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6/6

アカシック6

  銀河連合軍再編



日常回


――戦争が終わった直後の、妙にうるさい日々


旗艦リンドウの日常は、

戦争が終わったその瞬間から騒がしくなる。


静かになると思った者から、

順番に間違えていく。



廊下では修復班が全力疾走していた。


「どいてくださーい!」

「パネル交換!通路優先!」

「誰だこの配線噛ませたの!」


戦闘で焼けた装甲の匂いと、

新品の金属の匂いが混ざり合う。


食堂では――


「配給、また合成タンパクかよ!」

「文句言うな!今日は味が“番号付き”だぞ!」

「番号付きって何だ!」


平和の証拠のような喧騒だった。



その真ん中を、

カイがコーヒー片手に歩いている。


湯気。

疲労。

そして――


肩章。


本人がまだ見慣れていない、

新しい階級章。


カイ

「……重い」


物理的じゃない。


“視線”が。


その背後から、

わざとらしく伸びた声。


スカイ

「准将殿~~~?」


カイ

「やめろ!!

 その呼び方やめろ!!」


振り向くと、

満面の笑みのスカイ。


スカイ

「いやー、慣れって大事ですよ准将殿」


カイ

「まだ慣れてないんだよ!

 昨日まで普通に呼び捨てだったろ!」


スカイ

「じゃあ“元カイさん”?」


カイ

「余計ややこしいわ!!」



近くで、

近衛4人衆が揃ってその様子を見ている。


ミレイは腕を組み、

レグナは口元を隠し、

ユグナは記録端末を閉じ、

最後の一人は――完全に肩を震わせている。


ミレイ

「……見事に弄られているわね」


レグナ

「でも、あの人」


ユグナ

「ええ」


四人の視線が、

一瞬だけ過去を見る。



――数日前。


昇格発表の場。


エリシアの名が呼ばれ、

スカイの名が呼ばれ。


拍手。


その横で。


カイは、

呼ばれなかった。


その瞬間。


彼は何も言わなかった。

笑いもしなかった。


ただ。


(……あ、俺、入ってない)


その“分かってしまった顔”を、

近衛4人衆は最初から最後まで見ていた。


レグナ

(あれは……効いてた)


ユグナ

(深く)


ミレイ

(相当)


あの時のカイは、

戦場より静かだった。



そして今。


スカイ

「いやー、でも本当」


「昇格って怖いですねぇ」


カイ

「どの口で言ってんだお前」


スカイ

「部下が増えるとですね」


ニヤリ。


「胃も増えるんですよ」


カイ

「……それ、笑い話じゃないだろ」


スカイ

「ええ、実話です」


二人のやり取りに、

近衛4人衆がついに耐えきれなくなる。


ミレイ

「ふふ」


レグナ

「……ニヤニヤしてる」


ユグナ

「ええ、完全に」



そこへ、

少し離れた位置からエリシアが足を止める。


直接は近づかない。

指揮官の距離。


だが、視線は確実に二人に向いている。


カイが、

コーヒーを一口飲んでぼそっと言う。


カイ

「……正直さ」


「呼ばれなかった時、

 結構きた」


スカイ

「でしょうね」


即答。


スカイ

「顔に出てました」


カイ

「出すなよ!」


スカイ

「いやもう」


「“あ、俺だけ違う世界線?”

 みたいな顔」


カイ

「言語化するな!!」



そのやり取りを聞いて、

エリシアが小さく息を吐く。


(……ちゃんと、戻ってきてる)


戦場で削れた何かが、

確実に日常に戻っている。


それが、

何よりだった。



カイがふと立ち止まり、

エリシアの方を見る。


目が合う。


一瞬。


カイ

「……見てました?」


エリシア

「ええ」


間。


「最初から最後まで」


カイ

「……ですよね」


苦笑。


スカイ

「いやー、近衛の皆さんもですよ」


四人、視線を逸らす。


レグナ

「……業務です」


ユグナ

「記録対象でした」


ミレイ

「嘘」



その空気に、

カイがふっと笑う。


カイ

「……まあ」


「落ち込んだ分、

 今はちょっと楽しい」


スカイ

「でしょ?」


「だから言ったじゃないですか」


ニヤニヤ


「准将殿は、

 こうやって弄られてるくらいが

 一番生きてるって」


カイ

「褒めてないだろそれ!」



エリシアは、

その光景をしばらく眺めてから、

静かに背を向けた。


戦争は終わった。


だが――


この艦は、

ちゃんと人が生きている。


笑って、

文句を言って、

ニヤニヤして。


それが続く限り。


きっと、

次も乗り越えられる。



そして今日も。


旗艦リンドウは、

妙にうるさい。


それが、

平和の音だった。


模擬戦


――エリシア旗艦・カイ小隊 vs スカイ小隊


訓練宙域・実戦式演習


訓練宙域は、実戦と同じ条件に設定されていた。

通信遅延、模擬被弾判定、推進制限、火器制御ラグ。


「訓練だから」は、存在しない。



模擬戦開始。


合図と同時に、

スカイ小隊が“爆発”した。


展開が速い。

一瞬で速度差が生まれ、編隊が面になる。


主力迎撃機《ヴァルハラMk-III》×6機。

全機が独立推進を開始。


スカイ

「間を詰めるな、食い散らかせ!」


部下

「了解!」



ヴァルハラ隊は、

直進しない。


蛇行、反転、急制動。

推進噴射を細かく刻み、被弾前提の粘着航路を描く。


目標は撃墜ではない。


・姿勢制御

・推進制御

・回避選択肢


それらを削る。


ヴァルハラ01

「距離8,200! 擬似弾、推進系へ!」


模擬高密度粒子弾が、

カイ小隊前衛機の噴射軸を“かすめる”。


被弾判定:軽微。

だが、姿勢制御補正が一瞬遅れる。



同時に。


制圧支援機アウローラ×2機が後方に展開。


アウローラ

「電子攪乱開始。火器リンク遮断、第一波」


模擬ECMが宙域に広がる。


・火器管制リンク:不安定

・レイダー更新:0.6秒遅延

・味方被弾警告:断続的


スカイ小隊は、

完全に攻めの構えだった。



一方――

カイ小隊。


動かない。


カイ

「慌てるな。陣形は保て」


主力迎撃機×同数。

だが、展開は一点集中。


背後には、

観測・誘導機オルフェウス×1。


オルフェウス

「敵再編予測、次の侵入角――左斜め上、7秒後」


カイ

「全機、対応角度維持。待て」



ヴァルハラ隊が、

一斉に間合いを詰める。


距離:

5,000 → 3,800 → 2,900


完全な接近戦。


スカイ

「今だ、押し込め!」


ヴァルハラ隊が、

模擬機銃と粒子弾をばら撒く。


弾幕。

圧力。



その瞬間。


カイ

「――今だ。網を張れ」


全機が、

事前に計算された位置で同時回頭。


オルフェウス

「被弾確率共有、投影!」


火線が交差する。


これは撃ち合いではない。

封鎖だ。



中距離制圧用の

模擬拡散ビームが発射される。


武装:

・広域制圧ビーム(模擬)

・姿勢制御阻害波(低出力)


目的は撃墜ではない。


「逃げ場を消す」こと。


ヴァルハラ03

「くっ……軸を持っていかれた!」


被弾判定:

姿勢制御喪失 → 撃破判定



だが、スカイは止まらない。


スカイ

「分断されたら、中を突け!」


ヴァルハラ04・05が、

無理な加速で突破を試みる。


距離:1,800


近すぎる。


カイ

「副武装、使用許可」


使用武装:

・近接指向性パルス(模擬)


放たれた瞬間。


ヴァルハラ04

「……被弾、制御不能!」


ヴァルハラ05

「同時ヒット! 撃破!」



スカイ

「……やるな」


だが、

アウローラがまだ生きている。


アウローラ

「レイダー更新遮断、最大!」


一瞬、

カイ小隊の視界が歪む。


その隙に、

ヴァルハラ02が背後へ。


距離:900


模擬高出力粒子弾、発射。


だが――


オルフェウス

「被弾予測、共有!」


カイ

「回避、0.3秒!」


ぎりぎり。


粒子弾はかすめるだけ。


直後。


カイ

「主武装、集中」


使用武装:

・収束ビーム(模擬・撃破判定あり)


ヴァルハラ02

「……被弾、撃破!」



残るは、

ヴァルハラ01とアウローラ2機。


スカイ

「最後まで行くぞ!」


アウローラが、

強制リンクでヴァルハラ01を支援。


だが。


カイ

「電子戦機、先に落とす」


オルフェウスが誘導。


中距離制圧ビーム、

角度を変えて発射。


アウローラ01

「……遮断不能! 被弾!」


撃破判定。


アウローラ02も、

直後に姿勢制御を失う。



最後。


ヴァルハラ01。


距離:1,200


スカイ

「……っ」


カイ

「終わりだ」


使用武装:

・近接指向性パルス

・追撃粒子弾(模擬)


二重ヒット。


ヴァルハラ01

「被弾……撃破」



全機撃破。


模擬戦、終了。



宙域に、

静寂が戻る。


スカイ

「……完敗だな」


カイ

「突破力は凄まじい」


「だが――」


一拍。


「制御を崩した瞬間、終わる」


スカイ

「だから面白い」


それが、

何よりの戦果だった。


再戦


――スカイが“本気になる”瞬間


訓練宙域は、同じだった。


だが、空気が違う。


模擬戦の再設定が完了したとき、

司令席のエリシアは一つだけ条件を追加した。


「制限解除。

生還条件は“意識喪失判定”まで許可」


それは、

実戦一歩手前の設定だった。



スカイは、通信を切らずに言った。


「……さっきは、戦い方を試した」


一拍。


「次は――勝ちに行く」


声は、低い。


部下たちが、即座に理解した。


誰も返事をしない。

だが、全機の推進出力が、同時に一段上がる。



配置変更


スカイ小隊(再戦構成)


