24.トントン拍子
リグレット王国のとある街道。
その真ん中を『七つの大罪』が一角“色欲”を司るアスモデウスは歩いていた。
ほくほく顔で歩いていた。
《ふ、またつまらぬものとヤってしまった☆》
アスモデウスが司るのは、色欲。
彼は欲望や劣情といったものにどこまでも忠実だ。
目の前に餌が吊るされていれば、迷わず手に取る。
そこに理性が入り込む余地は全くない。
それが例え、自分を殺す猛毒であってもだ。
《さすがの私も、二十人連続はキツいです☆》
アスモデウスの場合はただ単に、食い過ぎである。
だが、まだ足りない。
二十人を食べても、彼の心は満たされない。
……体はもうボロボロであるが。
《おや☆》
アスモデウスは気配を感じ取った。
《ふむふ~む☆ ざっと、三十といったところですかね~☆》
アスモデウスは、にやりと笑う。
その笑みは、獲物を見つけた狩人のそれである。
《いいでしょう☆ その意気やよし☆ この私に性戦を挑もうとは、返り討ちにしてやりま~す☆》
気配がする方向へと向き直り、そちらを見る。
そこにいたのは、金属バットを持った数十人の男女であった。
彼らの目は、憎しみ一色で染まっている。
この時アスモデウスは、勘違いをしていた。
まずそもそも、誰も性戦などという意味不明な戦いをするつもり、誰もなかったことだ。
すごく勝手な勘違いである。
アスモデウスが知る由もなかったが、彼らはアスモデウスによって捕食された被害者たちの親族、または恋人である。
《ふふふ☆》
アスモデウスは不敵に笑う。
このあまりにも危機的な状況で、だ。
《イイでーす、イイでーす☆ 最高でーす☆》
アスモデウスは目の前の状況を、危機と認定していない。
目の前にいる武装している人間たちは、脅威ではなく、獲物だ。
《さァ☆ 私はここでーす☆ 私があなたたちを(性的な意味で)食べるか、あなたたちが私をフルボッコにするか、勝負でーす☆》
そう叫んで、走り出す。
《私の無双モード、解禁でーす☆》
叫び、手近の一人に跳びかかる。
そのポーズは、まさしく古代から伝わる、かの伝説のルパ○ダイブ!!
「ふん!」
《あふん☆》
その手近の一人が、アスモデウスですら反応できない速度のチョップを脳天に叩き込んだ。
コミカルな悲鳴を上げ、地面にめり込むアスモデウス。
その直後に、両手を地面につけて、ガバ! と起き上がる。
《ふ、ふふふ、こんな程度で、この私を完全にやっつけたとは思わないことです☆》
だがめげない!
悪魔は負けない!
大きなお友達のためにも!
そしてなにより、自分のためにも!!
悪魔は暴力に屈しないのだァ!!
アスモデウスは目の前の男に掴みかかろうとして、
《チェスト――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!》
「それ」
《あふん☆》
足を払われて、またこける。
そして追加と言わんばかりに、丹田を踏みつけられた。
蛙が潰れたような声をあげて、アスモデウスは腹を押さえて悶絶する。
「よーし、あとはよろしく~」
アスモデウスを戦闘不能にした男、ケイト・シャンブラーその人はその言葉を周りにかけて、忽然と姿を消した。
普通なら心霊現象として騒ぎになるのだろうが、流石というべきか感覚がマヒしているのか民衆は気にも留めない。
アスモデウスに金属バットを振り下ろす。
《あふん☆》
また振り下ろす。
《あふん☆》
バギ!
《あふん☆》
バギ!
《あふん☆》
バギ!
