ジュブの素人(しろうと)
「ランとアラシで神隠し」第10話執筆途中、この小説はSFだけどジュブナイルとして読んでいただければ云々って書いているが、「ジュブナイルってなんだ?」と疑問にかられてしまい・・それを短編にしちゃいました。連載更新までの間つなぎとしてご笑味いただければ幸いです。
「先生にぜひ少年文庫の方で執筆をお願いしたいんですよ」
アヤナミ書店の編集担当がそう言った。
「俺は純文学しかやらんと言っているだろ」
「いや、そこを曲げてなんとか。先生の純文学のエッセンスをジュブナイル小説の世界で輝かせていただきたい、是非お願いしたい、とまあそういう次第でして。うちの書店もいっぱいいっぱいなんすよ」
確かに俺の小説は出すたびに返本の山だと聞いている。
「なんと言っても先生は毎年文学賞にノミネートされるうちの看板作家なんですから」
「言っていることとやろうとしてることが違わないか?」
「あ、いや、だから、うちの看板であればこそ若い読者層に先生の純文学のなんたるかをしっかりと知らしめ、文学復興を果たしていただきたい、とまあそういうことでして」
ソファから身を乗り出し、両膝の間に両手を挟み込んでバツが悪そうにモジモジしてやがる。
「要するにだ、俺の書いたもんは単行本では売れないからアヤナミ書店の文庫枠で出させて欲しい、そういうことだな?」
「いや、ま、その、うちも出版業界デフレの荒波に揉まれておりまして、経費もギリギリ、契約スタッフも切り詰め、やれることは皆やってしまった訳でして・・もう残る手だては、はあ、売れない・・」
「売れない?いまそう言ったか?」
「あ、いや、う・・うらない、そう占いの様なお手軽な出版物であればよいのですが、純文学となりますとなかなかヒットも望めず・・」
「まあ、ここ数年ヒットして来なかったことくらいは俺も分かっている」
「・・ここ数年というか先生の場合、処女作からずっとというか」
「失敬な奴だな。読者は首を長くして待っているのだ、俺の文学を」
「・・欲しい人に手を挙げてもらって原稿をコピーして配った方が早いっていうんですよ」
「何をブツブツ言っておるのだ。独り言が聞こえとるぞ。しかし、なぜアヤナミ文庫ではなくアヤナミ少年文庫なんだ?」
「・・少ないロットで出版しロングテールに書店に出しておけるから、あれ?・・思わず本音を・・いや、そうではなく先生のお力で青少年に文学の素晴らしさを教えひろ・・」
「分かった分かった。オマエの出版社の考えはよっく理解できた」
「では?快くお引き受けをいただけるということで?」
「俺はプロの作家だ。これでメシを食ってきたんだ。ジュブナイルだろうが何だろうが、世の中をあっと言わす様な作品書いてやる。後で吠え面かくな!」
俺は腕組みしながら大見得を切った。
とは言ったものの、俺は少年向け小説、ジュブナイルなるものをよく知らないのだ。まさにジュブの素人なのだ。編集担当が帰った後、俺はとりあえず書店に行ってみることにした。
「アヤナミ少年文庫っと・・ありゃ、これは・・」
絵本・児童書、子育て書籍関係のコーナーの奥にそれはあった。これまで縁がなかったはずだ、恥ずかしくてこんな一角近寄った試しがない。
俺が少年文庫の書棚を前にして思案していると、胡散臭そうな目で子供連れの若い女がジロジロ見ていきやがる。俺みたいなバリバリの文学作家がこんな場違いなコーナーにいて悪かったな!
心の中で悪態吐いても仕方ない。俺は背表紙をザッと眺めながら聞いたことがありそうな小説があるか探してみた。
「お?宝島か、これは知ってるぞ。青い鳥、メーテルリンクだったな。足ながおじさん、オズの魔法使い、へえ・・ベルヌの海底二万里もそうか。不思議な国のアリス、メアリーポピンズ、ナルニア国物語、ガリバー旅行記、ディケンズのクリスマスキャロルにデュマの岩窟王か。太宰の走れメロス、なに?芥川の羅生門もあるじゃないか!ビクトル・ユーゴーのレミゼラブル、マーク・トウェインのトムソーヤの冒険、ふむ。大体分かったぞ。要するにハリウッド映画の原作じゃないか!なんだそういうことか。要は毛唐が喜ぶ映画になりそうな話を書きゃあいいんだな。いまやってるのってえと・・」
ヒントを得た俺は早速映画を観ることにした。俺は久しぶりに娯楽超大作なるものを観た。
「あれはホントに実写か?あんなにでけえ、それも全身青い人間、いってえどうやって撮ったんだ?メガネは鬱陶しかったが、目の前に飛び出してきたのにはびっくりしたぜ」
俺はハリウッドに圧倒されてしまった。
気を取り直して図書館からアヤナミ少年文庫を数冊借りてきて読むことにした。
数時間後、俺は何十年振りか胸の芯のところが熱くなり、不覚にも目にゴミが入ってしまった。
「こうして読んでみると・・満更捨てたもんじゃないじゃないか、ジュブも」
俺は小説家だ。他人の書いたもんを読めば構造なんか直ぐに理解できちまう。そこで早速要素を書き出してみることにした。
「ふうむ・・要するにだ。ジュブってえ奴は、少年少女が主人公、舞台設定にファンタジーを絡ませる、なんかを見つけだす筋立て、この三要素があればいいってえ訳だな」
俺は早速プロットを書き始めた。なんだかいつもより興が乗ってきて、つりつりと万年筆が走った。なんと一晩で一本書き上げしまった。
翌日、担当を呼びつけた。
「・・先生の御作確かに読了させていただきました。ううん・・小説としては確かに完結しているのですがあ・・うちの少年文庫のラインナップとしては・・いかがなものかと」
「なんだ?つまらなかったか?面白くなかったのか?」
「いや!決してそのような・・私個人としましても十分楽しく読ませて頂いた次第です、はい」
「じゃあ、何が不満なんだ?言ってみろ」
「あの・・先生は、どの様な点に注目されてお書きになったのでしょうか?」
「俺もジュブを幾つか読んでみた。で、俺なりに分かった要素としてだ、一つ目は少年少女が主役」
「・・だからって、少年が少女になるのが主役というのでは・・あまりに短絡的でして・・」
「一石二鳥のいいアイデアだと思ったんだが、いかんかったか?まあいい。でだ、二つ目の要素は舞台がファンタジー」
「・・だからって、先生の文学路線そのままに、人の精神の深淵におけるアガペーとエロス、アートマンとブラフマンの世界が舞台というのは・・」
「相当ファンタジーだろ?で最後の要素が、なんかを見つけだす筋立てだ」
「・・だからって、真理の発見、言い換えると悟りを開くというのは・・」
やっぱり俺はジュブの素人だった。
地口落ちですみません。