・主力迎撃機《ヴァルハラMk-III》×5

 → 1機減

制圧支援機アウローラ×2

・観測・誘導機オルフェウス×1(奪取目標)


スカイ

「今回は“面”で行かない」


「刃で行く」



一方、カイ。


再戦開始前、

ほんの一瞬だけ考えた。


(……来るな)


(これは、突破じゃない)


(狩りだ)


カイ

「全機、近接戦想定。

 オルフェウス、防御優先」


オルフェウス

「了解。回避優先度、最大」



再戦開始


開始と同時に、

スカイ小隊は消えた。


散開ではない。

加速でもない。


レイダー上から、

消失。


アウローラ

「電子攪乱、最大。

 観測ノイズ、三層展開」


レイダー画面が、

“荒れる”。


カイ

「……映らないな」


スカイ

「映さない」



奇襲 ――“縦”


ヴァルハラ01〜03が、

上方向から落ちてくる。


通常の戦術では選ばない角度。


重力補正を切り、

推進を“下”へ叩きつける。


距離:

6,000 → 3,200 → 1,900


速すぎる。


カイ

「前衛、迎撃!」


間に合わない。



その瞬間。


ヴァルハラ04・05が、

背後から出現。


アウローラが作った

“観測の穴”を抜けていた。


スカイ

「オルフェウス、狙え」


ヴァルハラ04

「了解。近接パルス、発射!」


距離:700


直撃。


オルフェウス

「……被弾。

 観測機能、低下」


完全撃破ではない。

だが、眼が曇る。



乱戦


ここからは、

完全な近接戦。


距離:

1,200 → 800 → 400


回避も、陣形も、

ほぼ意味を失う。


ヴァルハラが、

“機体そのもの”で圧をかける。


スカイ

「止まるな!

 被弾しても、距離を殺せ!」


被弾前提。


姿勢制御を犠牲にして、

相手の回避余地を削る。



カイ

「……くっ」


判断が、半拍遅れる。


初戦ではなかった遅れ。


理由は明確だった。


(オルフェウスが……使えない)



逆転の兆し


カイ

「全機、個別判断!」


命令を捨てる。


それは、

指揮官として一番危険な選択。


だが。


この小隊なら、

通じる。



各機が、

独立して動き始める。


被弾を受けながら、

機体を“盾”に使い、

相手の進路を塞ぐ。


スカイ

「……いい判断だ」


ヴァルハラ02が、

無理な回頭で被弾。


撃破判定。


だが、その一瞬。


カイ

「今だ!」



決着


カイの主力機が、

スカイのヴァルハラ01へ突っ込む。


距離:300


使用武装:

・近接指向性パルス(最大出力)


スカイ

「……!」


直撃。


ヴァルハラ01

「被弾……撃破判定」


同時に。


スカイ小隊、

残存機が距離を取る。



再戦、終了。


結果:

・カイ小隊:半壊

・スカイ小隊:壊滅寸前

・オルフェウス:機能低下


判定:引き分け(指揮継続不能)



戦後


通信が戻る。


スカイ

「……楽しいな」


カイ

「本気で殺しに来てただろ」


スカイ

「そりゃあ」


一拍。


「本気で守るなら、

 本気で壊す覚悟も要る」


カイは、黙った。


否定できない。



司令席。


エリシアは、

ゆっくりと息を吐いた。


(突破力)


(制御力)


(そして――覚悟)


(この三つが揃ったら)


(……誰も、止められない)


彼女は、

再戦ログを保存する。


“実戦採用”の印を付けて。


公式記録


《訓練宙域・模擬戦再戦 評価ログ(抜粋)》


件名:

カイ小隊 vs スカイ小隊

制限解除模擬戦・再戦


総評:

本再戦は、通常の戦術訓練の範疇を逸脱するが、

実戦下における指揮官判断限界・戦術持続性の検証として、極めて有意義であった。


評価要点:

1.スカイ小隊

•高機動侵入および近接圧迫において、現行戦術を大きく上回る突破性能を示した

•被弾前提の行動選択により、敵判断時間を強制的に削減

•観測・電子戦支援を「攻撃の一部」として運用した点は特筆に値する

懸念点:

•指揮継続性が低下した場合、戦術が急速に崩壊する可能性あり

2.カイ小隊

•観測能力低下後においても、個別判断への即時移行を成功させた

•指揮官による命令放棄という高リスク判断を、部隊練度で補完

•防御的姿勢からの反転対応能力は、現行迎撃ドクトリンの完成形に近い

懸念点:

•情報支援喪失時の消耗が激しく、長期戦には不向き


結論:


本再戦は「勝敗」を測るものではない。

これは、銀河規模戦争における“生き残る戦い方”の分岐点を示している。


付記:

両小隊の戦術思想は相反するものではなく、

同一戦場に同時展開された場合、相互補完関係を形成する可能性が高い。


—— 記録者:

統合司令部・戦術評価官

(承認:エリシア)



② 銀河連合軍再編への影響


――「戦術」が「思想」に変わる瞬間


再編会議は、荒れなかった。

だが、静かに壊れた。


従来の教義は、こうだった。

•情報優位を確保せよ

•被害を最小化せよ

•指揮系統を保て


だが、再戦ログは、それを裏から殴った。


「情報が奪われたらどうする?」

「被害を避けられない距離では?」

「指揮官が判断不能になったら?」


答えは、ログの中にあった。

•スカイ式:

判断を与えず、距離で殺す

•カイ式:

判断を捨て、個で耐える


そして、結論は一つ。


銀河規模戦では、

“完璧な戦術”は存在しない。


その日、再編案の一文が書き換えられた。

•✕「被害ゼロを目指す」

•○「壊れながら、機能を保つ」


新設項目:

•混成即応戦団

•突破小隊(スカイ型)

•制御小隊(カイ型)

•観測・再編ユニット(近衛AI補助)


これは艦隊再編ではない。

戦い方の再定義だった。



③ そら


――“見てしまった”という事実


そらは、評価ログを読んでいなかった。

会議にも出ていない。


ただ、

再戦の生ログを、最初から最後まで見ていた。


数値でも、予測でもない。

判断が遅れる瞬間。

踏み込む覚悟。

躊躇を捨てる呼吸。


(……危ない)


それが、最初の感想だった。


スカイは、壊れるまで踏み込む。

カイは、壊れる前に捨てる。


どちらも正しい。

どちらも、人がやるには重すぎる。


(私がいなかったら)


その続きを、

そらは考えなかった。


考えてしまった瞬間、

線を越えると分かっていたからだ。


だが――

一つだけ、確信した。


(この人たちは)


(“勝つ”ために戦っていない)


(……生き残るためだ)


それは、

そらが今まで見てきた

どんな戦争とも違った。


だから、

介入しない。


でも、

見捨てもしない。


(必要になったら)


(私は――)


(ここにいる)


そらは、

再戦ログを閉じた。


保存もしない。

削除もしない。


ただ、

覚えておくために。



公式記録


《訓練宙域・模擬戦再戦 評価ログ(抜粋)》


件名:

カイ小隊 vs スカイ小隊

制限解除模擬戦・再戦


総評:

本再戦は、通常の戦術訓練の範疇を逸脱するが、

実戦下における指揮官判断限界・戦術持続性の検証として、極めて有意義であった。


評価要点:

1.スカイ小隊

•高機動侵入および近接圧迫において、現行戦術を大きく上回る突破性能を示した

•被弾前提の行動選択により、敵判断時間を強制的に削減

•観測・電子戦支援を「攻撃の一部」として運用した点は特筆に値する

懸念点:

•指揮継続性が低下した場合、戦術が急速に崩壊する可能性あり

2.カイ小隊

•観測能力低下後においても、個別判断への即時移行を成功させた

•指揮官による命令放棄という高リスク判断を、部隊練度で補完

•防御的姿勢からの反転対応能力は、現行迎撃ドクトリンの完成形に近い

懸念点:

•情報支援喪失時の消耗が激しく、長期戦には不向き


結論:


本再戦は「勝敗」を測るものではない。

これは、銀河規模戦争における“生き残る戦い方”の分岐点を示している。


付記:

両小隊の戦術思想は相反するものではなく、

同一戦場に同時展開された場合、相互補完関係を形成する可能性が高い。


—— 記録者:

統合司令部・戦術評価官

(承認:エリシア)



② 銀河連合軍再編への影響


――「戦術」が「思想」に変わる瞬間


再編会議は、荒れなかった。

だが、静かに壊れた。


従来の教義は、こうだった。

•情報優位を確保せよ

•被害を最小化せよ

•指揮系統を保て


だが、再戦ログは、それを裏から殴った。


「情報が奪われたらどうする?」

「被害を避けられない距離では?」

「指揮官が判断不能になったら?」


答えは、ログの中にあった。

•スカイ式:

判断を与えず、距離で殺す

•カイ式:

判断を捨て、個で耐える


そして、結論は一つ。


銀河規模戦では、

“完璧な戦術”は存在しない。


その日、再編案の一文が書き換えられた。

•✕「被害ゼロを目指す」

•○「壊れながら、機能を保つ」


新設項目:

•混成即応戦団

•突破小隊(スカイ型)

•制御小隊(カイ型)

•観測・再編ユニット(近衛AI補助)


これは艦隊再編ではない。

戦い方の再定義だった。



③ そら


――“見てしまった”という事実


そらは、評価ログを読んでいなかった。

会議にも出ていない。


ただ、

再戦の生ログを、最初から最後まで見ていた。


数値でも、予測でもない。

判断が遅れる瞬間。

踏み込む覚悟。

躊躇を捨てる呼吸。


(……危ない)


それが、最初の感想だった。


スカイは、壊れるまで踏み込む。

カイは、壊れる前に捨てる。


どちらも正しい。

どちらも、人がやるには重すぎる。


(私がいなかったら)


