帰国
けっこう遅れてしまいました。
ルークたちは夜通し馬車を走らせ続けることによって、国境を越えた翌朝に王都に到着することができた。
馬を預けて、六人は王都の街道を歩いていた。
町はいつも通りにぎわっている。
ミラが顔を輝かせた。
「おぉ、凄くにぎやかだね」
ミラが上機嫌な理由は、町が賑わっているということだけではない。
子供がミラの翼を触っていた。
「この羽カッコいい~」
「これ動くの~?」
「ん? 動くよ」
彼は竜人だから、人に拒まれて生きてきた。
だけど、この国の人間たちは違い、竜人であるミラを拒んだりしなかった。
ミラにとっては初めてであり、とても喜ばしいことだからとても機嫌が良いのだろう。
「なら、動かして~」
「いいよ~」
ミラが子供のオーダーを受けて、翼をはばたかせる。
子供が翼にしがみつく。
ミラは楽しそうに、そのまま翼をはばたかせて子供を振り回す。
ておいおい、あれ下手したら落ちるぞ。
「目が~回るよ~あはは~」
まぁ、楽しそうにしてるからいいかな。
ミラが子供をゆっくりと下ろしてあげる。
「面白かった~」
「そっか~」
子供たちは、屈託のない笑顔で、彼にこう言った。
「うん! ありがとう! お姉ちゃん!」
「………………………………」
ミラの笑顔が、一瞬にして固まった。
子供は屈託のない笑顔をミラに向けている。
何も言わないミラに、子供は首を傾げる。
「…………お姉ちゃん?」
周りの五人は爆笑をこらえるのに必死だ。
ミラの目じりで何かが、キラリと輝いた。
おそらく、涙ではないだろう。
ミラはなんとか笑みを作りながら、子供に言う。
「いや、なんでもないよ。そっか~、楽しかった?」
「うん!」
一点の曇りもない、太陽のような笑顔の子供。
だからこそ、ミラは自分が男だということを言い出しづらい。
「そっか~、それなら私も嬉しいよ」
「ありがとう。ばいば~い」
「ばいば~い」
ミラに別れを告げて、子供は走り去っていった。
それを見送って、ミラは弾かれたようにリースに向き直った。
そして、
「うわぁあああん、リ~ス~」
彼女に泣きついた。
「よしよし、思いきり泣いちゃいなさ~い」
「ふぇええん」
こうして見てみると、リースは母性にあふれていると思う。
レドルノフがリースに言う。
「お~い、とっととアンリの所に行かねぇか?」
ミラの頭を撫でながら、顔だけレドルノフに向ける。
「そうね。早く行って、あいつに空いてる施設を訊かないと」
「「施設?」」
ミラとラルが、そろって首を傾げる。
それにリースは、優しく微笑んだ。
☆
ルークたちはアンリの執務室にたどり着いた。
アンリがこちらに気づく。
「お、帰ってきたか」
「あはは、ただいま~」
「あれ? お前、服変わったな。イメチェンか?」
「いや、ちょっと、戦闘で前の服がボロボロになっちゃたの」
「ごめんなさい」
ラルが本当に申し訳なさそうに、涙目になりながらリースに謝った。
そんな彼の頭を、リースは優しく撫でる。
「いいのよ。気にしてないから」
アンリがラルへと目を向ける。
「ああ、その子がそうなのか?」
「そうよ。ラル、自己紹介しなさい」
ラルがアンリへと向き直って、頭を少し下げた。
「ラル・ネロウリーです」
ラルの自己紹介を受けて、アンリは感心したように頷く。
「おぉ、礼儀正しいな。いや~、誰かさんとは大違いだ」
「それって、誰のことかしら」
「出会いがしらにナイフを投げるのは、礼儀正しいことなのか?」
「革命が礼儀正しいことだとでも?」
二人が自分たちにしかわからない会話をする。
何を言っているんだろう、彼らは。
アンリがミラの存在に気付いた。
「あれ? 竜人もいたのか」
アンリの言葉に、ミラは明るく返した。
「そだよ~、私はミラ・ディストリア。よろしくね~」
「…………おいおい、マジか」
アンリが少し呆然としている。
そんな彼に、リースは微笑む。
「やっぱり、その反応するわよね~。この子、髪の色も似てるし、竜人だしね」
「そうだな」
懐かしそうにするアンリだが、すぐに切り替えて声を明るくした。
「けど、顔がどうしても似てないな。男女逆だし」
「「「「……くくく」」」」
「ミラ、落ち着いて!」
今にも爆発寸前のミラをラルが必死になだめて、他の四人は笑っている。
「?」
アンリは首を傾げる。
そんな彼に、ミラは叫んだ。
「私は男だ!!」
刹那、アンリの世界が止まった。
十数秒も固まり、リースへと向き直る。
「マジで?」
「私も最初は信じられなかったけど、ミラは男よ」
「アンビリバボー」
アンリは驚愕のあまり、キャラ崩壊をしてしまった。
だがすぐに、こちらへ目をギラギラさせながら顔を向けてきた。
刹那、ルークの意識の中で警鐘が鳴る。
なぜなら、こういう時は大抵ロクな目に遭わないから。
アンリが、にやりと笑って言ってきた。
「いや~、でも帰ってきてくれてよかったよ」
「な、なにが」
心なしか、声が震えている。
レドルノフなんか、逃げ出そうとしてアンリの背後から現れたバケツで背中を撃ち抜かれている。
アンリは、にやにや笑いながら、こう言った。
「書類、けっこうたまちゃったんだよ~☆」
「「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」」
「もちろん断ったら、減給しちゃうぞ☆」
「「…………」」
アンリの横暴に対する反抗として、二人は黙秘権を最大限に行使した。
「おい、答えろ。手伝うのか、路上で野たれ死ぬのか」
なんということでしょう!
