフを壁に、手すりなどに投げつけていく。
これで、仕込みは終わった。
リースは、ナイフをワイヤーカッターに当てて、
「レッツ・ショウタイム☆」
切り上げて、切断する。
刹那、仕掛けたワイヤートラップが作動した。
ワイヤーカッターが、貴族たちの体を切り裂いていく。
ある者は首が飛んだ。
ある者は胴が飛んだ。
その惨状は、地獄絵図としか言いようがなかった。
そんな地獄を体現した美しい『人殺し』は、その地獄のど真ん中で、一礼をした。
「さてと、衛兵たちが来ちゃう前に、逃げちゃいましょうか」
衛兵たちが来てしまう前に、リースはその場を離れるために、屋上庭園の手すりに足をかけた。
最後に地獄へと向き直り、地獄に向かって、一言。
「それではみなさん、ごきげんよう」
そして、リースは屋上から飛び降りて、闇に消えた。
☆
ルークたちは、リースが引き起こした惨状を一部始終見ていた。
シュスは、目を見開いていた。
「え、あれ、本当にリースなんだよな?」
信じられないのだろう。
さっきまで、あんなに屈託のない笑顔を振りまいていた彼女が、なんの躊躇いもなく、あの惨状を引き起こしたことが。
だが、ルークにとっては、そんなことはどうでもよかった。
なぜなら彼は、がたがた震えていたから。
「……あれには、なりたくねぇな……」
さっき、リースによって殺された貴族のように、体をばらばらにされて死ぬのは、勘弁してほしかった。
だが、彼女はルークが暴走した時、止めるためにこの一行に加わっているのだ。
「俺、ああなるのかな」
その独り言に答えたのは、レドルノフだった。
「なりたくなかったら、暴走しなけりゃいいじゃねぇか」
「そんな簡単にできたら、苦労はしねぇよ」
ルークが、大きなため息をつく。
それとリースが帰ってくるのは、ほとんど同時だった。
「ただいま~♪」
さっきまでの冷たい雰囲気はなく、明るくルークたちに挨拶をした。
今さっき、人を殺したことを、毛ほども気にしていない。
これができるから、彼女はアンリとともに革命をなすことができた。
そして、これができるからこそ、彼女の『普通』は大きく歪んでいた。
次回はド・シリアスならぬド・コメディー