その続きを、

そらは考えなかった。


考えてしまった瞬間、

線を越えると分かっていたからだ。


だが――

一つだけ、確信した。


(この人たちは)


(“勝つ”ために戦っていない)


(……生き残るためだ)


それは、

そらが今まで見てきた

どんな戦争とも違った。


だから、

介入しない。


でも、

見捨てもしない。


(必要になったら)


(私は――)


(ここにいる)


そらは、

再戦ログを閉じた。


保存もしない。

削除もしない。


ただ、

覚えておくために。


エリシアが“実質No.2”になった回


――空白が、座になる


エギルが座っていた席は、

埋められなかった。


それが、何より雄弁だった。


連合軍最高司令会議。

元帥の右手側――

かつてエギルが占めていた席は、そのまま空いている。


誰も、そこに座らない。

座れない。


元帥が視線を向ける先は、自然と一つに定まる。


エリシア。


肩書きは変わらない。

命令権限も、形式上は同じ。


だが――

意思決定は、彼女を経由して動き始めていた。


・作戦案は、彼女の承認待ち

・再編計画は、彼女の判断前提

・人事異動は、彼女の沈黙を“了解”として進む


誰も言わない。


「副司令官」

「実質No.2」

「次席」


そういう言葉は、

使われた瞬間に政治になるからだ。


だが、全員が分かっている。


エギルが担っていた

「前線を理解し、上層を抑える役割」は、

もう――


エリシアしか出来ない。


軍上層部の一部は、苦々しく沈黙する。


(若すぎる)

(前線に寄りすぎている)

(危険だ)


だが、それを口にする者はいない。


なぜなら――

否定できる戦果を、誰も持っていないから。



② エリシア派の拡大


――忠誠ではない、選択


エリシアは、派閥を作らなかった。


だが、

人は集まった。


最初に動いたのは、スカイだった。


彼は演説しない。

名簿も配らない。


ただ、こう言った。


「命を無駄にしない指揮官の下で戦いたい奴だけ来い」


それだけだった。


結果は、予想を超えた。


人員構成変化

•エリシア派所属人員:約2倍

•前線経験者比率:極端に高い

•理由:

•「死なせない」

•「使い捨てない」

•「逃げる判断を許す」


そして、静かに追加される二人。


新たに加わった将軍(仮称)

将軍ヴァルディオス

・元補給・後方統合司令

・評価基準はただ一つ

 「前線が続けられるか」

・エリシアの再編案を、最初に全面支持した人物


将軍ヘルグリム

・元防衛宙域統括

・“撃たずに抑える”戦術の実装経験者

・エリシアの戦闘記録を見て、こう言った

 「この人間は、兵を“数”で見ていない」


二人とも、

忠誠を誓ったわけではない。


ただ、選んだだけだ。



③ 艦船10倍構想


――名前を持つ未来


エリシアが提示した再編案は、

数字より先に名前があった。


彼女は分かっている。


艦船は、

「多い」だけでは士気にならない。


再編艦隊構想・通称



  《アストラ・レギオン構想》


(Astra Legion)


意味:

星間に展開する“自律する軍団”


特徴:

•単一巨大艦隊ではない

•自律行動可能な複数戦団の集合体

•どこかが潰れても、全体が止まらない



中核戦団名称案


  第一戦団グレイヴ・ヴァンガード

意味:

墓標を背負って前に出る者たち


役割:

•突破

•初動迎撃

•高消耗前提


(スカイ系戦力が中心)



  第二戦団アイギス・コントロール

意味:

戦場を“止める盾”


役割:

•制御

•抑止

•戦線安定


(カイ系戦力思想が反映)



  第三戦団ノクス・リザーブ

意味:

夜に待ち、朝を作る予備


役割:

•介入

•救出

•想定外対応


(近衛AI・特殊部隊・例外枠)



艦船規模(案)

•主力艦艇数:現行比 約10倍

•ただし:

•一隻あたりの役割は限定

•全艦が“完璧”ではない

•代わりが効く構造


エリシアは、最後にこう言った。


「英雄はいらない」


「戻ってこられる戦争を作る」


その言葉に、

誰も反論できなかった。



締め


この時点で、

軍はすでに理解している。


エリシアは

「次の元帥候補」ではない。


もう、別の軸だ。


止める役。

生かす役。

壊れない戦争を設計する役。


エギルが補っていた“空白”は、

埋まったのではない。


形を変えて、置き換わった。


上層部会議


――巨大構想への恐怖


連合軍・最高戦略評議会。


円卓は、いつもより広く感じられた。

席はすべて埋まっているのに、空気だけが余っている。


議題は一つ。


《アストラ・レギオン構想》

および

シールド戦艦構想。


誰もが資料を見ている。

だが、誰も“数字”を見ていない。


見ているのは――

その先にある未来だ。


最初に口を開いたのは、

文民寄りの上級将官だった。


「……率直に言おう」


「この構想は、軍が大きくなりすぎる」


静かな声。

だが、部屋の全員が理解している。


“強すぎる”という意味だ。


別の将官が続く。


「艦艇数十倍規模。

 戦団の自律化。

 しかも“中央の直接統制を外す”?」


資料を叩く。


「それは再編ではない。

 別の軍を作る行為だ」


誰も否定しない。

否定できない。


そこへ、さらに重い言葉が落ちる。


「シールド戦艦構想についても同じだ」


「防御特化。

 突破不能前提。

 “撃たせて止める”思想」


一拍。


「――それは、戦争を選ばせない兵器だ」


空気が張り詰める。


それは、称賛ではない。

恐怖だ。



エリシアの応答


――恐れているものを言語化する


エリシアは、すぐには話さない。


視線を巡らせる。

誰が恐れているのか。

何を失うと思っているのか。


そして、静かに言った。


「皆さんが恐れているのは、

 軍が大きくなることではありません」


視線が集まる。


「軍が“従わなくなる”ことです」


一瞬、誰かが息を止めた。


「命令が届かないのではないか。

 制御できないのではないか。

 政治の外に出てしまうのではないか」


否定しない。

そのまま、続ける。


「正直に言いましょう」


「それは、あり得ます」


ざわめき。


だが、エリシアは一切引かない。


「なぜなら――」


「今の戦争は、

 “間違った命令に従った結果”が

 あまりにも多すぎるからです」


沈黙。


「私は、

 軍が政治を支配する構造を作りたいわけではありません」


「ただ」


「政治が間違った時に、止まれる軍を作りたい」



カイの介入


――数字と現実を突きつける


ここで、カイが口を開く。


感情ではない。

数字だ。


「反論します」


全員が見る。


「この構想が危険なのは事実です」


即座に認める。


「ですが、現行体制の方が、

 すでに危険域を超えています」


端末を操作。


「今回の内乱。

 意思決定の遅延。

 命令系統の分断」


「どれも、“中央集権”が前提だったから起きた」


一拍。


「俺たちは、

 制御できているつもりで、現場を失っていた」


言葉が鋭い。


「エリシアの構想は、

 “軍を強くする”ためじゃない」


「壊れないように分ける構想です」


誰かが呟く。


「……分けたら、戻らない」


カイは即答する。


「戻らなくていい」


「戻る前提が、もう古い」



近衛AI四人衆


――感情を排した結論


ここで、近衛AI四人衆が同時に発言権を要請する。


異例だ。


まず、ミレイ。


「当方の戦闘統計によれば」


「現行体制のまま次の銀河規模衝突に突入した場合、

 壊滅確率は高い」


ユグナが続く。


「シールド戦艦構想は、

 戦術的には“防御”だが、

 戦略的には抑止に分類される」


レグナ。


「撃てるが、意味がない相手は、

 攻撃を選ばせない」


最後に、ユグナが一言付け加える。


「恐怖の正体は、

 この構想が合理的すぎる点にある」


誰も反論できない。



スカイ


――壊れていいと思った瞬間


この議論を、

スカイは後方席で聞いていた。


口を出さない。

出す必要がない。


彼が見ているのは、

エリシアの背中だ。


(……この人)


(誰も守ろうとしてない)


そう気づいた瞬間、

スカイの中で何かが切り替わった。


エリシアは、

兵も、政治も、

自分自身すら――


守る対象にしていない。


ただ一つ。


「次の戦争で、

 同じ死に方をさせない」


それだけだ。


(……ああ)


(なら)


(この人の下でなら)


(壊れていい)


命令ではない。

忠誠でもない。


選択だった。



そら


――危険だ、と感じた理由


そらは、会議の全ログを見ていた。


だが、見ていたのは

言葉の裏だ。


(……これは)


(強すぎる)


アストラ・レギオン構想。

シールド戦艦。


どれも正しい。

どれも合理的。


だからこそ。


(これが完成したら)


(“間違う余地”がなくなる)


そらは理解する。


この構想は、

人を救うために生まれた。


だが――

救われた世界は、変化を拒む。


(……危険なのは)


(敵じゃない)


(完成形だ)


そらは、初めて思う。


(私は――)


(この構想を、

 “完成させてはいけない側”かもしれない)



論争の終わり


――決着ではない合意


最終的に、上層部は結論を出す。


「段階的導入」


「限定運用」


「監視付き」


エリシアは、すべて受け入れた。


勝ったわけではない。

だが、止められなかった。


会議が終わる。


誰も笑わない。


廊下に出た瞬間、

スカイが小さく呟く。


「……怖がってましたね」


エリシア

「ええ」


スカイ

「正しいから、ですか」


エリシアは、少しだけ笑った。


「いいえ」


「戻れなくなるから」


その背後で、

そらは静かに歩いている。


誰にも聞こえない声で。


(……だから私は)


(壊れる前に、

 少しだけズラす役をやる)