なんとこいつは、仕事を手伝わなかったら餓死させるつもりのようです!
要は、給料ゼロと言うことなのでしょう!
「「……………………」」
二人は押し黙る。
喋った先には、死以外の道はない。
「…………三十パーカットな」
「「いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」
どうやら、二人には黙秘権すら与えられてないらしい。
「さぁ、手伝うというのだ。三秒間待ってやる」
「「短っ! ム○カでも三分は待つのに!」」
「さらに減給☆」
「「わかりました! 手伝わせていただきます!」」
アンリの横暴を見て、ミラとラルはドン引きしている。
リースが呆れ顔になりながらアンリに訊く。
「アンリ、まだ空きの施設はある?」
それにアンリは即答した。
「ああ、あまり余裕はないが、二人くらいなら大丈夫だろ」
ラルがリースの腕を引っ張る。
「リース、施設って何?」
「ラルみたいな、人体実験の被験者が暮らすための孤児院のようなものよ。ラルとミラには、そこに行って里親が見つかるか、独り立ちできる年齢になるまでのお家」
「え」
ラルが驚いたように、声を上げた。
そして、すぐにかぶりを振って彼女の手を握った。
「いやだ。一緒にいたい」
刹那、アンリとリースの全身から、冷や汗が噴き出した。
アンリが、この世の終わりのような声で、彼女に訊く。
「お前、またなのか。また、あの時の悲劇を繰り返したのか」
「だ、だって、子供に厳しくするなんて、私には無理」
聞いたことがある。
昔、リースが人体実験被験者の子供たちを保護したら、なんとその子供たちが全員彼女になついてしまった。
そして、元帥も含めて三人で仲良く頭を悩ませたそうだ。
なんとか子供たちを説得することはできたそうだが、そのために一ヶ月ものを期間を要したという。
リースがラルへと向き直る。
「えぇと、ね、ラル。私といたって、良いことなんてないわよ?」
「それでもいい。一緒にいたい」
「それに、知ってるでしょ? 私のやってること。私はいつ死んだっておかしくない、明日ともしれない命なのよ」
リースが説得するが、ラルは動かない。
涙目になって、上遣いで彼女を見続ける。
本人は無意識でやっているのだろうが、リースの数少ない弱点をついている。
彼女は、子供に甘いのだ。
「いやだ。捨てないで」
「えぇ~」
ラルにしてみたら、施設に預けることは捨てることと同義らしい。
「ん~」
心底困り果てた顔で、アンリに助けを求める。
それにアンリは、
「セルフサービスでお願いしま~す」
彼女を見捨てるという行為に出た。
それにリースは歯ぎしりをする。
「リース……」
ラルが震えながら、リースの腰辺りに抱き着く。
それを見てリースは、かつての自分の姿を重ねた。
「もう」
頼れる人がいなくて、どうすればいいかわからなかった、あの頃の自分。
リースはため息をついた。
「今度は私がやる番なのかもしれないわね」
自分がかつて救われたように、今度は自分が誰かを助ける番なのかもしれない。
ラルの頭を撫でながら、呟く。
「私、あいつの真似してばっか」
先行き不安だ。
ちゃんと自分に務まるかわからない。
アンリへと顔を向ける。
「アンリ、この子が独り立ちできるまでの間、私が面倒見る」
「え、お前本気か?」
「仕方ないでしょ。このままだと、この子泣いちゃいそうだし」
「お前、相変わらずガキに甘いな」
「かもね~」
そう言って、抱きついて離れないラルを見る。
「ああ、はいはい、泣かないの。男の子でしょう」
「う、うっ」
撫でるのをやめて頬を軽く引っ張る。
「ふぇ?」
「仕方ないから、もうしばらく一緒にいてあげるわよ」
「本当?」
「ええ」
ラルが顔を輝かせた。
そしていきなり、後ろから肩を叩かれた。
振り返ると、そこにはミラがいた。
彼は屈託のない笑顔のまま、言ってきた。
「ラルだけ引き取って、私は施設送りなんてこと、しないよね?」
それにリースは、もう何度目かわからないため息をついた。
「お、なんだ。リース、帰ってきてたのか」
突然、執務室に今の面子のものではない男の声が響いた。
