仕事中毒者
結構長めですお
アンリが、ルークの体を放って、シュスとレドルノフへと歩み寄ってきた。
「いやぁ、お前ら、馬鹿だろ」
まさかの第一声がこれだった。
「力の差は、火を見るよりも明らかだろうが。それなのに、お前らは馬鹿正直に戦った。彼我の戦力差もわからなかったのか?」
「いや、状況が状況だったし」
レドルノフの反論に、アンリはため息をついた。
「じゃあ、お前、状況によっては死ぬのか? 場に流されてんじゃねぇよ。少しはてめぇの頭で考えることをしろ」
ぐぅの音も出ない彼に、アンリは笑った。
「ま、生きてりゃ儲けモンだ」
けらけら笑う彼に、レドルノフは尋ねた。
「で、なんでお前はここにいるんだ?」
その問いは、当然のものだった。
なぜ、一国の王がこんな所にいるのか。
疑問に思わない方がおかしい。
それにアンリは、嘲笑で返した。
「愚問だな」
「あ?」
「お前らを連れて帰るためだよ」
その言葉に反応したのは、シュスだった。
「ちょっと待った! それじゃ、俺たちの旅はどうなるんだ?」
「…………あれ? 考えてみたら君誰?」
「今さら!?」
「いやぁ、ごめんごめん。そうだな。君、大体十歳くらいだろう。親御さんのトコに帰るんだ」
それに、彼女は顔をしかめた。
「ありゃ、地雷踏んだか。ごめんな。不謹慎なことを言って」
「いや、いいよ」
「それで、君は誰なんだ?」
アンリの問いに、レドルノフが答えた。
「こいつの名前は、シュス・ウィズダン。ルークの相棒だとよ」
「…………まさかあいつ、ロリコンだったのか」
「違ぇ!」
ルークの叫びが、三人の耳へと届いた。
三人がルークを見る。
さっき、アンリによって全身穴だらけにされたのだが、今は五体満足の無傷だ。
どうやら、死んだら元に戻るというのは、本当らしい。
☆
「さてと、ルークも起きたことだし、とっとと帰るかな」
「は? 何を言っているんだ」
「だから、お前らには一回帰ってきてもらう」
「何を言ってるのか全くわかんねぇ!! 言ってる意味が分からねぇ!! こいつ何がしたいのかわからねぇ!!」
「まくし立てようったってそうはいかねぇぞ」
はっはっは、と高笑いするアンリ。
そんな彼に、レドルノフが訊く。
「なんで俺たちに、帰ってきてほしいんだ?」
「俺の護衛をしてほしいんだ」
それこそ、意味が分からなかった。
「お前に護衛なんているのか?」
「いらねぇよ。金ももったいねぇし、邪魔なだけだ」
けっこう、バッサリと切り捨てる。
まぁ確かに、こいつに勝てるやつがいるとは思えない。
こいつを倒したいなら、『神』やら『天使』やらが出張るしかないだろう。
……いや、もう『神』は死んだか。
神は死んだ! なんちって。
「じゃあ、なんで?」
「口うるさい大臣に言われたんだよ。聞いてくれ、語るも涙聞くも涙の、一大スペクタクルを」
☆
アンリは執務室で仕事をしていた。
そうしていると、一人の大臣が部屋に入ってきた。
「陛下! 何をしておられるのですか!?」
大声で詰め寄ってくる大臣に、アンリはめんどくさそうに返した。
「あん? そりゃ、仕事だよ。てか、ノックとかしろよ。一応、俺王様だぞ? そこんトコわかってる?」
「そういうの、貴方嫌いでしょう」
「まあな。それで、どうして、俺の部屋にズカズカ入り込んできたワケ?」
「あ、忘れるトコでした」
「あは、殴るぞ?」
大臣は、一度息を吐いてから、言った。
「それはこっちの台詞だ、クソ野郎!」
「ええ!?」
いや、叫んだ。
「貴方、ご自分の立場を忘れていませんか? 一国の王ともあろうお方が、護衛を一人もつけていないだなんて!」
「俺に護衛なんて、いらねぇよ。てか、生半可な奴だと、立場逆転するぞ?」
「確かに、貴方は強いです。もう化物です。ドーピングしてんじゃね? って思うような強さです」
「おい、なんかさりげなく馬鹿にしてねぇか?」
「そんなことはありませんよぉ」
慇懃無礼とは、このことを言うのだろう。
「今は、元帥のケイト殿も大将のリース殿も、外せない案件に携わっております。ですので、『剣聖』殿と、ええと、なんでしたっけ……あ、『筋肉を育てるもの』殿に帰国していただこうと思い至りました」
「うん、お前間違いなく、レドルノフに殴られるな」
そんな彼の発言を無視して、大臣は書類を奪い取った。
「え、お前何してんの?」
「見てのとおりです。陛下、貴方にはこれから、お二人をご自身で迎えにいっていただきます」
「………………………………………………………………は?」
「ご自身の身を護る護衛くらい、自分で確保しろ、ということですな」
「王様、使いっ走りにする気!?」
「自分の身ぐらい、自分で守りやがれ!」
「お前さっきと言ってることが変わってるぞ!?」
