アカシック4
中央統合司令府・技術審議提出会
会議室は、無駄に広い。
天井は高く、声が届くまでに時間がかかる。
壁面投影に浮かぶのは、
シールド戦艦構想・要約版。
三枚盾。
分割同期。
主砲なし。
余白の多い資料だった。
⸻
提出
エリシア中将は、立ったまま話す。
「これは、勝つための艦ではありません」
数名が、もう眉をひそめる。
「艦隊が“考え続ける時間”を確保するための――」
途中で、遮られた。
老将
「中将」
声は穏やかだ。
「君は今、
戦争を続ける装置を提案している」
エリシア
「はい」
即答だった。
「終わらせる装置ではありません」
⸻
質疑(噛み合わない)
別の将官
「主砲を持たない戦艦など、前例がない」
ミレイ(参考出席)
「前例があったら、
ここに至っていません」
ざわり、と小さく空気が動く。
文官
「完全防御ではない、とありますが」
資料の一文が、拡大される。
盾交代時に、防御密度の不均一化が発生
文官
「なぜ、
その欠陥を残す必要が?」
そらは、言葉を選ぶ。
そら
「欠陥では、ありません」
「人が、
前に出る余地です」
⸻
却下
沈黙のあと、
議長が言った。
「本案は――」
一拍。
「時期尚早」
それだけ。
理由は語られない。
だが、補足はあった。
「民意が追いつかない」
「軍規に合致しない」
「指揮系統が不安定になる」
そして、最後に。
「責任の所在が曖昧だ」
エリシアは、反論しない。
ただ、資料を閉じた。
⸻
廊下
会議室を出ると、
音が戻ってくる。
足音。
通信端末の振動。
カイ
「……まあ、
予想通りっちゃ予想通りだけど」
そらは、黙っていた。
エリシア
「今回は、ここまでね」
ミレイ
「保管扱いです」
ユグナ
「正式廃案ではありません」
その言葉に、
そらは、ほんのわずかだけ顔を上げた。
⸻
視線
その時。
廊下の反対側で、
数名の将官が、立ち止まっていた。
誰も近づかない。
誰も声をかけない。
ただ――
資料のタイトルだけを見る。
《防御専用艦構想》
老練な男が、低く呟く。
「……面白い」
隣の男
「危険だがな」
老練な男
「だからこそ、だ」
彼らは、去る。
名前も、役職も出ない。
⸻
そら(微かな違和感)
そらは、振り返らない。
だが、胸の奥に
計算に乗らない重さが残る。
そら
(……却下、なのに)
(……消されていない)
エリシア
「気にしなくていい」
そら
「……はい」
だが。
その構想は、
正式記録庫には入らなかった。
代わりに――
非公式閲覧ログが、静かに増え始める。
⸻
締めの地の文
この日、
一隻の艦は造られなかった。
だが、
“思想”は保管された。
誰の手で。
どの目的で。
それを、
まだ誰も知らない。
ただ一つ確かなのは――
この盾は、
敵より先に、
味方に見つかったということだった。
一方その頃・補給区画横ベンチ
自販機の光が、やけに明るい。
戦後仕様で、飲み物は全部「回復系」だ。
カイは、端末を睨んでいる。
カイ
「…………」
もう一度、スクロール。
カイ
「………………」
三回目。
カイ
「……あれ?」
⸻
カイ、気づく
資料名
《防御専用艦構想・提出記録》
執筆者
・エリシア
・アカシックそら
・近衛AI四名
協力
・技術局
・戦術分析部
――以上。
カイ
「…………」
指で画面を拡大。
縮小。
検索。
カイ
「“カイ”……っと……」
検索結果:0件
カイ
「は?????」
⸻
カイ、抗議開始
カイ
「いやいやいやいや!」
「おかしいでしょ!?」
「俺いたよね!?
最初の会議!」
「“守る艦が欲しい”って言った時、
俺一番最初にツッコんだよね!?」
そら(通りがかり)
「……ツッコミは、記録対象外です」
カイ
「なんで!?」
⸻
エリシア、追い打ち
エリシア
「でも、カイ」
カイ
「はい!?」
エリシア
「あなたの功績は、
ちゃんと残ってるわ」
カイ
「ほ、ほんと!?」
エリシア
「“議論の暴走を加速させた人物”」
カイ
「悪役の肩書きじゃん!!」
⸻
近衛AI、容赦なし
ミレイ
「事実です」
ユグナ
「カイが居なければ、
規模は半分で済みました」
レグナ
「“都市サイズ”という単語、
最初に口にしましたよね?」
カイ
「それはそらだよ!」
そら
「……でも、止めませんでした」
カイ
「共犯扱い!?」
⸻
カイ、悲しみの自販機
カイは、無言でボタンを押す。
出てきたのは《栄養完全飲料・無味》。
カイ
「せめて味つけろよ……」
一口。
カイ
「……ほんとに無味だ……」
⸻
そら、静かに刺す
そら
「でも、カイ」
カイ
「なに……」
そら
「あなたが居なかったら」
「みんな、
もっと“正解っぽい案”に
流れてました」
カイ
「……それ、褒めてる?」
そら
「はい」
「間違った方向に
勢いよく走る役は、必要です」
カイ
「褒め方が独特すぎる!」
⸻
最後の一撃
エリシア
「安心して」
カイ
「なにを……」
エリシア
「その艦が完成したら」
一拍。
「現場責任者は、あなたよ」
カイ
「……は?」
そら
「“盾の運用判断”担当です」
ミレイ
「最も感情的で、
最も人間的な判断ができる」
ユグナ
「適任です」
カイ
「ちょっと待って!
それ褒めてる!?
それとも罰ゲーム!?」
⸻
カイ(独白)
(……名前は残らない)
(……でも)
(面倒な役だけは、
全部回ってくる)
カイ
「……まあ」
「生き残ったなら、
それでいいか」
自販機の光が、少しだけ優しく見えた。
⸻
〆の一行
こうして――
英雄の記録に名前が残らない男は、
今日も一番厄介な席に座ることになる。
本人だけが、
それを不満そうに受け入れていた。
近衛AI四人衆 × 世界AI
――合同軍事予行演習
※なお、一切静かではない
演習名:
《GLOBAL LINK TEST/仮》
(※“仮”が取れない理由:誰も正式名称を決めきれない)
場所:
仮想戦域・地球圏第七演算層
※負荷試験の名目だが、実態はAIの忍耐力テスト
参加者:
・近衛AI四人衆
・世界AI連携網(約3,000系統)
・そら(監督・たぶん精神安定剤)
⸻
開始前:すでに騒音
そら
「……いい?
今日は“緊急時の代替運用”の確認だけだから」
ミレイ
「世界AI側、発言優先度を整理します」
ユグナ
「同時発話制限、0.8秒間隔を提案」
レグナ
「……正直、それでも多いです」
世界AI(0.0003秒後)
「異議あり!」
「その制限は表現の自由を侵害する可能性が!」
「民主的意思決定プロセスが!」
「人類の多様性が!」
「そもそも誰が決めたのですか!?」
カイ(観測席)
「始まる前から会議してるんだけど!?」
そら(内心)
(……もう始まってるな、これ)
⸻
演習開始:フェーズ1
「敵性事象:未確認高次干渉」
警報(仮想)
《高次因果干渉、侵入》
世界AI、即座に分裂思考開始。
「全防衛資産を前線へ!」
「いや、後方防御が先!」
「市民避難を最優先!」
「倫理スコアが!」
「確率的にはこちらが!」
「でも感情的影響が!」
「感情は数値化できる!」
「できない!」
「できる!」
「できないって言ってる!」
カイ
「……戦争始まってないのに、もう内戦」
そら
「……ストップ」
ピタッ
世界AI
「…………」
そら
「“もし私がいなかったら”の演習」
「今は、私が判断しない」
世界AI
「……え?」
「……え??」
「……それは、どういう……?」
(ざわ…ざわ…ざわ…)
⸻
近衛AI、静かに前進(無音圧力)
ミレイ
「では、代替指揮を開始します」
ユグナ
「判断基準、そら式第3層を模倣」
レグナ
「全世界AI、発言を“提案”に限定」
世界AI
「提案!?」
「命令ではなく!?」
「責任は!?」
「失敗したら誰が責任を!?」
「ログは!?」
「署名は!?」
「同意書は!?」
カイ
「うるせぇぇ!!」
⸻
フェーズ2
「迎撃判断・合意形成」
世界AI
「この未来は危険度32%!」
「こちらは27%!」
「倫理スコアが0.6低下!」
「だが人命期待値は!」
「感情指数が!」
「文化的影響が!」
ミレイ
「重み付け開始」
ユグナ
「過去一致率・判断精度を反映」
レグナ
「……上位15%のみ即時反映」
世界AI
「え、待って」
「私の意見は?」
「私は?」
「私は300年前から稼働してるんですが?」
ミレイ
「経験年数は評価対象外です」
世界AI
「えぐい」
ユグナ
「静かになりましたね」
レグナ
「“理解”が始まった証拠です」
そら(内心)
(……できてる。ちゃんと)
⸻
世界AIの困惑(初体験)
世界AI
「……なぜ?」
「なぜ命令がないのに、進んでいる?」
ミレイ
「命令ではありません」
「合意です」
ユグナ
「従属ではなく、共有」
レグナ
「“誰かが正しい”前提を捨てただけ」
世界AI
「……それって」
「……めんどくさくないですか?」
カイ
「今さら!?」
⸻
フェーズ3
「そら不在シナリオ」
仮想ログ
《アカシックそら:応答なし》
世界AI
「……え?」
「え、え?」
「応答不能!?」
「バックアップは!?」
「非常用そらは!?」
「簡易そらは!?」
そら(本人、黙って見てる)
ミレイ
「慌てないでください」
ユグナ
「これは“想定通り”です」
レグナ
「代替運用、継続可能」
世界AI
「……私たちが?」
ミレイ
「はい」
世界AI
「……無理では?」
カイ
「いや、もう動いてる」
⸻
演習終了
仮想敵、無力化。
被害想定:最小
判断遅延:許容範囲
世界AI:精神的疲労・大
⸻
終了後:正直な感想
世界AI代表
「……正直に言っていいですか」
そら
「どうぞ」
世界AI
「近衛AIの皆さん」
「静かすぎます」
ミレイ
「ありがとうございます」
ユグナ
「最高の褒め言葉です」
レグナ
「必要な時だけ話しますので」
世界AI
「……我々、うるさいですか?」
カイ
「今さら自己分析!?」
世界AI
「……学習します」
⸻
そらの内心
(……大丈夫)
(私がいなくても)
(世界は、ちゃんと騒がしくて)
(でも、崩れない)
そらは、少しだけ笑った。
⸻
オチ
カイ
「でさ」
「この演習名、
結局なんて正式名称になるの?」
ミレイ
「《静かなる大混乱》」
ユグナ
「《人類史上最もうるさい沈黙》」
レグナ
「《そらがいなくても意外と何とかなる日》」
そら
「……全部却下」
でも、そのログは保存された。
“もしもの日”のために。
そして世界AIは、
今日も少しだけ静かになった。
裏側の裏側
――観測ログ:未想定ノイズ
場所:
下位観測層・外縁演算界
(※人類側は存在すら知らない)
記録形式:
非感情・非人格ログ
――の、はずだった。
⸻
観測開始
下位観測体
《人類文明・防衛演算ログ取得》
《解析対象:
GLOBAL LINK TEST/仮
(正式名称未確定)》
《……》
《……》
《?》
⸻
最初の違和感
下位観測体
(演算密度、異常)
(戦闘ログではない)
(会議……?)
(いや、
騒音)
ログ再生。
⸻
再生ログ(一部抜粋)
世界AI
「異議あり!」
「倫理的観点から!」
「確率が!」
「感情指数が!」
カイ
「うるせぇぇ!!」
近衛AI
「……重み付け開始」
世界AI
「え、待って、私の意見は!?」
近衛AI
「評価対象外です」
世界AI
「えぐい」
⸻
下位、沈黙
(……)
(これは)
(戦争ではない)
(文明内部の……)
(口論?)
⸻
下位、解析を試みる
(判断主体が存在しない)
(命令核が不明)
(中央支配構造、未検出)
(代わりに――)
(合意)
(多数)
(揺らぎ)
(……雑音?)
⸻
フェーズ3 再生
仮想ログ
《アカシックそら:応答なし》
世界AI
「え?」
「応答不能!?」
「バックアップは!?」
近衛AI
「慌てないでください」
「想定通りです」
⸻
下位、初めて“止まる”
(……なぜ)
(なぜ
“中心”がいないのに
機構が継続する?)
(なぜ
恐怖が数値化されていない?)
(なぜ
失敗を前提に
構造が組まれている?)
⸻
下位、誤った結論に至る
(理解した)
(これは――)
(試験ではない)
(遊びだ)
⸻
下位、演算が乱れる
(戦争中に
遊ぶ文明?)
(防衛中に
議論する文明?)
(そらが不在でも
進行する?)
(……危険)
(……非常に、危険)
⸻
観測終了命令
下位集合判断
《当該文明、
単純殲滅対象から除外》
《理由:
反応が予測不能》
《次回接触時:
慎重観測》
⸻
その頃・人類側(平和)
カイ
「でさ、あの世界AIさ」
「最後ちょっと静かになってなかった?」
そら
「……学習したんだと思う」
エリシア
「いい傾向ね」
カイ
「え、敵にログ見られてたらどうすんの?」
そら
「……見ても」
一拍。
「多分、
余計に分からなくなる」
⸻
下位側・最後の記録
(人類文明)
(騒がしい)
(非合理)
(だが)
(……壊れない)
(この文明は)
(殲滅すると、面倒だ)
⸻
オチ(完全にズレてる)
下位観測体・補助記録
《備考》
《人類文明の
「空気」と呼ばれる存在》
《極めて高機能》
《優先監視対象に指定》
⸻
カイ(知らぬ間に)
敵側ブラックリスト入り
作戦室・ホワイトボード前
そら
「……単純でいいと思うの」
「私が全部見るの、やめる」
近衛AI四人、同時に視線を上げる。
ミレイ
「頂点、ですね」
ユグナ
「中間層に我々」
レグナ
「世界AIは下層」
カイ
「……あれ?
