『人間』対『神』
やっと神出せたよ~
レドルノフとシュスは、『ソレ』が破壊をまき散らす、一部始終見ていた。
シュスが、そのおかしな光景を見て、
「なんだ……ありゃ……」
と、言う。
それにレドルノフは、舌打ち混じりに答えた。
「ありゃ、『狂神』パンドラだ。あいつが言うには、愛に狂った神だとよ」
「神?」
突然、そのような荒唐無稽な話をされても信じられないようだ。
まぁ、当然だろう。
「確かに、すぐには信じられないかもしれないだろうな。じゃあ、逆に訊くが、人間にあんなマネができると思うか?」
「…………無理だろうな」
「そういうことだ」
「あいつを、元に戻す方法はあるのか?」
「あの馬鹿を一回殺す。そしたら、あいつだけ時間が巻き戻って、ああなる状態の前に戻る………………………………らしい」
「おい!?」
「けど、なにもやらなきゃ、死ぬだけだぞ?」
そう言われて、シュスはため息をついた。
「やんなきゃなんねぇのか」
「くくく、そういうこった」
二人とも同時に、立ち上がる。
シュスが、ゆっくりとレドルノフに訊く。
「勝算は?」
まず彼女は、大前提から間違っている。
『人間』は『神』には勝てないのだ。
レドルノフはこう言う。
「さぁな。なにせ、相手は『神』だ」
勝算などあるはずないのだ。
「けど、案外なるようになるんじゃねぇの?」
レドルノフがただの人間なら。
彼は“人の領域”を超えた、文字通りの超人だ。
彼は、『人間』をやめている存在なのだ。だから、良い線はいくはず。
勝算は、そんな程度のものだ。
けど、ゼロではない。
なら、やってみる価値は十分にあるだろう。
(俺は死ぬとしても、シュスだけは逃がしてやるか)
シュスがこちらに訊いてきた。
「あれの能力は?」
「さぁな。俺もよくわからん。わかることは、とにかく物質を消滅させることができるってことだけだ」
「んな、曖昧な」
そう嘆息しているシュスに、レドルノフは言う。
「よし、行くぞ」
「おいおい、作戦とか決めてねぇだろうが」
「小細工は苦手なんだよ。敵は正面から叩き潰すのが、楽に決まってんだろ」
「お前偏差値低いだろ」
「おいおい、対策くらいなら、これでも考えてんだぜ?」
そこで、二人は気づいた。
悲鳴がもう聞こえてこないことに。
パンドラが暴れているであろう場所へと向き直ると、ちょうど、最後の騎士を消し去っている所だった。
《消えろ》
言葉のとおり、騎士の体が消滅した。
そして、パンドラが二人の方へと向き直る。
《は、ははは、一人取り逃がしたが、貴様らで最後だ。これは序曲だ。破壊の序曲だ。あははははははははははは》
一人逃がしたらしい。
意外と間抜けな神だ。
《なにおう!?》
聞こえてんの!?
