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50.魔王からは逃げられない

 ミラは突然現れたルシファーを呆然としながら見る。

 そんな彼に、ルシファーは朗らかに笑った。


《なんつぅ顔してんだ。そんなに俺がここにいるのが不思議か?》

「だ、だって、ここは私の精神世界だから、誰も介入できなくなるってリースが……」


 そもそも、ミラはルシファーとそこまで縁を紡いでいない。

 契約をしている訳ではないし、採算度外視で助力をもらえるほどの理由があるとは思えなかった。


《ミラ、勘違いしているみたいだから言っておくが、上位種との契約ってのはな、上位種からすれば気に入った人間に唾をつけてるだけにすぎないんだぞ? 魔王様はずっとお前を見てるんだ》


 その発言に、ミラは悪寒が走った。

 なにしろルシファーの発言は、字面通り受け取るのであれば、四六時中ミラのことを見ていたということなのだ。

 彼は半眼で、ルシファーを見る。


「ルシファー、プライバシーって知ってる?」

《おう、俺に見初められてから失くしたものだろ?》


 駄目だこいつ、手に負えない。


「仕方ない、こうなったらサラカエルを呼ぼう」

《ちょ!? それだけは勘弁しろください!》


 よし、この魔王の対処法はわかった。

 機会があれば、あのヤンデレ妹と契約することにしようじゃないか。


「それは置いといて」

《置いとかないで!?》


 魔王が何か叫んでいるが、ミラは無視した。

 なんだろう、命を助けてもらったのに、感謝の念が微塵も湧かないや、不思議だなぁ。


「私、ルシファーに助けられちゃった訳だけど、これじゃあ不合格かな?」

《……言っただろう、手段は問わないと。我もまさか第三者の介入があるとは思わなかったが、貴様は確かに我が咆哮から生き残った。我に二言はない。我が力の総てを、貴様に貸そう》