《あーん☆》
最初は苦しそうにしていたアスモデウスだったが、段々、彼の顔が恍惚の表情へと変化していくのに民衆は気づいた。
どうやら、新しい『扉』を開きかけているらしい。
民衆はひるみ、一歩さがる。
アスモデウスは、恍惚の表情のまま己の体がどれくらい動くか、冷静に分析していく。
結果は……
(見事☆ これから、一時間、私は指一本たりとも動かません☆)
アスモデウスは負けを認めた。
くわ!! と、凄まじい剣幕で、叫ぶ。
《オッケー、バッチコイ、サー、カモ――ンで―――――――す☆》
そして、いつまでもいつまでも、金属バットが肉を叩く音が響いたのであった。
☆
リグレット王国王城。
大扉の前で漆黒のローブを身に纏い、骸骨の仮面をつけた男が寝転がっていた。
『七つの大罪』が一角“怠惰”を司る悪魔、ベルフェゴール。
彼は何かするのでもなく、ただ寝転がっていた。
見張りに向かって、呼びかける。
《お~い、出て来いって。降伏しに来たんだよ。ああ、めんどくせえ》
彼は降伏するためにここにきたのだ。
それなのに、衛兵たちは城の中でコソコソして出てくる気配が一向にない。
みなさん、考えてもみよう。
敵が突然本拠地に現れて、降伏しま~すといってきている。
まず疑うだろう。
リグレット王国の兵士たちの錬度は低いどころか高いのだが、悪魔、その中でも最高位の『七つの大罪』と戦えるかと訊かれれば、答えはNOだ。
そんな訳で、本人に尋ねて事実確認をすることができず、衛兵は遠目でベルフェゴールを見ることしかできない。
一方で、ベルフェゴールも退屈になってくる。
《食事と惰眠を|シルヴプレ≪お願いします≫? 食事と惰眠をシルヴプレ?》
と、意味のわからないことを言い出す始末だ。
ルシファーからは、王族を皆殺しにしないさい的な指令を受けているが、ベルフェゴールからしてみれば、馬鹿じゃないの? の一言に尽きる。
悪魔はみな、本来の力の三割しか発揮できない。
そんな状況では、相手がいくら『位階』最下位の人間相手とはいえ、負ける可能性が出てくる。
なにかしらの『神』の契約者、中でも『主神』の契約者がいたらルシファーはともかく、その人間が強い人間であればベルフェゴールはまず勝てない。
《せめて全盛期ならな~》
負け惜しみを言ってみるが、空しいだけだった。
「うわ、ほんとにいた」
突然、ベルフェゴールの後ろから、男の声が聞こえた。
振り返るとそこには、美しい短い金髪に宝石のような赤い瞳を持ち、貴族のような高そう服を着た男、リグレット王国国王アンリ・クリエイロウその人がいた。
「衛兵から連絡きて駆けつけた次第なんだが、お前ほんとに降伏するの?」
《そだよ。その代わり、食事と惰眠をシルヴプレ?》
「だが断る。罪の鎖」
刹那。
ベルフェゴールは漆黒の鎖に縛り上げられた。
《ちょ、待て! 捕虜には優しくするのは常識だろ⁉》
「ははは、俺がルールだ」
ベルフェゴールは抗議するが、アンリにはどこ吹く風。
ぎゃあぎゃあ騒ぐベルフェゴールを無視し、アンリは彼を引きずって城の大門へと歩き出す。
《あ~、でも、歩かないから楽かも……》
「え~、階段があるので、引きずられている方はご注意くださ~い」
《へ? あががが!?》
階段にさしかかり、地面に引きずられているベルフェゴールは段差の連続攻撃にあっけなく倒れた。
こうして、アンリのノルマは達成されたのであった。
☆
『七つの大罪』が一角“憤怒”を司る悪魔、サタンはビルの屋上から仲間たちがどうなったのかを大体把握していた。
ベルゼブブは、降伏。
ルシファーは、自爆。
リヴァイアサンは、熱中症になった挙句敵に助けられている始末。
マモンは、ウロボロスのお腹の中。
アスモデウスは、群衆にリンチされて脱落。
ベルフェゴールは、降伏しようとして捕虜にされた。
結果はご覧の通りのありさまで、思わず泣きたくなる。
最強の悪魔、『七つの大罪』が聞いて呆れる。
サタンはそんな彼らの、尻拭いをしなければならないのだ。
ふう、やれやれだぜ。
ああ、自分はなんて働き者なのだろう。
なんて、良いやつなのだろう。
《そんな訳で、今すぐこの関節を開放してもらえると、ありがたい》
「え~、やだ~」
サタンは、自分の関節を極めている男、ケイトにそう懇願した。
見てのとおり、一蹴されてしまったが。
《いや、マジお願いしますって。このままだと、俺らメンツ丸潰れなんすよ》
「え~、やだ~」
《同じことしか言わないな、NPCか貴様!?》
刹那、ケイトは目にもとまらぬ速さでサタンの顔を地面に押し付けた。
込める力を少しずつ強くしながら、ケイトは言う。
「たぁめぇ口ィ!?」
《こ、殺される。我は人間に殺されるかもしれない》
サタンの頭蓋骨が、メキメキと鳴ってはいけない音を辺りに響かせていく。
しかし、サタンは何もできない。
抵抗などすれば、冗談抜きで塵にされかねない。
そんな訳で、暴力ではなく言葉で訴えかける。
《ちょ、頭がメキメキいっているので、離していただけませんかねぇ?》
「え~、やだ~」
テテテテ、テテ、テッテ~♪
サタンは殺意を覚えた。
《いい加減にしろよ貴様!? とっととこの手を離さんかい!》
「いやよ、一生離したくない」