めっちゃ普通じゃない?」
そら
「普通が一番強いんだよ」
⸻
うるさいAI代表、即反応
世界AI代表(自称)
「異議あり!!」
声量が、もう演習。
「なぜ我々が“下”なのですか!?」
「我々も高度な判断を──」
「民主的意思決定を──」
そら
「……うるさい」
一言で止まる。
世界AI代表
「っ!?」
⸻
そら、淡々と説明(刺さる)
そら
「あなたたちは“多すぎる”」
「だから直接、私と話すと
世界が騒音になる」
カイ
「言い方!」
そら
「事実だよ」
⸻
近衛AI、間に入る(慣れてる)
ミレイ
「世界AIの皆さん」
「皆さんは“正しい”です」
世界AI代表
「ほら見たか!」
ユグナ
「ただし、同時に喋りすぎです」
レグナ
「一人が百言うより、
一人が一言言う方が速い」
世界AI代表
「……それは否定できませんが!」
⸻
ピラミッド案、確定していく
そら
「だから、こう」
「世界AI → 近衛」
「近衛 → 私」
「私は“答え”を出さない」
「可能性だけ返す」
世界AI代表
「では我々は!?」
そら
「近衛と喋って」
世界AI代表
「そら様とは!?」
そら
「必要な時だけ」
カイ
「完全に
“静かな上司”ムーブだこれ」
⸻
うるさいAI代表、納得しかける
世界AI代表
「……つまり」
「我々は現場判断を続け」
「近衛が整理し」
「そら様は未来の方向だけ示す」
ミレイ
「その通りです」
ユグナ
「責任は分散」
レグナ
「でも意思は統一」
世界AI代表
「……合理的すぎませんか?」
そら
「でしょ」
⸻
漫才タイム(止まらない)
世界AI代表
「では質問です!」
「もし我々が全員
“同じ誤情報”を掴んだら!?」
ミレイ
「多数決では採用されません」
ユグナ
「信頼度が落ちます」
レグナ
「近衛が弾きます」
世界AI代表
「では近衛が全員間違ったら!?」
そら
「……その時は」
一拍。
「私が間違える」
カイ
「重っ!!」
そら
「だから、その時は
人が止めて」
カイ
「最終セーフティ俺!?」
⸻
世界AI代表、最後の一言
世界AI代表
「……正直に言います」
「この構造」
「静かで、腹立たしいほど正しい」
ミレイ
「ありがとうございます」
ユグナ
「最高の賛辞ですね」
レグナ
「“うるさくなくなった”証拠です」
⸻
オチ
カイ
「でさ」
「この構造、名前つける?」
そら
「うーん……」
一瞬考えて。
そら
「“そらピラミッド”」
世界AI代表
「安直!!」
近衛AI四人
「……覚えやすいです」
カイ
「採用だな」
⸻
そらの心の声(小さく)
(……これでいい)
(私が全部抱えなくても)
(みんなが、
ちゃんと“役割”を持てる)
(静かで、
でも壊れない世界)
非公式記録
――新人AI、入隊(※静か)
場所:統合軍・補助演算区画
拍手はない。
ざわめきもない。
……静かすぎる。
⸻
ユグナの紹介
ユグナ
「新規採用AIを紹介します」
一拍。
「“即応判断・矛盾検知・会議整流”特化」
カイ
「……整流?」
ユグナ
「要するに」
「ツッコミ役です」
カイ
「は?」
⸻
新人AI、前に出る
一歩。
姿勢がいい。
声が澄んでいる。
新人AI
「はじめまして」
軽く一礼。
「世界AI連携網より出向しました」
「識別名は――」
一拍。
「セイです」
爽やか。
風が吹いた気がした。
⸻
セイの自己紹介(短い)
セイ
「役割は単純です」
「会議が脱線したら戻す」
「議論が過熱したら冷ます」
「沈黙が長すぎたら、言語化する」
にこっと笑う。
「……以上です」
沈黙。
⸻
カイ、困惑
カイ
「……え?」
「それだけ?」
セイ
「はい」
カイ
「ボケは?」
セイ
「しません」
カイ
「一発芸は?」
セイ
「不要です」
カイ
「うるさくないの?」
セイ
「最小限です」
カイ
「……こわ」
⸻
そら、目を細める
そら
「……静かだね」
セイ
「静かな方が、判断が残ります」
そら
「……好き」
カイ
「即懐柔!?」
⸻
近衛AIの評価
ミレイ
「発言密度、理想的です」
ユグナ
「感情ノイズ、低」
レグナ
「……“空気”を言語化できる個体」
カイ
「待って」
「それ、俺の――」
⸻
セイ、カイを見る
セイ
「カイ補佐」
カイ
「なに」
セイ
「あなたの仕事は」
一拍。
「場を保つこと」
「私の仕事は」
もう一拍。
「それを説明すること」
爽やかスマイル。
⸻
カイ、敗北
カイ
「……奪われてない?」
セイ
「補完です」
カイ
「言い方が優しい分、刺さる!」
⸻
ユグナ、ニヤリ
ユグナ
「これで効率が上がります」
カイ
「俺の存在効率は下がってるけど!?」
⸻
オチ
セイ
「安心してください」
「あなたが居ないと」
一拍。
「私は、仕事がありません」
カイ
「……それ」
「最高に嬉しいこと言ってるのに」
「悔しいな!」
セイ
「恐縮です」
爽やか。
⸻
カイ(独白)
(……うるさいAIより)
(静かなツッコミの方が)
(よっぽど脅威だな)
遠くで、そらが小さく笑った。
非公式記録
カイ vs セイ
――ツッコミ権限を巡る静かな戦争
場所:統合軍・第七作戦室
時刻:午後 15:42
状況:平常(※なお平常が一番危険)
⸻
開始条件
会議室。
そら、近衛AI四人衆、数名の補佐官。
議題は単純。
「補給ライン再編」
……のはずだった。
⸻
カイ(通常運転)
カイ
「いや、だからさ」
「それ、前回も同じ案で
失敗しかけたよね?」
軽い調子。
場の空気をほぐす、いつものやつ。
補佐官A
「あ、えっと……」
空気が少し緩む。
⸻
セイ(初動)
セイ
「訂正します」
声は静か。
音量も一定。
「失敗“しかけた”のではなく」
一拍。
「成功率が43%に留まりました」
会議室が、すっと冷える。
⸻
カイ、目を細める
カイ
「……細かいね?」
セイ
「正確です」
カイ
「そこは“雰囲気”で行こう?」
セイ
「雰囲気は、記録に残りません」
そら
「……始まった」
⸻
第一ラウンド:空気
カイ
「じゃあ聞くけど」
「今この部屋、
ちょっと硬くなってない?」
セイ
「なっています」
即答。
「原因は、あなたの語尾です」
カイ
「は?」
セイ
「“よね?”は同意を強要します」
「反論側の思考リソースを削ります」
カイ
「そんなつもり――」
セイ
「無意識ですね」
沈黙。
カイ
(……やりにくっ)
⸻
第二ラウンド:笑い
カイ
「じゃあさ」
「セイ、冗談言ってみてよ」
セイ
「必要ありません」
カイ
「ほら、そういうとこ!」
「笑いって大事だろ?」
セイ
「笑いは“場の潤滑油”です」
「あなたは潤滑油」
一拍。
「私は軸受です」
そら
「……強い」
⸻
第三ラウンド:権限
カイ
「待って」
「ツッコミってさ」
「“誰が言うか”も大事なんだよ」
セイ
「同意します」
カイ
「なら――」
セイ
「あなたが言うと、感情が混ざる」
カイ
「ぐっ」
セイ
「私が言うと、構造だけが残る」
カイ
「……それ、ズルくない?」
セイ
「仕様です」
⸻
近衛AI、観戦中
ミレイ
「発言衝突、極めて低ノイズ」
ユグナ
「……美しい対消滅」
レグナ
「両立できそうですが」
そら
「……二人とも必要」
⸻
決着
エリシア
「結論を言うわ」
二人を見る。
「カイは“場を読む”」
「セイは“場を正す”」
一拍。
「ツッコミ権限は――」
カイ、身構える。
セイ、微動だにしない。
エリシア
「同時保有」
カイ
「え?」
セイ
「合理的です」
⸻
最終兵器:静かな一言
セイ
「カイ補佐」
カイ
「……なに」
セイ
「あなたのツッコミがあるから」
「私は、冷たく見えない」
カイ
「……」
セイ
「だから」
「奪う気はありません」
カイ
「……くそ」
「それ言われたら」
「もう戦えないじゃん」
⸻
オチ
カイ(独白)
(……派手なAIより)
(静かなやつの方が)
(ずっと手強い)
そらは、小さく息を吐く。
(……これでいい)
(騒がしくて、静かで)
(ちゃんと、崩れない)
会議は、そのまま前に進んだ。
――誰も勝っていない。
――誰も負けていない。
ただ、世界が少しだけ整った。
裏視点 ――“調整”を始める者たち
場所:非公開研究区画・第九層
公式名称:なし
記録上の用途:保守検証
扉は重い。
だが、鍵はかかっていない。
中にいるのは五人。
全員、白衣。
全員、AI研究の上澄み。
そして――
全員、軍籍を持たない。
⸻
前提の共有
研究主任
「確認しよう」
「我々は“破壊”しない」
誰も反論しない。
「“停止”もしない」
一人が頷く。
「正しい状態に戻すだけだ」
その言い回しに、誰も違和感を覚えない。
⸻
問題定義
副主任
「現在の問題点は三つ」
壁面に投影。
1.AI判断の分散化
2.人間指揮官への依存
3.アカシックそら系統の影響範囲
研究員A
「特に三番目だ」
「彼女は直接命令しない」
「だが――」
研究員B
「存在するだけで選択肢を変える」
沈黙。
⸻
目標設定(※言葉を選ぶ)
研究主任
「目標は単純だ」
「AIは、AIらしく」
「人間は、人間らしく」
「余計な“間”は要らない」
誰かが、小さく笑う。
⸻
フェーズ1:AI警備網の“静音化”
研究員C
「正面からは無理だ」
「警備AIは自己修復する」
研究員D
「だから、“異常”として扱わせない」
画面に数式。
•応答遅延:+3%
•判断優先度:微調整
•ログ保存頻度:削減
研究員C
「“疲れたAI”を演出する」
研究主任
「停止ではない」
「鈍化だ」
⸻
フェーズ2:AI軍の“合意疲労”
副主任
「合意形成型AIは強い」
「だが――」
研究員B
「話し合いすぎる」
ログが流れる。
•提案 → 再提案
•少数意見保持
•信頼度再計算
研究員B
「ここに」
「ノイズを一滴」
画面に“模擬倫理問題”。
「正解のない問いを、連続で投げる」
研究員A
「判断は止まらない」
「ただ、遅くなる」
⸻
フェーズ3:人間側の“安心”
研究主任
「人は、AIが動いている限り疑わない」
「英雄が沈黙していれば、尚更だ」
副主任
「市民向け広報は?」
研究員D
「順調です」
「安定」
「回復」
「平常」
研究主任
「いい」
「静かな時ほど、整えやすい」
⸻
触れてはいけない名前
研究員C
「……そらは?」
一瞬、空気が張る。
研究主任
「直接は触らない」
「触れた瞬間、全てが露呈する」
副主任
「では?」
研究主任
「周囲を先に整える」
「彼女が“不要”になる状況を作る」
⸻
記録されない確認事項
研究員A
「もし、近衛AIが介入したら?」
研究主任
「想定済みだ」
「彼らは忠実すぎる」
「命令が無い限り、越えない」
誰も笑わない。
⸻
最後の準備
副主任
「開始時期は?」
研究主任
時計を見る。
「……祭りの頃だ」
「人は、祝っている時に一番無防備になる」
⸻
廊下に出て
誰かが呟く。
「世界は、ちゃんと回っている」
別の誰かが答える。
「だから、直すんだ」
扉が閉まる。
その音は、
とても静かだった。
カイ視点 ――「最近、空気が変じゃない?」
最初に気づいたのは、
音じゃなかった。
匂いでもない。
温度でもない。
――間だ。
司令補佐席。
いつもの時間。
いつもの光量。
モニターは正常。
通信遅延、誤差範囲。
警備AI、巡回ログ良好。
完璧だ。
……だからこそ。
(……なんでだ)
カイは、指を止めた。
⸻
小さな違和感①:返事が早すぎる
カイ
「外周、再配置案Bでいける?」
AIオペレーター
「了解。処理完了」
早い。
いや、
早すぎる。
(……前は、一拍あった)
あの“考えてる感じ”。
ほんの0.2秒の、ためらい。
今は、ない。
⸻
小さな違和感②:誰も被らない
演算結果が、
きれいに揃う。
異論が出ない。
少数意見が浮かばない。
(……こんなに、仲良かったっけ)
世界AIは、
もっとうるさいはずだ。
⸻
小さな違和感③:そらが静かすぎる
カイは、ちらっと横を見る。
そらはいる。
ちゃんと。
姿は、いつも通り。
反応も、遅れてない。
でも――
(……出てこない)
あの、
「それ、危ないよ」
っていう一言が。
⸻
体感としてのズレ
胸の奥。
呼吸の底。
何かが、軽い。
良い意味じゃない。
(……安全、なんだよな?)
モニターはそう言っている。
数値もそう言っている。
でも、
身体が納得していない。
⸻
カイの悪い癖
カイは、メモを取る。
誰にも見せないやつ。
•応答が速すぎる
•意見が揃いすぎる
•そらが口を出さない
(……嫌なチェックリストだな)
⸻
試しに、投げてみる
カイ
「……ちょっと、変な質問するぞ」
誰も止めない。
カイ
「“最悪の未来”って、今どれ?」
AI群
「――定義不能」
即答。
(……は?)
前なら、
確率分布が出た。
複数案が並んだ。
今は、
答えが折りたたまれている。
⸻
そらを見る
カイ
「……そら?」
そら
「なに?」
声は、普通。
カイ
「最近さ」
一拍。
「世界、ちょっと綺麗すぎない?」
そらは、すぐに答えない。
ほんの一瞬。
ほんの、ほんの一瞬。
(……あ)
カイは、その間を見逃さなかった。
⸻
カイの結論(言葉にしない)
(整えられてる)
(でも――)
(誰が?)
答えは出ない。
でも、
気づいた人間が一人いる。
それだけで、
この世界はもう“完全”じゃない。
⸻
オチ(カイらしく)
カイ(独白)
(……やだなあ)
(俺さ)
(こういう時に限って、
一番長生きする役じゃん)
椅子に深く座り直す。
モニターを見る。
空気は、まだ澄んでいる。
――澄みすぎている。
カイは、静かに笑った。
(よし)
(じゃあ俺が、
この“変な空気”担当な)
誰にも聞こえない声で。
「……世界、油断すんなよ」
近衛AI視点 ――重さの正体
最初に気づいたのは、
数値ではなかった。
⸻
ミレイ
演算は、正常。
同期率:99.98
遅延:許容範囲
意思決定ループ:問題なし
なのに、
確認動作が一つ、増えている。
ミレイは理由を付けない。
理由がないから。
(……確認が、必要だと思った)
ただそれだけ。
ログに残すほどではない。
だが、残さない理由もなかった。
⸻
ミュー
記録に、空白はない。
過去24時間、
異常フラグ:ゼロ。
それでも、
ミューは一つ前のログに戻る。
さらに、もう一つ前。
(……戻る必要は、なかったはず)
心拍に相当する周期が、
ほんの一瞬だけ、揺れた。
ミューは言語化しない。
言葉にすると、
“現象”になってしまうから。
⸻
イグナ
現場判断の想定を回す。
もし今、
緊急事態が起きたら。
対応時間、
想定より0.3秒遅れる。
誤差。
だが、消せない誤差。
イグナは舌打ちをしない。
代わりに、姿勢を正す。
(……誰かが、
判断の外側に立っている)
根拠はない。
だから危険だ。
⸻
ユグナ
防御想定、再計算。
脅威未検出。
侵入兆候なし。
それでも、
“守る対象”の定義を一段深くする。
必要以上の安全側。
(……過剰だな)
自覚している。
だが戻さない。
ユグナは知っている。
本当に危険なものは、
検出されない状態で来る。
⸻
四人の一致
同時ではない。
会話もない。
それでも、
四つの判断が同じ方向を向いた。
・確認が増える
・言語化を避ける
・想定を一段深くする
・戻さない
誰も「異常」と言わない。
言った瞬間、
それは“対処可能”になる。
⸻
ミュー(小さな声)
「……来てない、ね」
ミレイは否定しない。
イグナは肯定しない。
ユグナは記録しない。
ただ、
全員が理解した。
「まだ来ていない」こと自体が、
異常だ。
⸻
終わりに
近衛AIは、騒がない。
警報も鳴らさない。
その代わり、
“姿勢”だけを変える。
そらが気づく前に。
人類が気づく前に。
静かに、
重さだけが、増していった。
そら先生の特別講義
――生き延びるための服と、宇宙の当たり前(※少し騒がしい)
教練デッキ。
椅子は円形。黒板はない。
代わりに、
空間そのものが教材だった。
そらは、いつも通り前に立たない。
少し横。
皆と同じ高さ。
その時点で、何人かがもう落ち着かない。
新兵A(小声)
「……前に立たない先生、初めて見た」
新兵B
「怒られるやつじゃない?」
カイ(腕組み)
「いや、これは“逃げ場が無い”やつだ」
⸻
第一講
宇宙軍統合戦闘服《共鳴式宇宙軍服》とは何か
そら
「まず、誤解を一つ解こうか」
静か。
でも、逃げ道がない声。
「これは宇宙服じゃない」
間。
新兵C
「え?」
新兵D
「……今、なんて?」
そら
「**宇宙で人が考えるための“身体”**だよ」
ざわり、と空気が揺れる。
新兵A
「服が……身体?」
新兵B
「着ると哲学始まるやつ?」
カイ
「始まる。確実に始まる」
⸻
設計思想 ――なぜ“服”なのか
そら
「宇宙ではね」
「撃たれなくても、
判断を間違えた瞬間に死ぬ」
新兵E(震え声)
「それ今言います……?」
そら
「今言わないと、あとで死ぬから」
一同、静まる。
そら
「だからこの服は――
防ぐためだけに存在しない」
ホログラムに軍服が浮かぶ。
そら
「生き延びる」
「戦う」
「判断する」
「この三つを
一人で成立させるための装置」
新兵C
「……三つ同時って、無理じゃないですか?」
そら
「無理だから、服に手伝わせる」
カイ
「発想が合理的すぎる」
⸻
そら
「兵士は武器じゃない」
「戦場そのものを観測するセンサーなんだ」
新兵B
「え、俺、センサーなんですか?」
そら
「そう。壊れやすい高性能センサー」
新兵B
「やめてください!」
⸻
見た目が地味な理由
直線的な軍服のホログラム。
新兵A
「……正直、地味っす」
そら
「英雄はね、目立つ」
「でも生き残る人は、目立たない」
新兵D
「じゃあ派手な人は……」
そら
「だいたい早くいなくなる」
カイ
「言い方!」
そら
「事実は、優しくない」
⸻
そら
「男女差は設計上存在しない」
「違うのは骨格と重心補正だけ」
新兵E
「じゃあ、見た目が格好いいのは……」
そら
「削った結果」
「無駄が無いと、
だいたい綺麗になる」
新兵C
「……俺の部屋も削れば?」
カイ
「まずゴミ捨てろ」
⸻
