進撃のマッチョ
二話目です。
ルークは内心舌打ちした。
(それにしても、また来やがったか。俺が入隊してからもう来なくなったから、諦めたと思ってたんだがな)
彼は、世界最強の剣士『剣神』の弟子だ。
そのお師匠様が、昔なにかしでかしてくれたおかげで、ルークは賞金稼ぎに狙われるようになってしまった。
心当たりはないわけではない。
てか、多すぎた。
心当たりを探している途中で、思考を打ち切った。
賞金稼ぎが来たのなら、また返り討ちにすればいいだけなのだから。
ルークは伸びをした。
そして、ルークがシュスに対して、提案した。
「なんか腹減ったし、飯食いに行かねえか?」
元々、さっきの店では食事をし損ねていた。
だってあの店員さん怖かったんも~ん。
「賛成」
☆
「う~ん、なに頼もうかな」
「コーラやオレンジジュースだったら却下だ」
「なんでだよ~」
「お前、今の自分の貯金を見てみろ」
シュスにそう切り捨てられ、バツの悪そうな顔をする。
そしたらいきなり、さっきいた、店員がめちゃくちゃ怖い店の中から、声が聞こえた。
「お客様、困りますよ。代金を支払っていただかないと」
お客さん、どうやら手持ちがないらしい。
よりによってその店で。……運のない人だ。
「いやいや、そう固いこと言うなよ。そうだツケだ。ツケといてくれ」
その客の声を聞いて、ルークの顔がひきつった。
なにせ、その声には聞き覚えがあったから。
「はぁ……致し方ありませんね」
「ちょっと店員さん? どうしてそんなに大きなハンマーを取り出してるのかな?」
「ああ、じっとしていてください。ご安心を。すぐに痛みもなく耳と腎臓を剥ぎ取って、換金するだけです」
「安心できるか! ちょっと誰か警察呼んで! ここにマ○ィアがいます!」
「大丈夫でちゅよ~、ちゃんと痛みは感じるようになってますちゅよ~」
「いやぁ! 侵されるぅ! 食べられるぅ!」
中からドン、バキ、ドゴなどのより取り見取りの鈍い音がハーモニーを奏でている。
……めんどくさそうな雰囲気になってきた。
「シュス、大急ぎでこの場から離れるぞ」
「了解」
二人は踵を返し、脱兎の如く、その場から急いで離れ……
「この臭い、ルークか」
「シュス、全力で走れ!」
だが、全てが遅かった。
二人が走ろうとする前に、二人の前には一人の大男が立っていた。
(やっぱり)
男を見て、ルークはため息交じりに、そう心の中で呟いた。
その男が、ルークに対して、言った。
「同僚を見捨てるとは、ひどい野郎だ」
☆
大男は、燃えるような赤のオールバックに同色の瞳を持ち、革ジャンにGパンという格好をしていた。
体格は鋼、と評価するのが適当な、鍛え上げられた肉体だ。
ルークが、その大男に話しかける。
「見捨てる? 何言ってんだ? 俺はお前が危機に瀕していたなんて、知らなかったんだが」
「この野郎、あくまですっとぼける腹か」
大男が額に青筋を浮かべるのを尻目に、シュスが、ルークに尋ねる。
「こいつ知り合い?」
「こいつの名前はレドルノフ・フレラ。俺と同じ国の軍人で、階級も俺と同じ中将だ」
「え、お前そんなに偉かったの!?」
ルークとは知り合って間もないから、そんな立場があるとは知らなかった。
レドルノフがルークに訊く。
「ルーク、そのガキ誰だよ? お前まさか、ロリコンに目覚めたのか?」