《気色悪いわ! 俺の繊細な頭蓋が割れちゃうぞ、あぁーん!?》
テテテテ、テテ、テッテ~♪
ケイトは額に青筋を手に入れた。
「割っちゃても、いいかな~? いいとも~!」
《いやダメですともォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!???》
バギン!! となにかガラス物が割れるような音が、辺りに響き渡った。
サタンがどうなったかは、お茶の間の皆様の気分を害するのでヒントを出すだけにとどめよう。
真っ赤な華が咲いたそうだ。
☆
リグレット王国王都の地下。
『七つの大罪』を呼び出した黒服たちは、その場に座り込んでいた。
彼らは八年前、家族を殺された者たちだ。
家族の仇を取りたい一心で『悪魔』の研究を続けて、とうとう最強の悪魔集団『七つの大罪』の召喚が行えるところまでこぎつけた。
執念、いや、妄執と断ずるべきだろう。
いたからよかったものを、本当にいるかもわからないものの研究を、彼らは地下で八年も続けたのだから。
だが彼らの試みは、失敗だ。
仲間の半分が捕まった上に、破壊をまき散らすと信じて疑わなかった『魔王』は、観光に繰り出し、正論で説き伏せられる始末。
彼らは一様に諦めきった、一部疲れきったような顔をしていた。
八年間、家族の仇のためと休まず研究に明け暮れ、入念な準備とともに王都に不法侵入をした。
このリグレット王国王都は、ゆるゆるに見えてその実警戒が厳しい。
王都周辺の二百メートル、百メートル、五十メートル地点に王都を囲むように兵士が駐屯している。
もちろん内側にいくほどに、兵士は強くなっていく。
並、精鋭、妙手(達人一歩手前の使い手)といった順に、それぞれ一班六人編成の三個小隊が配置されている。
自分らで対応できないと判断された場合は、後ろで待機している者たちに報告をして、素通りさせることになっている。
その三班を突破した先には、大抵王都にいることが多い、リグレット王国軍少将レーネ・ドラニオルが待っている。
彼の実力は達人の中でも上位という、ルークやレドルノフといった“人の領域”を超えた怪物を除けばこの国で最強の使い手だ。
そして、そんな彼をして対応できない相手が出てくれば、それこそルークやレドルノフなどの常識の埒外の出番という訳である。
てな訳で、リグレット王国王都には不法侵入ではなく、正式な手続きで入ることを強く推奨する。
By.アンリ・クリエイロウ
黒服たちの目には、光がともっていない。
生きる希望をなくし、今にも自殺をしそうな雰囲気だ。
そんな時、ドタバタと誰かが走ってくる音が聞こえてきた。
だが、誰もそちらに目を向けない。
自分たちを捕らえにきた兵士だろうが、たまたま迷い込んだ王都の住人だろうがどうでもいい。
煮るなり焼くなりすきにすればいい。
「おい、みんな!」
聞こえた声に黒服たちはみな目を見開き、向き直る。
向き直った方向には、捕縛されたはずの仲間の一人がいた。
「お前、レーネ・ドラニオルに捕まったはずじゃ」
「んなこたぁ、どうでもいい! みんな聞け!」
男は、一抹のやるせなさを含みながらも嬉しそうに言った。
「六年前、革命が起きた。その革命は成功して、その時の王は死んだ」
あまりのことに、みな呆然とした。
頭を押さえながら、リーダー格の男が訊く。
「え、待ってくれ。つまり、その、あれか? 俺たちの仇は……」
「ああ」
男は、声高だかに叫んだ。
「もう、家族の仇は討たれたんだ!!」
彼らは、八年間も地下に潜っていた。
そんなことをしていれば、当然世情にも疎くなるものだ。
そして、アンリが革命を起こしたのは六年前。
時期が悪く、彼らの家族の仇がすでに死んでいることを知らなかった。
悪く言えば、彼らの努力はまったくの無駄骨だったということだ。
「あれ?」
リーダー格の男は、あることに気づいた。
仇のことは、もういい。
自分たちの手で殺せなかったのは残念だが、結局は『七つの大罪』に委託する予定だったので、そこはどうでもいい。
問題は、自分たちのしたことだ。
さぁ、整理してみよう。
一.王都に不法侵入した。
二.『魔王』ルシファーを呼んだ。
三.彼を解き放ってしまった。
四.悪魔がフェスティバルを開催した。
そのことに気づいた者たちは全員、滝の如く冷や汗を流す。
自分たちは、とんでもないことをしてしまった。
知らぬこととはいえ、恩人にあたる人物に恩を仇で返してしまった。
つまり……
今回の悪魔召喚の儀では……なんの成果も得られませんでしたぁあああ!! ただいたずらに時間を無駄にし、多大な迷惑をかけてしまいましたぁぁああああああ!!
みんな同時に頷いて、リーダー格の男が皆の心を代弁した。
「謝ろう」
許してもらえるかはわからないが、とにかく謝ろうではないか。
黒服たちは確固たる足取りで、王城へと歩き出したのだった。
☆
今回の被害状況を整理してみよう。
軽傷者、二名。
重症者、二名。
死亡者、二名+二羽。
人間と悪魔をあわせて、この人数だ。
奇跡、といっても過言ではないだろう。
これにて、『七つの大罪』に関わる騒ぎはお終い。
死傷者が六人と二羽という、少ない犠牲者で幕を閉じるのであった。
めでたし。めでたし。
ハッピーエンドですけど、なにか?