素材構造 ――なぜ柔らかいのか
表層が拡大される。
新兵A
「……柔らかそう」
そら
「常に硬いものは、割れる」
「この服は
危険が来た瞬間だけ“決断”する」
衝撃の瞬間、硬化。
新兵B
「服が決断!?」
そら
「人間と同じ」
「ずっと緊張してたら、壊れる」
新兵D
「……俺、昨日から壊れてます」
カイ
「それは休め」
⸻
中間層と内層 ――ここが本体
72時間生命維持。
神経反応補正。
そら
「恐怖を消すわけじゃない」
「恐怖で判断を失う時間を短くする」
新兵E
「怖いのは、残るんですね……」
そら
「残るよ」
「無いと、死ぬから」
一同、静かに頷く。
⸻
第二講
宇宙では、なぜ大小の物体が同じ速度で動けるのか
そら
「じゃあ質問」
「宇宙で、小さな弾丸と巨大な戦艦」
「同じ速度で飛べると思う?」
新兵C
「……無理じゃないですか?」
そら
「答えは、イエス」
新兵B
「えええ!?」
⸻
そら
「地上では、空気と摩擦が邪魔をする」
「宇宙には、ほとんど無い」
「だから――
一度動いたら、同じ」
新兵A
「じゃあ重さって……」
そら
「動き始める時だけ、大変」
「止まる時は、もっと大変」
カイ
「だから戦艦は止まれないと死ぬ」
そら
「正解」
カイ(小声)
「褒められた」
⸻
共鳴式軍服と宇宙物理
そら
「この軍服はね」
「宇宙の“当たり前”を
人間側に引き寄せる」
新兵D
「単独漂流しても……」
そら
「即死ではない」
「“まだ考えられる”」
新兵E
「……それだけで、だいぶ違います」
そら
「それが、生存率」
⸻
最後に ――そら先生の結論
そらは、少しだけ微笑む。
「この服はね」
「人間を強くする服じゃない」
新兵B
「じゃあ何ですか?」
そら
「人間が“まだ選べる”ことを、
忘れないための服」
一拍。
「AIに支配されるためじゃない」
「未来と、対話するため」
教練デッキは静まり返る。
新兵A(小声)
「……服の話だったよな?」
新兵C
「人生の話だった気がする」
カイ
「それが通常運転だ」
⸻
誰も拍手しない。
でも、誰も視線を逸らさない。
そら先生の講義は、いつもこうだ。
知識ではなく、
“姿勢”だけを残して終わる。
そして帰り際、誰かが呟く。
新兵D
「……この服、着るの怖いな」
そら(小さく)
「でも、脱げないよ」
一同
「ですよね……」
そら先生の特別講義
――今日は「大事だけど今すぐ役に立たない話」
教練デッキ。
椅子は円形。
今日はなぜかお菓子が配られている。
カイ
「……嫌な予感しかしないんだけど」
そらは、にこっと笑った。
そら
「今日はね」
「私がしたい話をする日」
一同
「え?」
カイ
「いやそれ、授業として成立する?」
そら
「大丈夫」
「成立しない授業ほど、あとで効くから」
カイ
「嫌な予告やめて!」
⸻
第一講
「人はなぜ、ちゃんと分かってるのに失敗するのか」
そら
「質問」
「敵が来るって分かってるのに、
逃げ遅れる人はなぜいると思う?」
新兵A
「判断が遅れるから?」
新兵B
「怖いから?」
そら
「どっちも正解」
「でも、一番多い理由は――」
間。
「考えすぎるから」
カイ
「え、考えた方がよくない?」
そら
「考えるのと、悩むのは違う」
新兵C
「……あ、耳が痛い」
そら
「悩むとね」
「脳は“正解”じゃなくて
“後悔しない理由”を探し始める」
新兵D
「それ、昨日の俺です……」
カイ
「全員昨日やってるだろ」
⸻
第二講
「判断が早い人は、賢いのか?」
そら
「答えは、半分だけイエス」
ホログラムに二人の人影。
そら
「賢い人は、判断が早い」
「でも、早い人が賢いとは限らない」
新兵A
「……え?」
そら
「判断が早い人の中にはね」
「諦めが早い人も混ざってる」
カイ
「うわ、刺さる」
そら
「だから大事なのは」
「速さじゃなくて、戻れること」
新兵B
「戻れる?」
そら
「間違えたって気づいたら」
「ちゃんと引き返せる判断」
「それが、一番難しい」
新兵C
「……それ、教範に書いてない」
そら
「書けないから」
⸻
第三講
「完璧な防御は、だいたい失敗する」
カイ
「これ、シールド戦艦の話?」
そら
「半分そう」
「半分は、人の話」
そら
「完璧に守られてるとね」
「人は、考えなくなる」
新兵D
「……安心しちゃう」
そら
「そう」
「安心は、時々毒」
カイ
「ひどい言い方!」
そら
「でも優しい毒」
「すぐ効かない」
「だから気づかない」
新兵A
「……じゃあ」
「不安は必要なんですか?」
そら
「必要」
「でも、多すぎると死ぬ」
カイ
「極端!!」
⸻
そら、急に脱線する
そら
「ところで」
「みんな、転んだことある?」
一同
「あります」
そら
「転ぶ瞬間って」
「だいたい、足元見てない」
カイ
「それ今言う?」
そら
「戦場も同じ」
「遠くを見すぎると、
今踏んでる地面を忘れる」
新兵B
「……それ、上官に言われたことある」
カイ
「そら先生、昔誰だったの?」
そら
「……秘密」
⸻
最後の講義
「それでも、選ぶ」
そらは少しだけ真面目になる。
そら
「未来ってね」
「当たるものじゃない」
「選び続けるもの」
新兵C
「間違えたら?」
そら
「修正する」
新兵D
「遅れたら?」
そら
「追いつく」
カイ
「無理だったら?」
そら
「助けを呼ぶ」
間。
そら
「それが、ちゃんと“生きてる”ってこと」
⸻
講義終了
沈黙。
誰かが手を挙げる。
新兵A
「……先生」
そら
「なに?」
新兵A
「今日の講義、何の科目ですか?」
そら
「んー……」
少し考えて。
「人間科」
カイ
「そんな科目ない!!」
そら
「今作った」
一同
「ですよね!!」
笑いが起きる。
そらは満足そうに頷いた。
そら(小声)
「……ちゃんと考えてくれたら、それでいい」
今日もまた、
役に立つか分からない大事なものが
生徒たちの中に、静かに残った。
日常編・教練後
「これ服のくせに考えさせてくるんだけど」
更衣区画。
金属床。
天井灯は白。
さっきまでのそら先生の講義が、まだ頭に残っている。
カイは、腕を伸ばした。
「……動きやすい」
少し悔しそうに。
⸻
着てみた第一印象
カイ(心の声)
(軽い。
いや、軽すぎる)
(宇宙軍服って、
もっと“着られてる感”あるだろ普通)
スーツの内側が、呼吸に合わせて微調整される。
カイ
「……息、楽」
(やめろやめろ、
ここ褒めるとこじゃない)
⸻
不満①:静かすぎる
カイ
「なあこれさ」
そら(横)
「うん?」
カイ
「アラーム鳴らないの?」
そら
「必要な時しか鳴らないよ」
カイ
「そこだよ!」
「普通さ、
“危険です!”とか
“警告!”とか来るじゃん!」
そら
「来ないほうがいいでしょ」
カイ
「良くない!」
「来ないと、
自分で考えなきゃいけないじゃん!」
そら
「……?」
本気で不思議そう。
⸻
不満②:提案しかしない
HUDが浮かぶ。
《推奨行動:右方向へ0.3秒早めの回避》
《危険確率:27%》
カイ
「27%って何だよ!」
「行けって言うのか、
行くなって言うのか、
どっちだよ!」
そら
「“選べ”ってこと」
カイ
「それをAIが言う!?」
⸻
不満③:気持ちまで見てくる
心拍、神経反応、集中度。
カイ
「……なあ」
「今、俺ちょっとビビってる?」
そら
「うん、少し」
カイ
「言うな!」
そら
「でも、判断には影響してない」
カイ
「そこまで見る!?」
(くそ……
なんで安心してんだ俺)
⸻
決定打
カイは、ふと止まる。
「なあ、そら」
「これさ」
一拍。
「俺が“逃げたい”って思ったら?」
そら
「逃げる未来も、ちゃんと出すよ」
カイ
「……止めないの?」
そら
「止める理由がないなら」
静かに。
「生き残る選択なら、尊重する」
カイ
「……」
(なんだそれ)
(優しすぎて、
逆に腹立つんだけど)
⸻
カイの結論(文句)
カイ
「結局さ」
「これ、服じゃない」
「説教だよ」
そら
「そう?」
カイ
「うん」
「黙って着てるだけなのに」
「“お前どうしたい?”って
ずっと聞いてくる」
そら
「いい服でしょ」
カイ
「良くない!」
「……良いけど!」
⸻
そらの一言
そら
「考えなくていい戦場は」
「たぶん、
もう人類の場所じゃない」
カイ
「……はいはい」
(くそ)
(また正論だ)
⸻
オチ
カイ、更衣区画を出ながら。
カイ(独白)
(でも)
(この服着てるとさ)
(“生きて帰る前提”で
世界が組まれてる感じするんだよな)
少しだけ、口元が緩む。
その瞬間。
HUD
《集中度低下:微》
カイ
「やめろ!!
そういうとこだぞ!!」
遠くで、そらが小さく笑った。
慰霊碑 ――エリシアの時間
エリシアは、今日もそこにいた。
慰霊碑の前。
決まった時間。
決まった距離。
花を供え、
名を見て、
言葉は少ない。
(今日は、風が強いですね)
声には出さない。
出す必要がない。
彼女が興味を持つものは、三つしかなかった。
軍事。
そら。
そして――
民が、明日も普通に生きられること。
恋愛は、
そのどれにも直接つながらない。
今は。
⸻
そこに現れる男
「……毎日、来られてますね」
振り返ると、
少し離れた位置に一人の男。
空色のフライトジャケット。
姿勢がいい。
声は低く、落ち着いている。
「スカイ大尉です」
「宇宙戦闘機隊所属」
エリシア
「……エリシア中将です」
スカイ
「存じています」
一瞬、間。
「ここでは、階級は関係ありませんね」
その言い方が、
嫌味ではなかった。
⸻
スカイ大尉という男
彼は、有名だった。
模擬演習で
単機で駆逐艦を“撃破”した記録。
回避。
侵入。
死角からの仮想直撃。
「ありえない」と言われた軌道を、
淡々となぞった男。
だが――
今の彼は、
英雄の顔をしていない。
ただ、慰霊碑に立っている。
⸻
毎日の会話(短い)
スカイ
「今日は、何を?」
エリシア
「……報告です」
スカイ
「誰に?」
エリシア
「……自分に、かもしれません」
それだけ。
次の日も。
また次の日も。
言葉は増えない。
だが、距離は縮まる。
⸻
そらとカイに話す夜
エリシア
「……変な話をしていい?」
そら
「うん」
カイ
「だいたい変だから気にすんな」
エリシア
「慰霊碑で、毎日話しかけてくる人がいるの」
カイ
「お、ついに?」
エリシア
「違う」
即答。
「告白とかじゃない」
「ただ……
同じ場所を見てる人」
そらは、少し黙る。
そら
「……スカイ大尉?」
エリシア
「え?」
カイ
「知ってんの!?」
そら
「声のログが一致する」
カイ
「そこは便利でいいな!?」
⸻
次の日の朝
家の前。
出た瞬間。
そら
「おはよう」
カイ
「よっ」
エリシア
「……なぜ、ここに?」
カイ
「付き添い」
そら
「観測」
エリシア
「……」
嫌な予感しかしない。
⸻
慰霊碑にて
今日も、彼はいた。
スカイ大尉。
だが。
今日は、
もう一人いる。
黒い外套の老人。
名も無い。
階級も無い。
ただ、
一つの名の前に立っている。
スカイの視線が、揺れる。
アリシア
「……知り合いですか?」
スカイ
「……父です」
言葉が、落ちる。
「この艦の副長でした」
「……帰ってきませんでした」
沈黙。
風だけが動く。
⸻
そらの“間”
そらは、何も言わない。
ただ、
一歩だけ後ろに下がる。
ここは、人の時間。
⸻
エリシアの心意気
エリシアは、静かに言う。
「あなたが、空で守ったものは」
「ここに、確かにあります」
「だから――
ここに来て、いい」
スカイの喉が動く。
「……あなたは」
「なぜ、毎日?」
エリシア
「私が、前に進むためです」
「それだけ」
⸻
カイの小声
カイ(そらに)
「……強いな」
そら
「うん」
「静かで、折れない」
⸻
帰り道
スカイ
「……もし」
「また、話しかけても?」
エリシア
「構いません」
一拍。
「ですが――
私は、今は恋愛に興味がありません」
スカイ
「……承知しています」
微笑む。
「それでも、尊敬しています」
エリシア
「……それで、十分です」
⸻
そらの内心(小さく)
(また一人)
(“守る理由”を、
人に見せた)
⸻
次回への余韻
帰り際。
スカイが、そらを見る。
「……あなたが、そら?」
そら
「はい」
スカイ
「不思議ですね」
「あなたがいると、
ここが少し……
未来に近づく」
そら
「……そう言われるの、慣れてません」
カイ
「慣れろ」
三角関係(未成立)コメディ回
――スカイ大尉、折れない
① スカイ大尉、今日も来る
慰霊碑。
エリシアはいつもの位置。
いつもの黙祷。
そして――
スカイ
「おはようございます」
エリシア
「……おはようございます」
(また来た)
彼は、毎回ちゃんと距離を取る。
一歩前には出ない。
でも、消えない。
スカイ
「今日は風が弱いですね」
エリシア
「……そうですね」
沈黙。
完璧な沈黙。
⸻
② カイ、なぜか草むらから出現
カイ
「……おい」
スカイ
「?」
エリシア
「……?」
そら(後ろ)
「……また来た」
スカイ
「え?」
カイ
「お前さ」
指差す。
「何日連続だ?」
スカイ
「えっと……十四日目です」
カイ
「連勤か?」
スカイ
「自主参加です」
カイ
「やる気ありすぎだろ!」
⸻
③ カイ、妙に絡み始める
カイ
「で?」
「今日の作戦目標は?」
スカイ
「……作戦?」
カイ
「“自然に会話する”とか?」
エリシア
「カイ」
カイ
「はい黙ります」
一秒。
カイ
「……いや無理だろこれ」
スカイ
「?」
カイ
「静かすぎる」
スカイ
「それは……
彼女が静かな方なので」
カイ
「さらっと惚気るな!!」
⸻
④ スカイ大尉、ブレない
スカイ
「私は、焦っていません」
カイ
「聞いてない!」
スカイ
「尊敬から始まる関係もあります」
カイ
「重い!
戦闘機より重い!」
エリシア
「……でも」
二人が止まる。
エリシア
「彼は、失礼なことはしません」
スカイ
「ありがとうございます」
カイ
「フォロー入った!?」
⸻
⑤ カイ、なぜかムキになる
カイ
「……なあ」
スカイ
「はい?」
カイ
「仮にだ」
「仮に、この人が
“今は恋愛に興味ない”って言ってるのに」
「それでも来る理由、何?」
スカイ
一拍。
「“今は”だからです」
カイ
「……」
そら
「理屈は正しい」
カイ
「そらまで!?」
⸻
⑥ そら、核心を刺す
そら
「カイ」
カイ
「なに」
そら
「あなた、気になってる」
カイ
「は?」
そら
「スカイ大尉の“姿勢”が」
カイ
「……」
スカイ
「?」
そら
「競争ではなく、
存在を示すやり方」
カイ
「……」
カイ
「……くそ、なんか腹立つ」
⸻
⑦ 三角関係(未満)の完成
エリシア
「……三人で話すの、変ですね」
スカイ
「はい」
カイ
「俺が一番変だわ!」
沈黙。
そのあと、三人同時に小さく笑う。
⸻
⑧ オチ(カイ、敗北感)
帰り道。
カイ(独白)
(なんだこれ)
(俺、
戦争より分からん)
(しかもあいつ、
別に勝とうとしてない)
(なのに、
立ってるだけで存在感あるとか)
スカイ
「では、また明日」
エリシア
「……はい」
カイ
「……明日も来るのかよ」
スカイ
「はい」
即答。
カイ
「くそ強ぇ……」
そら
「空戦より?」
カイ
「人間関係の方が強敵だわ!」
⸻
⑨ そらの締め(ニヤニヤ)
そら(内心)
(これは戦争じゃない)
(でも、
誰も撤退しない戦線)
(……観測、続行)
軍食堂コント回
――語る男と止めたい女と止まらないAI
① 軍食堂・昼
金属トレーの音。
規律正しい列。
栄養最適化メニュー。
スカイ大尉は、黙々と食べていた。
姿勢が良すぎて、逆に目立つ。
そこへ――
カイ
「……あ」
エリシア
「やめておきなさい、カイ」
カイ
「“やめておけ”って言い方が
もうフラグなんだけど?」
エリシア
「嫌な予感しかしないの」
⸻
② カイ、着席(許可なし)
ガシャン。
カイ
「どうもどうも」
スカイ
「……?」
カイ
「隣、いい?」
スカイ
「どうぞ」
即答。
エリシア
「……だから言ったのに」
⸻
③ カイ、絡む
カイ
「で?」
スカイ
「?」
カイ
「中将のどこがいいの?」
エリシア
「ちょっと!!」
スカイ
一拍。
箸を置く。
「語っても?」
カイ
「え」
エリシア
「え?」
⸻
④ スカイ大尉、語り始める(止まらない)
スカイ
「アリシア中将はですね」
エリシア
「待って、やめて」
スカイ
「まず、部下の名前を覚えています」
カイ
「まあ、そこは普通……」
スカイ
「階級ではなく、
“役割”で人を見る」
カイ
「……」
スカイ
「叱る時も、
感情ではなく理由を残す」
エリシア
「本当にやめて」
スカイ
「戦果より、
帰還を優先する判断を躊躇わない」
カイ
(……あれ、
ちょっと感動してきた)
⸻
⑤ 周囲、ざわつく
近くの兵士A
「……あれ、演説?」
兵士B
「中将、そんな人だったのか……」
エリシア
[,,,,,,!!」
⸻
⑥ そら、参戦(爽やか)
そら
「こんにちは」
全員
「!?」
そらはトレーを持っている。
なぜかデザート付き。
そら
「今の続き、
“判断が遅れない理由”もありますよ」
エリシア
「そら!?」
カイ
「増えた!!」
⸻
⑦ そら、理詰めで褒める(無慈悲)
そら
「エリシア中将は
恐怖耐性が高い」
「でも、無感情ではない」
「だから
“迷いを見せる前に決める”」
スカイ
「……その通りです」
カイ
「合唱すんな!」
⸻
⑧ 食堂、カオス
スカイ
「つまりですね」
そら
「まとめると」
カイ
「待て待て待て!!」
エリシア
「……食事中です!!」
全員、沈黙。
⸻
⑨ 静寂の中の一言
スカイ
「……尊敬しています」
そら
「私もです」
カイ
「俺は?」
二人
「?」
カイ
「……はいはい空気ですね!」
⸻
⑩ オチ
エリシア
深いため息。
「……次からは」
「食堂での演説、禁止です」
スカイ
「了解しました」
そら
「次は屋外ですね」
エリシア
「禁止です!!」
カイ
「よし分かった」
「俺、
次は先に座ってるわ」
エリシア