「死ね!」
ルークは太刀を振るった。
その速度はすさまじく、シュスには見切ることが全くできなかった。
だが、レドルノフはそれにちきんと反応して、全て紙一重で回避をした。
「ほれ、お返しだ」
レドルノフはそう言うと、拳をルークに向かって放つ。
ルークは太刀で拳を滑らせるようにして、受け流した。
さっきの攻防でわかった。
ルークは“人の領域”を超えた達人だ。
そして、このレドルノフという男もまた、その同じ“領域”にいる達人なのだと。
「おい、ルーク、今お前、なにをしてんだ?」
「ああ? わかんねぇのか? 任務だよ。俺としては、お前が何をしてるのか聞きたいくらいだ」
「……飲食代の持ち合わせがねぇから、仕方なく、店員さんに黙って、店を出てきたところだ」
「あはぎゃはっ☆ かつて、オルテピアの英雄と呼ばれてた男が無銭飲食かよ? 堕ちたもんだなぁ、マッチョくぅぅん?」
おい、主人公がしていい笑い方じゃないぞ。
「るせぇ! てめぇこそ、今では人斬りジャックだろうが! 『剣聖』も堕ちたもんだなぁ!?」
子供の口喧嘩だな。
「おいおい、話を逸らすなよ英雄(笑)くぅぅん。今重要なのは、君が無銭飲食を働いたことじゃないのかな? な?」
う、うぜぇ。
「全然重要じゃねぇしー。どうでもいい部類だしー」
「よくないしー。君はさっきの店の店員さん、どうしたのかな? かなかな? あはぎゃはっ☆」
それに彼は顔を伏せ、なにかを押し殺すかのように言った。
それは怒りではない、と願いたい。
「仕方ないから、気絶させたよ。本気で俺を……てめぇ! その言い方、やっぱさっき俺が生命の危機に晒されてたこと知ってやがったか!!」
「そうだよぉ、ムキヒストくぅぅん。俺、実は、腹ん中で大笑いしてもしたよぉ。分かってくれたかなぁ。これだから脳筋は」
レドルノフがため息をついてから、ルークへと問いかけた。
どうやら、話の流れを変えたいらしい。
「ルーク、話を戻すぞ。今お前はなにをしてんだ?」
「だから、任務だよ」
そう言われて、レドルノフはこちらを指差した。
「ならそのガキをどうして旅に同行させてる? 俺たちの攻防を、見ることすら満足にできてなかった。明らかに、足手まといだろ」
どうやら、見ただけでこちらの実力を判断したらしい。
かなりムカつく評価だが、事実なので反論できない。
なにせ、魔法の勉強をしていただけで、戦闘経験など、ルークと初めて会って行動した時以外、全くの皆無なのだから。
レドルノフの質問に、ルークが肩をすくめる。
「こいつは魔法専門だ。体術には期待すんな。こいつは固定砲台なんだよ、アンダスタン?」
「お前、相変わらず、いちいちムカつくな」
そう言って、レドルノフはまた、ため息をついてから、言った。
「それじゃ、その魔法試してみるかな」
刹那、とてつもない殺気がシュスに向かって放たれた。
常人なら、射すくめられてうごけなくなってしまう程だ。
「ッ!」
そして、反射的に魔法陣を描く。
数は全部で十。
全てが火の初級魔法『フレアガン』。
「……フレ……ッ!?」
気づいたら、レドルノフは視界から消えていた。
魔法陣を描いていた、わずかな隙に、視界の外に出たのだろう。
(つっても、せいぜい一~二秒だぞ!? そんな短い時間に視界の外に完全に出るとか、どんだけ速ぇんだ!?)