「……あはは、ありがとう」


 どうやら、合格をくれるらしい。

 はっきり言って、これはルシファーあってのものだ。

 彼がきて、助けてくれなかったら、命はなかっただろう。

 ミラが後ろめたさに苦い顔をしていると、ルシファーが後ろから肩に手を置いてきた。


《例え今は分不相応だとしても、お前は修行中の身だ。自分を高めて行ければ、格は後で勝手についてくるさ》

「そう、かな」

《そうだよ。これからお前を教えるのは、あのリースだぜ? あいつは最高の師だ。そこは俺が太鼓判を押してやる》

「精進、するよ」


 正直、再試験とかならずに安心した。

 ミラは安堵の息を吐き、それと同時に気づく。

 空気がピリピリしていることに。

 その原因が、アクノロギアとルシファーであるということに。


「ちょ、二人とも、なにしてるのさ!?」


 ミラの制止は両者の耳に届くことはなかった。

 だが代わりと言ってはなんだが、二人の意識を向けることには成功する。


《違うんだぞ、ミラ。俺が悪いんじゃない。こいつが突っかかってくるんだよ》

《当然だ。貴様は、我の邪魔をしたのだからな》


 アクノロギアから発せられる『圧』が、増した。

 空気が鉛のようで、呼吸がしづらい。

 悪寒に包まれ、体が震える。

 いやだ、もうここにいたくないという思考に頭の中が埋め尽くされる。


《貴様の入れた横槍で、我は自由を手にする機会をふいにしたのだ。我が逆鱗にふれるには、十分すぎるだろう》


 アクノロギアの怒気に、ミラは押し潰されそうになる。

 先程までアクノロギアが、どれだけ力を抑えていてくれたのか、今だとわかる。

 彼は、全力で手加減していたのだ。

 今のミラは、一歩も動けない。

 この状態であれば、鈍重な一撃であっても当てられる。

 だがそんな圧に晒されながらも、ルシファーは笑みを消さない。


《おいおい、嘘はいけないぜ? つうか、竜ってのはどいつもこいつもプライドが高くていけないな。ミラを殺すつもりなんてなかったくせによ》

《…………》


 ルシファーの言葉に、アクノロギアは沈黙した。

 しかしそれで、ルシファー沈黙することはなく、むしろ饒舌となる。


《お前、今までミラに対する『試し』のハードル、状況に応じて低くしてたろ。実力が余りに開きすぎてたからミラは気づいてなかったが、俺からすりゃ茶番だ、茶番》


 ルシファーの言葉に、ミラは大きな衝撃を受けていた。

 確かに、アクノロギアは条件や攻撃のリズムを変えてはいた。

 それはルシファーに言わせれば、手加減未満の茶番であるとも。

 そしてミラはその茶番すら乗り越えられなかったということに、ミラは無念に歯噛みした。

 そうしている彼に、ルシファーは向き直る。


《ミラ、竜が竜人の体から解放される方法をなにか知ってるか?》

「え、あ、うん。竜人が死ぬことだよね?」

《そうだ。竜は竜人が死んだ瞬間、その場に顕れる。で、今アクノロギアがミラの体から解放されたら、どうなると思う?》


 今昏睡中のミラの体には、リースいる。

 もしこのタイミングでアクノロギアが表に出たとすると……


「あ、リースと戦うことになっちゃうのか」

《そういうこった。そしてそうなったら、アクノロギアは確実に殺される》

「確実、なの? 確かにリースは強いんだろうけど、絶対に勝てるって保障はないんじゃないのかな?」

《まぁ、本人は勝負に確実はないなんて言うかもしれないが、俺から言わせればリースに負け目はないし、アクノロギアに勝ち目はない》


 その言葉は、明確な侮辱だった。

 場がアクノロギアの怒気によって、覆い尽くされる。


《『四天使』ガブリエルと互角にやりあえるっていう事柄を、軽く考えないことだ。俺がまだ天使だった頃ならまだしも、今のガブリエルはミカエルとほぼ同等の実力だ》


 詰まりリースは、かつてアクノロギアが惨敗したという『神が如き者(ミカエル)』と渡り合えるだけの実力を持っているということだ。


《そしてなにより。リースの最も恐ろしい所はな、人の理で理の外の上位種を殺し尽くせるっていう所にある》


 ルシファーの言葉に、ミラは首を傾げる。

 どうにも、彼の言葉が理解しきれなかった。

 どれ程の高みであろうと、境地に至ろうと、真理へと到達しようとも人の理であり、人の術理であり、人の業だ。


《あぁ、そうじゃない。上位種を殺せるだけの人間ってのは、最低でも超人の域に足を踏み入れたやつらだ。あいつらは、使う術理こそ人のものではあるものの、存在が人間の規格を超えてるからな。そして実際にそれで『神殺し』を成し遂げた、あるいはできるだけのやつらは、俺が知る限りでは三人だ》

「三人もいるの?」


 下の者と上の者には、明確な壁というものがある。

 それこそが位階というものであり、それを無視できる者など、本来はいないはずなのだ。

 それを無視できるだけの例外が、三人もいたということにミラは目を見開いた。


《アンリちゃんは除外だがな。なにしろ半分は『原神』の血が混ざってる上に、上位種の業である魔術なんざ使ってるんだしな。グレーゾーンはケイトだ。ありゃ、人間をやめて、『修羅』になってやがる。人間をして、人間を超えたなんて所の話じゃねェんだ》


 改めて聞くと、つくづくとんでもない。

 アンリは半神半人であり、初めから人間ではない。

 ケイトは、初めこそ人間であったのだろうが、『修羅』として目覚めることで人間を辞めたのだ。

 そこには、最初から人間でなかったか途中から人間でなくなったかの差しかない。


《一人は、『剣神』リヨン・シュヴェアート。この男は刀を執り、生涯の果てに都合三十の世界の真理を垣間見た。その術理は、見事に世界の芯を捉え、断ち切って見せた。もうほとんど、仙人だとかそんな境地だな》


 聞いたことのない男の名だ。

 そして、その男のなした偉業の凄さというものも、ミラにはピンとこなかった。

 ルシファーが言うのだから凄いのだろうが、刀を振るったことも世界の真理とやらも見たこともないからなのだろう。

 もしかしたら、同じ刀を使うルークならばわかったのかもしれない。


《そして、もう一人の男の名は、『黒い鬼(オーガ・シュバルツ)』オードル・シリア。この男は、言うなればバグだ。一時は人を辞めることで生れ落ちた瞬間から人類最強となることを運命づけられていた男と渡り合う程の武を獲得し、捨てた愛を取り戻すことで、心を得た。その結果、兆を超える鍛錬を積んだ『神の如き者(ミカエル)』の武を降すことで、位階を問わず最強の武を持つことを示した男だ》