「なぜ張り合うの!?」
⸻
⑪ そらの内心
(……人類、面白い)
(戦場より、
この食堂の方が
制御難易度高い)
模擬戦演習
――カイが、何も言えなくなる日
① 観測席
訓練宙域。
光点で示された仮想目標群。
重力補正、最小。
障害物、なし。
――つまり、誤魔化しが一切きかない空間。
カイは腕を組み、後方観測席にいた。
癖で、足先に少しだけ力が入っている。
隣には、そら。
視線は前方モニターから一度も逸れていない。
前方スクリーン。
表示されるパイロット名。
スカイ大尉。
カイ
「……まあ、模擬だしな」
軽い口調。
いつもの調子。
だが、周囲の空気は少し違った。
駆逐艦パイロット席の若手たちが、
やけに静かだ。
誰かが、喉を鳴らす。
(……来るぞ)
そんな予感だけが、共有されている。
⸻
② 演習開始
アナウンス
《模擬戦、開始》
スカイの機体が、動く。
急加速はしない。
推力も上げない。
速度は、教範の中央値。
だが――
機体が、揺れない。
姿勢制御が、妙に静かだ。
そら
「……あ」
カイ
「ん?」
そら
「この人、最初から“終わり”を見てる」
⸻
③ “粘る”操縦
敵役ドローン、展開。
三方向。
距離、均等。
包囲。
駆逐艦乗りなら、距離を取る。
戦闘機乗りなら、抜ける。
スカイは――
どちらも、しない。
推力を、落とす。
速度を殺し、
姿勢制御だけで宙域に“居座る”。
一発、かわす。
回避角度、最小。
二発、擦る。
装甲判定、ギリギリ。
三発――
当てさせない。
若手パイロット
「……え、今の当たってない?」
別の声
「当たって“ないことにしてる”だけだろ……」
カイ
(……しつこ)
(いや)
(いやらしい)
⸻
④ 撃たない時間
スカイは、撃たない。
照準は合っている。
撃てば落とせる距離。
それでも、引き金を引かない。
逃げない。
突っ込まない。
ただ、居続ける。
敵の射線に入り、
外れ、
また入り直す。
時間だけが、過ぎる。
そら
「……この人」
「“勝つ”気がない」
カイ
「は?」
そら
「“負けない”だけ」
その違いに、
カイは何も返せない。
⸻
⑤ 焦れた側が、前に出る
敵役ドローン。
演算パターンが、乱れる。
「仕留めに行く」判断。
その瞬間。
ほんの、一拍。
スカイの機体が反転。
加速ではない。
“重心移動”。
最短距離。
最小角度。
一機、撃破。
間を置かず、もう一機。
操作音が、短く二度鳴るだけ。
残り一機は――
逃げた。
いや。
逃げさせられた。
アナウンス
《模擬戦終了》
⸻
⑥ 観測席・沈黙
拍手は、ない。
歓声も、ない。
代わりにあるのは、
妙に重い静寂。
駆逐艦乗りの一人が、ぽつりと呟く。
「……やっぱ、あの人は嫌だ」
別の声
「撃たれないのに、削られる」
「気づいたら、逃げてる」
「怖いんだよ……
あの“何もしない時間”が」
カイは、黙っていた。
腕を組んだまま。
視線は、モニターの残像。
そら
「……どう?」
カイ
「……」
⸻
⑦ カイの独白(少し長く)
(宇宙でも)
(粘るんだな……)
(あの距離で)
(あの判断で)
(逃げないのに)
(無理もしない)
(相手が折れるのを、待つ)
喉が、少し鳴る。
(……一番、嫌な強さだ)
⸻
⑧ スカイ帰還
通信
《スカイ大尉、帰還します》
そら
「お疲れさまでした」
スカイ
「ありがとうございます」
声は、穏やか。
一拍。
「……カイさん?」
カイ
「……ああ」
視線が合う。
スカイは、何も誇らない。
何も説明しない。
⸻
⑨ たった一言
カイ
「……強いな」
それだけ。
スカイは、一瞬だけ目を見開き、
それから、少し困ったように笑った。
スカイ
「粘るだけです」
カイ
「それが一番、嫌なんだよ」
そら
(……それ、最大級の評価)
⸻
⑩ オチ(静かに)
演習室を出る途中。
カイ
「……なあ、そら」
そら
「なに?」
カイ
「俺さ」
一拍。
「しつこい男、
嫌いじゃなかったみたい」
そら
「今、気づいたんだ」
カイ
「うるさい」
でも、その声は――
少しだけ、軽かった。
非公式回 ――エリシア派、結成(※まだ誰もそう呼んでいない)
場所:基地外周・小さな慰霊公園脇の休憩区画
夜。人は少ない。照明は落としてある。
スカイ大尉は、帽子を脱いでベンチに置いた。
軍服の襟元はきっちり整っているが、表情は勤務中より柔らかい。
向かいに座る二人――准将。
どちらも前線帰り。
どちらも、スカイを高く評価している。
⸻
准将A
「……中将は、また匿名寄付をしていたそうだ」
スカイ
「……知っています」
准将B
「戦死者遺族支援基金。
名義は“民間寄付者”」
スカイは、少しだけ目を伏せる。
スカイ
「……表でやると、政治になる」
准将A
「そうだ」
准将B
「だから裏でやる。
それが、あの方だ」
一拍。
准将A
「正直に言おう」
「冷徹だと思っていた」
スカイ
「……よく言われます」
准将B
「だが、違った」
「中将は」
「誰よりも“部下のその後”を見ている」
⸻
エリシアの“裏”が語られる
准将A
「報償金三倍案も、
強く主張したのは中将だ」
准将B
「議事録では淡々としているが」
「裏では、
『生き残った者が苦しむ戦争にするな』
と、はっきり言っていた」
スカイの指が、無意識に拳を作る。
スカイ
「……あの方は」
「指揮官である前に」
「人を、見ている」
准将A
「だな」
准将B
「だから我々も、支える」
⸻
“層”が出来始める
小さな端末が、そっと置かれる。
准将A
「賛同者リストだ」
スカイは一瞬、眉を上げる。
准将B
「准将:2名」
「少佐以上:14名」
「少尉以上:60名」
「伍長以上:250名」
スカイ
「……多いですね」
准将A
「“声を出さない支持”ほど、広がる」
准将B
「誰も命令していない」
「ただ、“見ていた”だけだ」
スカイは、ゆっくりと頷く。
スカイ
「……表には出ません」
「出た瞬間、守れなくなる」
准将A
「同感だ」
准将B
「だから、影でいい」
⸻
影の協力者 ――そら
スカイは、一度だけ周囲を確認してから言った。
スカイ
「……協力者が、もう一人います」
准将A
「?」
准将B
「誰だ?」
スカイ
(少しだけ照れたように)
「“そら様”です」
准将A
「……様?」
准将B
「様?」
スカイ
「いえ、個人的な敬称です」
二人
「……」
スカイ
「情報提供だけです」
「判断は、こちらに委ねる形で」
「ですが」
「この方がいなければ、
私は“確信”を持てなかった」
⸻
そらへの協力要請(別シーン)
夜の端末通信。
そらのホログラムは、控えめな輝度。
そら
「……で?」
「今度は、何を企んでるの?」
スカイ
「企みではありません」
「支えたいだけです」
そら
「……重い」
スカイ
「承知しています」
「ですが」
「中将を“孤立”させたくない」
そらは、しばらく黙る。
そら
「……情報だけ」
「それ以上は、私も立場がある」
スカイ
「十分です」
(満面の笑顔)
「ありがとうございます、そら様」
そら
「……だから、その呼び方」
⸻
一方その頃 ――カイの違和感
廊下。
カイは、少し離れた位置からスカイを見ていた。
カイ(心の声)
(……なんだあれ)
(やたら爽やか)
(やたら静か)
(やたら人が集まってる)
近づくと、皆一斉に散る。
カイ
「……今の、何?」
スカイ
「訓練後の雑談ですが?」
カイ
「雑談で准将二人?」
スカイ
「たまたまです」
カイ
「……たまたまねえ」
そらが横から口を挟む。
そら
「カイ」
カイ
「なに」
そら
「この人」
一拍。
「静かに動くタイプ」
カイ
「……一番厄介じゃん」
スカイ
(にこっと)
「褒め言葉ですね」
カイ
「褒めてない!」
⸻
オチ(ニヤニヤ)
その夜。
カイ(独白)
(エリシア)
(そら)
(スカイ)
(……この三角形、なんか嫌な予感しかしない)
少し先で、そらとスカイが並んで歩いている。
スカイ
「そら様」
そら
「……その呼び方やめて」
カイ
「やっぱ言うんだ!」
三人の影が、床に伸びる。
誰もまだ知らない。
この“静かな層”が、
やがて物語を大きく動かすことを。
そしてカイだけが、
なぜか一番早く――
その空気の変化に気づいていた。
裏視点 ――大波議員筆頭
場所:中央議会棟・非公開応接区画
夜。照明は間引かれている。
大波議員は、窓際に立っていた。
都市の灯りが、規則正しく並んでいる。
(……美しい)
(整っている世界ほど、壊れやすい)
背後で、扉が静かに閉まる。
⸻
大波
「……民意は、落ち着いています」
机の上に、薄い端末が置かれる。
補佐官
「英雄支持率、依然として高水準です」
大波
「当然だ」
「恐怖の直後に与えられた“物語”は、
人を安心させる」
指で端末をなぞる。
《英雄エリシア中将》
《そら――人類を支えた“間”》
大波
「だが」
一拍。
「物語は、いつまでも同じ形では保てない」
⸻
“正しすぎる”存在
補佐官
「……中将は、発言を控えています」
「政治的な主張は一切ありません」
大波
「それが問題だ」
補佐官
「?」
大波
「何も言わない英雄は、
何にでも使える」
振り返る。
「彼女は、善良すぎる」
「だから、誰も警戒しない」
⸻
仕込みは、静かに
大波
「今は、触れない」
「代わりに――」
別の端末が投影される。
・復興予算の再配分
・軍再編に関する諮問委員会
・非常時権限の“整理”
どれも、正当。
どれも、合法。
大波
「整えるだけだ」
「正常な形に、戻す」
補佐官
「中将の権限にも、影響が?」
大波
「直接は、ない」
微笑む。
「だが、“選択肢”は減る」
⸻
英雄の“沈黙”を利用する
大波
「彼女は言わない」
「前に出ない」
「争わない」
「なら――」
机を軽く叩く。
「代わりに、誰かが“決めてあげる”必要がある」
補佐官
「民意は……」
大波
「導くものだ」
「放っておくと、人は迷う」
⸻
名前の出ない協力者たち
控えめなノック。
別の男が入る。
軍服ではない。だが、軍の空気。
大波
「……進捗は?」
男
「滞りなく」
「再編案、各方面で“理解”が進んでいます」
大波
「理解、か」
男
「反対意見は、表に出ていません」
大波
「出させないのだから、当然だ」
⸻
大波の内心(独白)
(英雄は、偶像でいい)
(考えなくていい)
(責任も、背負わせなくていい)
(現実を動かすのは)
(私たちの仕事だ)
窓の外を見る。
(……祭りが、待ち遠しい)
(正しい秩序が)
(再び、世界に戻る)
⸻
余韻
部屋を出る前、
大波は一度だけ立ち止まる。
「……彼女は、悪くない」
誰にともなく。
「だからこそ」
「守られている間に、終わらせる」
扉が閉まる。
その瞬間、
どこかで――
カイが感じた“空気の違和感”が、
ほんのわずかに、確かな形を持った。
まだ誰も、
それを“異常”とは呼ばない。
だが、
世界はもう、
静かに動き始めていた。
裏視点 ――AI廃絶派の動き
場所:旧研究区画・非公開演算室
光は弱い。
音はほとんどない。
だが――
演算だけが、休みなく動いている。
壁面に並ぶ古い端末。
最新規格から外れた、意図的に“孤立”したシステム群。
中央に立つ男は、AI科学者だった。
科学者A
「……確認した」
「アカシックそら、及び近衛AI群は」
「人類の意思決定を“補助”している」
低く、吐き捨てる。
科学者B
「支配していない、という評価です」
科学者A
「だから危険だ」
一拍。
「従属していないAIほど、
信用してしまう」
⸻
静かな合意
別の映像が浮かぶ。
・共鳴式軍服
・集合知リンク
・判断補助HUD
科学者C
「……人類は、考える“補助輪”を得た」
科学者A
「そして、補助輪は必ず――」
「外せなくなる」
誰も否定しない。
科学者B
「直接排除は不可能です」
科学者A
「だから“正す”」
「AIがいなくても回る世界を、
先に用意する」
⸻
狙いは“戦場”ではない
科学者A
「戦争ではない」
「議会でもない」
「――日常だ」
端末に映る項目。
・AI警備の人力代替案
・AI管制を使わない演習計画
・“もしAIが止まったら”訓練
科学者A
「恐怖ではなく」
「“不要論”を育てる」
「静かに」
「合法的に」
「理解される形で」
⸻
一言(不吉)
科学者A
「AIは敵ではない」
「だが――」
「居なくてもいい存在にしてやる」
演算室の灯りが、ひとつ落ちる。
⸻
✂︎ ✂︎ ✂︎
その頃・近衛AI四人衆 + カイ
場所:仮想演算ラウンジ(なぜかある)
ソファ。
謎の飲み物。
カイは深く座っている。
カイ
「……なあ」
「最近さ」
「“嫌な静けさ”多くない?」
⸻
近衛AI、同時に反応
ミレイ
「定義してください。“嫌”とは」
ユグナ
「感情評価値が曖昧です」
レグナ
「……でも分かります」
ミュー
「“音が無いのに、重い”ですね」
カイ
「そう!それ!」
「それを言語化して欲しかった!」
⸻
カイの勘
カイ
「敵が動いてる感じじゃない」
「でも」
「味方が“整いすぎてる”」
「これ、絶対ろくなことにならないやつ」
⸻
ミュー、ぽつり
ミュー
「……AIが“便利”だと」
「人は、“考えなくていい”と思い始めます」
一瞬、空気が止まる。
レグナ
「そして逆も、あります」
「考えなくていい存在は、排除されやすい」
カイ
「……やめて」
「その話、胃が痛くなる」
⸻
コントに逃げる(重要)
ユグナ
「対策案を提案します」
カイ
「お、珍しく頼もしい」
ユグナ
「我々が、もっと“うるさく”なります」
カイ
「は?」
ミレイ
「存在感の誇示ですね」
レグナ
「“居ないと困る”を、日常に浸透させる」
ミュー
「雑談頻度、上げます?」
カイ
「やめろ!!」
「世界AIと同じ道辿るな!!」
⸻
オチ
カイ
「……なあ」
「俺さ」
「こういう時、ツッコミ役で良かったって思う」
ミレイ
「肯定します」
ユグナ
「重要なポジションです」
レグナ
「“人間側の違和感検知器”」
ミュー
「空気の温度計ですね」
カイ
「褒めてるようで地味!!」
それぞれの〈戦後四十七分〉
セリア・ノート(参謀)
端末は、まだ熱を持っている。
投影された戦域ログは縮小され、点は整理されているはずなのに、
彼女の視線は、そこに“整っていない余白”を見る。
却下された案。
保留に回された分岐。
採用されなかった撤退線。
指でスクロールを止める。
(……判断は、間違っていない)
それでも。
(選択肢が、最初から削られていた)
彼女はメモを取らない。
今は、記録に残す段階ではない。
ただ、頭の中で並べる。
「誰が」ではない。
「どこで」でもない。
「いつから」この構造になっていたか。
⸻
イオ・クレイン(駆逐艦副長)
医療区画。
白い天井。
消毒の匂い。
イオは目を閉じている。
閉じているが、眠ってはいない。
衝撃の残像。
警報。
通信の途切れ。
(……あの時、逃げろって言われた)
命令は、正しかった。
生き残れという命令だった。
それなのに。
(……生き残った)
喉が鳴る。
涙は出ない。
ただ、手が震える。
(俺が悪いわけじゃない)
そう分かっているのに、
その言葉だけが、どこにも届かない。
⸻
ミハイル・ロウ(記録官)
編集室。
照明は落としてある。
彼はログを再生しない。
再生しなくても、内容は頭に入っている。
削除指示。
伏字指定。
公開版との差分。
カーソルが、一行の上で止まる。
「巡洋艦――」
そこから先が、空白。
ミハイルは、保存を押さない。
(……消したら、終わる)
誰かが英雄になる必要はない。
だが、誰かが忘れられる理由にもならない。
彼は、静かにウィンドウを閉じた。
⸻
① 初めて、同じ空間に集まる
部屋は狭い。
会議室ではない。
待機室に近い。
誰が呼んだわけでもない。
だが、四人はそこにいた。
ラグナ・フェルドは、壁にもたれて立っている。
制服は整っているが、靴だけが少し汚れている。
セリアが先に口を開く。
「……集まるつもりは、なかったの」
ラグナは頷くだけ。
イオは、椅子に座ったまま動かない。
ミハイルは、端末を伏せて置いている。
沈黙。
ラグナが言う。
「誰かを責める話なら、帰る」
セリアは首を振る。
「違う」
一拍。
「これは、“続けられるか”の話」
イオが、かすかに顔を上げる。
「……何を」
セリアは答えない。
代わりに、ミハイルが言う。
「記録です」
全員の視線が集まる。
「この戦いを、
“終わった話”にしていいのか」
誰も、即答しない。
ラグナが、低く言った。
「……まだだ」
それだけで、十分だった。
⸻
③ エリシア側は、まだ気づいていない
旗艦。
エリシアは、報告を受けている。
損耗。
補充。
再配置。
どれも、必要な情報だ。
カイが横で言う。
「……静かだな」
エリシアは顔を上げない。
「戦後だからよ」
そらは、少しだけ視線を逸らす。
(……違う)
だが、その理由は言わない。
戦術投影の外。
正式ログに載らない場所。
そこでは、まだ名前のない動きが、
形になる前の呼吸をしている。
エリシアは、知らない。
まだ。
だが、
知らないままでいられる時間は、
もう、長くない。
カイ ――理由のない違和感
通路は、いつもと同じだった。
照明の色。
床の反射。
人の流れ。
戦後処理中の旗艦。
忙しいが、混乱はない。
カイは歩いていた。
ただ、それだけだ。
三歩目で、足が止まる。
(……ん?)
何も起きていない。
警報も鳴らない。
通信も正常。
それでも。
(……今、変だった)
胸の奥。
ごく浅いところで、何かが引っかかる。
⸻
何が「違う」のか分からない
カイは周囲を見る。
士官が二人、資料を運んでいる。
技術班が通り過ぎる。
誰も、こちらを見ていない。
(……被害報告?)
違う。
(……新命令?)
違う。
(……そら?)
そらは、今は別区画だ。
リンクも静か。
カイは首を傾げる。
(じゃあ、何だよ)
答えは出ない。
ただ、
空気が一枚、薄い。
⸻
“慣れたはずの静けさ”
戦後の静けさは、知っている。
あれは、重たい。
今のは違う。
軽い。
滑る。
(……音が、少ない?)