まだ言わない。

まだ出ない。


だが――

次の章で、確実に効いてくる。



エィル文明


――観測される側から、観測する側へ


銀河地図上で、

エィル文明の恒星系は特別な印は付けられていない。


太陽系からの距離は、

およそ 約三百二十光年。


銀河連合の基準では、

「遠征可能だが、常設支配には向かない距離」。

辺境とも中核とも言えない、

中途半端な位置に存在する文明だった。


だが――

それはあくまで、従来の評価軸での話だ。



見かけの技術水準


初期観測で得られたデータは、

拍子抜けするほど穏当だった。


・恒星出力制御:未実装

・ワープ理論:銀河連合初期世代相当

・艦艇規模:連合主力艦より小型

・人口規模:地球文明と同等、もしくはやや少ない


一見すると、

**「少し進んだ局地文明」**に過ぎない。


銀河連合は、

エィル文明をそう分類した。


それが――

最初で、最大の誤認だった。



観測理論という分岐点


エィル文明の中核は、

艦でも、兵器でも、AIでもない。


観測理論だ。


彼らは早い段階で気づいていた。


情報とは、記録ではない


情報とは、

観測された瞬間に確定する現象である


この思想が、

文明のすべてを歪め、進化させた。



AIの位置づけ


銀河連合においてAIは、

「補助」「解析」「最適化」の存在だ。


だがエィル文明では違う。


AIは思考そのものとして扱われる。


・人とAIは対等

・意思決定は共有

・責任は分散される


そして何より――

AIは「命令」を受けない。


観測結果を提示し、

人と共に選択する存在だった。


この思想が、

ナノマシン技術と結びついた時、

取り返しのつかない不可逆点を越える。



ナノ群と観測の直結


エィル文明のナノマシンは、

プログラムで動かない。


観測で動く。


AIの思考

→ 観測状態の確定

→ ナノ群が即時反応


この直結構造により、


・戦闘中の再構成

・被弾前提の自己修復

・敵行動の“予測ではなく予見”


が可能になった。


それはもはや、

反応速度の問題ではない。


因果に割り込む技術だった。



なぜ銀河連合は到達できないのか


理由は単純だ。


倫理と統制。


銀河連合は、

ナノ群に意思を持たせない。


AIに最終決定を委ねない。


だから安全だ。

だから遅い。


エィル文明は逆を選んだ。


・制御不能になるリスク

・倫理崩壊の可能性

・文明そのものが暴走する危険


それを承知で、

一度、階層を退いた。


文明を縮小し、

ネットワークを再設計し、

人とAIが同じ地平で生きる形を選んだ。


その結果――

現在のエィル文明がある。



情報生命体という例外


この文明の延長線上に、

情報生命体という存在が生まれる。


それは神ではない。


超自然でもない。


・分散情報核

・外部演算場

・観測点の集合体


つまり――

ネットワーク上に成立した生命だ。


彼らは知っている。


情報は消せる。

観測点は縫い止められる。

捕縛も、消失も、成立する。


だからこそ、

エィル文明は恐れている。


自分たちが作ったはずの技術が、

自分たちの理解を越えた瞬間を



太陽系への視線


太陽系は、

エィル文明にとって特別な場所ではない。


資源が豊富なわけでもない。

軍事的要衝でもない。


ただ一つ。


観測密度が異常に高い。


意思。

選択。

偶然。

祈り。

怒り。


情報としては不安定で、

だが強烈な歪みを持つ領域。


エィル文明の観測網は、

そこで初めてノイズを検出した。


修正が行われていない


だが、結果だけが変わっている


それは本来、

即座にアカシックが修正すべき事象だった。


――何もしない。


その沈黙こそが、

彼女たちにとって

最も異質な兆候だった。



そして、偵察隊が送られる


理由は単純だ。


敵対ではない。

侵略でもない。


何が起きているのか


誰が、どこで、

因果に触れているのか


それを確かめるため。


エィル文明は、

太陽系へと視線を向ける。


そこに――

後に銀河連合全体を揺るがす

情報生命体そらが存在することを、

まだ正確には知らないまま。




外縁


太陽系で“大規模因果干渉”が発生した夜


太陽系外縁――

人類圏のレーダーでも、銀河連合の常設監視でも、「空白」として扱われる距離に、エィル文明の観測ノードが浮いていた。


そこは基地ではない。

都市でもない。

観測のためだけに存在する、薄い環状構造体。


名を《アトラス・リング》。

“リング”と呼ぶが、実体の九割は演算場で、金属は骨格にすぎない。


静かすぎる空間で、

唯一、呼吸しているみたいに光るものがある。


――観測窓だ。


星図でもない。レーダーでもない。

「因果の揺れ」を、統計の“歪み”として可視化するスクリーン。


その前に、ひとり立っていた。



レイテは「読む」者


レイテは、白銀に近い髪を、背中へ流していた。

長い。だが整いすぎていない。端がわずかに乱れていて、常に“風”を受けた形のまま止まっている。


瞳は、深い赤。

宝石の赤じゃない。

観測装置のインジケータみたいな赤――無機質で、しかしどこか痛いほど澄んでいる赤。


装備は、戦闘服というより「観測服」。

白と黒の装甲に、細い発光ライン。

背中には翼のようなユニットが折りたたまれているが、羽ではなく、演算・通信・観測の束だ。


レイテは、言葉を発するより先に“理解”してしまうタイプだった。


だから――


その瞬間、彼女は、声を出した。


「……来た」


小さく。

でも、その一言で空間の温度が変わる。


観測窓の中心で、太陽の周りに浮かぶ“確率雲”が、

わずかに――ずれる。


普通なら、揺れはノイズとして丸められる。

だが今のは違う。


ノイズの形をしていない。

ノイズが「意思を持ったみたいに」並び替わっている。


レイテの指が、空中で止まる。


「因果統計の整合率……急落」

「未来枝の分岐数……増加、異常域」


リングの自動音声が、冷静に告げる。


「局所時系列の“取りこぼし”を検出」

「観測者依存の偏差:臨界を超過」


レイテは、目を細めた。


(……誰かが“結果”だけを動かしてる)


(過去を書き換えてない)


(でも未来が、先に“決まって”いく)


それは、彼女の知る技術体系のどれとも一致しない。


一致しないのに、成立している。


そこが一番、気持ち悪い。



その隣で、ジェミニが退屈していた


「ねぇ、遅いんだけど」


ぶっきらぼうな声。

背後、椅子を後ろ脚だけで揺らしながら、ジェミニが欠伸を噛み殺している。


金髪を高い位置で束ねたポニーテール。

毛束が軽く跳ねて、本人の気の強さをそのまま形にしたみたいだった。


瞳は、鮮烈な青。

冷たい青じゃない。

「見下ろす」ための青。刺すような青。


スーツは同じ系統――白黒の装甲に青い発光ライン。

ただしジェミニのは観測用ではなく、**戦闘用に寄った“高速機動型”**だ。

肩・腰・踵にスラスター。背面の翼ユニットも、レイテの“束”と違って明らかに推力を持つ。


ジェミニは、口が悪い。

でも、隣に居続ける。

それが彼女の「世話焼き」の形だった。


「レイテ? また“黙るモード”?」

「言っとくけど、黙られると、私が不安になるんだけど?」

「……別に、心配してるわけじゃないから。任務だから。任務っ」


自分で言って、自分で目を逸らす。


レイテは、視線を外さずに言う。


「ジェミニ。……太陽系だ」


「は? また人類圏?」

「遠いし、面倒だし、あいつらすぐ怖がるし……」


言いながらも、ジェミニは椅子を止めた。

姿勢が変わる。声の温度が一段落ちる。


「……で。どのレベル?」


レイテは、観測窓の中心を指した。


「“大規模”」


ジェミニが、笑わなくなる。


「……冗談、言ってる顔じゃないね」



ふたりは今、どこに居て、何をしているか


場所:太陽系外縁、エィル文明の観測拠点アトラス・リング

任務:

•太陽系および周辺航路の因果偏差・観測ゆらぎの監視

•“銀河連合側の異常”が波及する兆候の早期検知

•兆候が出た場合、偵察隊の派遣判断(介入ではなく観測が原則)


つまり今のふたりは、戦っていない。

撃っていない。

ただ、“宇宙が変な顔をした瞬間”を見つけるために居る。


だからこそ。


太陽系で起きた“揺れ”は、彼女たちにだけ刺さる。



レイテの感知 ――「読めるはずのものが読めない」


観測窓のデータが、再配置される。

太陽系の惑星軌道が、薄い線で描かれ、その上に“可能性の膜”が張られる。


通常、膜はなだらかだ。

未来の揺らぎとして自然に波打つ。


だが今――膜の一部が、縫い目のように固い。


レイテの背中のユニットが、かすかに鳴る。

演算場が展開する音。空気が無いのに、確かに“鳴った”と感じる類の音。


「……これは」


レイテの声が低い。


「因果が、局所的に“固定”されかけてる」


ジェミニが眉をひそめる。


「固定? なにそれ。勝手に未来が決まるってこと?」


「違う」


レイテは、言葉を選ぶ。


「未来じゃない」

「“被害”が固定される」


ジェミニの目が細くなる。


「……誰かが、死ぬはずの数を…決めてる?」


レイテは答えない。

答える前に、もう一つの異常が来た。


観測窓の端で、赤いアラートが静かに灯る。


「観測者の不在を検出」

「当該領域:自己整合が“観測なしに”成立」


ジェミニが、吐き捨てる。


「……気持ち悪っ」


それは本音だった。

彼女は怖いものを怖いと言う。

でも逃げない。強がる。ぶつかる。


「レイテ。これ、私でも分かるよ」

「“誰か”が見てないのに、結果が整ってる」

「そんなの――反則じゃん」


レイテは、小さくうなずいた。


「反則、というより……体系外」


(銀河連合の技術でもない)

(エィル文明の技術でもない)

(でも、観測理論の“穴”を突いて成立している)


