国の表と裏
少し説明回っぽいです
四人は街道の真ん中を歩いていた。
シュスが、ルークに訊く。
「なぁ、ルーク」
「なんだ?」
「王様が、あんな堂々と歩いてていいのか?」
普通、王様は外を出歩くとしてもお忍びでやるものだ。
なのに、この国の王様は、
「アンリ、また来たの? なら遊んでよ」
「いや、悪いな。これから仕事なんだよ」
「ぶ~ぶ~」
「そんじゃ、高い高~い」
「あはは」
子供と遊んでいた。
「あいつは、ああいう奴なんだよ。てかあいつ、たまに農作業とかも手伝ったりしてる時もあるから」
「この国大丈夫なのか?」
「いや、どっちかと言うと、あいつの健康の方が心配だけどな」
なにせ、あいつは重度の仕事中毒者なのだから。
リグレット王国。
ネガルギア大陸に存在する、周りは国力が五倍以上もある大国に囲まれている独立小国家の一つ。
そして、大陸最強の軍事国家でもある。
かつて、『聖国』と呼ばれていた国。
この国は、活気であふれている。
昔は酷かったらしいが、それをアンリが変えた。
だから、彼は国民からの人気がかなり高い。
「おい、アンリ、良い魚が入ったから買ってけよ」
「おっさん、この魚、腐ってないか?」
「チッ、こいつ最近、目が利くようになってきやがった」
「おっさん!?」
「いいから、買え! 売れ残ったんだよ!」
「ええ!?」
魚屋のおっさんに、腐った魚を売りつけられていた。
「キャー、レドルノフさん、帰国されたんですね。一緒にお茶しませんか?」
「いや、これから仕事なんだよ。悪いな」
「いいじゃないですか~。良い喫茶店知ってるんですよ」
マッチョは逆ナンされていた。
「チッ、死ねばいいのに」
アンリが腐った魚を抱えて戻ってきた。
売りつけられたらしい。
しかも、原価で。
「クソ。俺モテないのに」
「そう愚痴るなよ。あいつがモテるのは、今に始まったことじゃねぇだろう」
レドルノフは、アンリと違って、
「お前もモテないだろうが」
……かなりモテるのだ。
「華麗にスルーしやがったなてめぇ」
「ふ、都合の悪い部分は聞こえないようになっているのが俺の耳だ」
「ずいぶんと生活しやすそうな耳なことで」
アンリがマッチョを呼びに行った。
「おい、行くぞレドルノフ」
「わかったよ」
「さよなら~」
「じゃあな」
シュスが、こちらに言ってきた。
「良い国だな」
「だろ?」
この国には、笑顔であふれている。
ルークは、この国が好きだった。
賑やかな町。国民の笑顔。そこの路地裏でかつあげをされているお兄さん。
「おい、あそこでかつあげされる兄さん、助けてやれよ」
「んー? 何を言ってるんだ? あれは、ただの対話だろ。ほら、スキンシップまで始めたぞ」
まぁ、仲睦まじいことで。
「違ぇよ。あれは世間では、殴られてるって言うんだよ」
アンリがこちらにやってきて、不思議そうな顔をしながら言ってきた。
「何やってるんだ? 早く行くぞ」
「……本当にあの人見捨てるんだな」
当然だろう。
人のコミュニケーションを妨げるようなことは、絶対にしないのだ(一応、衛兵は呼んでおいてあげた)。
☆
四人は王城へとやってきた。
白を基調とした城壁に、国の紋章である純白の羽が生えた十字架が彫られた城門がある、大きな城。
シュスは、感心したように呟いた。
「へぇ、思ったより立派なんだな」
アンリは、シュスを半眼で見ながら訊いた。
「逆にどんなのを想像してたんだ」
「ごぼうの城」
「え? なにそれ?」
二人の訳のわからない会話に、ルークが割り込む。
「それで、アンリ。俺たちの仕事は何なんだ?」
「お~、そういや言ってなかったな」
そして、彼はにやりと笑ってから言った。
「俺たちがこれからやることは、二百四十時間耐久書類仕事レースDETH☆」
「「ぐはっ!」」
ルークとレドルノフが、古代より伝わる呪いの単語を聞いて吐血した。
そして、倒れて死んだフリをする。
シュスが、困惑しながらアンリに訊いた。
「え~と、何それ?」
「ん? 言葉通りだよ。これから不眠不休で二百四十時間書類仕事をやるゲームだにょ~ん」
「どこがゲーム?」
ルークとレドルノフが、仰向けになったまま指の力だけでその場を離れようとする。
だって、当然じゃないか。
こんな殺人ゲーム、やったところで誰もハッピーにならない。
だが、悪魔は決して逃がさない。
一度魅入られたら、お終いなのだ。
「そこの二人、断ったりしたら、もちろん減給だぞ☆」
「「ぐは!」」
二人は、最強の魔法によって縛られてしまった。
「さぁ、キビキビ仕事するぞ~」
「「いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」
☆
ルークとレドルノフは死んだ。
アンリの馬鹿な仕事を馬鹿みたいな量をやらされ、馬鹿みたいに死んだ。
シュスがアンリの執務室に入ってきた。
「うわ、二人が死んでる」
「我々は」
「何も感じない」
「だから」
「死んでる」
「「ハレルゥ~ヤァ~」」
二人はぶっ壊れた。
「起きろ馬鹿どもぉ!」
二人は突然部屋に戻ってきたアンリに殴られた。
「「ぶったね!」」
「二度目を御所望か?」
「「結構です」」