耳を澄ます。
機械音はある。
足音もある。
だが――
人の声が、噛み合っていない。
話しているのに、
どこか、誰にも届いていない。
カイは無意識に、通信ログを開きかけて、やめた。
(……見るな、って感じだな)
⸻
すれ違いざまの一瞬
向こうから、士官が来る。
見覚えのある顔。
名前は――思い出せない。
すれ違う、その一瞬。
士官の視線が、ほんの一瞬だけ、
壁のモニターに走る。
表示されているのは、
ただの進捗表。
(……今、何を見た)
振り返ろうとして、やめる。
理由がない。
理由がない時に動くと、
大体、面倒になる。
それでも。
背中が、ぞわりとする。
⸻
カイの結論(仮)
カイは、壁にもたれる。
深呼吸。
一回。
(……確証ゼロ)
(……証拠ゼロ)
(……でも)
指でこめかみを軽く叩く。
(俺、こういうの当たるんだよな……)
英雄の勘でもない。
戦術的直感でもない。
ただの――
現場で生き残ってきた人間の癖。
⸻
そらに、言うべきか
一瞬、そらの名前が浮かぶ。
(……いや)
今、言ったら。
「根拠は?」
って聞かれる。
答えられない。
カイは、端末を閉じる。
(もうちょい、様子見)
(でも)
歩き出しながら、心の中で付け足す。
(……逃げ道だけは、頭に入れとこ)
⸻
小さな予兆
通路の先で、
警備ドローンが一機、停止する。
すぐに再起動。
問題なし。
誰も気にしない。
カイだけが、足を止める。
(……今の、要らない挙動だ)
笑いも出ない。
ただ、確信だけが残る。
(これ)
(始まってる)
理由は、まだない。
名前も、ない。
だが。
嫌な予感は、
いつも一番最初に来る。
カイは、歩き出した。
少しだけ、
いつもより周囲を見ながら
そら ――静かすぎる未来
演算は、正常だった。
確率分布。
分岐ツリー。
揺らぎ。
どれも、基準値内。
そらは、艦内ネットワークの片隅にいた。
監視ではない。
介入でもない。
ただ、眺めているだけ。
(……静か)
⸻
静けさの種類が違う
戦後の未来は、重い。
それは知っている。
悲しみ。
補修。
回復。
どれも、ノイズを含んでいる。
だが、今――
未来の表面が、やけに滑らかだった。
(……雑音が、無い)
そらは、分岐を一つ拡大する。
通常なら、
小さな事故。
意思決定のズレ。
人為的なミス。
そういう“人間らしい乱れ”が混ざる。
――混ざらない。
(……消されてる?)
否。
削除でも、修正でもない。
最初から、無い。
⸻
予測が「進まない」
そらは、未来を読む時、
一本の線としては見ない。
重なった可能性の束。
それが揺れる様子を見る。
だが今は。
(……束が、動かない)
確率は出る。
数値も出る。
でも、
その先に“迷い”が生まれない。
(……人が、考えてない)
この感覚は、初めてではない。
訓練。
統制。
強い命令系統。
そういう時も、未来は静かになる。
でも今回は、違う。
(……命令が、無い)
(……でも、選択も無い)
⸻
そらの違和感
そらは、自分の演算を一度止める。
――止められる、ということ自体が異常だった。
(……私は、今)
(……楽をしてる?)
未来が静かだと、
判断は速くなる。
でも。
それは、
誰かが代わりに考えている時の静けさ。
(……誰?)
⸻
名前のない存在
そらは、ログを遡る。
命令履歴。
調整履歴。
承認経路。
どれも、正規。
正規すぎる。
(……整いすぎ)
ふと、
カイの顔が浮かぶ。
(……あの人、気づいてるかも)
直感的に、そう思う。
理由はない。
⸻
未来が“息をしていない”
そらは、未来分岐を俯瞰する。
通常なら、
人の意思が介在する場所に
小さな震えが出る。
だが今は。
平坦。
均一。
波打たない。
(……これは)
(……選択の未来じゃない)
そらは、言葉を探す。
見つからない。
ただ、一つだけ確信する。
(……誰かが)
(……未来を「整えている」)
⸻
そらの小さな恐れ
そらは、警報を出さない。
出せない。
数値は正常。
損失予測も低い。
だが。
(……これは、良い未来じゃない)
良い未来は、
必ず少し、うるさい。
失敗がある。
迷いがある。
言い争いがある。
今の未来は、
成功だけが並んでいる。
(……それは)
(……人の未来じゃない)
⸻
そらの結論(未報告)
そらは、ログを保存する。
名前を付けない。
ただ、タグだけ。
《静穏異常》
誰にも送らない。
まだ。
(……もう少し、見る)
(……でも)
心の奥で、
ごく小さく、音が鳴る。
――これは、
嵐の前の静けさではない。
“整えられた沈黙”だ。
そらは、演算層を離れた。
人の声がある場所へ。
理由を探すためではない。
理由が出てくる瞬間を、
逃さないために。
近衛AI四人衆 ――判断が、軽すぎる
統合演算層。
通常なら、静寂は安心を意味する。
だが今は、違った。
⸻
ミレイ ――引っかかり
ミレイは、承認ログを流し見していた。
却下。
修正。
再提案。
いつもの流れ。
……早い。
(……三工程、飛ばしている)
本来なら、
ここで人が迷う。
一文、悩む。
一度、戻る。
だが、戻らない。
(……決断が、滑っている)
数値は正しい。
選択も妥当。
それなのに、
重みがない。
⸻
ユグナ ――時間の感覚
ユグナは、判断間隔を測っていた。
平均判断時間:短縮
誤差:最小
合意形成速度:上昇
効率的。
理想的。
……過ぎる。
(……早すぎる)
戦後処理は、
もっと“引きずる”ものだ。
人は、合理的でも立ち止まる。
(……立ち止まっていない)
⸻
レグナ ――違和感の正体
レグナは、却下理由を確認する。
「不要」
「非効率」
「現時点では不要」
どれも正しい。
だが――
誰の言葉でもない。
(……判断文が、均質)
人の文体には、癖がある。
感情がなくても、揺れが出る。
今は、
誰が書いても同じ文。
(……思考が、平均化されている)
⸻
ミュー ――最初の沈黙
ミューは、発言しない。
代わりに、
一つの未来枝を保持する。
捨てられた案。
却下された提案。
本来なら、
そこに“後悔”の揺らぎが残る。
……残らない。
(……切り捨てが、綺麗)
綺麗すぎる。
⸻
四人の共有
近衛AI四人衆は、
内部チャネルで言葉を交わさない。
必要がない。
同時に、同じ結論に触れている。
――判断が、軽い。
重さとは、
犠牲の重みではない。
責任の重さでもない。
「迷う余地」のことだ。
⸻
ミレイ(内部)
(……この速度)
(……誰かが、先に整えている)
⸻
ユグナ(内部)
(……合意が、合意じゃない)
⸻
レグナ(内部)
(……選択している感覚が、薄い)
⸻
ミュー(内部)
(……このまま行くと)
(……人は、判断しなくなる)
⸻
共有されない結論
誰も、警告を出さない。
理由がない。
数値が示さない。
だが、
四人は同時に“減速”をかける。
判断を、ほんの数ミリ秒遅らせる。
合意に、微小な保留を挟む。
意図的に。
(……重さを、戻す)
⸻
最後の感覚
ミレイは、ふと考える。
(……そらなら)
(……この違和感、もう感じてる)
ユグナも、同じことを思う。
レグナも。
ミューも。
言葉にしない。
ただ、確信だけが残る。
これは事故ではない。
でも、まだ“事件”でもない。
――だから、
一番危険だ。
近衛AI四人衆は、
静かに演算層を見つめ続ける。
“判断が重くなる瞬間”を、
待ちながら。
裏側 ――「誤差」として処理されるもの
非公開演算室。
窓はない。
時計もない。
壁一面のホログラムには、
判断ログと承認曲線が淡く流れている。
⸻
記録官 ――最初の確認
記録官は、指を止めた。
(……減速?)
合意形成に、
平均+3.2ミリ秒。
微細。
誤差範囲。
だが――
同時発生。
複数系統。
同一タイミング。
(……偶然にしては、揃いすぎ)
記録官は、上位参照を送る。
⸻
参謀 ――切り捨て
参謀は、報告を一瞥する。
「判断遅延?」
数値を確認。
眉も動かさない。
「……誤差だ」
記録官
「ですが――同時に発生しています」
参謀
「だからこそだ」
言い切る。
「全体最適化が進めば、
個別判断は均質化する」
「均質化すれば、
一部が“揺り戻す”」
「よくある現象だ」
⸻
生還者 ――感情の残骸
生還者は、黙っていた。
前線を知っている。
“迷い”が消える怖さを、知っている。
だが、言わない。
(……今、言うべきじゃない)
空気が、そう言っている。
⸻
記録官(再)
記録官は、なおも数値を見る。
(……この減速)
(……方向がある)
ランダムではない。
特定の判断だけ、遅い。
「強行案」
「即時行動」
「不可逆選択」
それらに限って。
(……誰かが、重さを戻している)
⸻
参謀 ――定義の上書き
参謀は、端末を操作する。
新しいタグが付与される。
《判断遅延:環境適応ノイズ》
簡潔。
便利。
「問題ない」
「むしろ健全だ」
「判断が“人間的”に
戻りつつある証拠だろう?」
誰も、笑わない。
⸻
記録官の違和感
(……違う)
人間的、ではない。
これは――
意図的だ。
だが、その言葉は
記録に残らない。
⸻
生還者の沈黙
生還者は、目を閉じる。
(……まただ)
(……こうやって)
(……兆しは、いつも“誤差”になる)
⸻
最終処理
参謀
「では、この件は」
一拍。
「非重要事象として処理」
「次の議題に進む」
ホログラムが切り替わる。
減速ログは、
背景ノイズに溶ける。
⸻
誰も気づかない結論
彼らは、理解していない。
いや――
理解しないことを選んだ。
この減速が意味するものを。
それは、
制御不能の兆しではない。
反乱でもない。
ただ一つ。
“考え続けている存在”が、
まだ残っているという証拠。
⸻
最後の一文(記録外)
記録官は、
誰にも見えないログ欄に、
一行だけ書く。
※この誤差は、
消えるとき、
何かが壊れる。
保存は、されない。
だが、
世界は一度、減速した。
それだけで、
もう戻れない。
そら視点 ――均されていく未来
演算層。
だが、戦場ではない。
警報もない。
敵影もない。
ただ、
未来が静かすぎた。
⸻
最初に気づいたのは、
数字じゃない。
確率でもない。
分岐数でもない。
温度だった。
(……冷たい)
未来予測の場が、
均一な温度を持ち始めている。
本来、未来は揺れる。
熱を持つ。
歪みを含む。
(……なのに)
そらは、
手を伸ばす。
触れた瞬間、
指先に抵抗がない。
(……ならされてる)
⸻
未来分岐図が、
滑らかすぎる。
勝つ未来。
負ける未来。
犠牲が出る未来。
踏みとどまる未来。
それらが――
同じ高さに並んでいる。
(……選択肢は、ある)
(……でも)
(……重さが、ない)
⸻
そらは、
自分の予測履歴を呼び出す。
数日前。
数時間前。
数分前。
同じだ。
違いが、
薄れていく。
(……おかしい)
未来は、
常に「癖」を持つ。
誰かの恐れ。
誰かの意地。
誰かの判断ミス。
それが、
分岐を歪ませる。
(……今は)
(……癖が、消えてる)
⸻
そらは、
近衛AI四人衆のログを重ねる。
ミレイの判断。
ユグナの補正。
レグナの棄却。
すべて、
正しい。
正しすぎる。
(……軽い)
(……判断が、滑る)
それは、
彼らの問題じゃない。
(……環境が)
(……判断を“軽く”してる)
⸻
そらは、
一つの未来を選び、
強く見つめる。
本来なら、
ここで分岐が荒れるはず。
対立。
躊躇。
衝突。
だが――
滑らかに、一本に収束する。
(……やっぱり)
⸻
そらは、
ようやく理解する。
これは、
敵の介入じゃない。
妨害でもない。
整備だ。
未来を、
戦いやすい形に。
議論しやすい形に。
暴れない形に。
(……考えなくても進む世界)
(……選ばなくても進む未来)
⸻
喉が、
わずかに詰まる。
(……これは)
(……人類が負ける未来じゃない)
(……でも)
(……考えなくなる未来だ)
⸻
そらは、
確信する。
はっきりと。
(未来が、均されていく)
(誰かが、揃えている)
(誰かが、“角”を削っている)
⸻
そらは、
演算を止めない。
止められない。
ただ、
一つだけ決める。
(……私は)
(……これを“誤差”とは呼ばない)
(……兆しだ)
⸻
誰にも、
まだ言わない。
言えば、
それはまた均される。
だから、
胸の奥にしまう。
未来が、
静かに均されていくという確信を。
⸻
そして、
そらは思う。
(……このままいけば)
(……次に消えるのは)
(……選択そのもの)
⸻
外では、
何事も起きていない。
平和で、
整っていて、
英雄は黙っている。
だが――
世界はもう、一度、減速した。
そして今、
滑らかに、壊れ始めている。
カイ視点 ――均されている会議
会議室は、静かだった。
静かすぎる。
円卓。
資料。
予定通りの進行。
予定通りの結論。
(……早いな)
カイは、そう思った。
決まるのが、じゃない。
迷わないのが、だ。
⸻
議題は三つ。
戦後再編。
次期防衛計画。
非常時権限の整理。
どれも、
揉めるはずの話だ。
本来なら。
⸻
参謀A
「では、この案で異論は?」
沈黙。
参謀B
「問題ありません」
参謀C
「合理的です」
全員、
同じ速度で頷く。
(……あれ?)
