赤い死神・狂神の目覚め
URRRRRRRYYYYYYYY!!
今、ルークたちがいる国は、レイルード帝国。
大陸有数の大国のひとつで、軍事国家でもある。
そして、この国が保有する最強の部隊の名は『鉄鬼隊』。
その名は、大陸中に知れ渡っている。
構成人数は、たったの二百人なのだが、その知名度の由来は、そいつがなした偉業によるものだ。
そいつらは、三日で一国を落とした。
確かに、その国は決して大きくはなかった。
だが、たった二百人の兵で一国を落とすというのは、異常なのだ。
「だから、俺が思うに、こいつらは、遺物を所持してると思うんだ」
「成程な。ま、そりゃそうか。んなもん、神とかでもいないと無理だしな」
中華料理店から出たルークとレドルノフは、さっきまで本気の殺し合いをしていた。
もう、本気の本気で。
シュスが二人の戦闘が終わったのを確認してから、二人に近づく。
「それなら、これからその『鉄鬼隊』を調べに行くのか?」
「ああ。当然な」
「それじゃ、とっとと行こうぜ。善は急げだ」
レドルノフの言葉に、二人はうなずいた。
☆
「ああ、ちょっと待って、動きすぎたゲロロロ!?」
「主人公のくせに吐くなよ!」
「とてつもなく不安だ」
☆
ルークたちは、レイルード帝国の軍事基地を少し離れた場所から見ていた。
……え? 見学許可? もちろん取ってませんが、なにか?
「う~ん、いねぇなぁ。動きを見りゃわかると思ったんだがな」
レドルノフが、あきれながら言ってきた。
「お前よ、その国の最高の部隊が、普通の軍事基地で訓練してると、本気で思ってんのか?」
はい。おっしゃる通りで。
シュスが訊いてきた。
「なぁ、ルーク、その部隊の名前なんだっけ?」
「忘れたのか? 『鉄鬼隊』だよ」
「なんか禍々しい名前だよな」
「おや。禍々しいとは、随分なご挨拶ですな、お嬢さん」
「うお!?」
突然の声に、シュスが驚く。
声の主へと向き直ると、いつの間にかそこには赤い甲冑を身に纏った一人の男が立っていた。
シュスが気づかなかったのは、その男が気配を消していたから。
まぁ、ルークとレドルノフは気づいていたのだが。
「あんた誰?」
ルークがそう尋ねると、男は胸に手を当てて、恭しく頭を下げた。
「これは失敬。私は『鉄鬼隊』の隊長ユダと申します。以後、お見知りおきを」
早速、目的のものと遭遇してしまった。
ルークは、レドルノフに向き直った。
「どんだけ~。いきなり標的と遭遇しちゃったわ~。チョビゲバー」
「そうね~。どうしましょうか~」
二人してふざける。
「お前らキモいからやめろ!」
二人してシュスの突っ込みを無視する。
「チョビゲバー」
「チョビゲバー」
はたから見ればふざけているようにしか見えないが、実はこれ、暗号なのだ。
使う言葉は『チョビゲバー』だけなのだが、声の高さ、次の声を発声するまでの間の時間、発声している際の挙動などで判断する。
ちなみに言うまでもないが、これで意思疎通が可能なのは、(習得するための能力的な意味で)一部だけだ。
技術の無駄遣いとは、このことを言うのだろう。
さっきの二人の会話は、こうだ。
『こっからは暗号を使う』
『了解』
二人は、会話を続ける。
「チョビゲバー(敵の数はわかるか)? チョビゲバー(俺では探れない)」
「チョビゲバー(ちょっと待ってろ)……チョビゲバー(臭いは全部で百だ)。チョビゲバー(どうする)?」
「チョビゲバー(俺とお前だけなら、殲滅もありだが)……チョビゲバー(足手まといがなぁ)」
二人して、シュスを冷たい目で見つめる。