「お二人を連れて帰ってくるまで、仕事はさせません!」
「なにぃ!?」
☆
「てなわけなんだよ」
「「「…………」」」
三人はあまりの馬鹿馬鹿しさに沈黙するが、アンリは無視して語る。
「ったく、俺から仕事を取ったら何が残るんだよ」
そのボヤキに、ルークが言う。
「国の舵取りしろよ」
「あっはっは、それは無理だ。政治に関しては、俺、全部リースに丸投げしてるから」
「世間では、それを傀儡の王って呼ぶんだからな」
ちなみに、リースとは、彼の部下(というかほとんど秘書)の名前だ。
とにかく頭がキレて、彼の頭脳といえる存在だ。
チョビゲバ暗号を作ったのは、まさにその人なのだ。
「傀儡結構」
「「「よかねぇ!」」」
「できるやつが、それぞれの役を演じる。結構なことじゃねぇか」
ダメな王である。
「そいじゃ、早く戻るぞ。さぁ、血反吐を吐くまで一緒に仕事しようZE☆」
ルークは、デスクワークが嫌いだ。
だが別に、絶対にやりたくないというわけではない。
けど、アンリは限度というものを知らないのだ。
比喩表現なしで、血反吐を吐くまでやめない。ていうか、それでもやめないことがある。
それ程の重度の仕事中毒。
そんな奴と一緒に書類仕事をしたら、確実に死ぬ。
それを避けるためには、どうすればいいか。
そんなの、決まっている。
「逃げるぞ!」
ルークは全力で踵を返し、レドルノフはシュスを抱えて、同時に走り出した。
だが、アンリは動かない。
いや、動く必要がない。
「逃げるなよ。逃げたら最強魔法『減給』するぞ?」
「「ぐは」」
二人は、言葉の鎖によって縛られてしまった。
ルークは、『天の鎖』人間ver.に縛られながら、呻くように言う。
「きたねぇ」
「ふははは、何とでも言うがいい、愚民どもが」
しかし、アンリにはどこ吹く風。
レドルノフはそれに負けじと叫ぶ。
「暴君! 悪魔! ケチ! 不良青年! 私服ダッセェんだよ!」
「ふははは、負け犬の遠吠えが心地良いぜ」
「「畜生ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」
「レドルノフ、苦しい」
シュスが、レドルノフの腕の中で、必死にタップしていた。
そこで、ルークは気づいた。
「お前、足がないじゃん」
「…………あ、本当だ。俺たちを連れてくための、乗り物らしきものがないな」
瞬間、二人は勝ち誇ったような顔をした。
「「これで、行かなくてもすむ! ざまぁ!!」」
「足ならあるぞ?」
「「は?」」
アンリが手を挙げた。
刹那、超大型豪華客船が現れた。
エンヤ~ヒ~♪※BGMです。
しかも、このデザインは……
「タイタンニック号、だと」
「さぁ、乗れよ。俺の船に」
「どこのワン○ースだよ!? てか、絶対沈没するだろ!?」
「うるせぇ、行こう!」
「そんな勢い任せに言ってもムダだからな!?」
「うるせぇ、行こう!」
刹那、黒い鎖が現れ、三人を縛り、船へと強制的に乗せた。
断言しよう。
この船、確実に沈没する。
「エンヤ~ヒ~、したくねぇ!」
「それはラブシーンの時だけだから安心しろ」
ルークの抵抗を、アンリは軽く受け流す。
「いやだ! 死にたくねぇ!」
「お前は、そうやって命乞いしてきた人間を何人殺してきたんだ」
「お前は、今まで食べてきたパンの枚数を覚えているのか?」
「…………………………………………………………………………………………やべ、完全に言葉失ってた」
そして、アンリはこう付け加えた。
船を発進するまでの準備のために、と。
それと同時に、タイタンニック号は浮上した。
「これ浮かぶのかよ」
☆
移動がいるのは、地表から百メートル上空の空。
四人は、タイタンニック号の一室にあるテーブルに座っていた。
最初に口を開いたのは、アンリだった。
「そこの女の子は初対面だし、自己紹介するか。俺はアンリ・クリエイロウ。一応、リグレット王国で王様をしてる」
一応、とつけたのは、恐らく自分が傀儡の王だと自覚しているからだ。
「シュス・ウィズダンです。よろしくお願いします」
「あ、別にいいよ、敬語使わなくて。俺、成り上がりだから礼儀とか気にしないからさ」
「成り上がり?」
シュスが怪訝そうに言ったから、ルークが補足した。
「こいつは王族じゃないんだ。六年前に革命起こして、王になったんだよ」
「そそ。俺は別に、由緒正しいクソありがた~い王族って訳じゃないんだ」
「へ~」
話でしか聞いたことないが、アンリが革命を起こす前のリグレット王国は、かなり酷かったらしい。
当たり前のように人体実験が行われ、怠惰な王と腐った貴族が私腹を肥やす、クソのような国。
そんな中、アンリは立ち上がって、国をひっくり返した。
みんな表には出さないが、こいつのことを尊敬している、憧れている。