「馬鹿が! 後ろだ!」
ルークの怒声を聞いて、振り返ろうとしたが、やめた。
殴るか、蹴るかはわからないが、攻撃してきているのは明らかだ。
そして、避けることはできない。
だから、魔法陣を少しだけ描き換えた。
火の玉が魔法陣から飛び出る方向を、前から後ろへと。
ついでに細工も少々。
そして、トンと、足で地面を叩いた。
刹那、十の魔法陣から一つずつ火の玉が後方へと撃ち出された。
通常では、ありえないことだった。
魔法とは、魔法陣を描き、呪文を唱えることで発動できるのだ。
だが、シュスは魔法陣の構成をいじることによって、呪文という手順を、地面を叩くという行為で代用したのだ。
(親父のはもっと凄かったけどな)
シュスの父親は、高名な魔道学者だった。
この魔法発動短縮技術は、その父の研究の一端だ。
正直これで短縮できる時間は、一秒にも満たないだろう。
だが、レドルノフほどの達人相手との闘いでは、それは大きな時間だ。
「へぇ」
振り返って確かめてみると、レドルノフは七~八メートル、距離を取っていた。
彼は、別段驚いたような顔をしていなかった。
イレギュラーな事態が起きているのに、まったく動じていない。
ただ、感心するだけ。
それは強者の余裕か。それとも……
(もっと凄いモンでも見てんのかね)
それにレドルノフは、答えた。
「あいつらを見たら、ンな程度のことで驚く気にはなれねぇな」
「あ~、確かに」
それにシュスは苦笑しつつ、
「お前ら、もっと驚けよな。これ、論文とか出したら魔道学者は卒倒もんなんだぞ?」
「「へ~」」
「うわ、ムカつく~」
そう言って、次の魔法陣を高速で描く。
「いいねぇ、中々面白くなってきやがったぁ」
レドルノフが手で手刀を作って、こちらに向かって、正面から突っ込んでくる。
やはり、速い。
七~八メートルなど、あってないような間合いだ。
だが、レドルノフがシュスの下に到達する前に、魔法陣を描き終えた。
それにレドルノフは愉快そうに笑う。
「馬鹿の一つ覚えで、また『フレアガン』か!?」
(あ、こいつ、魔法陣もロクに読めない馬鹿か……)
恐らく、彼は魔法に疎いのだろう。
今、シュスが展開している魔法陣は、火属性最強の魔法『クリムゾンフォール』。
(つっても、素人目でもわかるくらい、構造違うはずなんだけどなぁ)
この魔法は威力抜群☆
ゴキブリだろうがクマムシだろうが、一発で黒焦げだぁ☆
「死んだら自己責任でよろしく!」
そう叫んで、トン、と地面を叩いた。
レドルノフの頭上に、突然、高熱の炎の塊が現れた。
「ッ!」
レドルノフが、頭上の炎の塊に気づく。
だが、もう遅い。
勝負は、この魔法が発動しているときから決していた。
炎塊が落下してくる速度は、音速とほとんど変わらない。
不可避の攻撃、と称するに相応しいものだろう。
「はっ!」
レドルノフは愉快そうにそう笑ってから、炎にその身を包まれた。
それをシュスは確認して、安堵の息をついたのも、束の間、一つ、忘れていたことがあった。
それは……
熱波が周りにも及ぶこと。
「やば!?」
周りのことが見えてなかったシュスは、対処法を用意していなかった。
「焔ノ太刀」
ルークがそう呟き、太刀を振り下ろした。
刹那、炎は両断されて、鎮火した。
それを確認して、今度こそ安堵の息をついた。
「おいこら、シュス。周りへの配慮がなさすぎだろ」
ルークにそう言われて、何も言えない。
「はは、まあまあ、まだ子供なんだから、大目に見てやれよ」
突然聞こえた声の主は、先程の魔法を直撃したはずの、レドルノフだった。
彼を殺さずにすんだというのは、喜ばしいことだが、シュスには冷や汗が流れる。
「今のを避けたのかよ?」
「ははは、違う違う。そうじゃねぇよ。そういうのは、本気の戦闘の時にやることだろうがよ」
どうやら、レドルノフは音速に近い攻撃を避けられるようだ。
化物だな。
「それじゃあ……」
どうして? と聞こうとして、ルークが遮って、言ってきた。
「符術だよ」
それにレドルノフは、にやりと笑った。
「やっぱ気づいてたか」
「たり前だろ。離れてたトコから見てたんだから、見落とすわきゃねえだろ」
「ははは、ま、そりゃそうか」
置いてかれ気味のシュスが、二人に問う。
「なぁ、符術ってなんだ?」
「ん? まあ簡単に言うとだな……」
「おっと、ルーク、尺がないから、説明は次回だ」
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