「な、なんだよ」
二人の視線に、シュスがたじろぐ。
だが、彼らはそんなこと気にも留めない。
「チョビゲバー(平和的に行くか)」
「チョビゲバー(そうだな)」
ルークは、ユダに向き直った。
「あんたここでなにしてんの?」
「私はただ、見まわりをしていただけです」
「へぇ、部下百人も連れてか?」
それにユダは、目を見開いた。
しかしすぐに、ポーカーフェイスに戻る。
「お見それいたしました。やはり、かの『剣聖』殿と『紅の鋼』殿の御慧眼を欺くことは、私程度には、かないませぬか」
「世辞はいいからさ、なにが目的なのか教えてくんない?」
「は、はは、ははは、貴方がそれを問いますか? むしろ、問いたいのはこちらなのですが」
「なに?」
「ここは我々の国ですよ? 貴方たちは今、入国を許可されているだけであって、我らが軍事基地の見学など、許可されていないはずだ。工場見学とはワケが違う」
そして、彼は目を細めた。
「さて、私から問いかけましょう。貴方たちは今、何をしておられるのですか?」
ユダの体から殺気が溢れ出した。
言外に、こう言っている。
答えなければ、命はないぞ、と。
「だから、『鉄鬼隊』を半分も寄越したのか? たった二人のために?」
「……それは、本気で言っているのですか? 相手は、“人の領域”を超えた達人を幾人も屠った『剣聖』と、オルテピアの反乱軍をたった一人で壊滅させた『紅の鋼』です。私としては、これでも足りないくらいです」
「俺たちも買われたものだな」
「そうだな」
これは、正直に事情を説明した方がいいだろう。
ユダが、ルークに問いかける。
「さて、それではもう一度、質問をしましょうか。貴方たちは今、何をしておられるのですか? もしかして、『鉄鬼隊』の入隊をご希望なのですか?」
「いんや、違うよ。ただ俺は、確かめに来ただけだよ」
「確認行為をしたかったということですか?」
そう言って、ユダは安堵したように見えた。
戦闘をせずに済むということで、安堵したのだろう。
「だがまぁ、その必要はなくなった」
ルークは、ユダに目を向けた。
正確には、彼の腰のホルスターに収められている銃へと。
「『ホルスの熱線』、か。……それを譲ってもらいたいんだが」
そう言われて、ユダはため息をついた。
「成程。貴方たちの狙いは、古代遺物ですか。それと、『鉄鬼隊』の全隊員には、『デスサイス』も装備していますよ」
『ホルスの熱線』
炎の装飾がついたデザインの拳銃。
銃弾は必要とせず、中によくわからない魔法陣が描かれていて、引き金を引く際に発生する僅かな摩擦熱を増幅させ、その熱を放射する兵器。
有効射程は、五十~八千メートルまでなら所有者の意思で調整できる。
『デスサイス』
刃の付け根の部分が、『D』となっている鎌。
所有者の意思で大きさを変化させることができ、最大が五メートル。
小さくして、ポケットに入れると便利。※ポケット破れる可能性大。
ユダが手を挙げた。
刹那、周りからこちらへと殺気が向けられた。
「おいおい、俺たちが誰かわかってんのか? 下手すりゃ戦争だぞ?」
「はい。私も闘いは好みません。ですけど、組織というものは、個人の思想よりも、その組織の利益がなによりも優先されます。そして、古代遺物が失われるのは、我々にとっては、不利益でしかありません。それをなくすためなら、貴方たちリグレット王国との戦争も覚悟の上です」
彼はもう、完全に戦闘態勢だ。
さて、問題です。
味方は自分を含めてたったの三人。対して、相手はなんと百人。
では、今やるべきことはなんでしょう?