「ま、俺も絶対王政を敷いてるし、いつ革命起こされるかわからねぇがな。俺は王になるために、数えきれない犠牲を払ってる。しかも、まだ俺が掲げた『理想』をかなえられてない」
こいつは、まだ引きずっている。
六年前に起こした革命で払った命を。
「ったく、これじゃ、何のためにあいつが犠牲になったのかわからねぇ」
そして、その中には親友も含まれている。
「んまぁ、そんな訳で俺はダメダメ王だ」
「語呂悪いな」
「うっさいぞ外道剣士。それとも『人斬りジャック』と呼んでやろうか?」
「うっせぇ『戯言王』」
「「…………ああ?」」
二人が(結果が見えている)喧嘩を始めようとした、その時だった。
タイタンニック号が、大きく揺れたのは。
ルークが最初に呟いた。
「地震か?」
シュスが言ってきた。
「いや、ここ空中だぞ。ありえないだろ」
気持ち悪そうに口を押さえながら。
どうやら、さっきの揺れで船酔いしたらしい。
「……おいおい、冗談だろ……」
アンリが、顔を青くしながら呟いた。
また、タイタンニック号が揺れた。
「やめてぇぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
アンリは情けない声をあげながら、外へ出て行ってしまった。
三人も、互いの顔を見合わせてから外へ出て行った。
☆
状況は色々と複雑で、難しいから、一言で簡潔に纏めよう。
タイタンニック号が砲撃されていた。
「ナンナンダアレハ」
「ワカラナイケド」
「トリアエズウチオトセ」
地上で片言が行き交っている。
……まぁ、そりゃそうだよね。
ここは、リグレット王国の隣国であるセリュード皇国の国境線付近。
そんなデリケートな所に、こんな大型船が接近してきた。
そりゃ、攻撃されるよ。
「これ軍艦じゃないから、そんな砲撃されて保たねぇよ!」
大砲の弾やら魔法が、船を襲う。
「おいおい、百メートルから落ちたら、ヤバいぞ」
「船がぁ! 俺の船がぁ!」
アンリは全く聞いていない。
子供のように騒ぐだけだ。
「や、役に立たねぇ」
そして、タイタンニック号は二度目の沈没を迎えた。
「「「「うわぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」」」
四人の絶叫が、大空に響いた。
☆
今はバラバラとなったタイタンニック号の瓦礫の山の中、アンリは体操座りをしていた。
「ふふふ、ははは」
自暴自棄になって、気色悪い笑い声をあげながら。
セリュード皇国の兵士が、瓦礫を捜索している。
「おい、何か見つけたか?」
「他国の王が体操座りしてた」
「そうか。放っとけ」
「おいぃ!? 王様無下に扱うなよ! てか、俺の船返せや!!」
「おいおい、冗談キッツイぜジョニー」
「誰がジョニーだ」
「他国の王だから、無下に扱うんだよ」
「ええ」
アンリのことなど、もう見向きもせずに兵士たちは捜索を続ける。
うちの子をかえしてぇえええええええ、などとアンリが叫んだような気がしたが、気のせいだ。
今度は、ルークがシュスを抱えて、レドルノフを下敷きにしていた。
どうやら、タイタンニック号の沈没の衝撃を、レドルノフを盾にしてやり過ごしたらしい。
「おい、何か見つけた?」
「『剣聖』が女の子を抱えて、『紅の鋼』をサーフボードにしてた」
「そうか、放っとけ」
兵士たちは、ルークたちには目もくれなかった。
「おい、ベニヤ板でできた椅子だ!」
「そうか持って帰るぞ」
安物である。
「こっちには、シャンデリアがあるぞ」
「そうか持って帰るぞ」
ただし、原形をとどめていない。
彼らは、安物オンリーを持ち帰った。
☆
レドルノフはルークの胸ぐらを掴んだ。
「おい、クソ野郎。死ぬ覚悟はできてんだよな?」
「はぁ? なら聞くがよ、目の前にオリハルコンより硬い盾があった。使うだろう?」
「よーし、ぶっ殺してやる」
一触即発の二人を、
「くくく、ははは」
アンリが自暴自棄の笑みを浮かべながら、二人を黒い鎖で縛った。
「「は?」」
「くだらない喧嘩してないで、とっとと帰るぞクソ共。俺は帰って、タイタンニック号の葬式をしたいんだ」
どんだけタイタンニック号に思い入れがあったんだよ。
船の葬式って何?
「ははは、書類の海に沈もうぜ~」
「いやぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
☆
アンリがルークたちを連れて帰ってきたのは、出発して一日にも満たなかった。
アンリを送り出した大臣は、仕事中毒の彼を休ませようと考えていたのだが、
「…………まさか一日で帰ってくるとは」
と、呆然としながら呟くのだった。
いつかアンリの革命編をやりま~す
いつになるかは知らんけれど