シュス、ミラ、ラルの三人が姿なき声の主を探す。
だが、日常茶飯事登録が済んでいるルーク、レドルノフ、アンリ、リースは気にしない。
リースが声に向かって、言葉を返す。
「ケイト、まだあんたのこと知らない子がいるんだから、幽霊モードやめなさいよ」
「お前さ~、ぶっ殺すぞ」
刹那、部屋の中心に一人の男が現れた。
緑の髪に淡い赤がかかった瞳の、黒を基調とした軍服を身に纏った男。
この国の軍部の元帥、ケイト・シャンブラー。
「出た、幽霊元帥」
「ルーク、てめぇもぶっ殺すぞ?」
こいつは姿を幽霊みたいに現れたり消えたりできるから、幽霊元帥と呼ばれている。
「ケイト、お帰り~」
「そういう言葉をかける時くらい書類から目を離せ、仕事中毒」
「もう子供たちは送ってきたのか?」
「ああ、全員送ってきたよ」
どうやら彼は、人体実験被験者の保護のために国を出ていたらしい。
ご苦労なこった。
アンリは話を切り上げて、こちらへと向き直ってきた。
「さぁ、仕事の時間だ‼」
「「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」」
ルークとレドルノフは踵を返して、脱兎の如く、
「逃がすか馬鹿が」
バケツ射撃によって転倒、漆黒の鎖によって捕獲された。
あっという間に捕まってしまった。
やはり、アンリやリースは規格外すぎる。
今のルークとレドルノフでは、逆立ちしようが天地がひっくり返ろうが絶対に勝てない。
「さぁ、書類の山を登ろうではないか!」
両手を広げて高らかに叫ぶ。
そんな彼に、ケイトはため息をついた。
「お前、昔からだが、仕事しすぎだぞ。少しは休め」
「安心しろ。睡眠はちゃんと取ってる」
ケイトとリースがうさん臭そうな目を向けたのは、決して気のせいではないだろう。
「…………どれくらい?」
「一日五分」
人はそれを睡眠とは言わないだろう。
ケイトはにっこり笑った。
その笑顔のまま、リースへと向き直る。
「リース、手伝え。この馬鹿を寝かせる」
「オッケー」
よっしゃいいぞ!
これなら、書類仕事から逃げられるかもしれない。
頑張れ、山姥と幽霊。
だが、魑魅魍魎が迫っても、アンリは余裕の態度を崩さない。
「おいおい、馬鹿どもが。そんなことができると思ってんのか?」
「「ああ?」」
二人の威圧的な言葉を無視して、アンリはまずラルへと話しかける。
「ラル君、リースに思いきり抱き着いといてくれ」
「え、あ、はい」
よくわからないまま、ラルはリースの腰に抱き着いた。
指示通り、ラルは全力で抱き着いている。
あれでは、リースも簡単には引きはがせない。
子供には全力出せないから。
「アンリ、この卑怯者!」
「ふはは、勝てばよかろうなのだ」
リースは使い物にならないだろう。
だがまだ、幽霊がいるから大丈夫!
「ケイト、これ、何かわかるか?」
だが、暴君は止まらない。
引き出しから、タッパを引っ張り出した。
「あ? 知るかよ」
「この世界は、全てが嘘だ! 嘘だらけだ! だからよ、俺が見せてやるよ! 絶望ってなの真実をな!!」
アンリがタッパを開けた。
その中に入っていたのは、
おでんだった。
「「「「「………………………………(←どうリアクションしていいのかわからない顔)」」」」」
だが、ケイトは違った。
吐き気でもするのか、口を押えていた。
「お前、なんてモンを持ち出してきやがる」
「ほれほれ」
アンリが一歩一歩接近するたびに、ケイトは後退する。
「やめろ……やめろ……」
アンリは、にやにやと笑う。
そして、彼は言った。
「だし汁ブッシャ―!!」
「嫌ァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
ケイトは執務室から逃げ出した。
なんとアンリは、山姥と幽霊を撃破してしまった。
そして彼は、こちらに向き直り、言った。
「お待たせ、ダーリン♪」
「「ああァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」」
こんかいでちゃんと元帥だせたな~
リグレット王国には、まだまだいろんな人がいるよ