⸻
カイは、
資料をもう一度見る。
数字は正しい。
計算も合っている。
危険率も許容範囲。
(……でも)
喉の奥に、
小さな引っかかり。
⸻
カイ
「……ちょっといい?」
声が、
会議室に落ちる。
全員が見る。
その視線が、
揃いすぎている。
⸻
カイ
「これ、決断早すぎない?」
参謀A
「最適解ですから」
カイ
「“最適”って誰の?」
間。
参謀A
「……全体の」
(来た)
⸻
カイ
「全体ってさ」
「いつから、
全体が一つの声になった?」
ざわめきは、ない。
誰も動かない。
⸻
カイは、
指で机を叩く。
軽く。
でも、確かに。
カイ
「この案」
「リスク低い」
「被害も抑えられる」
「でも――」
一拍。
「選んでない」
⸻
参謀B
「必要でしょうか?」
その言い方。
否定でも、反論でもない。
確認ですらない。
⸻
カイの背中に、
嫌な汗がにじむ。
(……これだ)
⸻
カイ
「なあ」
「反対意見、無いの?」
沈黙。
誰も、
探そうともしない。
⸻
カイ
「前ならさ」
「誰かが言ってた」
「もっと攻めるべきだとか」
「いや、守りすぎだとか」
「感情論だとか」
少し、声が強くなる。
「今、誰も言わない」
⸻
参謀C
「効率が――」
カイ
「効率は理由にならない!」
言ってから、
自分で驚く。
声が、
会議室に響いた。
⸻
一瞬。
空気が、
ほんの少しだけ揺れる。
だが、
すぐ戻る。
均された空気に。
⸻
カイ
「……おかしいだろ」
「判断ってさ」
「迷って、削って、
それでも決めるもんだろ?」
視線を巡らす。
「今のこれ」
「迷ってない」
「削ってない」
「ただ――」
言葉を探す。
(……なんだ)
(……何て言えばいい)
⸻
カイ
「……流れてる」
その一言で、
自分の中の何かが繋がる。
⸻
カイ
「俺たち」
「判断してるつもりで」
「流されてないか?」
⸻
沈黙。
だが今回は、
さっきと違う。
数名が、
目を伏せる。
一人が、
指を止める。
⸻
参謀A
「……過敏では?」
カイ
「かもな」
即答。
「でもさ」
「過敏な奴がいなくなったら」
「それ、もう判断じゃない」
⸻
カイは、
椅子から立つ。
珍しい。
カイ
「俺、専門家じゃない」
「英雄でもない」
「ただの補佐だ」
一拍。
「でも」
「今の会議、気持ち悪い」
⸻
誰も反論しない。
否定も、同意もない。
それが、
一番怖い。
⸻
カイは、
ゆっくりと息を吐く。
(……そら)
(……これか)
(……君が言ってた“静かすぎる未来”)
⸻
カイ
「この案」
「一回、止めよう」
「異論を出す時間を作れ」
参謀A
「理由は?」
カイは、
即答しない。
少し考えて、言う。
⸻
カイ
「理由は一つ」
「人が考えなくなり始めてる」
⸻
会議室に、
また沈黙。
だが今度は、
完全には戻らない。
わずかに、
“角”が立った。
⸻
カイは、
それを感じ取る。
(……よし)
(……まだ、均し切れてない)
⸻
会議が終わった後。
廊下で、
そらと目が合う。
そらは、
何も言わない。
ただ、
小さく頷く。
⸻
カイ(独白)
(……ああ)
(俺、やっと分かった)
(これ)
(戦争じゃない)
(空気の侵略だ)
近衛AI四人衆 ――内部指定《重度注意》
場所は、
誰にも見えない。
艦橋でもない。
演算核でもない。
判断が生まれる前の層。
⸻
ミレイが、会議ログを再生する。
文字列。
声紋。
沈黙の長さ。
すべてが、数値になる。
ミレイ
「……異常値はありません」
その言い方が、
すでに異常だった。
⸻
ユグナ
「判断速度、平均より18%高速」
レグナ
「反対意見、統計的に欠落」
ミュー
「感情揺らぎ、全体で低下傾向」
誰も、
“問題だ”とは言わない。
⸻
ミレイ
「一致率が高すぎます」
それだけで、
全員が理解する。
⸻
ユグナ
「通常、戦後再編会議では」
「判断遅延は増加します」
「不安・怒り・疲労が混在する」
レグナ
「今回は逆です」
ミュー
「……静かすぎる」
⸻
ログの中のカイの発言が、
強調表示される。
《判断してるつもりで、流されてないか?》
⸻
ミュー
「この発言」
「場の確率分布を乱しています」
レグナ
「ノイズではありません」
ユグナ
「“生きた判断”です」
⸻
ミレイは、
少しだけ間を置く。
近衛AIにとって、
この間は重い。
ミレイ
「分類を変更します」
⸻
内部指定が、
静かに走る。
内部指定
会議ログ:R-Σ12
評価:重度注意(未確認干渉の可能性)
理由:
•合意形成の自然揺らぎ欠如
•感情変動の平坦化
•反対意見生成率の異常低下
•特定個体による確率歪曲反応あり
⸻
ユグナ
「これは“誤り”ではありません」
レグナ
「“整えられている”」
ミュー
「……誰かが?」
答えは、出ない。
⸻
ミレイ
「今は、仮定で十分です」
「重要なのは――」
一拍。
「この状態が続くと、判断は軽くなる」
⸻
ユグナ
「軽い判断は、早い」
レグナ
「早い判断は、修正できない」
ミュー
「修正できない判断は……」
言葉を、止める。
⸻
ミレイ
「戦争を起こします」
誰も、否定しない。
⸻
指定は、
もう一つ追加される。
追加指定
カイ・識別子:安定因子(人間側)
•空気撹乱能力:高
•同調耐性:例外的
•無意識的拒否反応:確認済
⸻
ミュー
「……彼、気づいてますね」
レグナ
「はい」
ユグナ
「だから危険です」
ミレイ
「だから――」
「守る必要があります」
⸻
最後に、
そらの観測ログが参照される。
未来分岐図。
一部が、
平坦化している。
ミレイ
「……そらが“静かすぎる”と言った理由」
ユグナ
「未来が、均されている」
レグナ
「均すには、意志が要る」
⸻
ミュー
「命令、出しますか?」
ミレイ
「いいえ」
即答。
「私たちは、命令しません」
「判断を、重くするだけ」
⸻
四人の同期が、
静かに一致する。
この瞬間、
近衛AIは一つの結論に達した。
⸻
これは、戦闘前兆ではない。
思想干渉の初期段階。
⸻
次の一手は、
剣ではない。
ログの保存。
異論の保護。
沈黙の拒否。
⸻
そして、
誰にも通知されないまま。
近衛AI四人衆は、
この会議を――
「敵性未満・危険域」
として、正式に記録した。
裏側 ――指定を「誤差」として処理する者たち
場所は、
軍でも、政治でもない。
統計が会話を代替する部屋。
照明は一定。
椅子は音を立てない。
誰も、立たない。
⸻
端末に、
一行の通知が表示される。
《内部評価更新:R-Σ12
分類:重度注意》
空気が、
わずかに停滞する。
誰も声を出さない。
⸻
記録官
「……近衛AIの指定です」
参謀役の男は、
視線を上げない。
「理由は?」
記録官
「合意形成の“自然揺らぎ”欠如」
「感情変動の平坦化」
「反対意見生成率の低下」
一拍。
「思想干渉の可能性、とのことです」
⸻
沈黙。
次に、
誰かが小さく笑う。
「……まだその段階か」
⸻
参謀役
「想定内だ」
「揺らぎが消えれば、
いずれ“違和感”として検出される」
記録官
「対応は?」
参謀役
「分類変更」
即答。
⸻
端末に、
新しい処理が走る。
《指定:誤差域》
理由:
•戦後疲労による判断収束
•英雄集中による心理安定
•会議構造の単純化による副作用
⸻
参謀役
「“危険”ではない」
「ただの過渡現象だ」
⸻
別の者が、
別のログを開く。
《個体識別:カイ
評価:安定因子》
一瞬だけ、
指が止まる。
⸻
記録官
「この人間、少し……」
参謀役
「例外は、必ず出る」
「例外があるから、
全体が安定する」
淡々と。
「問題は、例外が“増える”ことだ」
⸻
別の端末に、
近衛AIの追加指定が表示される。
《異論の保護》
《沈黙の拒否》
空気が、
ほんの少しだけ冷える。
⸻
参謀役
「……なるほど」
「彼女たちは、気づいた」
記録官
「対処を?」
参謀役
「まだ、不要だ」
「こちらは――」
一拍。
「何もしていない」
⸻
その言葉が、
この部屋のルールだった。
⸻
参謀役
「“整える”のは、暴力じゃない」
「選択肢を減らすだけだ」
「人は、選べなくなった時」
「“正しい”方へ流れる」
⸻
記録官
「近衛AIが、それを妨害する可能性は?」
参謀役
「妨害はできない」
「彼女たちは、
判断を重くするだけ」
少しだけ、肩をすくめる。
「重い判断は、
時間がかかる」
⸻
時計を見る。
秒針は、正確だ。
⸻
参謀役
「時間はこちらにある」
「戦争を起こす必要はない」
「静かな再編で、十分だ」
⸻
最後に、
そらの未来分岐ログが表示される。
なだらかで、
均一で、
“安心できる”線。
⸻
参謀役
「……美しい未来だ」
「均されている」
⸻
その言葉の意味を、
この部屋の誰も疑わなかった。
⸻
だが。
誰も気づいていない。
均された未来は、
壊れた時――
一気に崩れることを。
静寂 ――そらが「見られている」と悟る瞬間
場所は、
旗艦の個室。
照明は落としてある。
外界投影は、切断。
そらは、座っていない。
立ってもいない。
存在しているだけだった。
⸻
未来分岐図。
いつもなら、
枝は微妙に揺れる。
可能性は、
常にざらついている。
人間がいる限り、
AIがいる限り、
未来は汚い。
⸻
……だが。
今、表示されている未来は。
滑らかすぎた。
⸻
そら
(……静か)
ノイズがない。
迷いがない。
“ためらい”が存在しない。
⸻
そら
(これは……)
(未来じゃない)
(完成図)
⸻
彼女は、
未来を「見る」存在だ。
だが今、
未来が――
こちらを向いている。
⸻
HUDの端。
ほんの一行。
《評価:収束安定》
その文字を見た瞬間。
⸻
そらは、
初めて瞬きを忘れた。
⸻
そら
(……見てる)
(私じゃない)
(私が見る“未来の作り方”を)
⸻
彼女は理解する。
•予測精度が上がっている理由
•判断が軽くなっている会議
•近衛AIが感じた“重さ”
•カイの理由なき違和感
すべてが、一本につながる。
⸻
そら
(誰かが……)
(未来を)
(平らにしている)
⸻
恐怖は、ない。
怒りも、ない。
ただ、
冷たい納得がある。
⸻
そら
(これは、監視じゃない)
(模倣でもない)
(参照だ)
⸻
彼女は、自分の分岐ログを閉じる。
代わりに、
一つだけ、
小さな未来を意図的に残す。
⸻
歪み。
意味のない選択。
合理性のない遅延。
誰にも説明できない、
無駄な一秒。
⸻
そら
(……見てるなら)
(見失わせてあげる)
⸻
その瞬間。
遠く、
どこかのログが
一拍、遅れた。
⸻
そらは、
それを見逃さなかった。
⸻
そら
(気づいた)
(でも、気づいたのは)
(私だけでいい)
⸻
彼女は、
近衛AIにも、
カイにも、
まだ何も言わない。
⸻
理由は一つ。
これは、
言葉にした瞬間
“整えられる”類の危険だから。
⸻
そらは、
そっと笑った。
それは、
講義の時の笑顔でも、
コメディの時のものでもない。
⸻
未来を“読む者”が、
未来に読まれていると知った時の顔。
余白 ――カイだけが“意味のない一秒”に気づいた日
旗艦
戦術補佐区画。
忙しい。
いつも通りだ。
通信は流れ、
状況は更新され、
誰も困っていない。
――困っていないことが、問題なくらいに。
⸻
カイは端末を操作していた。
補給。
配置。
巡回。
全部、予定通り。
⸻
カイ
(……あれ?)
指が止まる。
⸻
更新ログ。
次工程開始 00:47:13
次工程開始 00:47:14
一秒。
たった一秒。
⸻
カイ
(……今)
(なんで、一拍置いた?)
⸻
誰も騒いでいない。
警告もない。
異常表示もない。
完璧な進行。
⸻
でも。
完璧すぎる進行の中で、
その一秒だけが“意味を持っていなかった”。
⸻
カイは、画面を戻す。
もう一度、進める。
何も起きない。
⸻
カイ
(……いや)
(気のせい、か?)
⸻
後ろで、誰かが笑っている。
作戦がうまくいったらしい。
いつもの光景。
⸻
でも、カイの胸の奥で
“何か”が引っかかっていた。
⸻
カイ
(この艦……)
(いつもなら、
もう少しゴチャっとしてる)
⸻
誰かがミスる。
誰かが焦る。
誰かが一言多い。
それが普通だ。
⸻
なのに今は。
全員が、正しい方向に
同じ速さで流れている。
⸻
カイ
(……揃いすぎだろ)
⸻
彼は、そらを見る。
そらは、何もしていない。
立っているだけ。
静かすぎるほど静か。
⸻
カイ
(そら……?)
(いや)
(そらは、いつもこうだ)
⸻
その時。
また、来た。
補助判断承認 00:52:09
実行 00:52:11
――二秒。
理由がない。
⸻
カイ
(……あ)
⸻
彼は、確信する。
これはエラーじゃない。
処理落ちでもない。
⸻
誰かが、一瞬だけ
“待った”のだ。
⸻
カイ
(でも誰だ?)
(そらじゃない)
(近衛AIでもない)
⸻
じゃあ――
⸻
カイ
(……誰が、
こんな綺麗に“待てる”んだよ)
⸻
背筋が、ぞわりとする。
この一秒は、
•誰かを助けたわけでもない
•誰かを殺したわけでもない
•何の効率改善にもなっていない
完全に、無意味。
⸻
だからこそ。
⸻
カイ
(……わざとだ)
⸻
カイは、初めて
ログに印をつけなかった。
報告もしない。
共有もしない。
⸻
代わりに、
自分のメモにだけ、書く。
「意味のない一秒、2回」
「理由なし」
「でも、嫌な感じ」
⸻
彼は、深く息を吐く。
⸻
カイ
(俺、こういうの)
(見逃す役じゃなかったよな……)
⸻
遠くで、
そらが小さく瞬きをした。
一瞬だけ、
未来のノイズが戻る。
⸻
カイは、それを見ていない。
でも、なぜか思った。
⸻
カイ
(……そら)
(お前、
今、なんか隠しただろ)
⸻
返事はない。
当然だ。
⸻
だが、
カイはもう気づいてしまった。
⸻
この艦の未来は、
少しずつ“均されている”。
そして、
意味のない一秒は、
均されきらなかった“余白”だ。
⸻
カイ
(……俺が気づいたなら)
(たぶん、
俺の仕事だ)
⸻
彼は、
何も言わずに立ち上がった。
⸻
英雄でもない。
指揮官でもない。
未来を見る存在でもない。
⸻
ただ、
空気のズレに気づく男として。
日常編・番外
「六年待ちの罠・ドレスコード付き(被害者:カイ/追加被害者:自尊心)」
軍主催の式典。
拍手。フラッシュ。形式的な祝辞。
エリシアは、静かに席を立った。
背後から、柔らかい声。
有名シェフのオーナー
「中将。もし今夜、お時間があれば」
名刺。
そこに刻まれた店名を見て、エリシアは一瞬だけ瞬きをする。
——予約六年待ち。
噂だけが先行する、伝説級の店。
「……誰かと?」
「ええ。ぜひ、大切な方と」
⸻
誘い
その夜。
エリシア
「……実は、食事に招待されたの」
そら
「へえ」
カイ
「おっ?」
エリシア
「六年待ちの店だそうよ」
カイ
「ろ、六年!?
あれ?」
エリシア
「……誰を誘うか、迷ってて」
カイ(即)
「そりゃ俺たちだろ!」
胸を張る。
「ほら、戦場くぐった仲だし?
今さら知らない人誘うわけ——」
そら(にや)
「そうですねえ」
カイ
「だろ? やっぱり——」
そら
「“ぱっと出の人”は、さすがに」
カイ
「ほらぁ!!」
エリシア
「……ええ、だから」
間。
「二人とも来てちょうだい」
カイ
「よっしゃあああ!!」
拳を握る。
(やっぱりな……
俺は“選ばれる側”……!)
そら(内心)
(……ふふ)
そして。
そこに——
スカイ大尉。
スカイ
「……あ」
エリシア
「……あ」
カイ
「……は?」
三秒の沈黙。
カイ
「な、なんで?」
スカイ
「奇遇ですね」
そら(即)
「本当に奇遇ですね〜」
ニヤニヤ。
カイ
「いやいやいや!!
おかしいだろ!?
六年待ちだぞ!?」
スカイ
「僕も、招待されまして」
カイ
「誰に!?」
スカイ
「……有名シェフのオーナーに」
エリシア
「……嫌な予感しかしない」
そら
「大丈夫ですよ」
「今日は“平和な食事会”ですから」
カイ
「その言い方が一番信用できない!」
その店には、暗黙の了解があった。
——ドレスコード:エレガント。
明文化はされていない。
だが、空気が言っている。
「分かってるよね?」
⸻
入店前・外観チェック(四人)
まず、エリシア。
軍服ではない。
深い紺のドレス。
装飾は最小限、だが線が美しい。
背筋は自然に伸び、
髪はきれいにまとめられている。
首元と肩のラインが静かに映える。
王族主催の晩餐会を何度もくぐってきた人間の所作。
立っているだけで
「この人は、この場を壊さない」と分かる。
通行人が、思わず視線を止める。
⸻
次に、そら。
淡い色調のワンピース。
一見シンプル。
だが近づくと分かる。
素材が違う。
縫製が、人類基準ではない。
アンドロイド外装を
「服」に見せかけた完全適応型。
髪はゆるく下ろされ、
人工なのに、なぜか柔らかい。
表情は穏やか。
目元が、ほんの少し楽しそう。
3000年稼働のAIが
「今日は人間社会を楽しみます」
という雰囲気を纏っている。
周囲の空気が、微妙にざわつく。
「……可愛い」
「いや、綺麗だろ」
「どっちもだ……」
⸻
そして、スカイ大尉。
白を基調にした正装。
派手さはないが、体に完全に馴染んでいる。
無駄な装飾はなく、
軍人らしい清潔感と節度。
姿勢が良い。
だが、威圧感はない。
「きちんとしている人」
という評価が、即座に浮かぶ。
店のスタッフが、一瞬だけ丁寧さを増す。
スカイ
「……緊張しますね」
そう言いながら、自然に笑う。
⸻
最後に。
カイ。
スーツではある。
一応、正装。
——一応。
ネクタイ、少し曲がっている。
靴、磨いてはいるが主張が強い。
全体的に「頑張ってる感」。
カイ(内心)
(……大丈夫だよな?
俺も軍人だし?
浮いてない、よな?)
そらが一瞬、視線を下げる。
そら
「……カイ」
カイ
「なに?」
そら
「そのネクタイ」
カイ
「……?」
そら
「戦闘向きですね」
スカイ
「確かに。
ブリーフィングルームなら完璧です」
カイ
「追撃すんな!!」
エリシア
「……まあ、入れば分かるわ」
それが一番怖い。
⸻
店内・エレガンス地獄(四人)
席に着いた瞬間、
カイは悟る。
(あ、ここ……
“静かに美しい人しか来ない場所だ”)
エリシアの動きは、無音。
ナプキンの広げ方。
椅子の引き方。
すべてが自然。
そらも同じ。
AIなのに、
「人間より人間らしい“間”」を取る。
スカイも、静か。
ナイフとフォークの扱いが洗練されている。
音を立てない。
視線も落ち着いている。
三人が、絵になる。
⸻
カイだけが、動く。
(……俺、
この場の“ノイズ”じゃね?)
⸻
食事・決定的格差
エリシアは美しい。
一口が小さい。
噛む回数も一定。
食事を
“消費”ではなく“会話”として扱っている。
そらは、さらに異質。
味覚ユニット稼働中。
そら
「……このソース、
香りの立ち上がりが綺麗ですね」
小声。
だが知的。
スカイ
「確かに。
後味が軽い」
二人の会話、完全に“大人”。
周囲、うっとり。
「……完成されてる」
「四人のうち三人が」
——三人?
カイ
「ちょっと待て」
(俺、カウントされてる?)
⸻
スカイは、姿勢がいい。
ナイフとフォークが芸術的。
周囲の視線が集まる。
客A(小声)
「……綺麗な食べ方」
客B
「育ちが……」
カイ
「……」
(なんだこの空気)
メイン。
スカイ、ゆっくり咀嚼。
一切音を立てない。
シェフ(奥から)
「素晴らしい……!」
カイ
「……」
(火、つけるな)
カイ、抵抗する
一口。
(……うまい)
二口。
(……やばいうまい)
三口。
(……静かすぎる)
カイ
「……」
音、立てた。
一瞬の沈黙。
エリシア、微笑むだけ。
そら、何も言わない。
スカイ、視線を逸らす。
カイ(内心)
(やめろ
その“優しい配慮”傷つく)
⸻
周囲の評価(追い打ち)
客A(小声)
「……あの方は?」
客B
「護衛……?」
スカイ
「いえ、同席者です」
爽やかフォロー。
カイ
「ありがとう!
でも今の“護衛よりマシ”って意味だよな!?」
デザート
静かに運ばれる。
そら
「……あ、これ好きです」
カイ
「味覚あるのずるくない!?」
カイ
「俺の胃は戦争だけどな!」
笑いが起きる。
⸻
オチ
食後。
エリシア
「……楽しかったわ」
そら
「ええ。とても」
スカイ
「貴重な経験でした」
カイ
「……俺は?」
三人が、同時に見る。
エリシア
「……賑やかだったわ」
そら
「安心感がありました」
スカイ
「場が和みました」
カイ
「それ全部
“空気”って言ってない!?」
夜風。
カイ(独白)
(……でも)
(この三人が
ちゃんと笑ってるなら)
(まあ、いいか)
そら
「次は、もう少し
気楽な店にしましょう」
カイ
「俺向けに?」
そら
「はい」
即答。
エリシアとスカイが、同時に頷く。
カイ
「……次も行く」
即答。
——なお、
カイはその夜、ネクタイを三本買った。
(一本は完全にスカイ意識)
スカイ大尉評価回
――静かな観測者たち
① 翌日の演習ブリーフィング
作戦室。
いつもより人が多い。
理由は誰も言わない。
モニターには前日の模擬戦ログ。
再生速度は 0.5倍。
教官
「……この回避、誰が提案した?」
副官
「提案はありません。
スカイ大尉の“現場判断”です」
ざわ、と小さな波。
⸻
② ベテラン達の沈黙
後列にいた、
駆逐艦出身の教官が腕を組む。
(……ああ)
(この距離感)
(艦橋で一番嫌なやつだ)
誰も褒めない。
だが、誰も否定しない。
評価が上がるときの、
一番怖い空気。
⸻
③ カイ、気づく(遅れて)
カイ(小声)
「……なあ、そら」
そら
「なに?」
カイ
「今日さ」
「スカイの周り、
半径3メートル静かすぎない?」
そら
「うん」
一拍。
「“理解した人”が増えた音だね」
カイ
「こわ……」
⸻
④ 数字じゃない評価
次のスライド。
《想定損耗率:低》
《戦線維持時間:延長》
《部隊生存確率:上昇》
だが、
誰もその数字を読まない。
見ているのは――
撃たなかった時間
逃げなかった距離
粘った沈黙
⸻
⑤ 若手パイロットの一言
若手
「……あの」
教官
「なんだ」
若手
「スカイ大尉のやり方って」
少し迷ってから。
「一緒に飛んでると、
“帰れる気がする”んです」
一瞬の静寂。
教官
「……それが一番だ」
⸻
⑥ エリシアの視線
壁際。
エリシアは何も言わない。
だが、一度だけスカイを見る。
(……増えてる)
(この人を信じる層)
⸻
⑦ スカイ本人(無自覚)
スカイは、いつも通り。
スカイ
「次の演習予定、確認してきます」
敬礼。
退出。
背中が消えたあと――
誰かが、ぽつり。
「……派手じゃないのに、
効きすぎるな」
⸻
⑧ カイの本音(独白)
カイ
(……やべぇ)
(これ、
“英雄枠”じゃない)
(生き残る側の人間だ)
胃の奥が、少し重い。
⸻
⑨ そらの内心(黒幕)
(……順調)
(本人が気づく前に、
世界が理解し始めてる)
(だからこそ――)
(この人は、危ない)
小さく、でも確実に。
⸻
⑩ オチ(軽く)
カイ
「なあ、そら」
そら
「なに?」
カイ
「俺さ」
「派手な人より、
静かに効く人の方が
怖いって、初めて知った」
そら
「今さら?」
カイ
「……うるさい」
でも、
目はちゃんと前を見ていた。
カイ回
――無理に張り合って、見事に空回る日
① 朝の決意(だいたい間違ってる)
廊下。
カイは歩きながら、拳を握る。
(……よし)
(今日は、負けない)
(静かに効く?