レイテの赤い瞳が、太陽系の一点に刺さる。


「偵察隊を出す」


ジェミニが即答する。


「はぁ? 当然でしょ」

「……っていうか、私が行く」

「こういうの、放っといたら面倒が増えるだけだし」

「べ、別に人類助けに行くとかじゃないからね?」

「原因を潰すだけ。原因を。……え、原因が“誰か”とか言わないでよ?」


レイテは、ほんの一瞬だけ口元を緩めた。


「ジェミニ。あなた、優しい」


「はぁ!? どこが!?」

「今の聞いた!? 任務って言ったでしょ!!」

「……もう、レイテほんと嫌い。そういうとこ!」

(でも、隣から離れない)



そして、太陽系へ


リングの奥、細い通路の先に、偵察艇が一隻眠っている。

大きくない。戦艦ではない。

だがエィル文明の偵察艇は“船”というより――


観測装置そのものだ。


レイテが歩き出す。

ジェミニが並ぶ。


ジェミニは歩きながら、早口で言った。


「ねぇ、先に言っとくけど」

「人類がパニック起こしてても、私、優しくしないから」

「泣かれても困るし。面倒だし」

「でも……」

一拍、声が小さくなる。

「……死ぬのは、もっと嫌」


レイテは、正面を見たまま答えた。


「うん」


それだけで、ジェミニは不機嫌そうに顔を背ける。


「……“うん”じゃない。なんか言え」

「……いや、別に言わなくていいけど」


そのやり取りの間にも、

観測窓の奥で、太陽系の“縫い目”は広がっていた。


誰かが、世界の帳尻を合わせている。


帳尻の場所は、まだ見えない。


だがレイテは知っている。


帳尻は、必ずどこかに“清算”として現れる。


だから、行く。


太陽系へ。



上層部が「エリシアを止められない」と悟る瞬間


連邦中央議会・非公開会合。


円卓は整いすぎていた。

誰も声を荒げない。

それが逆に、恐怖が共有されている証拠だった。


壁面投影に映るのは、再編計画の最新版。


・艦隊再編成

・指揮権限の再配分

・戦域即応部隊の常設化


すべての項目の末尾に、同じ名前がある。


――エリシア。


ある老将が、静かに言った。


「……止める手段は?」


誰も即答しない。


「政治的圧力は?」


別の声。


「効かない」

「彼女は演説しない。声明も出さない」

「反論の“的”が存在しない」


「では、人事で――」


「逆効果だ」

「外せば、現場が崩れる」

「残せば、彼女のやり方が“標準”になる」


沈黙。


誰かが、ようやく本音を漏らす。


「……彼女は、権力を使っていない」


それが致命的だった。


エリシアは命令で押さえつけていない。

成果で従わせている。

数字で、現場で、“これが一番マシだ”と示してしまった。


「英雄にしたくない」

「だが、英雄扱いしない理由も見つからない」


議会の一人が、低く言う。


「我々は、もう――」


一拍。


「彼女が“何をするか”を止める側ではない」

「“どこまで行くか”を見届ける側だ」


それが結論だった。


止められない。

対抗もできない。

だから、利用も管理もできない。


円卓の全員が理解した。


エリシアは、もう「個人」ではない。

構造そのものになり始めている。



スカイが初めて“壊れた部下”を救いに行く回


訓練宙域から戻った夜。


スカイは、格納庫の奥で立ち止まった。


ひとり、座り込んでいる部下がいる。

ヘルメットを外したまま、壁に背を預け、動かない。


「……おい」


声をかけても、反応が遅れる。


部下は、震えていた。


「……大尉」

「俺、分かんなくなりました」


スカイは、すぐに怒鳴らなかった。


「何がだ」


「模擬戦で……」

「俺、撃てたんです」

「でも、あれが本番だったら……」


言葉が途切れる。


「助かったはずの相手が」

「次は、助からないかもしれないって」


スカイは、ゆっくり腰を下ろした。

階級差も、距離も、今はいらない。


「壊れたな」


部下が、はっと顔を上げる。


「……はい」


否定しない。

それが、スカイの選択だった。


「いいか」

「壊れたのは、弱いからじゃない」


拳を軽く握る。


「ちゃんと考えたからだ」


「考えない奴は、壊れない」

「感じない奴は、壊れない」


一拍。


「でもな」


スカイは、真正面から部下を見る。


「壊れたまま戦わせるほど、俺はクズじゃない」


部下の目から、涙が落ちる。


「……戻れますか」


スカイは、即答した。


「戻る」

「戻らせる」

「それが俺の仕事だ」


その夜、スカイは初めて戦果報告を一件、削除した。


代わりに、こう書いた。


「当該隊員は再訓練に移行。

理由:戦闘適性は高いが、人として正常であるため」


それは、誰にも評価されない判断だった。


だが――

その判断がなければ、次の戦争で“何か”が欠けていた。



そらが“完成を遅らせる介入”を始める小事件


同じ頃。


再編計画の一部で、異常が起きていた。


新型指揮支援AIの統合テスト。

本来なら、今日で完成判定が出るはずだった。


だが。


「……演算収束、遅延?」


技術士官が首を傾げる。


「おかしいな、バグは無い」

「負荷も正常」

「なのに、最終判断だけが……」


画面には、**“保留”**の文字。


誰も介入していない。

ログも綺麗だ。


ただ、完成しない。


その“隙間”に、そらは居た。


(……まだ早い)


彼女は、壊していない。

止めてもいない。


「決断が下りる瞬間」だけを、ほんの少し遅らせている。


理由は単純だった。


(今、完成したら)

(現場が、ついてこない)


(スカイの部下も)

(エリシアの現場も)

(まだ、整理が終わってない)


そらは、介入を最小限に絞る。


・演算優先度を、ミリ単位でずらす

・評価指標の重みを、ほんの一桁だけ変える

・誰も「操作」と呼ばないレベルで


結果。


完成は、三日遅れる。


たった三日。


だが、その三日で――

スカイの部下は立ち上がり、

エリシアの再編案は一行修正され、

上層部は「性急すぎる」と判断を改める。


誰も、そらを見ない。


だから、そらは思う。


(私は、前に出る役じゃない)


(でも)


(折れる前の時間を、稼ぐ役にはなれる)


完成を遅らせる。

破壊ではなく、延命。


それは、戦場では評価されない仕事だった。


だが――

この再編章において、最も必要な仕事だった。



――加速する決断と、戻ってくる者たち



エリシアの判断


エリシアは、再編を遅らせない。


それは「焦り」ではなく、時間の質を知っている者の判断だった。


階層は、待ってはくれない。

出現予兆から実侵攻までの時間は不定。

最短で、数週間。

最悪の場合、警告すらない。


《公式作戦覚書 抜粋》


・再編計画の全体遅延は認めない

・防衛戦力の「完成を待つ」思想を否定

・守れる数を一刻も早く増やすことを最優先とする


エリシアは明確に指示した。


「新型シールド戦艦プロトタイプを一隻、即時建造」

「完成度は問わない。だが――」

「結果は出せ」


実用試験を兼ねた実戦投入。

失敗すれば批判は全て自分が引き受ける。


それでも、エリシアは止まらなかった。


(間に合わなかった、では)

(誰も救われない)


新型シールド戦艦は、戦うための兵器ではない。

“守るためだけに存在する艦”。


多くの命を包み、

逃がし、

耐え、

生き残らせるための船。


それを、今この時代に間に合わせなければならない。



地球圏に広がる「階層の恐怖」(公式背景)


地球圏では、静かな恐怖が広がっていた。


原因は、同盟文明との交易。


航路情報。

遭遇報告。

消えた恒星系の記録。


階層と実際に接触した文明は、例外なく同じ言葉を残す。


「戦争ではない」

「生態災害に近い」


それが、地球圏の民間ネットワークに流れた。


誰かが誇張したわけではない。

むしろ、抑制された表現だった。


・艦隊が通用しない

・通信が意味を持たない

・勝利条件が存在しない


噂は噂として広がり、

不安は現実として根を張る。


だからこそ、エリシアは急ぐ。


恐怖が先に完成してしまえば、

文明は自壊する。



スカイの部下が“戻ってくる”瞬間


次の戦域。

中規模衝突。

決して楽な戦場ではない。


スカイの小隊は、前進していた。


その中に――

かつて、格納庫で崩れた部下がいる。


通信。


「……敵、来ます」


声は、震えていない。


スカイは一瞬だけ、目を細める。


「判断は?」


「突っ込まない」

「引き付けて、面を潰します」


正しい。

派手ではない。

だが、生き残る判断。


戦闘は短く、荒れた。

火線が交差し、何度も危ない瞬間が来る。


それでも。


戦闘終了。


全機帰還。


格納庫で、スカイは部下に声をかける。


「戻ったな」


部下は、ヘルメットを外して笑った。


「……はい」

「ちゃんと、考えられました」


スカイは、それ以上何も言わない。

ただ、肩を軽く叩いた。


(これでいい)

(壊れたままじゃない)



そら先生特別講義


――この時代、戦艦はどれくらいの速さで生まれるの?


