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12.ボスになった

どうもどうもにがトマトです。

連載始まって一年たったぞわーい。


どうぞ~。

 アンリは、書類の海に溺れていた。


 突然何を言い出すと思うかもしれないが、それは百%混じりっ気のない事実であるのだから仕方がない。

 彼は執務室にて書類仕事を処理していたのだが、その書類の量が殺人的だった。

 なにせ、部屋の体積を満たす程の量なのだ。

 しかも。


「ボス、書類一キロ追加でーす」


 書類を数える単位が、マイではなくキロなのだ。

 もうどうしろと?

 最早過労を通り越して廃人コースまっしぐらなのだ。


「もっと、もっと、もっと持って来い。ひ、ひひひひひひひひひひ」


 というか、アンリはもう廃人の仲間入りを果たしてしまっていた。

 迫りくる書類に押しつぶされ、彼は壊れてしまった。



 これが後に、部下や臣下が仲良く頭を抱えることになる案件の発端なのだが、それは後のお話。



「おい、あれはヤバいんじゃないのか?」

「ボス、壊れちゃってないか?」

「止めた方がいいのかな?」


 お前たちが持ってきておいて何を言う。

 醜い。人間醜い。

 だが世の中には、こんな言葉がある。


 適材適所


 なんて重い響きなのだろう。

 ていうか、本当に重かった。

 重責と仕事量に押しつぶされそうだった。

 いや、今まさしく、書類に溺れてしまっているのだが。


 因みに、アンリはこの反乱グループ頭目となっていた。

 それに至った経緯と現状を説明するためには時間をさかのぼる必要がある。



☆



 アンリたちは研究所に乗り込んでは、職員を皆殺しということを続けた。

 それを三ヶ月繰り返し、構成員の数は三千となった。

 そんなある日。


「ボス、次はどこの研究所を潰すんですか?」

「ボス、王族や貴族どもをぶっ殺すのはいつですか?」

「ボス、冷蔵庫のプリン食べてもいいですか?」

「あぁ、ダメだ」


 アンリは気づいたのであった。

 なんか自分がこの集団のリーダーに仕立て上げられていることに(周りからすれば今更?)。

 そのことをリュウやケイトに相談してみたら。


「なぁ、俺、どうしてリーダーになってるの?」

「いや、お前あんだけご高説垂れてたのに、どうしてリーダーにされないと思ったの?」

「え? いや、だって、ねぇ? ノリ?」

「はっ、自業自得だよ馬鹿が」

「おう、親友よ。君のその腹立つお顔に拳をシルブプレ?」

「やれるもんならやってみな」


 アンリとリュウは取っ組み合いの喧嘩が始まる。

 その喧嘩を傍から見ていたケイトは、口を開く。


「この集団の始まりは、俺たち三人だ。リーダーは、この中で選ぶしかない。もうお前がリーダーだな」

「いや、途中の重要な方程式がすっぽ抜けてるでしょうが!?」


 取っ組み合いながらも、アンリは的確なツッコミをする。

 彼のツッコミスキルは、順調に成長しているようだった。

 本人が聞いたら、いらないと笑顔で答えるだろうが。


「リーダーの絶対条件は、カリスマだ。こいつになら自分の命と夢を預けてもいいと思えるようなやつじゃなけりゃ、人は命を賭けられない。それで、お前はあいつらの心を演説で動かした。これでリーダーの座はお前のものだ、やったな」