パンドラが、怒ったように腕を振り上げた。
二人を消滅させるつもりだ。
あの攻撃は、不可視である上に、速度までわからないから、回避のしようがない。
なら、避けなければいい。
「おらァ!!」
レドルノフは地面を殴りつけた。
それによって、岩盤が隆起した。
その直後、隆起した岩盤が消滅した。
これが、さっき思いついたパンドラの攻撃対策だ。
「お前、本当に化物だな」
シュスのコメントを無視して、レドルノフは走り出す。
この状況には似合わない、唇の端を吊り上げた笑顔で、彼は言う。
「魔法の弾幕を張って、その陰に隠れながらさらに魔法を撃ち続けろ。パンドラは俺が叩く」
もう一度、岩盤を隆起させ、シュスへと向き直る。
その時には既に、三十にも届きそうな数の魔法陣を描いていた。
彼女は、ありえない速度で魔法陣を描きながら、言ってきた。
「当たんじゃねぇぞ?」
「ガキが。誰に向かって言ってやがる」
パンドラへと向き直り、まっすぐ走る。
全力で走る。
後ろで、トンという音が聞こえた。
刹那、横を、上を炎、雷、氷などの魔法が通り過ぎてゆく。
それを全て掻い潜りながら、なおかつパンドラの視界に入らないようにしながら、どんどん距離を詰めていく。
《ふん》
パンドラはつまらなそうに鼻を鳴らしてから、柄に手をかけて、
《弧月斬》
と呟き、居合いを放つ。
それと同時に、ドス黒い三日月のような斬撃が空中へと放たれた。
斬撃が魔法を次々と、触れたさきから消滅していく。
どうやら、触れただけで物体を消滅させられる斬撃らしい。
(もしかして、ルークの技を使えるのか? だとしたら、早めにやらねぇとやべぇな)
息を吸い込むのと同時に、右腕をゆっくりと引いてから、
「破ッ!!」
息を吐きだしながら突き出した。
瞬間、彼の放った『気』が、空を切りながら、真っ直ぐパンドラへと向かっていく。
《む?》
これも不可視の攻撃なのだが、パンドラは危機を感じて、
《打池波》
刀身を飛来してきた『気』にぶつけた。
飛来していった『気』が、そのまま跳ね返された。
(あれ、ルークのカウンター技か! だが、あいつはさすがにそのまま反射まではできなかった。てことは、パンドラは宿主以上の精度で技を出せるのか!?)
愕然としている暇は、ない。
レドルノフが放った『気』が跳ね返され、今は彼自身を襲おうとしているのだから。
「……そこか」
そう静かに呟き、体捌きで、最低限度の動きで回避をする。
本来、不可視であるはずの攻撃を、だ。
レドルノフは、気功と拳法を修得している。
それの技能の中には、『観』という、『気』の流れを見るものが存在している。
だから、彼は『気』が観えるのだ。
(それにしても、パンドラの戦闘力が底知れねぇ。ルークの技を全て扱え、人智を超えた力を振るえる)
魔法は今にも、パンドラを襲い続けるが、片っ端から消滅させられている。
魔法は届かない。
(やっぱ、俺がぶん殴るしかねぇ!!)
レドルノフが取った行動はシンプルだ。
地面に手を突っ込んだ。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
後は、地面を掴みとり、力任せに引き抜いた。
約十メトールの大地の塊を、彼は持ち上げる。
「おいおい、それ、人間がやっていいことじゃないぞ」
シュスのコメントは、彼には聞こえない。
「うううううううらぁぁあああああああああああああああああ!!」
レドルノフは腕力任せに、それをぶん投げた。
真っ直ぐに、パンドラを襲う。
しかし、『神』は動じない。
ただ笑う。嗤う。嘲笑う。
《矮小な人間が》
刹那、大地の塊が消滅した。
シュスの額に、冷や汗が伝う。
「あれでも駄目なのかよ。こりゃ、本格的にヤバいな」
そもそも、ここまで戦えていること自体が異常なのだ。
パンドラは、『鉄鬼隊』の百人を、あっという間に殲滅してしまったのだ。
今彼らは、先方よりも長い時間を戦っている。
異常なことだ。
本来、『神』は指先一つで地形を変え、空を割ける。
それだけ、『神』とは規格外なのだ。
《ははは、矮小な、卑小な人間がやることなど、全て無だ!》
それだけ、『神』とは強大なのだ。
「そいつはどうかな?」
そして、規格外はもう一人いる。
化物はこちらにもいる。
人間をやめた、“人間の領域”を超えた達人、レドルノフ・フレラ。
彼はもう、パンドラへと肉薄していた。
重心を下げて、腕を引き絞っている。
後は、拳を振るうだけで、勝てる。
(やった、これで俺たちの勝ちだ!)
力は『神』でも、元の肉体はルークの、人間の体だ。
それなら、レドルノフの拳が当たれば、確実に命を刈り取ることができる。
シュスが勝利を確信し、
レドルノフの動きが、急に止まった。
「へ?」
彼に、一体なにが、あった?
レドルノフは一つ、忘れていた、大切なことがあった。
「おい、なにしてんだ!?」
忘れていたことについて頭がいっぱいである彼に、シュスの怒声は聞こえていない。
彼が忘れていた、大切なこと。
それは……
(魔法や遺物を体に触れただけで消滅させられるんなら、俺の体も触れた瞬間、消されるんじゃね?)