 こちらの方は、最早理解をしようなどということが間違っていることがミラでもわかった。

 人間の命は短いのだ。

 人間は、長く生きることができて精々が百年。 

 三百年の時を生きてきた竜人であるミラのそれでも長い方ではあるが、兆という数には足下も及ばない。

 だというのに、その男は数十という吹けばと飛ぶような儚い積み重ねで、那由多が如き積み重ねに打ち克ったというのだから、とんでもない。

 それは最早、異常すら生温い狂気の極致の果て。


《……『神が如き者(ミカエル)』が、人間に、敗北しただと?》


 先のルシファーの言葉に、アクノロギアが反応を示した。

 僅かにながら、剣呑な雰囲気を醸し出す。


《我の聞き間違いか? 『神が如き者(ミカエル)』が純粋な武で、人間如きに負けただと? ありえんだろう。彼の者の武は、位階を問わず頂点のものであった。それが、人間風情に敗北するなど、あってはならぬことだ!》

《だから言ったろうが、バグみたいな存在だって。そしてリースはそのオードルの義妹であり、実際に確かめた訳じゃないが、恐らくそのオードルすら超えてるだろうよ》

《…………》


 しばしアクノロギアは沈黙し、不意に立ち上がった。


《気が変わった。これより我はミラを殺すことで、外にいるあの女、リース・アフェイシャンに挑むとしよう》


 雰囲気が、殺気が、圧が、『総』が変わる。

 だがアクノロギアは、まだなにもしていない。

 だというのに、ミラは胸を抑えて過呼吸へと陥る。


《気持ちは察するが、そうはいかねえな。ミラは、俺の未来の契約者候補だ。俺には、こいつを護ってやる義理がある。魔王の腰は、案外軽いんだぜ?》


 戦意が生まれ、義理がある。

 両者ともに退く気はない。

 ならばこの事態を己が意のままに押し進めるために必要なのは、力のみ。



《我が名は『竜王』アクノロギア!! この身は破壊を司る、破壊の化身なり!!》

《破壊の化身、大きく出たな、トカゲ君。この魔王に大法螺吹いたツケは、ちっとばかし高いぞ?》



 先手を打ったのは、アクノロギアであった。

 宙高く、天を裂き大地を割らんばかりの咆哮を放つ。

 咆哮は比喩でもなんでもなく、衝撃となって漆黒の大地を割りながらミラとルシファーへと迫りくる。

 対してルシファーは狼狽せず、恐慌もせず、動揺すらもせず一言のみ。


消音(・・)