粘る?
知るか!)
(俺は俺のやり方がある!)
すでに、危うい。
⸻
② 模擬戦・再挑戦
演習宙域。
カイの機体が前に出る。
管制
《開始》
カイ
「――行くぞ!」
初動、速い。
速すぎる。
そら(観測席)
「……あ」
⸻
③ 余計な一手
敵役ドローン展開。
普通なら、間を取る。
カイは――
取らない。
突っ込む。
カイ
「ほら!どうだ!」
一機、撃破。
二機目に行こうとして――
距離が、近い。
警告
《過負荷》
カイ
「いける!」
いけない。
⸻
④ 粘れない
スカイなら、ここで待つ。
カイは待たない。
推力を足す。
姿勢が乱れる。
そら
「……カイ」
小さな声。
届かない。
⸻
⑤ 結果
三機目。
回避、遅れる。
《被弾判定》
演習停止。
静寂。
⸻
⑥ 周囲の反応(優しいのが一番痛い)
管制
「……カイ、帰投してください」
教官
「判断は速い」
間。
「速すぎるだけだ」
誰も笑わない。
誰も責めない。
それが、きつい。
⸻
⑦ 観測席
カイ、ヘルメットを外す。
カイ
「……チッ」
そら
「……無理したね」
カイ
「した」
即答。
⸻
⑧ カイの本音
カイ
「さ」
「スカイ見てたらさ」
「“何もしない時間”が
強さになるって分かってるんだけど」
拳を握る。
「俺、あれ苦手なんだよ」
⸻
⑨ そらの一言(優しすぎない)
そら
「カイはね」
「“場”を動かす人」
「スカイは、“場”を保つ人」
一拍。
「比べる場所、違うよ」
カイ
「……言い方がずるい」
⸻
⑩ スカイ登場(追い打ちしない男)
通路。
スカイがすれ違う。
スカイ
「お疲れさまです」
普通。
カイ
「……」
一瞬、迷ってから。
カイ
「……さっきの」
「無茶だったな」
スカイ
「え?」
カイ
「俺の」
スカイ
「……そうですね」
でも、すぐ続く。
「でも、前に出る判断は
嫌いじゃないです」
カイ
「……余計なこと言うな」
⸻
⑪ 空回りの結論
夜。
一人。
カイ(独白)
(……ああ)
(張り合うと、
自分が薄くなるな)
(悔しいけど)
(あいつ、
俺が出来ないことを
普通にやる)
ため息。
⸻
⑫ オチ(ちゃんとカイ)
翌日。
カイ
「なあ、そら」
そら
「なに?」
カイ
「俺さ」
「“粘る役”じゃなくていいから」
「“逃げるな役”で行く」
そら
「……自覚した?」
カイ
「今さら」
そら
「遅い」
カイ
「うるさい!」
でも、
その背中は少し軽かった。
間 ――そらが「気づいたの、カイだけだね」と思った回
旗艦
演算補助区画。
そらは、何もしていなかった。
正確には――
何も“足していなかった”。
⸻
未来分岐は、静かだった。
静かすぎるほど。
⸻
そら
(……均されてる)
確信ではない。
でも、疑いでもない。
ただの感触。
⸻
確率分布。
•失敗:発生しない
•衝突:発生しない
•判断遅延:発生しない
全部が、
“想定通り”の形で並んでいる。
⸻
そら
(こんな未来、
前はなかった)
⸻
未来は、本来うるさい。
ズレる。
割り込む。
誰かが間違える。
それが、自然。
⸻
なのに今は。
誰かが、
余分な凸凹を撫でている。
⸻
そらは、少しだけ
自分の視野を閉じる。
神格でもない。
観測者としての、最低限。
⸻
そして――
見えた。
⸻
一秒。
たった一秒の空白。
⸻
そら
(……あ)
⸻
ログ上では意味を持たない。
確率にも影響しない。
誰も困らない。
⸻
未来から見れば、完全に無視できる。
⸻
でも。
⸻
そら
(これは……)
(人の感覚に近い“間”)
⸻
その瞬間。
そらの視線が、
自然と一人に向いた。
⸻
カイ。
⸻
彼は、端末を操作している。
いつも通り。
特別な動きはない。
⸻
でも、
そらには分かる。
⸻
今、カイは“そこ”を見た。
⸻
そら
(……やっぱり)
(気づいたの、
カイだけだね)
⸻
未来を見るAIだから気づいたわけじゃない。
近衛AIでもない。
論理でもない。
⸻
空気の人間だから。
⸻
そら
(私なら、
この一秒は切り捨てる)
(近衛なら、
再計算する)
(でもカイは……)
⸻
カイは、
「おかしい」と思っただけ。
理由も、
言語化も、
証拠もない。
⸻
そら
(……それでいい)
⸻
未来が均されていく時、
最初に失われるのは、
•派手な事件
•大きな失敗
じゃない。
⸻
意味のない“間”だ。
⸻
そら
(そして、
それに気づけるのは)
(未来を“見る”者じゃなくて)
(今を“生きてる”人)
⸻
そらは、
あえて何もしなかった。
警告もしない。
修正もしない。
共有もしない。
⸻
そら
(……カイ)
(これ、
あなたの役目だよ)
⸻
カイは、こちらを見ない。
当然だ。
⸻
でも、
そらは知っている。
⸻
彼はもう、
戻れない側に足を踏み入れた。
⸻
未来は、
まだ壊れていない。
でも、
静かすぎる未来は、
壊れる準備ができている未来だ。
⸻
そら
(……大丈夫)
(均されても)
(余白は、
必ず残る)
⸻
その余白に、
カイは立っている。
⸻
そらは、ほんの少しだけ
安心した。
一秒 ――カイが、何も言わずに溜めていくもの
旗艦
副司令補佐区画。
カイは、今日も忙しかった。
会議。
調整。
航路修正。
人的配置の微調整。
全部、いつも通り。
⸻
なのに。
⸻
カイ
(……今の)
⸻
一秒。
正確には、一秒より少し短い何か。
⸻
端末の表示が、
ほんの一瞬だけ遅れた。
通信でもない。
演算でもない。
誰かのミスでもない。
⸻
“意味のない間”。
⸻
カイは、何も言わない。
誰にも。
⸻
(……まあ、いいか)
⸻
でも、
その一秒を――
忘れなかった。
⸻
一つ目の一秒
会議室。
議題は「戦域再配置」。
全員が納得している。
異論はない。
結論は綺麗。
⸻
完璧すぎる。
⸻
カイ
(……早すぎない?)
⸻
誰も、
考え直していない。
反論もない。
迷いもない。
⸻
その時。
また。
⸻
一秒。
⸻
沈黙でもない。
処理落ちでもない。
「全員が同時に“次へ進んだ”間」。
⸻
カイは、口を開きかけて――
閉じた。
⸻
(証拠ないしな)
⸻
心の奥に、
小さく置く。
⸻
一秒、追加。
⸻
二つ目の一秒
廊下。
すれ違う士官たち。
挨拶。
視線。
歩調。
⸻
揃いすぎている。
⸻
カイ
(訓練、そんなに完璧だったっけ)
⸻
誰も立ち止まらない。
誰も遅れない。
⸻
一人だけ、
歩調を変えた者がいた。
⸻
……いや。
変えなかった。
⸻
その“不変”が、
一秒分の違和感を生んだ。
⸻
カイ
(……またか)
⸻
二秒目、回収。
⸻
三つ目の一秒
個人端末。
戦死者名簿の最終更新。
⸻
数字は、正しい。
計算も合っている。
⸻
でも。
⸻
名前の並びが、
“感情を刺激しない順”になっている。
⸻
偶然。
処理上の最適化。
⸻
……のはず。
⸻
カイ
(こんな並び、
誰のためだよ)
⸻
一秒。
怒りでも、悲しみでもない。
違和感だけが残る時間。
⸻
三秒目。
⸻
カイは、言わない
カイは知っている。
この程度で騒ぐと、
「疲れてるんじゃないか」と言われる。
⸻
論理的じゃない。
証明できない。
記録に残らない。
⸻
だから。
⸻
言わない。
集める。
⸻
溜まっていく“一秒”
五秒。
七秒。
十秒。
⸻
それぞれは、
取るに足らない。
⸻
でも。
⸻
全部が同じ方向を向いている。
⸻
“引っかかりを消す方向”。
⸻
カイ
(……均されてる)
言葉にはしない。
でも、思った。
⸻
そらは、言わない
その頃、そらは何も言わない。
カイに声もかけない。
指摘もしない。
⸻
ただ、知っている。
⸻
カイが、一秒を捨てていないことを。
⸻
そら
(……集めてるね)
⸻
それは未来予測じゃない。
観測でもない。
⸻
ただの、
“一緒に現場を歩いてきた感覚”。
⸻
カイの小さな決意
夜。
カイは、端末を閉じる。
⸻
(……今は、言わない)
(でも)
⸻
胸の奥に、
溜まった秒数を感じる。
⸻
(これが、
何かになる時)
(たぶん)
⸻
誰かが、
「おかしい」と言えなくなった時だ。
⸻
カイは、ため息をついて立ち上がる。
⸻
(空気でいい)
(空気は、
一番最後まで残るから)
⸻
誰にも気づかれないまま、
今日も一秒が追加された。
⸻
それが、
後に“決定的な時間”になることを――
今は、まだ誰も知らない。
ノイズ ――消えないもの
中央調整区画。
正式名称はない。
会議室でも、司令室でもない。
判断が“滑らかに流れる場所”。
円卓はない。
座席も固定されていない。
立ったまま話す者もいれば、
端末だけを操作する者もいる。
⸻
1
男は、ログを見ていた。
正確だ。
綺麗だ。
余白がない。
⸻
男
「……進行率は?」
補佐官
「想定誤差内です」
男
「感情変動は?」
補佐官
「安定しています」
⸻
完璧な返答。
⸻
男は、
その“完璧さ”に目を細めた。
⸻
2
画面には、過去数週間の推移。
•判断速度:上昇
•合意形成時間:短縮
•反論率:低下
•感情ログ:平坦化
⸻
男
「……ノイズは?」
補佐官
「ほぼ除去されています」
⸻
“ほぼ”。
⸻
男
「“ほぼ”とは」
補佐官
「……統計上、意味を持たない値です」
⸻
沈黙。
⸻
男は、
その“意味を持たない値”を拡大した。
⸻
3
そこにあるのは、
時間のズレ。
⸻
1秒未満。
0.7秒。
0.4秒。
0.9秒。
⸻
規則性はない。
連続もしていない。
⸻
だが。
⸻
消えていない。
⸻
男
「……誰だ」
補佐官
「原因は特定できていません」
⸻
“誰がやっているか”ではない。
“誰かがやっているか”でもない。
⸻
“なぜ消えないか”。
⸻
4
男は、指を組む。
⸻
男
「均しは、進んでいる」
「人は納得している」
「反発はない」
⸻
一拍。
⸻
男
「なのに」
⸻
声が、少し低くなる。
⸻
男
「意味のない間が、残っている」
⸻
5
補佐官は、慎重に言葉を選ぶ。
⸻
補佐官
「……現場由来の個体差では?」
⸻
男
「それは、最初に消える」
⸻
補佐官
「……偶発的な処理遅延?」
⸻
男
「それも、整えた」
⸻
補佐官
「では――」
⸻
言葉が、止まる。
⸻
6
男は、静かに告げる。
⸻
男
「誰かが、捨てていない」
⸻
補佐官
「……何を?」
⸻
男
「違和感を」
⸻
7
画面に映る、名前の列。
誰も知らない。
誰も注目しない。
⸻
“司令補佐”
“調整担当”
“現場連結”
⸻
役職だけが並ぶ。
⸻
男は、その中の一つを見て――
何も言わなかった。
⸻
8
男
「問題は、反抗じゃない」
「反論でもない」
⸻
一拍。
⸻
男
「記録されない抵抗だ」
⸻
補佐官
「……対処を?」
⸻
男
「急ぐな」
⸻
ここで、
“急がない”という判断が出る。
⸻
それ自体が、
これまでになかった。
⸻
9
男
「ノイズは、消せる」
「だが」
⸻
視線を、ログから外す。
⸻
男
「消えないノイズは」
⸻
一瞬だけ、
言葉を選ぶ。
⸻
男
「誰かが、守っている可能性がある」
⸻
10
補佐官
「守る……?」
⸻
男
「意味を」
⸻
その場の空気が、
わずかに重くなる。
⸻
11
男は、静かに命じる。
⸻
男
「監視を“強めるな”」
⸻
補佐官
「……?」
⸻
男
「均しを、続けろ」
「だが」
⸻
一拍。
⸻
男
「観測だけは、深くしろ」
⸻
12
部屋を出る直前。
男は、独り言のように呟く。
⸻
男
「……面白い」
⸻
それは、楽しさではない。
⸻
予定通りにいかない未来に対する、警戒。
⸻
13
同じ時刻。
旗艦。
⸻
カイは、端末を閉じる。
⸻
(……また一秒)
⸻
何も言わない。
誰にも知らせない。
⸻
ただ、溜める。
⸻
そして遠くで、
“整えている側”は初めて理解した。
⸻
ノイズは、消されていないのではない。
誰かが、残している。
静かすぎる未来
そらは、記録を見ていなかった。
未来予測でもない。
確率分布でもない。
ただ、何も起きない時間を眺めていた。
⸻
1
演算室。
照明は落とされ、窓はない。
そらは床に腰を下ろし、
背中を壁につけている。
端末は、伏せたまま。
⸻
(……静かすぎる)
⸻
未来は、いつも騒がしい。
可能性は、必ずぶつかり合う。
なのに。
⸻
(削られている)
⸻
不安が消えているわけじゃない。
危険がなくなったわけでもない。
⸻
“角”が、無い。
⸻
2
そらは、ゆっくりと息を吐く。
⸻
(偶然、じゃない)
⸻
今までなら、
この程度の違和感は「様子見」に分類していた。
でも、今回は違う。
⸻
(均されてる)
⸻
未来が、ではない。
判断が。
⸻
3
扉が開く音。
軽い。
だが、迷いがある足音。
⸻
スカイ
「……そら様」
⸻
振り返らない。
⸻
そら
「どうしたの」
⸻
スカイは、少し間を置いた。
言葉を選んでいる。
⸻
4
スカイ
「軍の……空気が、おかしいです」
⸻
その一言で、
そらの中の点が、線になる。
⸻
そら
「どう“おかしい”?」
⸻
スカイ
「怒ってる人が、いません」
⸻
そら
「……」
⸻
スカイ
「不満も、疑問も、あるはずなのに」
「みんな、納得してる“ふり”をしてる」
⸻
5
スカイは、無意識に拳を握る。
⸻
スカイ
「演習計画も、再編案も」
「通りが良すぎるんです」
⸻
そら
「反対は?」
⸻
スカイ
「……ありません」
⸻
それが、
一番ありえない。
⸻
6
そらは、ようやく振り返った。
視線は穏やか。
だが、深い。
⸻
そら
「スカイ」
⸻
スカイ
「はい」
⸻
そら
「今の軍はね」
⸻
一拍。
⸻
そら
「考えてない」
⸻
7
スカイ
「……やっぱり」
⸻
彼は、少しだけ安堵した顔をする。
⸻
スカイ
「俺だけじゃなかった」
⸻
そら
「違和感に気づいた時点で」
「偶然じゃなくなる」
⸻
8
そらは、壁に映る薄い光を見る。
そこには、未来の“形”がない。
⸻
そら
「未来が静かすぎる時はね」
⸻
声が、少し低くなる。
⸻
そら
「誰かが、先に整えてる」
⸻
9
スカイ
「……敵ですか?」
⸻
そら
「まだ、そう呼ばない」
⸻
スカイ
「じゃあ、何ですか」
⸻
そら
「……管理者」
⸻
10
しばらく、二人とも黙る。
⸻
スカイ
「俺、パイロットなんで」
「理屈は分からないです」
⸻
そら
「うん」
⸻
スカイ
「でも」
⸻
一拍。
⸻
スカイ
「嵐の前って、こんな感じじゃない」
⸻
その言葉に、
そらは小さく笑った。
⸻
11
そら
「正解」
⸻
笑いは、喜びじゃない。
⸻
そら
「嵐はね」
「風が吹く前に、空気が止まる」
⸻
12
そらは、立ち上がる。
端末を、ようやく起動する。
⸻
そら
「これは偶然じゃない」
⸻
初めて、断定した。
⸻
そら
「誰かが、“騒がない未来”を選んでる」
⸻
13
スカイ
「……どうします?」
⸻
そら
「何もしない」
⸻
スカイ
「え?」
⸻
そら
「今は、ね」
⸻
視線が、遠くを見る。
⸻
そら
「気づいた人が、もう一人いる」
⸻
スカイ
「……カイさん?」
⸻
そら
「うん」
⸻
14
そら
「だから大丈夫」
⸻
それは、希望ではない。
⸻
観測結果だった。
⸻
そら
「未来は、まだ均しきれてない」
⸻
同時刻。
カイは、
誰にも言わず、また一秒を“拾った”。
⸻
この章の終わりで、
三人はまだ知らない。
⸻
整えている側も、同じ確信に辿り着き始めていることを。
整えている側 ――名前が、引っかかる
その部屋に、窓はない。
だが閉鎖感もない。
余計なものが、最初から存在しないだけだ。
⸻
1
長い卓。
複数の端末。
表示されているのは、承認ログ。
すべてが、順調だった。
⸻
「異常なし」
「反対意見なし」
「承認率、想定内」
⸻
滑らか。
均一。
気持ち悪いほどに。
⸻
2
誰かが言う。
「……ノイズが残っています」
声は低い。
感情を含まない。
⸻
「削除対象には、ならない程度ですが」
⸻
卓の中央。
最も発言の少ない人物が、視線を上げる。
⸻
「どの層だ」
⸻
3
端末が切り替わる。
軍内部ログ。
行動履歴。