三人は同時にうなずいた。
そして、叫んだ。
「「「逃げろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
三人して走り出す。
「なっ!? どこへ行かれるのですか!?」
驚いているユダを、三人は無視して走る。
死にたくないから。
「ああ、もう、なんとしても止めなさい!」
前方から、六人の、甲冑を纏った騎士が走ってくる。
「シュス、爆裂系の魔法陣を描け!」
「了解!」
指示を出されたシュスが、とんでもない速度で魔法陣を描く。
今彼女が描いている魔法陣は、『スプラッシュボム』。
液体を、瞬間的に蒸発させて、爆発を起こすという魔法だ。そして、蒸発させることができる液体は人間の血液も例外ではない。
液体と気体では、体積がまるで異なる。
人間の体内に存在する血液を全て蒸発させれば、人間の体は膨らみ過ぎた風船が破裂するように爆裂する。
魔法の有効範囲は、術者を中心に五~八メートル地点という、中距離射程の魔法。
テ○・テスカトルの粉塵爆発、遠距離バージョンを想像すれば、わかりやすいかもしれない。
この魔法、効果は抜群なのだが、弱点がある。
それは、有効範囲と発動までのタイムラグだ。この魔法は、近すぎても遠すぎても意味はないし、呪文を唱えてから発動までに二秒かかる。
効果範囲はたったの三メートルだ。二秒あれば走り抜けることなど容易い。
だから騎士は、こちらに向かって、走ってくる。
突っ切るつもりだ。
シュスが、言ってきた。
「これでいいか?」
「バッチリだ!」
今展開させた魔法は囮だ。
本命は……
「レドルノフ!」
「おうよ!」
ルークとレドルノフの二人が、シュスを置いてけぼりにして凄まじい速度で騎士へと走り出す。
「まず、あれは、お……」
一人が気づいた。
中々良い反応だが……
「「遅ぇ!」」
ルークが居合いの構えを取る。
刹那、刀が三人の体を横薙ぎに一閃した。
レドルノフが右腕を振り上げる。
刹那、一人の首を掴み、残りの二人へと投げつけた。
六人の騎士が、それで沈黙する。
「お疲れさん」
全て、順調に事が進んでいる。
離れているからルークたちには聞こえないが、その時、ユダはこう呟いていた。
「囲んだ」
それと同時に、レドルノフが顔を曇らせた。
「あ~、ルーク。完璧に囲まれたぞ。どうすんだ? やっぱ殲滅するか?」
「いんや。読み通りだ。作戦が順調に進み過ぎると、人間は必ず油断するんだよ。脱出には
『ランクスの方石』を使う」
『ランクスの方石』
大きさ十センチほどで、立方体の石。
石には赤いボタンが一つついており、それを押すと、あら不思議、五十メートル以内であれば好きな場所に瞬間移動が可能。
ルークが唯一所持している古代遺物だ。
ルークがポケットの中に手を突っ込む。
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………あれぇ?」
『ランクスの方石』が、なかった。
だが諦めない。諦めないぞぉ!
必死に、般若の如き面持ちでポケットの中を探す。
嫌な汗が全身から噴き出す。
それを見て、シュスが、恐る恐る言ってきた。
「お前……まさか……」
それにルークが、できたことは……
「テヘペロ☆」
開き直ることだけである。
「「お前ふざけんなよぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」」
と、その時だった。
レドルノフがシュスの襟首を掴み、その場から投げ飛ばしたのは。
刹那、五つの熱線が放たれた。
一つはシュスを狙い、四つはレドルノフを狙ったものであった。
内三つ、彼は超人ともいえる動きで回避したが、残りの一つが腹を貫いた。
「ああ、くそ、抜かった」
レドルノフが、悔しそうに倒れ伏しながらそう言った。
彼は、シュスを助けていなければ、全て回避することができただろう。
その事実が、シュスから冷静さを奪ってしまった。
後先考えずに、レドルノフへと走り出してしまった。
「シュス! 一人で動くな!」
「ッ……けどよぉ!」
刹那、熱線が放たれたのを目の端で捉えた。
「シュス、左に跳んどけ!」
熱線の数は二十。
ルークほどの剣士を斃すには、数が少なすぎる。
「ナメんなぁ!! 焔ノ太刀!!」
居合いを放ち、全ての熱線を切り裂いた。
熱線の対処を終え、シュスの方へと向き直る。
シュスは、地に倒れ伏し、首に鎌が添えられていた。