「いや、冗談じゃねェよ」


 アンリは半眼になり、ケイトを見る。


「お前、この国を変える誰かは自分がなるって言っただろうが。お前がリーダーやれよ」

「残念。それは、俺が誰かのうちの一人って意味で言ったものだ。俺が頭張る気はさらさらねぇ」

「へたれめ!」

「なんとでも言え」


 アンリの罵倒を、ケイトはさらりと受け流した。

 なんというスルースキル。

 分が悪いと判断したのか、アンリはリュウを見た。


「なぁ、お前リーダーやりたくない?」


 質問と一緒に、拳(プレゼント)も贈った。


「お断りだ、馬鹿め」


 リュウはあっさり拳を横に流し、返答共に蹴りを放った。

 蹴りは吸い込まれるようにアンリの鳩尾に刺さった。

 蛙が潰れたような声をあげ、アンリは悶絶する。


「忘れてるかもしれないが、俺は元々お前にくっついてるようなもんだ。そんなやつがリーダーとかありえないだろ」

「リュウ、お前がNo.1だ」

「やかましい」


 リュウの踵落としがアンリの頭に炸裂し、彼の意識は刈り取られた。



☆



 そんなこんなで、アンリは頭目にさせられた。

 そして彼は大量、いや膨大、いや無限の書類を処理している。

 本当の意味で、冗談抜きで忙殺されそうになっている。


「くき、くききき、きかかかかかか」


 アンリは、壊れた玩具のような声をあげる。

 いや、もう壊れちゃったかもしれない。


「なぁ、アンリどこにいるか知らね?」

「えぇ、この部屋にいますよ」

「うお!? なんだこの書類の量は!?」


 リュウの声が聞こえた。

 様子を見に来たのだろう。


「ひ、ひきかかかかかかかかかかひかかくきいきききいい」


 だが肝心のアンリは、このザマだ。

 最早対話が成立するかすら怪しい所だ。


「あははは、ひゃはははははっははははははははあっはあはっはあっはは、ひゃははははははははははは」


 狂ったように笑う。

 だがその笑いには、一切合財感情が込められていないため、凄く怖かった。



☆



 リュウはアンリがいるという部屋を見た。

 彼はただ、親友の様子を見にきただけなのだが、書類の海を見た瞬間回れ右をしたくてしょうがない衝動に駆られていた。

 彼と話していた構成員が、会釈をする。


「えぇとまさか、アンリのやつ、この中に?」

「その通りでございます。後は頼みました。あれ、怖いので」

「え? 怖い? それを聞いた俺の方こそが怖くなったんだが」

「では、私はこれで失礼します」

「え? マジで行っちゃうの? ちょ、待てよ! おーーーーーい!!」


 構成員は、本当に去ってしまった。

 リュウは数秒立ち尽くして、部屋を見る。

 今の部屋の状態はまさしく、主婦が物置に大量の布団を無理矢理ねじ込んだ如く。

 だがこれは、入れている入れ物が大きく、入っているものが全て紙なのだが。


「ひ、ひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ」


 そして僅かに聞こえてくる、親友の笑い声。


「…………」


 これは確かに、怖かった。

 リュウが回れ右して元来た道を引き返す程度には。

 歩き出したリュウは、向かい側にケイトの姿を見かけた。


「ケイト、どうしたんだ?」

「いや、次に潰す研究所はどこにするかってのをアンリと相談しようと思ってな。ちょうどいいや。お前も」

「いや、俺とお前だけでいい」

「…………ん?」


 訝しげな声をあげるケイトに、リュウは一歩詰め寄る。


「俺とお前だけで十分だろ? アンリがいなくても大丈夫だよ」

「ちょ、リュウ、どうした?」

「アンリがいなくても、十分だよな?」


 リュウの言葉は、有無を言わせぬ強さがあった。

 あのケイトが気圧される程の強さが。


「おいおい、マジでどうした?」

「いいから、黙れ」


 リュウはケイトの肩を、がしりと掴んだ。

 そしてそのまま、彼を引きずっていく。

 ケイトがその気になれば、リュウの腕など簡単に振り解けただろう。

 だが彼は、その場の雰囲気に逆らえなかった。

 ノリに逆らえなかった。

 故に彼は、そのままずるずると引きずられていったのだった。


「くひひひ、ききききき、ががががががががががががががががが、ぐが」



 壊れてしまったアンリを置いて。

 因みに彼は、比喩ではなく本当に頭から湯気が出ていた。

 彼のそれは、最早知恵熱を超えているのだった。



☆



 教会


 その名を聞いた人間の反応は、様々だ。

 首を傾げる者、不快感を露にする者、怒りを抱く者、畏敬の念を抱く者など。

 教会の活動は、人間の秘められた可能性を探るという名目で人体実験をするというものだ。

 そのための活動資金は、貴族からの援助という形で得ている。

 いや、先行投資というべきか。

 人体実験を施された人間は、超人的な能力を発揮する者もいる。

 教会としては、結果が出てしまった被験者には興味がない。

 故に彼らは、援助をしてくれている貴族に私兵として引き渡す。

 そして彼らが崇拝しているものは、この国の王族である天使(・・・・・・・)だ。