パンドラも間抜けだったが、こいつも大概であった。
《死ね! 虫ケラが!!》
パンドラが、レドルノフへと手をかざした。
(しま……)
「天の鎖」
刹那、パンドラの体が、金色の鎖によって縛られた。
その場にいる全員が、なにが起きているのか把握しきれていない。
(これは!)
だが、レドルノフにはこの『鎖』に覚えがあった。
そして、響いた男の声にも。
鎖を根元まで目でたどってみると、そこにはやはり、あの男がいた。
美しい短い金髪に宝石のような赤い瞳を持ち、貴族のような高そう服を着た男。
その男の名は、
「アンリ!?」
「よう、レドルノフ、危ないところだったな」
『戯言王』アンリ・クリエイロウ。
ルークとレドルノフが所属している、リグレット王国の王だ。
シュスが、もう安全と判断したのか、こちらへと走ってきた。
「誰?」
「俺たちの国の王様」
「なんで、そんな人がここに」
二人の会話に、アンリが入ってくる。
「今はそんなことは、どうでもいい。お前らはもう下がってろ。パンドラは、俺が殺るからよ」
アンリの言葉にシュスは目を見開いた。
だが、言葉は発せなかった。
その前に、パンドラが言ってきたから。
《ほざくなよ。こんな鎖で我を縛ったつもりか。こんな……………………な!? 指一本動かせんだと!? まさか!!》
「今頃、気づいたか? そうだよ。それはてめぇら、『神』と『天使』を縛るために作られた『天の鎖』だよ」
『天の鎖』
『神の子』を磔にした金の十字架を使い、一つ一つ槍を鋳造する手順で鎖になるように造り上げた逸品。
『神の子』を処刑するときに使われた道具は、金の十字架、鎖、槍。
その三つ全ての要素を併せ持った鎖だ。
この鎖で縛られた『神』と『天使』は、力を使うことはおろか、指一本動かすことすらかなわなくなる。
《なぜ、貴様が、こんな物を。貴様は何者なのだ!?》
パンドラが震えた声で、アンリに訊く。
それにアンリは、嘲笑をもって、答えた。
「やっぱ覚えてねぇか。俺、てめぇの天敵みたいなモンなのによ。覚えるまでも無ぇ、ってか? ははは、お前ら『神』は、やっぱり傲慢だな」
アンリが手を掲げる。
刹那、彼の背後から、まるで彼に従うかのように、無数の剣と槍が出現した。
《『偽・神の子を貫いた槍』、『魔剣・ヴォルグ』、『神殺しの剣・クサナギ』、『神狼の鉤爪』、『原初の剣』、『神喰槍』、『偽・世界蛇の牙』、『シモンの十字剣』、『裏切り者が得た金貨』。それだけじゃない。なぜ、他にも、それだけの数の神殺しの武器を持っている!? 貴様はいったい、どれだけのものを捨てた!?》
「さぁなぁ……そうだな。『聖国』を乗っ取れるくらいになるまでかな」
《なっ!? 貴様、もうこの世界の『ルール』から外れているぞ!?》
それにアンリは肩をすくめた。
「必要なら、俺はなんでも捨てるよ。それで俺の『理想』を実現できるならな」
《……………………狂ってる》
「お前がそれ言う?」
刹那、彼の背後に出現していた武器が飛来し、パンドラの体を比喩ではなく、本当に穴だらけにした。
パンドラの体が倒れ、ベシャリという、液体と固体が混じったような音だけが辺りに響いた。
あっけなかった。
本当に。
“人の領域”を超えた達人の、レドルノフですら死にかけたというのに、それをものの数秒で屠ってしまった。
「よぉし、終わった」
アンリの軽い言葉を聞いて、シュスはレドルノフへと尋ねた。
「なぁ、レドルノフ」
「なんだ?」
「俺たちさ、何のために頑張ったの?」
「さぁ? ……あたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた、俺の関節はそっちに曲がらない!!」