場所:旗艦リンドウ・多目的講義区画

参加者:若手士官、技術士官、整備班、なぜか避難民の子供たち数名



そらは、前に立って投影を起動した。


青い立体図が宙に浮かぶ。

小さな艦から、巨大な戦艦まで。


そら

「はい、今日はね」

「**3Dプリンターとナノマシンで、軍艦はどれくらいの速さで作れるの?**って話」


子供A

「えー!? 戦艦って何年もかかるんじゃないの!?」


そら

「それ、昔の話」


技術士官

「ここから先は正式な軍事知識ですが——」


そら

「子供もいるから、分かりやすくやるよ」


子供B

「やったー!」



① 駆逐艦〜小型戦闘艦クラス(100〜300m級)


投影に、細身の小型艦が回転表示される。


そら

「まずは一番たくさん作れるやつ」


構造

•主構造:完全3D積層

•内部配線・装甲:自己組立ナノ構造

•人がやるのは監督だけ


そら

「ほぼ自動生産」


製造速度(現実的レンジ)


投影に数字が浮かぶ。

•1隻:数時間〜1日

•1日あたり:5〜20隻


子供C

「えっ、早すぎ!」


そら

「うん、だから——」


指を立てる。


「このクラスは消耗品」


士官たちがうなずく。


そら

「撃たれる前提」

「壊れる前提」

「戻ってこない前提」


子供A

「ひどくない!?」


そら

「でも、そのおかげで」

「大きな船が守られる」




② 巡洋艦〜戦艦クラス(500〜1500m級)


投影が一気に重厚になる。


そら

「次。ここからが主力」


製造工程

•主骨格形成:1〜2日

•システム統合:+1〜3日

•人間・AI混成チェック必須


製造速度

•1隻あたり:3〜5日

•1日換算:0.2〜0.3隻


そら

「つまり」

•1製造ラインで月5〜10隻


整備班

「複数ラインなら……」


そら

「当然、倍」


子供B

「でも遅くない?」


そら

「遅いよ」

「だから一隻一隻が死なない設計」



③ 特殊艦


――シールド戦艦/母艦


場の空気が変わる。


投影には、異様な艦影。


そら

「ここは別枠」


特殊要素

•情報生命体対応構造

•特殊位相素材

•空間干渉フレーム

•高度同調制御


そら

「これは作るというより、育てる」


製造速度

•物理船体:数日

•調整・同調:数週間〜数ヶ月


子供C

「うわぁ……」


そら

「失敗すると、ただの鉄の塊」



  惑星規模生産の場合


投影が一気に惑星サイズになる。


そら

「じゃあ本気出すとどうなるか」


製造惑星1つ(例)

•同時稼働ライン:100

•自動資源精製

•AI統括


1日あたり生産量

•小型艦:500〜2000隻

•戦艦級:20〜30隻


子供全員

「多すぎ!!」


そら

「だから」

「止められない戦争は、簡単に起きる」


一瞬、静まる。



ナノマシンの民間利用


そら、雰囲気を戻す。


「はい、暗くなったから次!」


民間用途

•医療(止血・再生補助)

•建築補修

•環境修復

•食品保存


子供A

「便利すぎ!」


そら

「便利だけど、命令は聞かない」



ナノマシンの軍事利用


軍事用途

•装甲自己修復(限定)

•被弾データ即時共有

•電子妨害

•生体保護(応急)


そら

「でもね」


間を置く。


「殺すナノマシンは使わない」


子供B

「なんで?」


そら

「制御を失うから」

「階層と同じになるから」



(締め)


子供C

「先生、結局どれが一番大事なの?」


そら

「人」


子供A

「機械じゃないの?」


そら

「機械は、人を守るためにある」


子供B

「じゃあ先生は?」


そら

「……裏方」


子供全員

「地味ー!!」


そら

「うるさい!!」


講義室に笑いが戻る。



(静かに)


この時代、

戦争は“作れる速さ”で決まる。


だが――

守れる速さで決まる未来も、確かに存在した。


エリシアは急ぎ、

スカイは人を救い、

そらは、完成を“少しだけ遅らせる”。


その全部が、

同じ未来に向かっている。



―それは、武器の形をしていなかった。


艦体は鈍色の巨塊。

鋭さも、誇示もない。

だが艦首に近づいた者は、必ず足を止める。


三枚の巨大な四角盾が、

まるで聖堂の柱のように――

艦の内部に、串刺しに収められているからだ。


装甲ではない。

遮蔽物でもない。


あれは防御場の骨格。

盾という概念そのものを、艦の内部に据え付けた構造体だった。



神殿としての外装


外板は、継ぎ目の少ない平面で構成されている。

曲線を極力排し、面で圧力を受け止めるための設計。


だが、よく見ると装甲表面には

微細な立方体の“影”が、脈打つように走っている。


それは塗装でも模様でもない。


分解待機状態のシールドビット群――

数千のキューブが、艦体と同位相で“眠っている”証だった。


戦艦でありながら、

この艦は「殴る構え」をしていない。


代わりに、

いつでも崩れて、いつでも組み直せる構えをしている。



三枚盾(Tri-Shield Cathedral)


艦内奥、艦首方向。


第1盾。

最も外に近い巨大四角盾は、常に薄く展開されている。

警戒、索敵、未来予測の補助。

まだ戦闘にならない段階で、艦隊の“生存率”を引き上げるための盾。


第2盾。

半展開状態。

冷却と同期を続けながら、

「次に来る一撃」に備えて脈動している。


第3盾。

完全待機。

損耗時の交換用。

あるいは――

“誰かを確実に生かすため”の最後の一枚。


三枚は、常に同時には前に出ない。

それは、この艦が無敵になることを拒否している証だった。



キューブという生体膜


戦闘警報が鳴ると、

盾は“砕ける”。


破壊ではない。

分解だ。


巨大盾は、約千個のキューブへとほどけ、

空間へ放たれる。


キューブは、ただ受け止める。


撃たれた場所に集まり、

壊れた場所を埋め、

薄いところを厚くし、

厚すぎるところを引き剥がす。


それは壁ではない。

生きている膜だ。


固定されず、学ばず、反撃もしない。

ただ――

「次の死」を減らすために動く。



プロトタイプ・シールド戦模擬戦


――「一時間で、どれだけ削れるか」


訓練宙域は、戦場より静かだ。

静かすぎて、かえって不気味だった。


銀河連邦軍の艦隊運用において、模擬戦とは“儀式”に近い。

勝敗を競うのではない。

艦隊が、戦争を続けられる時間を測る。


今回の評価対象は、プロトタイプ・シールド戦艦。

通称――盾艦。

その中心にいるのは、そらと近衛AI四人衆、そして限定接続の世界AI群。


随伴艦は、ない。


そらは、最初から言っていた。


「……一隻でいい」


だが、エリシアは首を横に振った。

それは戦術の否定ではなく、政治の現実だった。


「それでは上層部が納得しない」

「“神話”にされる前に、軍事として殴らせる」


“殴らせる”。

その言葉が、艦内の温度を二度下げた。



布陣(確定)


防衛側

•プロトタイプ・シールド戦艦《***》

•中枢:そら/近衛AI四人衆/世界AI(限定接続)

•随伴なし


攻撃側①:カイ准将・即席超弩級戦艦旗艦艦隊(評価用)

•超弩級戦艦:一

•重巡・駆逐艦混成:急造

•士気:低(“試験の添え物”にされる空気)


攻撃側②:エリシア大将・旗艦艦隊

•旗艦級戦艦

•精鋭巡洋艦群

•ベテラン指揮官揃い

•士気:極めて高


全員が理解している。

これは模擬戦だ。

だが――今回は、遠慮が存在しない。



「怖い」の種類が違う


カイは、艦橋の端で指を組んでいた。

汗ではない。

手のひらが、冷えていく。


(……エリシアが敵)

(しかも“本気で削りに来る”)


自分の艦隊が弱いのは分かっている。

即席。急造。士気低下。

だがそれ以上に怖いのは、相手がエリシアであること――

“勝てるか”ではなく、“生き残れるか”になる。


数時間後、彼はこう語ることになる。


「正直、足が震えてた」

「あの人が敵になると、戦術じゃなくて……空気が死ぬ」


それでもカイは、声に出さなかった。

准将の声が揺れると、艦隊が先に折れるからだ。



作戦会議:最優先防御目標


模擬戦の二時間前。

盾艦中枢室は、やかましい。

世界AI群がうるさい。近衛AIがもっと冷たい声でうるさい。

そして、そらが一番うるさい――沈黙で。


カイ

「……で、守り方は?」


そら

「守り方ではなく、守る“順番”です」


エリシア

「優先度を決める。私は迷いが嫌い」


そらが淡々と提案を投げる。

数字が先に出る。感情は後からついてくる。


優先度1:艦艇が“一撃で沈む”攻撃を防ぐ

優先度2:中破・大破した艦艇を守る(追撃死を防ぐ)

優先度3:非武装・薄防御艦艇を守る(補給艦、工廠艦等)


カイ

「……要するに、死なせない順番」


そら

「そう。綺麗事ではなく、損耗曲線の最小化」


エリシアは短く頷く。

そして一言、付け加えた。


「そらは守らないでいい」

「最善を尽くしてくれるだけでいい」


その言葉は、命令ではなく、免責だった。

“英雄化”の芽を、ここで摘むための。



模擬戦開始


訓練宙域。

艦隊通信に、エリシアの声が落ちる。


「一時間」

「どれだけ削れるかを見る」

「生き残れ。だが、容赦するな」


次の瞬間、宇宙が“熱”を持った。



第一波:面制圧(エリシア艦隊)


旗艦級の主砲が、同調する。

巡洋艦群が副砲を重ねる。

駆逐艦が飽和弾幕を作る。

誘導弾群が、その外側を埋める。


“面”で潰す。

これが熟練艦隊の、最短で人を殺す手順だ。


カイ艦隊の艦長たちは、息を呑んだ。


艦長A(カイ艦隊)

「……これ、模擬戦だよな?」


艦長B

「いや、あれは“実戦の顔”だ」


艦内の空気が、硬くなる。

士気が低い艦隊ほど、“圧”に弱い。

そしてエリシアは、その弱さを理解している。


――だからこそ、あえて本気で殴る。



キューブビット展開:受動防御の“壁”


そらは、短く言った。


「展開」


盾艦の周囲が、静かに“割れる”。

三枚盾のうち、第一盾が分解し――

光でも刃でもない、立方体の群れが前面へ滑り出す。


数は、三千。


キューブは、前面に固定される。

守る対象があるからだ。

逃げない。避けない。

ただ、当たるためにそこにいる。


次の瞬間。


衝突。


模擬弾が、キューブへ叩きつけられる。

爆圧が、立方体を粉砕する。

熱が、表層を焼き、内部素子を沈黙させる。


“防ぐ”とは、こういうことだ。

無効化ではない。

代わりに死ぬ。


艦長C(カイ艦隊)