二人を黙らせたアンリは、椅子に座る。
そして、ルークにあっさり言った。
「ルーク、お前にパンドラの力の使い方を教えてやる」
とんでもないことを、あっさり言った。
「「「え?」」」
「だ・か・ら! お前にパンドラの力を扱えるようになってもらわないと困るから、そのやり方を教えてやるって言ってんだよ」
こいつは、一体どこまで知っているんだろう。
『神』の力の制御法を知っているなんて、本当に普通じゃない。
「まず、『神』とか『悪魔』の力を使うには、そいつと契約をしないといけないんだ」
「契約ね」
「そ。契約ってんだから、もちろん代償が伴う。それは契約する奴によって変化するがな。さっきとある筋に訊いてきたんだが、『狂神』って奴らは、普通の『神』とは契約の仕様が違うらしい」
まずそもそも、『神』との契約に仕様があった自体が驚きだ。
「普通なら、契約した時に支払う、契約代償。力を使用するとき支払う、能力代償。だが、『狂神』は、能力代償がないらしい」
「それ、かなり良くね?」
「いんや、全然。なにせ、能力代償がない代わりに、お前は常に代償を支払い続けてるんだからな。今この瞬間も」
「は?」
ルークには、そんな自覚一切ない。
「お前、極限まで感情が昂ったら、パンドラに意識乗っ取られて暴走するだろ?」
「ああ」
「それが代償だ」
「俺、身を休める暇がねぇ」
「けど、それはパンドラとの交渉次第で、なくすことができるらしい」
「お。マジで?」
「マジのマジだ」
言葉が古い。
「どうやったらパンドラと交渉ができるんだ?」
「知らんちょ」
こいつ、殴ってやろうかと思った。
だが、それをなんとか思い踏みとどまって、ゆっくり訊く。
「なんでもいいから、知らないのか?」
「知らんちょ」
ルークが怒りにぷるぷる震えていると、アンリは笑いながら言った。
「だから、お前がまたいつ暴走するかわからないから、監視をつけることにした」
「監視だァ?」
「そ、監視」
「久しぶり~」
とても美しく、よく通る女の声が聞こえた。
この声には、聞き覚えがある。
聞き覚えがあるといっても、恐怖の意味だが。
「嘘……だろ……」
四人が声の主へと向き直る。
「うわ、綺麗な人……」
シュスが思わず、といった風に呟いた。
声の主は、ピンクのポニーテールに愛らしい空に近いの青色の瞳を持つ、異常なまで顔立ちが整った、絶世の美女と言っても過言ではない女だった。
ルークは、がたがた震えながら、恐怖の塊のような女の名を呼んだ。
「……リース……」
「これからよろしくね~♪」
リース・アフェイシャン。
それが、この女の、ルーク(というかこの国の人間すべて)が最も苦手としている人間の名前だ。
「まさか、俺の監視役って……」
アンリは頷いて、言った。
「そう。リースがお前の監視役」
「いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
☆
旅のメンバーがルークレ、ドルノフ、シュスにリースを加えて四人となった一行は、旅支度を整えるために市場に来ていた。
「さよなら、俺のワイルドライフ」
ルークはまるで、友に別れを告げるように言った。
シュスが、リースを見ながら言う。
「監視役か、良い気はしないよな」
リースはにこにこ笑いながら言う。
「あら、ただ愉快な仲間が増えたと思えばいいだけじゃない」
彼女の服装は、首にマフラーを巻き、無地の長袖のTシャツに黒のジャケットと黒のズボンという組み合わせ。
よく言えばシンプル、悪く言えば地味だ。
レドルノフはため息をついてから、言った。
「再三言ってきたけどよ、お前少しは着飾ったらどうだ? お前、顔もスタイルも良いんだから」
「逆に私も再三言ったでしょ? 私、着飾るの嫌いなの。あの貴族たちと同じになりそうだから」
ルークは、ぼそりと言った。
「そんなんだから男できねぇんだよ」
「ああ?」
「ひっ」
聞こえてたらしい。
すごい地獄耳だ。
「リースさん、階級はどのくらいなんですか?」
彼女はシュスの頭を優しく撫でながら、言った。
「リースでいいわよ。それと、敬語もパスね。なんかよそよそしいし」
「うん、わかった」
「あ、それと階級だったわね」
彼女は問いの答えを、さらりと言った。
「大将よ」
「まさかの軍の二番手だった!?」
「あはは、そんな大仰なものじゃないわよ。てか、私には似合わないから、辞退しようと思ったんだけどね~」
「なんで?」
シュスにそう訊かれて、リースは顎に手を当てて考え込むような仕草をした。
「なぜ迷う?」
「いや、理由がちょっと、後ろめたいから」
「大丈夫だよ。俺、相棒が『人斬りジャック』なんだから」
「それもそうね」
ルークはレドルノフに羽交い絞めにされた。
「離せ、レドルノフ。俺はあいつを斬るんだ」
「やめろ。あいつの恐ろしさはお前も知ってるだろう」
「畜生……敬虔な子羊は、ただ悪魔の横暴に耐えるしかないのか……!」
敬虔な子羊など、どこにいるんだろうか。
「私、殺し屋なのよ。だから、あんまり表舞台に立ちたくないの…………待ちなさい。その携帯を何に使おうとしてるの?」
「いや、警察に通報しようかと」
優しい人だと思ってたのに!