 教皇であるナルサス・レイクルードは、報告書を呼んでいた。


「……ギリッ」


 彼は歯ぎしりをした。

 端整な顔立ちに、三十代という年齢にも拘らず真っ白になった肩にかかるまで伸びた頭髪と肩を怒りで揺らした。


「おのれェ、また、潰されたのか」


 ナルサスが手にしている報告書には、ここ半年で潰された研究所の場所と名前が記されている。

 その数は、もう二百にも上っていた。

 しかもそこにいた被験者は、反乱分子となっているのだという。


「アンリ・クリエイロウ……ッ!」


 その反乱分子の頭目の名を、怨嗟の念を込めて口にした。

 こいつは、元は被験者だったらしい。

 そんなやつが、今自分たちの信仰対象である天使に牙を剥こうとしている。

 だが、『人間』は『天使』には勝てない。

 しかも、王族はかの『四天使』。

 彼らからすれば人など塵芥程の脅威もない。

 だが。


「天使様方のお手を煩わせることなど、できるものか……ッ!」


 彼の方々が歩くのは、掛け値なしの神域。

 神域を歩く御歴々に、人の領域のことに手を出させる訳にはいかない。


「やつらが汚したのは、人の領域だ。故に我ら人が、対処せねばならん!」



「うるさいわねぇ、眠れないんだけど」



 ドアから、寝ぼけ眼の女が入ってきた。

 ピンクの長髪に青空のような青の瞳の、寝間着姿の女だった。

 いつもは纏めている髪を下ろしているのを見るに、本当に寝ていたらしい。

 顔立ちは異常に整っていて、絶世の美女といっても過言ではない百人中百人が振り返るような女だ。

 まだ十六のはずなのだが、モデル顔負けのメリハリのある体つきだ。


「霧の死神(ミスト・リーパー)か」

「ちょっと、その名前好きじゃないんだけど」

「はっ、知ったことか」


 女の言葉をナルサスは鼻で笑った。

 彼女はそれに舌打ちして、口を開く。


「それと、うるさい。眠れないんだけど」

「言ったはずだぞ? 知ったことかと。天使様たちの心労を少しでも癒して差し上げる方法を熟考するという出来事の前には、貴様の睡眠など塵芥程の価値もない」

「狂信者が」


 吐き捨てるように言った女を、ナルサスは睨みつける。


「そもそもお前は、騒音などで睡眠を妨げ(・・・・・・・・・・)られるような体(・・・・・・・)じゃないだろう(・・・・・・・)」

「あのねぇ、好き好んで自分の体弄る(・・・・・・)訳ないでしょう。やりたくないのよ、体にも悪いし」


 ナルサスは、名案が浮かんだとばかりの顔をした。

 報告書をひらひらとなびかせて、女へと言う。


「そうそう、新しい仕事だ」


 女はその言葉に、美しいな顔を歪めた。


「この前、センダート伯爵を始末したばかりなんだけど」

「それと、『破壊卿(ジェイソン)』もな」

「…………」


 女が沈黙したことに、ナルサスは訝しげな顔をした。


「どうした?」

「……なんでもないわよ」


 ナルサスは、女のことなど興味がないためさせる(・・・)仕事の説明をする。


「標的は、反乱分子の頭目の処分だ。手段は問わん」

「組織の名前は?」

「不明だそうだ」

「へぇ」


 女は感心したような声をあげた。

 それにナルサスは苛ついたような声を出す。


「貴様、なにを感心しているのだ?」

「組織の名前を敵に知られるような組織は、どんなに強大で優れていようと組織としては二流よ。名前が敵に知られていないって点にかけては、その組織は一流ってことだからねぇ」

「ほう、それは、『教会』が二流ということか?」

「はっ、無能だとは思ってたけど、皮肉がわかる程度の知性はあるようね」

「ふん」


 ナルサスは彼女の皮肉を流した。

 彼からすれば、負け犬の遠吠え以外のなにものでもなかったら。


「それと、標的はこいつだ」


 ナルサスは報告書を乱雑に投げ渡した。

 女は報告書をキャッチし、目を通し始める。


「…………ッ!?」


 女が動揺したのがわかったナルサスは、首を傾げた。


「どうしたんだ? 珍しいな。お前が私に、二度も動揺を見せるなど」

「……なんでもない」


 女は踵を返し、歩き出す。


「少し寝てから、仕事に取り掛からせてもらうわよ」

「ふん、好きにしろ」

「静かにしてろって意味だったんだけど、わからないなんて、やっぱり無能ねぇ」

「……雌犬が」

「忠犬の間違いでしょう?」

「はっ、お前みたいな犬、首輪がなければ飼えるか」


 ナルサスの言葉を背に、女は歩き出した。




「ほんと、私って、救いようがないわね」


 報告書を見ながら、女は自嘲するように呟いた。

 一抹の哀愁を漂わせながら。

教会がやってることは、ある意味株式会社と同じことです。

援助をしてもらい、それを商品開発に充てる。

そして渡すものが、配当金ではなく被験者だということです。

教会は思う存分研究ができて、貴族は優秀な私兵が手に入る。

どっちも利益を得られる契約です。

被験者はたまったものじゃありませんが。


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