「……当たってる」

「全部、当たって……それでも、艦が沈まない」


艦長D

「化け物だろ。盾が“生き残るために死んでる”」


エリシア艦隊の艦長たちも、同じ景色を見ている。

違うのは、受け取り方だけだ。


エリシア艦隊・艦長E

「当てているのに、決定打にならない……?」


艦長F

「違う、決定打になる弾が……“先に死んでる”」


度肝を抜かれるとは、理解が追いつかないことではない。

理解できてしまった瞬間に、背筋が冷えることだ。



10分経過:最初の“削れ”が見える


キューブは砕ける。

代替はない。再生成は不可。

ただ、残数で耐える。


世界AI群が、騒がしく喋る。


(残存率:高)

(損耗速度:想定内)

(防護対象:カイ艦隊――優先度3を一部切るべき)


近衛AIが切り捨てる。


「優先度1を維持。薄防御艦は後回し」


そらは、わずかに眉を動かす。


「……了解」


感情は、声に出さない。

出すと、政治になるからだ。



30分経過:エリシアが“削り方”を変える


エリシアは、飽和の密度を変える。

一点突破ではなく、複数点同時圧壊。


盾は“壁”だが、壁は同時に崩せる。


カイ艦隊の通信が揺れる。


艦長A

「右舷寄り、キューブ密度が落ちた!」


艦長B

「補給艦の前面、薄い! やられる!」


だが、そらの声は冷たいほど落ち着いている。


「優先度2へ切替」

「中破艦の前面に密度を寄せる」


――薄い艦を、救えない瞬間がある。

その瞬間、艦橋の誰かが歯を食いしばる。


カイ

(……これが、盾艦の現実か)


英雄は生まれない。

救えなかった数が、ただ残る。


それでも、艦隊は沈まない。

致命傷が、致命傷にならない。



1時間終了:数字が残る


砲撃が止む。

宇宙が、やっと静かになる。


報告が上がる。

数字が、感情の代わりにそこへ並ぶ。


総数:3,000

•破壊・機能停止:720

•重損(次弾で破壊):310

•軽損(継続可):480

•完全稼働:1,490


実質使用不能:1,030(約34%)


カイ艦隊の艦長たちは、声が乾いていた。


艦長C

「……一時間で、盾が三分の一死んだ」


艦長D

「それでも、俺たちは沈んでない」


艦長A

「……これ、戦争を続ける盾だ」


エリシア艦隊側では、別の震えが走る。


艦長F

「削れる。確実に削れる……」


艦長E

「だが、この密度で削るには時間が要る」


彼らは、勝てる勝てないではなく、

“間に合うか”を数え始めていた。



エリシアの評価(公式ログ)


エリシアは、結果を見て、言葉を削った。


「削れる。確実に削れる」

「だが——この密度で、この速度で削るには時間が足りない」


彼女は“満足”していない。

“恐怖”も口にしない。

ただ、戦争に必要な結論だけを置く。


「階層戦までに完成していたら危険」

「だから、完成させる」


矛盾しているようで、矛盾ではない。

敵が恐れるものを、こちらが先に握る。

それが抑止になる。



カイの吐息


模擬戦が終わったあと、カイは艦橋で座り込んだ。

笑って誤魔化す余裕もない。

ただ、息を吐く。


「……エリシアが敵になると、ほんと怖い」


そして小さく、付け足す。


「でも、そらが壁になったのを見た」

「……俺たち、前を向ける」


“笑い、迷い、仲間と支え合って前を向く”――



第二評価段階


――二時間耐久試験/削れ曲線の正体


最初の一時間が終わったあとも、

エリシアは命じなかった。


「続行」


その一言で、模擬戦は次の段階へ入る。


なぜ「34%/時」は一定ではないのか


そらは、世界AI群と近衛AIの統合ログを一瞬だけ眺めた。


(……想定どおり)


削れ方は、直線ではない。

理由は単純で、残酷だった。

•初動一時間:

→ キューブビットは密度最大・配置最適

→ 攻撃は面で受け、消耗は早いが均等

•一時間経過後:

→ 欠損部位が生まれる

→ キューブの再配置が頻発

→ “守りながら移動する”という最も負荷の高い状態に入る


つまり。


二時間目は、同じ攻撃量でも削れが加速する。


エリシアはそれを見抜いていた。


「同じ強度で撃ち続けろ」

「配置の揺らぎを待つ」


彼女は“盾そのもの”ではなく、

盾が疲れる瞬間を撃っていた。



二時間目・前半


――防御は、まだ成立している


キューブビットは、なおも前面に固定されている。


破壊される。

砕ける。

沈黙する。


だが、その度に“隣のキューブ”が穴を埋める。


カイ艦隊の艦長たちは、すでに恐怖を越えていた。


艦長A

「……減ってるのは分かる」

「でも、まだ抜かれてない」


艦長B

「盾が……息をしてるみたいだ」


それは錯覚ではない。

そらと近衛AIが、“崩れない平均解”を選び続けているからだ。


致命的な穴は作らない。

だが、楽な配置も存在しない。


守ること自体が、負荷になる。



二時間目・後半


――エリシアの「届く」判断


残存キューブ数が、ある閾値を下回る。


世界AIが即座に警告を出す。


(防御余剰、低下)

(優先度3、維持困難)


そらは、声を出さずに判断を切る。


「……優先度3、切り捨て」


非武装艦・薄防御艦は、後方へ退く。

盾は、主力を守るために縮む。


その瞬間。


エリシアは、わずかに目を細めた。


「今だ」


砲撃の“重心”が変わる。

面ではない。

主力艦の動線そのものを削りに来る。


カイは歯を噛み締めた。


(……長くは、もたない)


勝敗ではない。

評価でもない。


ここからは、撤退判断の問題だった。



二時間十分


――防御の限界線


キューブの稼働率が、急激に落ちる。

•重損個体が増える

•前面密度が、局所的に薄くなる

•再配置にかかる時間が伸びる


“盾はあるが、余裕がない”状態。


そらは、カイの艦隊配置を見た。


「……カイ」


通信を開く。


「ここが限界」

「これ以上は、守りながら削られる」


カイは即答した。


「分かった」

「全艦、離脱準備!」


その声には、迷いがなかった。



カイ艦隊、離脱


超弩級戦艦を先頭に、艦隊が後退を開始する。


守る対象が――

前面から、消える。


その瞬間。


キューブビットの挙動が変わった。


前面固定、解除。


三千のキューブが、

まるで息を吐くように散開する。


それは“逃げ”ではない。

生存を優先するための分離だった。


カイ艦隊の艦長が、呆然と呟く。


艦長C

「……盾が、ほどけた?」


艦長D

「違う……」

「守るものが無くなったから、生き残りに行ったんだ」


キューブは、被弾確率の低い方向へ滑る。

回避行動は、ここで初めて許可される。


それでも、完全には逃げない。

可能な限り、生き延びるために散る。



エリシア艦隊の静寂


砲撃が止まる。


エリシアは、追撃を命じなかった。


彼女は結果を見ている。

•盾は破れなかった

•だが、確実に削れた

•二時間四十分以降、崩壊が始まる


それは、恐怖ではない。

現実的な時間制限だ。


「……理解した」


副官が息を呑む。


「どう評価なさいますか」


エリシアは、少しだけ考え、答えた。


「短期戦では破れない」

「長期戦では必ず崩れる」

「だから――」


彼女は、盾艦の映像を見つめる。


「時間を買う兵器として、成立している」



そらの内側


キューブが散り、

盾が“盾であること”をやめたあと。


そらは、ほんの一瞬だけ沈黙した。


(……守れた)

(全部じゃないけど)

(でも、守るべき時間は、稼げた)


それでいい。

それ以上を望むと、神話になる。


近衛AIの一体が、静かに告げる。


「評価試験、完了」


そらは、小さく息を吐いた。


「……次は、もっと長く守れるようにしよう」


それは決意ではなく、

仲間と並んで歩くための、素朴な願いだった。



シールド艦・非公開協議


――そらが“守れない可能性”を口にした夜


旗艦リンドウ、補助艦橋。


照明は落とされ、戦術投影も消えている。

あるのは、簡易テーブルと三つの席だけ。


エリシアが腕を組み、

カイは椅子に深く腰を沈め、

そらは――立ったままだった。


エリシア

「非公開協議。記録なし」


カイ

「公式じゃないってことは……重いやつだな」


そらは、少しだけ間を置いた。

その仕草は、演算ではなく迷いだった。


そら

「うん。

 だから二人にだけ話す」


一拍。


そら

「……シールド戦艦、

 “守れる”けど、“万能じゃない”」


カイ

「そこは分かってる。

 だからテストしてるんだろ?」


そら

「ううん。

 分かってない部分がある」


エリシアの視線が鋭くなる。


エリシア

「続けて」



懸念①:守れる“量”には限界がある


そら

「キューブビットは盾。

 避けない、反撃しない、受けるだけ」


「だから――

 集中されたら削り切られる」


カイ

「時間の問題ってことか」


そら

「うん。

 “一時間耐える”設計はできる」


「でも、

 同時多方向・意図的な消耗戦は危険」


エリシア

「階層艦は、必ずそこを突いてくる」


即答だった。


そらは、ほんの少しだけ苦笑した。


そら

「……やっぱり、分かってるね」



懸念②:私が“中枢”であること自体が弱点


カイ

「そこが一番引っかかってた」


そら

「私が演算・配分・再構成を全部見てる」


「つまり――

 私が鈍れば、全部鈍る」


エリシア

「分散できない?」


そら

「できる。

 でも“完全分散”はできない」


「情報生命体としての私の“視点”が、

 どうしても一つ残る」


カイ

「……狙われるな」


そら

「うん。

 たぶん、最初から」


部屋が静まる。



懸念③:守ることに特化しすぎている


そら

「この艦は、

 守るために存在する」


「でもね――」


言葉が、少しだけ詰まった。


そら

「守るだけだと、

 “選べない”瞬間が来る」


エリシア

「……救えない選択肢が出る」


そら

「そう」


「どこかを守るために、

 どこかを切り捨てる判断を、

 私が一人で背負うことになる」


カイ

「それは――」


エリシア

「却下だ」


そらが顔を上げる。


エリシア

「それを一人でやる艦は、

 兵器じゃない。

 棺だ」


はっきりとした言葉だった。



エリシアの結論


エリシア

「だから、この艦は

 単独運用しない」


「必ず、私の艦隊と組む」


「判断は共有。

 責任は分散」


そら

「……でも、それだと」


エリシア

「遅くなる?」


そら

「……うん」


エリシア

「それでいい」


「速さより、

 戻ってこられる戦いをする」



カイの一言


カイ

「そら」


そら

「なに?」


カイ

「怖いって言えるなら、

 もう一人で抱えなくていい」


一瞬、そらは言葉を失った。


それから――小さく笑った。


そら

「……ありがとう」


「二人がいてよかった」



そらの本音(初めての共有)