 刹那、世界から音が消えた。

 それと同時に、先程の破壊は幻覚だったのではないと思う程あっさりと消失した。

 だが漆黒の大地に刻まれた破壊痕が、幻覚などではないという現実なのだという事実をミラへと叩きつける。

 そしてそれをなしたのは魔王であり、たった一つの言霊であるという事実に、ミラは戦慄した。


《ならばぁ!》


 アクノロギアの口腔内に、急速に黒いナニかが集った。

 先程とは違い、それに要したのはコンマ一秒にも満たない僅かな時間。


「なぁ!?」


 しかも暗黒物質の量は、先の一撃の倍を超えている。

 それに対して、時間は刹那の一時。


《塵と還り、天上へと至る黄泉路を辿るがいい!! 神の遣いの専売特許であろう!!》



『破壊』が、放たれた。



 回避は不可能。 

 防御など馬鹿馬鹿しい。

 それ程の、一撃であった。

 そら、見てみるがいい。

 あの『破壊』は、触れただけで森羅万象を焼失させるのだ。

 大気が、大地が、分解されるでなく、砕かれるでもなく存在を許されないが如く、消失していく。

 こんな理不尽に、どう抗えと言うのだ。



《権能頼みと思われんのは癪だからな、真っ向から捻じ伏せてやるよ》



 視界が、青に染色された。

 その青が炎であるということは、それが放つ熱量を肌で感じてようやく理解できた。

 その、刹那だ。


《グガァ!!》


 炎の壁を突き破って、アクノロギアがこちらへと迫ってきた。

 どうやら吐息で炎の壁で穿つことで作った道筋に飛び込み、肉薄してきたのだろう。

 しかしタダではすまなかったらしく、体の一部が炭化していた。

 まさしく、肉を切らせて骨を断つとはこのことだ。

 チャンスを掴むために、身を削るという行為をできる者は少ない。

 少ないが、それをなすことによって訪れるチャンスは大きいのだ。



 しかし、相手が悪かった。

 魔王はそれらを一切合財嗤い飛ばす。



《惜しいな、天の社》


 刹那、巨大な社がアクノロギアの真上に現れた。

 数は五つ、座標はそれぞれ両翼に二つ、胴体に一つ、尻尾に一つ、そして首に一つの真上である。

 それら全てが、狙い違わず目的の部位へと降り立ち、アクノロギアを拘束した。

 だが、それで竜王は止まらない。

 四つん這いという、誇り高き竜には耐えがたい無様な格好になったが、これで完全に彼の破壊者を止めることはできず、一時足を止めるのが精々だ。

 だから。


《そら、これで詰みだ》


 ルシファーはアクノロギアの顔まで歩み寄り、顔をそのまま踏みつけて、そう宣言した。

 それで勝負が決し、アクノロギアの動きが止まった。


「これが、魔王本来の実力……」


 一方的な戦いだった、いや、そもそも戦闘と呼べるものだったのだろうか。

 まるで子供をあしらうかのような、そんな立ち回り。


《……気は済んだかい?》


 ルシファーの問いかけに、アクノロギアは鼻を鳴らした。


《これ以上は、無様なだけだろう。この場は、大人しく退き、これよりはミラに力を貸すことにしよう》

《そいつがいい。これ以上やるってんなら、俺もリハビリじゃ済まなくなる所だったからな》


 パチン、とルシファーは指を鳴らす。

 そうすると、社は霧散した。


《お前だって、ミラに力を貸すのは吝かじゃないんだろ? 少しは素直になるこった》

《ふん……》


 話がまとまったらしく、ミラは安堵の息を吐く。

 そうしてから意を決し、彼はアクノロギアへと歩み寄る。

 ルシファーとアクノロギアは彼の接近に気が付いたが、何もしなかった。

 ただ、ミラが何をするのか、何を言うのか待つ。

 そしてアクノロギアの元までたどり着いたミラは、彼に対してこう言い放った。


「ねぇ、アクノロギア。力だけど、貸してくれなくてもいいよ」


 それにルシファーとアクノロギアは、目を見開いた。

 しかし当のミラはそれに気が付かないまま、言葉を紡いでいく。


「今回、私はアクノロギアの試しを突破できなかった。今を生きているのは、一重にルシファーがきてくれたお蔭だから」


 だから、と。


「リースにきちんと鍛えてもらって、もう一度あなたの試しを受ける。その上で、自力で乗り越えて見せるよ」


 それに、アクノロギアはふと笑った。

 ルシファーは、満足そうに頷いた。


「どうかな?」


 ミラの短い問いかけに、アクノロギアは笑みを崩さぬまま答えた。


《そうだな。確かに、試しとは本来、独りで乗り越えるべきものだ。だからミラ、貴様には改めて試しを受けてもう》


 当然だ、とミラは頷いた。

 だが、しかしとアクノロギアは付け加える。


《我の力は貸そう。存分に使うがいい》


 思っても見なかった言葉に、きょとんとするミラにアクノロギアは苦笑した。

 そのまま、彼はこう言って、この話を締めくくった。



《次の試しを受けるに相応しい力をつけるまで、生き残ってくれねば困るのでな。そして相応の実力をつけて、我が試しを突破することで我に貴様を認めさせるがいい》





 ミラとルシファーが立ち去り、独りとなったアクノロギアは呟く。


《よくもまぁ、あそこまで純粋で在れたものだ》


 三百年、三百年だ。

 人は、二十年かそこいらで穢れしまって純粋さを欠いてしまう。

 それに加えて、ミラは竜人だ。

 散々、人間から疎まれ、蔑まれ続けてきた。

 心が荒み、人を憎む羅刹と化すのが当然と言える道のりを歩んできたというのに。



《あの輝きが、無窮であらんことを》



すんません、違うんです、あれなんです。

時間経つのが、あまりにもあっという間だったんです。

最後に投稿したの、いつだっけ? と確認したら、五ヶ月も経ってたんです。

ごめんなさい、本当にごめんなさい……


……ああ、時間がほしい。


それじゃ、次回からはクッション挟んで、物語進めていきます。

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