「残念。この国に警察はありません」
「ここ無法国家だった!」
「そうじゃないわよ。警察という組織がないだけ。この国では、軍隊が警察の代わりをやってるのよ」
成程。
通報するときは、兵士のお兄さんに言えばいい訳だ。
「なんで、軍隊が警察の代わりをするんだ?」
「いや、この国、見てのとおり平和でしょ? だから、なにもしないと、軍事予算が、ガリガリと、ね」
大陸最強の軍事国家の軍隊は、肩身が狭かった。
「さて、準備を早く整えて旅立っちゃいましょう」
リースは、にこにこと笑いながら、そう言った。
☆
アンリは、四人が出て行った後も執務室に残り、一人で書類仕事をしていた。
そうしていると突然、ぽつりと呟いた。
「もう四人は、国を出たのかね?」
彼の独り言が、部屋に響く。
答えはない。
そのはずだった。
「いいや。市場にいるから、まだ旅支度を整えてる途中なんだろうよ」
返ってきたのは、男の声。
誰も姿もないはずなのに、返ってくる声。
しかし、アンリはそれに驚いたりしない。
「いやぁ、相変わらず便利だな。お前のその策敵能力」
彼の気配探知能力は、この王都全域をカバーできるほどの広さだ。
「知ってるだろう? リースがその気になったら、気配が探れなくなるのは」
最初はうっすらとしていたが、段々はっきりと見られるようになり、声の主の姿が完全に現れた。
緑の髪に淡い赤みがかかった瞳を持ち、黒を基調とした軍服を着た男。
リグレット王国軍が元帥、ケイト・シャンブラー。
「まぁな。あいつ、気配消すの異常にうまいし。で? ケイト、何の用だ?」
「お前、相変わらずせっかちだな~」
「お前が緩すぎるんだよ。お前、この国の軍の元帥なんだから、少しは自覚持てよな」
「あ、ズルいぞ。自分は緩く生きるつもりか?」
「アホ。俺はメリハリをつける」
アンリはメリハリをつけられるような人間でないことを知っているケイトは、ため息を一つついた。
「いや、ただの報告だよ」
「あっそ。それで、それは事前か? 事後か?」
「今回は事前だ。そこそこ規模がデカいから、どの程度までやっていいのかわからなかった」
彼の主な仕事は、二つ。
一つは、王、すなわちアンリの護衛。
もう一つは、回収だ。
今回は事前。まだ、実行に移していないということ。
「ん~、そんなにデカいの? どこがやってんだ?」
「ローリス共和国」
「共和国が聞いて呆れるな」
「世の中そんなもん」
ドライに返してきたケイトに、アンリは一言で返した。
「いつも通りだ」
「了解」
返事を返したケイトは踵を返した。
「あ、アンリ」
「あ?」
だが、出発する前にアンリに向き直って、言った。
「土産いるか?」
「いらねぇよ!?」
「ははは、それじゃ行ってくる」
刹那、ケイトの姿が消えた。
まるで、初めからそこに存在していなかったのように。
「…………」
これが、この国の『裏』。
コインの表と裏と一緒だ。
世の中のあらゆるものに、表と裏は存在する。
そしてこの国も、表面上は平和に見える『表』と、裏で汚いことをこそこそとしている『裏』がある。
この世界、綺麗なだけでは生きていけない。
「さて、と。忙しくなりそうだな」
『戯言王』は今度こそ、独り言をつぶやいた。
最初に言っておくけど、リース、ヒロインポジションじゃないからねー。
師匠ポジションだからねー。