黒い羽根
これでもう何人目になるだろう…。
きっと100は超えている筈だ。
今日もまた女性が一人殺された。
私の目の前で。
たった今、人間が出す声とも思えない程の断末魔が途絶えた。
犯人はいつものように肉塊と化したソレを倉庫の部屋に持って行く。
部屋のドアを開ければ強烈な腐臭が漂い、私はその場で嘔吐した。
犯人は私には気が付いてはいない。
そっと尾行して隠れ
助けるチャンスを待っている。
でもいつも失敗に終わってしまうのだ。
犯人には隙がない。
下手に動けば私も殺されてしまう。
情けない話だが怖くてその場を動けない自分がいる
最低だ…
警察に言ったかだって?
勿論だとも。
でも彼等は私の事を頭のイカレた奴だと思うのか
全く取り合ってはくれない。
私が初めて殺人現場を目撃したのは約1ヶ月前。
夜、散歩をしていたら女性が襲われていた。
頭を鈍器で殴りつけ、そのまま倉庫に連れて行き解体作業を始める。
飛び散る血
赤黒く染まる犯人
断末魔
肉塊と化す女性
まさに地獄絵そのものだ。
臆病な私はその場から動くことも助けることも逃げることも出来ない。
気絶をしていた。
次の日警察に行った。
気が動転して叫ぶしかない自分。
『大変だ!女性がっ、女性が殺された!
男が…女性をバラバラにしてっ!』
力いっぱい叫ぶ。
でも警察は全く相手にしてくれない。
それどころか頭が狂っている奴と勘違いされ煩いと追い出されてしまった。
こうなったら証拠を見付けるしかない。
そうしたら警察だって動いてくれる。
そう思った。
だからずっと犯人の行動を見ている。
ただ動けない。
自分が歯がゆかった。
女性が殺されて次の日
いつものように犯人を着ける。
証拠を押さえようと
次は絶対に殺させはしないと。
自分に言い聞かせ決心して。
この日は珍しく曇っていた。
雨が降りそうなせいか
あまり人は出回ってはいない。
次なる獲物を探すため犯人は人気の多い大通りに出て
カフェで珈琲を飲みながら辺りを見回していた。
私も犯人に気付かれない様、距離を置きじっと男を見つめる。
その時だ
男の目が一人の少女に止まった。
次の犠牲者。
私もその少女に目を向けた。
その瞬間
私は少女に見とれてしまった。
長く美しい金色の髪
蒼空の様に美しい青い瞳
まるでおとぎ話に出てくるお姫様のようだ。
私は初めて恋をした。
少女はウサギのぬいぐるみを持ち一人で歩いていた。
周りに親や友達の気配はない。
男は立ち上がり少女の後ろを着ける。
その後ろを私が着けていった。
少女はフラフラと歩くだけ。
目的地などないように見える。
迫り来る時間
男が少女を襲うなら人気の少ない夜だ。
頼むから…家でもどこでもいい
どこか安全な場所へ行ってくれっ!
今の私の願いはそれだけだ。
肉塊と化し
人間の原形すら留めていない。
殺されればゴミのように腐臭の漂う部屋に積み上げられ
誰が誰かなんて分からない。
そんな地獄に少女を連れて行かせるわけにはいかないのだ。
でも私の願いも虚しく
時間は経つばかり。
辺りは暗くなり
少女は人気のない海へと歩いて行く。
犯人にとっては絶好のチャンスだろう。
薄い笑みを浮かべてポケットから折りたたみナイフを取り出した。
じっと海を見つめ動かない少女。
今にも飛びかかりそうな男
身構える私。
少女がその場に座った。
男は今だと素早く走り少女にナイフを振りかざす。
私も走った。
恐怖はない。ただ少女を助けたいが一心。
そして叫ぶ。
『危ない!逃げろ!』
振り返る少女。
逃げる隙などなかった。
既にナイフは少女目掛けて振り下ろされている。
私は一心不乱に走り少女と男の間に割って入った。
グサリ
胸を
肉を
突き破るナイフの音。
私は暴れて男の片目を突き、くり貫いた。
「ギャッ!」
片目を押さえその場から逃げる犯人。
私は少女を見た。
驚いてはいたが怪我はないようだ。
私は安心して微笑んだ。
闇が私を覆う。
きっとナイフが心臓に達しているのだろう。
最期に見たのは黒い羽根。
闇と同じその羽根は
私を包むかのように舞い落ちて
深い永遠の眠りへと誘った。