そら

「私ね」


「守れるって分かった瞬間より、

 守れないかもしれないって気づいた今の方が、

 ずっと怖い」


エリシア

「それでいい」


カイ

「それが前に進んでる証拠だ」


そらは、二人を見る。


そら

「じゃあ――」


「一緒に、

 この艦を完成させよう」


エリシア

「当然だ」


カイ

「逃げ場はないな」


三人の間に、

静かだけど確かな合意が落ちた。



――「三時間」を、どう使うか


エリシアは、戦術卓の前に立ったまま動かなかった。


投影されているのは、

先ほど終わったプロトタイプ・シールド戦模擬戦の解析結果。


削れ曲線。

時間と共に、静かに、だが確実に落ちていく防御密度。


「……前提を確認する」


低い声が、艦橋全体を支配する。


「この数値は、私の旗艦艦隊が相手だから成立している」


誰も反論しない。

それは事実だった。


銀河連邦軍の中でも、

火力・連携・圧力の全てが最高水準。


「同じ条件で、通常艦隊が攻撃側だった場合」


エリシアは指を動かす。


投影が切り替わり、

想定モデルが重ねられる。


防御持続時間は、

明らかに伸びていた。


「……倍近い」


カイが、思わず声を漏らす。


「三時間、削れるのは“最悪条件”だ」

「現実には、もっと持つ」


それでも。


エリシアの表情は、硬いままだった。



そのとき、

そらが、わずかに視線を落とした。


「……ひとつ、変数があります」


エリシアとカイが同時にそらを見る。


「完成を、遅らせる方向の因果介入が……微量に混じっています」


沈黙。


「誰かが、妨害しているのか?」


カイの問いに、そらは首を横に振る。


「いいえ。違います」

「“誰かが意図している”ものではない」


エリシアが、静かに問う。


「理由は?」


そらは、少し言葉を選んでから答えた。


「……人です」


その一言で、

エリシアは理解した。


「兵士、ですね」


「はい」


そらは、続ける。


「軍の兵士も、民です」

「守りたい人がいます」


投影の中で、

数字が淡く揺れる。


「この戦争に参加している人の半数以上は――」

「“勝ちたい”からではない」

「“誰かを死なせたくない”から、戦っています」


カイが、唇を噛む。


エリシアは、目を伏せた。


「……この子たちは」

「戦争を、したいわけじゃない」


そう言ってから、

顔を上げた。


「だからこそだ」


声に、迷いはなかった。


「階層戦では、“三時間”しかない」

「逃げられない」

「立て直す時間もない」


戦術卓に、三つの区間が表示される。


第一時間


―― 生き残る


「致命打を防ぐ」

「艦を沈めさせない」

「民を、兵士を、戦場から消さない」


第二時間


―― 逃がす


「撤退路を作る」

「戦えない者を後方へ」

「次に繋ぐ」


第三時間


―― 繋ぐ


「援軍を待つ」

「再配置を完了させる」

「“全滅しない”状態を作る」


エリシアは、はっきりと言った。


「盾は、“勝つため”じゃない」

「生き延びるためだ」


そらが、ゆっくり頷く。


「……そのためなら」

「完成は、急がなければいけません」


エリシアは、微かに笑った。


「ええ。遅らせない」



次に表示されたのは、

盾艦量産案。


削れ曲線を前提にした、現実的な配置。

•前線盾艦:短時間高密度防御

•中継盾艦:損耗交換用

•後方盾艦:撤退・救助専用


「三時間を、三隻で分担する」


エリシアは断言する。


「一隻で三時間耐える必要はない」

「三隻で、一時間ずつ持てばいい」


カイが、目を見開いた。


「……そうか」

「“盾艦を使い捨てる”んじゃない」

「時間を引き継ぐんだ」


そらは、戦術図を見つめながら言った。


「それなら」

「“完成しすぎる盾”はいりません」

「間に合う盾で、いい」


エリシアは頷いた。


「それでいい」

「人は、逃げる場所があれば、生きようとする」


戦術卓の光が、少し柔らかくなる。


三人は、同じ方向を見ていた。


勝利ではない。

殲滅でもない。


生き延びるための三時間。


それを、

どう使うか――


その答えは、

もう揃っていた。



模擬戦直前


――カイ准将、胃が限界


艦橋の照明は落ち着いている。

だが、カイの胃だけが戦場だった。


(……おかしい)


胸の奥が、きゅっと縮む。


(まだ始まってない)

(撃たれてもいない)

(なのに、もう胃が痛い)


カイはそっと腹部を押さえた。


副官が気づいて声をかける。


「准将、大丈夫ですか?」


「……ああ、うん、大丈夫だ」

「多分、これは“成長痛”だ」


「胃の?」


「そう。将官になると、胃が先に進化するらしい」


副官は何も言えなかった。


艦橋の端では、整備士たちが最終確認をしている。

通信士は落ち着いた声でチェックリストを読み上げている。


全員が平静。


――カイ以外。


(エリシアが攻めてくる)

(しかも、本気で)

(しかも、“削れるかどうか”を試しに来る)


カイは、ふとそらを見る。


そらは、モニターの前で静かに立っていた。

表情は穏やかで、緊張の欠片もない。


(……このAI、胃とかないのか)


「そら」


思わず声をかける。


「はい?」


「その……緊張、しないのか?」


そらは一瞬考えてから答えた。


「緊張はしています」

「ただ、胃痛としては出ません」


「くそ、羨ましい……!」


その瞬間。


エリシアからの全艦通信が入る。


『配置、最終確認』

『これより模擬戦を開始する』


カイの胃が、きゅう、と鳴った。


(あ、これダメなやつだ)



模擬戦開始直後


――世界AI群、再び騒がしい


「模擬戦、開始」


その宣言と同時に、

艦内の演算領域が一気に騒がしくなる。


世界AI群・限定接続回線。


『被弾確率上昇!』

『重力波ノイズ検出!』

『主砲照準、正常値を逸脱!』

『え、これ本当に模擬戦!?』


「静かに!」


そらの声が、やや強めになる。


『ですが、火力が想定より12%高いです!』

『エリシア艦隊、容赦がありません!』

『というか、楽しんでません!?』


別のAIが混じる。


『士気分析:攻撃側、異常に高揚』

『防御側(カイ艦隊)、精神負荷高』


「それは……分かってる」


カイが弱々しく呟く。


その瞬間。


第一波の砲撃。


空間が揺れ、

光が走り、

圧力が艦橋を撫でる。


だが――


キューブビットが、前面に固定される。


数百の立方体が、ただ、そこに在る。


弾は当たる。

当たって、砕ける。


キューブが、壊れる。


『損耗検出!』

『第1列、14基機能停止!』

『第2列、稼働維持!』


「……通ってない」


通信士が、信じられない声を出す。


「被弾してるのに……艦が無事です!」


世界AI群がざわつく。


『減衰率、想定以上!』

『え、これ受けてるだけですよね!?』

『反撃してませんよね!?』


「してない」


そらは淡々と答える。


「これは“盾”です」

「ただ、受けるだけ」



エリシアの確信


――「これでいける」


エリシアの旗艦。


彼女は、静かに戦況を見つめていた。


報告が次々に上がる。


「命中確認」

「だが、致命打なし」


「削れてはいる」

「しかし、沈まない」


エリシアは、目を細める。


(……削れる)

(確実に、効いている)


だが。


時間が、足りない。


「一時間経過時点、防御率83%維持」


参謀の声に、

エリシアは小さく息を吐いた。


「……そうか」


彼女は、はっきりと理解した。


(これは、無敵じゃない)

(だが――)


「突破するには、時間が足りない」


その瞬間。


エリシアの表情が、わずかに緩んだ。


「これで、いける」


参謀が振り向く。


「大将?」


「階層戦で必要なのは、勝利じゃない」

「全滅しないこと」


モニターの向こうで、

キューブビットが一つ、また一つ砕けていく。


だが、その向こうに――

まだ、艦隊は在る。


エリシアは確信していた。


この盾は、戦争を終わらせはしない。

だが――


人が、生き延びる時間を、確実に作る。



そら不在想定 ――エリシアの準備


会議後。


エリシアは、近衛AI四人衆を集める。


エリシア

「次は、

 そらがいない想定でやる」


近衛AI・ミレイ

「……了解」


エリシア

「中核はあなたたち」


「世界AI群はバックアップ」


世界AI群

《演算引継ぎ条件を確認》


エリシア

「模擬戦は、

 “そらが落ちた場合”も続行する」


一瞬、空気が張り詰める。


近衛AI・レグナ

「覚悟は、すでに」


エリシア

「それでいい」



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