「くそがぁ!」
ルークが、走り出す。
だが、間に合わない。
彼らは、人を簡単に、なんの躊躇いもなく殺す。
それは、彼らが大切な人を失う悲しみを理解しているからだ。
彼らはそれを回避するためなら、なんでもする。
彼らは、そういう人間なのだ。
そして、それが今まさに、起きようとしている。
一番起こってほしくないことが、起きようとしている。
「くそがぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
その時、ユダは三人のことをもう見るのをやめ、これから起きる戦争の対策を考えていた。
その時、レドルノフは歯を食いしばって痛みをこらえ、シュスの救出に向かおうとしていた。
その時、ルークは……
《あはははははあははははははははははははあはははははははははははははははははははははははははははははははははあはははははははははははははははははあはははははははははははははははははははははははははははははは!!》
笑った。
それに、その場にいた全員が止まった。
今のルークの声は、さっきとは全く違ったものとなっている。
異質なものとなっている。
もはや『ソレ』の声は、人間のものではなかった。
だが周りの反応など気にせずに、『ソレ』は笑い続ける。
狂ったように、ゼンマイが壊れて止まらなくなったオモチャのように笑い続ける。
「うわ、キモ、こいつから先に殺すか」
シュスに鎌を添えていた騎士が、凄まじい速度で『ソレ』へと走り出す。
肉薄し、鎌を大きく振るった。
《目標を補足。破壊》
刹那、振るっていた鎌が消滅した。
「…………………………え?」
騎士が呆然となったのを無視して、『ソレ』は騎士の頭に手をかざした。
そして、言う。
《消えろ、虫けら》
その言葉通り、騎士の首から上が、先程の鎌のように消滅した。
その場の全員の顔が、恐怖で染まった。
だが『ソレ』は止まらない。
《ああ、やっと出られた。じゃあ、壊そう。全部壊そう。このクズのような世界を。あの忌々しい、神が創った世界を。全部、跡形もなく、全て、はは、はははははははははははははははははははははははははははははは》
十数人の騎士が動く。
目の前の化物を殺すために。
《視界に入るな。虫ケラが》
刹那、騎士の体が一人残らず、消滅した。
「ひぅ!」
ユダはみっともなく怯えながら、懐から首飾りを急いで取り出した。
その首飾りは、先日、ルークたちが探していた古代遺物だ。
その遺物の名は、『竜王の吐息』。
竜の王であり、竜の神だった、最強の竜アクノロギア。
そいつは神をも喰らい、その咆哮は大地を砕き、空をも割ったと言われる。
その吐息を模倣して、古代人が造った代物だ。
一発撃てば首飾りは自壊する。
本物の竜王の吐息には劣るが、山の一つを消し飛ばすほどの威力が、首飾りには内包されている。
ユダが首飾りを放り投げる。
そして、合言葉を叫ぶ。
「砕けろ、『竜王』!」
首飾りが空中で静止し、震える。
首飾りが震える。大気が震える。大地が震える。
これから起こる、破壊に怯えるように。
「隊長が捨て猫拾うみたいな気軽さで、『竜王の吐息』使ったぞ!?」
「逃げろ! アレ、まじやべぇから!」
騎士たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
刹那、首飾りから、真っ黒のレーザーが放たれた。
レーザーは、なによりも黒く、全てを呑み込めるほど太い。
『ソレ』は、あっさりと呑み込まれてしまった。
ユダが安堵のため息をつく。
刹那。
《目標を補足。破壊》
レーザーなど、最初から存在しなかったといわんばかりに、嘘だったかのように、消滅してしまった。
「……馬鹿……な……」
ユダは愕然としているが、そんなことで『ソレ』が止まってくれるはずがない。
『ソレ』が止まるときは、全てを破壊したときだけだ。
《我を、殺す? その程度のオモチャで? アクノロギアの模造品で、矮小な人間が造ったガラクタで? 我を殺せると、本気で思っていたのか?》
『ソレ』は止まることなく、進み続ける。
破壊を続ける。
《あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははあははははははははははははははははははははははははははははははははあははははははははははははははははははははははゴホ、ゲホ…………ああ、むせた》