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暗黒童話  作者: 黒和桜
4/9

日だまりの家

 カタン



 ガチャリ…



 今日もこの時間がやってきた。

 

 時計は午後六時を指している。



 ~~♪~~♪



 聞こえてきたのは鼻歌。


 母の大好きな曲だ


 「美香ちゃん、ただいまぁ♪」


 キッチンの扉を開けたのは母だった。


 機嫌が良いのかニコニコしながら私に抱きついてくる。


 でも私は口が聞けないのでにこりと微笑むしか出来ない。


 「今日ね、またお友達が来るの!お母さんのお料理気に入ってくれたんですって!」


 まるで子どものように喜ぶ母。


 母は料理が大好きで


 いつもオリジナルの料理を作っては


 ご近所や友達にご馳走をしていた。


 随分と評判も良く、料理教室を自分で開くくらいだった。


 新鮮な肉、魚、野菜


 毎日美味しい料理を作ってくれて


 学校の友達にも評判の良い母は私の自慢なの。


 でも…一週間程前からスランプに陥ったみたいで…。


 新しい料理を作っても思うように味が調わないらしい。






 その時に



 もう



 私の運命は



 決まっていたのかな…






 数日前-----



 「お母さん、元気出して?」


 スランプ中で気が滅入っている母は私の言葉にも反応を見せなかった。


 だけど次の日。


 「美香ちゃん!新しい料理を思いついたの!今回は絶対に上手くいくわ!」



 学校から帰ると速攻で飛びついてきた母。


 それはとても嬉しそうな表情で。


 私も内心ホッとしていた。


 「そう、良かったね!早く作ろ? 私も手伝うからさ」


 「ありがとう美香ちゃん♪…それじゃあ材料を揃えなきゃね」




 ガツン




 音がした。



 同時に目の前が暗くなる。


 私はその場に倒れてしまった。





 何時間経ったのだろうか?


 もしかしたら


 そんなに時間は経っていないのかもしれない。


 暗闇から覚め


 気が付くと激しい頭痛に襲われた。


 「ッ…」

 

 反射的に頭に手を伸ばす。


 が、それは固い手錠で阻止されてしまった。



 あ、れ?私なんで…



 鏡があった。


 目の前に。


 映った私の姿は血に染まり


 両手を固定されて天井から吊されていた。



 訳が分からない…なんでこんな…



 「お母さん!お母さん!助けて!」

 

 言い知れない恐怖が私を襲う。


 「お母さん!!お母さん!!」



 ガチャリ…。



 扉の開く音。


 反射的にビクッと身体が震えながらも恐る恐るドアを見る。


 そこには母の姿。


 私を見ても驚いた様子は全くない。


 いや、正確言えば嬉しそうに微笑むいつもの母の表情。


 そして


 私は見てしまった。


 その手に鈍く光を放っているモノに…。


 「お、かあさ…ん…な、に?」


 不意に私に歩み寄った母。


 目の前に飛び散る鮮血


 腕に激痛が走った。



 「ァ゛、あ゛ぁああ…ア゛ー!!!!」



 やめて…やめてお母さん!



 言葉は痛みで阻止される。


 母は満面の笑みを浮かべていた。


 何度も何度も大きな包丁が私の腕に刺さる。

 

 お肉屋さんでいつか見た


 鶏を叩いて切るあの包丁が。


 最後に母は思いっきり包丁を振り上げた。








 ぼとり



 腕が私の身体からさよならした音。





 目の前が真っ暗になった。





 いい香りが鼻先を掠める。


 私はゆっくり目を開けた。


 母は私の肉で料理を作っていた。 久しぶりに見た母の生き生きとした横顔。



 なんでかな…


 痛いとか


 酷いとか


 そんな感情より


 ホッとした。



 その日の夕食


 母の友達がきて料理を絶賛して帰っていった。


 母は嬉しそうに私の頭を撫でてくれる。


 そして言った。



 「美香ちゃん、明日はどこにしようか♪」




 * * * *


 小さい頃、水たまりで遊ぶのが大好きだった。


 長靴を履いて


 雨でもないのにお気に入りの傘をさして。


 水たまりで遊んでるとお母さんが迎えに来てくれた。


 「美香ちゃん帰ろっか♪」


 お気に入りの長靴と


 お気に入りの傘と


 大好きな母と手を繋いで帰るのが大好きだった。



 でも今は違う。



 私の周りには



 真っ赤な



 真っ赤な



 水たまり。



 次の夕食に舌を切られた。


 次に足。次に耳。


 不思議だね…切られても切られても


 全然痛くないの。


 それよりね


 お友達が私を食べて美味しいわって言うと


 凄く嬉しそうなお母さんの笑顔を見ると私も嬉しくなるわ。


 でも…やっぱり



 お母さんに切られると心がとっても痛い。



 そして今日。


 多分これで最後…


 今日はどこから切られるんだろう。


 今日はどんな料理になるのかな。



 料理の下準備をしているのだろう。


 母は鼻歌を歌いながら野菜を切っている。


 野菜の次はお肉


 私の番。


 くるりと母が私を見た。


 「今日で最後ね美香ちゃん…美味しく食べてあげる♪」


 にこにこしながら頭を撫でてくれる母。


 「あら…やっぱり切り口のところちょっと腐ってるわねぇ…まぁ仕方ないわ。初日に死んじゃったんですもの。でも大丈夫。お母さんが美味しく料理してあげる!ゆっくりおやすみなさい美香ちゃん…」



 最後に見たのは


 母と母のお友達。


 みんなで私を囲んで


 私を美味しそうに食べるの。


 残さず食べてくれたら嬉しいな。










 大きなお皿の中



 スープに漂う少女の顔。



 その表情はとても安らかで



 自らの母の顔をもう一度だけ見ると



 ゆっくりとその瞳を閉じて



 スープの中に沈んでいった。


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