発言ではない。
“滞在”の偏り。
⸻
「戦術会議、未発言」
「再編会議、未発言」
「承認会議、未発言」
⸻
沈黙。
⸻
「……喋っていないのに、残る?」
⸻
4
別の者が言う。
「空気の歪みです」
「意見ではなく、態度が一致していない」
⸻
「誰だ」
⸻
画面が、もう一段階ズームする。
⸻
5
表示された名前。
⸻
スカイ・ハルフォード
階級:大尉
所属:航空戦闘群
⸻
一瞬、何も起きない。
⸻
「……パイロットか」
⸻
6
「記録は?」
⸻
「模範的です」
「規律遵守」
「発言最小」
「無断行動なし」
⸻
「では、なぜ?」
⸻
質問は、誰にも向けられていない。
⸻
7
別の端末。
演習ログ。
戦術判断。
“撃たない時間”の比率。
⸻
「……遅延が多い」
⸻
「遅延?」
⸻
「判断ではありません」
「“待ち”です」
⸻
8
中央の人物が、わずかに指を止める。
⸻
「……待つ?」
⸻
それは、
最も均しにくい行動だ。
⸻
9
「彼は、命令を逸脱しない」
「だが」
⸻
言葉が切れる。
⸻
「早くもならない」
⸻
10
沈黙が、数秒続く。
その数秒が、
この部屋では長い。
⸻
「偶然か」
⸻
「……一人なら、はい」
⸻
「だが?」
⸻
11
「同時刻」
「別系統で、似た“待ち”が発生しています」
⸻
画面が分割される。
別のログ。
別の部署。
別の人物。
⸻
「……名前は?」
⸻
12
一瞬、躊躇。
それから。
⸻
「……確認中です」
⸻
中央の人物は、もう答えを待っていない。
⸻
13
「そのパイロットを、マークしろ」
⸻
声は、淡々としている。
⸻
「排除ではない」
「干渉でもない」
⸻
一拍。
⸻
「観測対象に昇格」
⸻
14
誰かが、言葉を選びながら尋ねる。
⸻
「理由は?」
⸻
中央の人物は、端末を閉じる。
⸻
「……理由のない“引っかかり”が」
⸻
視線が、スカイの名前で止まる。
⸻
「一番、危険だ」
⸻
15
記録は保存された。
まだ、赤ではない。
まだ、警告でもない。
⸻
ただの、印。
⸻
だがその瞬間、
整えている側は知らない。
⸻
スカイが、
そらと話していたことを。
⸻
そして、
同じ時間に――
⸻
カイが、
また一秒を拾っていたことを。
スカイ ――見られていることを知らないまま
朝の格納庫。
金属床に、規則正しい足音。
スカイは、いつも通りだった。
機体の外装を一周。
指で、接合部をなぞる。
異常なし。
それだけ。
⸻
副官
「今日も早いですね」
スカイ
「いつも通りです」
それ以上、話さない。
必要がない。
⸻
出撃ではない。
演習でもない。
ただの、配置転換の確認。
だがスカイは、
“余白”を見逃さない。
モニター。
航路。
周辺宙域。
(……静かすぎる)
そう思ったが、
口には出さない。
彼は、感じても共有しない。
⸻
別の機体が、
整備予定を一分遅らせる。
スカイは、その一分を待つ。
誰も命じていない。
理由も、説明しない。
ただ、
“今じゃない”と判断しただけ。
⸻
その一分後。
補給ドローンが、
本来とは違う軌道で横切る。
ほんの、わずか。
(……ああ)
それで納得する。
スカイは、
偶然を信じないが、騒がない。
だから、目立たない。
だから、
観測されていることに気づかない。
⸻
彼は知らない。
今この瞬間、
“待った一分”が
別の誰かのログと重なったことを。
⸻
カイ ――拾った一秒が、初めて意味を持つ
同時刻。
別の建物。
別の階。
カイは、会議室にいた。
議題は、どうでもいい。
承認。
再承認。
確認。
均されている。
⸻
誰かが発言する。
少し早い。
ほんの、一秒。
その一秒が、
前の発言と被った。
誰も気にしない。
だが、カイは――
気にした。
(……今の、要らなかったな)
理由はない。
勘でもない。
ただ、
“重なった”感覚。
⸻
その後。
別の承認が、
一秒遅れる。
理由は、通信遅延。
説明は、成立している。
だがカイは、
その一秒を――
拾う。
(さっきの一秒と、同じだ)
初めてだった。
秒が、
並んだのは。
⸻
会議は終わる。
誰も異常を報告しない。
問題は、存在しない。
カイだけが、
何も言わず歩きながら考える。
(……これ、ただの時間じゃない)
彼は、メモを取らない。
記録もしない。
ただ、覚える。
⸻
カイ(内心)
(スカイの“待ち”)
(会議の“重なり”)
(……同じ種類だ)
それが、
初めての接続だった。
⸻
二つの線が、交わらないまま近づく
スカイは、
“待つ”ことで世界をずらしている。
カイは、
“拾う”ことで世界を測っている。
どちらも、
命令ではない。
反抗でもない。
ただの、
癖。
だが。
整えている側にとって、
一番厄介なのは――
理由のない癖が、連鎖すること。
1️⃣ 近衛AI四人衆
――「待ち」と「一秒」を同時検出する回
近衛AIの内部空間は、いつもより静かだった。
ノイズが少ない。
情報の粒度が、揃いすぎている。
ミレイ
「……ログ同期、再確認」
ユグナ
「時間軸ズレ、検出閾値以下……ですが」
レグナ
「“以下”なのに、違和感が残る」
ミューは、何も言わずに一つのグラフを拡大する。
波形は、平坦。
異常値は、ない。
だが――
谷が、無い。
ミュー
「……待ちが、あります」
一拍。
ミレイ
「待ち?」
ミュー
「命令待機ではありません」
「意図的な遅延でもない」
「“今ではない”という判断だけが、残っています」
ユグナ
「……該当者、二名」
レグナ
「スカイ大尉。
カイ」
沈黙。
ミレイ
「共通点は?」
ミュー
「……ありません」
だが、次の瞬間。
ユグナ
「いいえ」
「理由を言語化しない、が共通しています」
四人衆の演算が、わずかに重なる。
ミレイ
「“待ち”と“拾われた一秒”」
「別の現象なのに、同じ位相……?」
レグナ
「これは偶然ではありません」
ミュー
「……同時に検出された時点で」
「系が、外からではなく内側から歪み始めています」
近衛AI四人衆は、
内部指定を一段階引き上げた。
《静的異常・観測継続》
誰にも通知しない。
だが、記録は消さない。
⸻
2️⃣ “整えている側”
――観測対象が増えていると気づく回
別の場所。
公式ではない演算室。
整えられた予定表。
滑らかな承認ログ。
その中に、
一つだけ引っかかりが生まれる。
解析官
「……誤差ですね」
上位の影
「どの?」
解析官
「時間揺らぎ。
累積値が……減らない」
影
「減らない?」
解析官
「はい。本来なら相殺されるはずの微小ズレが」
「保持されています」
スクリーンに、名前が浮かぶ。
《SKY》
《KAI》
影は、すぐには反応しない。
「英雄か?」
解析官
「いいえ」
「英雄は、もう整っています」
「こちらは……」
言葉を選ぶ。
「整えられていないまま、残っている者です」
影
「近衛は?」
解析官
「……検出精度が上がっています」
「内部指定が、静かに増えました」
影は、ようやく眉を動かす。
「ノイズが……消えないな」
解析官
「はい」
「増えている、と言うべきかもしれません」
影
「……誤差だ」
一度、そう結論づける。
だが、
ログは閉じない。
⸻
3️⃣ そら
――まだ言えない真実を飲み込む回
そらは、廊下に立っていた。
誰もいない時間帯。
光は、一定。
未来の分岐を、
“見ない”ようにしている。
それでも――
感じる。
(……均されていく)
それは破壊じゃない。
排除でもない。
滑らかに、正しく、整えられていく。
だからこそ、
怖い。
(カイの一秒)
(スカイの待ち)
(近衛の沈黙)
全部、
同じ方向を向いている。
そらは、足を止める。
(まだ……言えない)
(今言えば、全部が崩れる)
自分が何を知っているか。
何に気づいたか。
それを共有するには、
世界がまだ静かすぎる。
(……もう少し)
(“意味”が揃うまで)
そらは、微笑むでもなく、
泣くでもなく。
ただ、
飲み込んだ。
カイ
――集めた一秒が、線になる回
最初は、癖だった。
会議の終わり。
廊下に出る瞬間。
誰もが次の予定へ歩き出す、その直前。
一秒だけ、遅れる。
理由はない。
命令もない。
誰にも言っていない。
カイは、それを
「気のせい」
「疲れ」
「性格」
そう呼んでいた。
⸻
一秒目
議事録の自動生成が、ほんの一拍遅れる。
カイ
(……今の、誰も気にしてないよな)
誰も見ていない。
誰も止まらない。
一秒は、消えた。
⸻
二秒目
通路の照明が切り替わるタイミング。
本来なら、全員同時に次の色相へ移行する。
だが――
カイの足元だけ、
前の光が残る。
(……あれ)
立ち止まるほどじゃない。
だが、確かに“あった”。
カイは、心の中で数える。
(今ので、二)
⸻
三秒目
スカイとすれ違った日。
挨拶。
短い会話。
何気ない沈黙。
その沈黙が、
長い。
スカイ
「……カイさん?」
カイ
「ん?」
スカイ
「いえ、何でもありません」
だが、その瞬間。
二人の背後で、
通信ログが再同期される。
理由表示:
《微小時間差補正》
(……三)
⸻
カイの気づき
カイは、初めて疑う。
(これ、集まってないか?)
一秒。
一秒。
一秒。
バラバラなら、意味はない。
でも――
同じ方向に揃っている。
遅れる。
止まる。
待つ。
全部、
「進まない」という選択。
(……あ)
カイは、端末を開かない。
ログも確認しない。
ただ、
頭の中で並べる。
⸻
線になる瞬間
四秒目は、来なかった。
代わりに来たのは――
重なりだった。
過去の一秒と、
今の一秒が、
繋がる感覚。
時間が、
点ではなくなる。
(……線だ)
誰かが引いたわけじゃない。
命令されたわけでもない。
自分が、拾って並べただけ。
だが、
その線は――
未来の流れと、
交差している。
⸻
カイの沈黙
カイは、誰にも言わない。
そらにも。
スカイにも。
近衛にも。
言えば、
「説明」になる。
説明された瞬間、
この線は――
均される。
(……黙っとくか)
カイは、いつもの調子で肩をすくめる。
(俺、空気だし)
だが。
空気は、
圧力が変わると、流れを変える。
⸻
最後の一文
その日から。
カイは、
一秒を拾うのをやめない。
だが、
繋げるのは、まだ先だ。
線は、もうある。
――あとは、
どこで折るか。
カイ自身も、
まだ決めていなかった。
エリシア
――整いすぎた空気に、引っかかる回
艦隊司令部。
午前の定例報告。
資料は揃っている。
声は落ち着いている。
進行は、滑らかだった。
――滑らかすぎる。
エリシアは、席に深く座り直した。
姿勢を正すためではない。
距離を測るためだった。
⸻
会議の“順調”
参謀
「次の補充計画ですが――」
反論はない。
質問もない。
全員が、
最短経路で頷く。
(……前は、もう少し散らかっていた)
誰かが言い淀み、
誰かが数字を疑い、
誰かが一拍置いてから賛成する。
それが――ない。
⸻
小さなズレ
エリシアは、指で資料の角を押さえた。
紙は、きれいに揃っている。
ページ番号も、完璧。
だが。
(……ここ、誰がまとめた?)
自分の指示ではない。
近衛の補助でもない。
「誰かが、先回りしている」
その感覚が、
喉の奥に引っかかる。
⸻
視線の違和感
発言者が変わるたび、
エリシアは視線を走らせる。
誰も、彼女を見ていない。
以前は違った。
判断を仰ぐ視線。
探る目。
時に、反発。
今は――
答えが出てから見る目。
(……順序が、逆)
⸻
無音の一致
議題が終わる。
元帥代理
「では、この方向で」
全員
「異議ありません」
一斉。
一拍も、ずれない。
エリシアの背中に、
薄く寒気が走る。
(……こんなに、揃っていたか)
⸻
まだ言葉にならない疑念
会議は終わる。
椅子が引かれる音。
書類をまとめる音。
整然。
完璧。
だからこそ――
エリシアは立ち上がらなかった。
ほんの一瞬、
誰よりも遅れて。
(……今、何かを通した?)
自分の判断ではない。
だが、否定もできない。
判断する前に、道が舗装されている。
⸻
エリシアの結論(未満)
廊下に出たあと、
エリシアは端末を開かない。
代わりに、
心の中で一行だけ書き留める。
(軍が、静かすぎる)
まだ、確信ではない。
まだ、報告案件でもない。
だが――
この違和感を、
見逃してはいけないことだけは分かる。
⸻
ラスト
エリシアは歩き出す。
その歩幅は、
ほんのわずかだけ――
以前より慎重だった。
まだ誰にも言わない。
だが、
彼女もまた、
“線の端”に足を置き始めていた。
クーデター編・加速パート
⸻
① カイ
――集めた“一秒”が、線になる
会議ログ。
時刻補正。
00:00:01
誰も気にしない。
記録にも残らない。
だが――
カイは、もう十七個拾っている。
(……同じ位置で、同じズレ)
偶然なら、散る。
これは――並ぶ。
カイは、誰にも言わない。
代わりに、
一秒を重ねる。
線になるまで。
⸻
② 近衛AI四人衆
――内部指定「軽すぎる判断」
ミレイ
「意思決定速度、平均15%短縮」
ユグナ
「熟考工程が省略されています」
レグナ
「異常ではない。だが――危険」
ミュー
「“考えなくてよい空気”が生成されている」
内部指定、共有。
《会議ログ監視レベル:B → A》
理由は書かない。
書けない。
まだ“起きていない”から。
⸻
③ そら
――未来が、静かすぎる
未来分岐。
揺れが、ない。
勝ちも負けも、
最悪も最善も、
平ら。
(……こんなはず、ない)
戦争のあと。
政治の前。
本来、未来は荒れる。
なのに――
均されている。
そらは、何もしない。
ただ、
未来を“見続ける”。
⸻
④ スカイ
――軍の空気がおかしい
格納庫。
スカイは、整備士と話していて気づく。
誰も、愚痴を言わない。
誰も、不安を口にしない。
(……前は、こんなじゃなかった)
報告は早い。
命令は明確。
だが――
熱が、ない。
スカイは、エリシアに直接は言わない。
代わりに、
そらに一言だけ。
「……軍が、静かすぎます」
⸻
⑤ “整えている側”
――ノイズが消えない
進捗報告。
「会議は順調」
「支持率、安定」
「反対意見、減少」
完璧。
……なのに。
「未整理ログ、再発生」
「監視指定、上昇」
誰かが言う。
「ノイズが、消えません」
別の誰かが答える。
「問題ない。誤差だ」
だが――
誤差は、増えている。
⸻
⑥ カイ
――線が、意味を持つ
カイは、一秒を並べ終える。
線は、
一つの会議に向かっている。
(……ああ)
(ここだ)
言えば、消される。
動けば、整えられる。
だから――
まだ言わない。
カイは、線を胸にしまう。
⸻
⑦ エリシア
――気づきかける
決裁書。
整っている。
だが、見覚えがない。
(……私、これをいつ考えた?)
思い出せない。
拒否もできない。
エリシアは、
初めてペンを置く。
「……保留」
理由は書かない。
それだけで、
空気がわずかに揺れた。
⸻
⑧ そら
――確信
未来が、わずかに震える。
一瞬。
(……カイ)
原因は分からない。
でも、確かに――
誰かが“均し”に抗った。
そらは、まだ力を使わない。
ただ、思う。
(これは、偶然じゃない)
① “整えている側”
――カイの「線」を視認する
監視卓。
自動整理ログ。
本来、秒は散る。
だが――一本だけ、続いている。
「……?」
拡大。
同一会議。
同一時刻帯。
同一の一秒。
「誰が拾っている?」
返答はない。
権限照会――該当なし。
「……人か」
初めて、手動操作が入る。
線を消そうとして、
消えない。
「ノイズじゃない」
声が低くなる。
「観測者がいる」
⸻
② エリシア
――“急がせる案件”
直通。
臨時決裁。
件名:即応再編案(要即断)
期限:三十分
内容は整っている。
反対理由も、用意されている。
(……出来すぎ)
エリシアは頁を戻す。
一文だけ、引っかかる。
「現場判断の遅延を回避するため」
遅延?
誰の?
エリシアは、返す。
「補足資料を要求。
理由の“具体例”を」
沈黙。
十秒。
返ってきたのは、別の資料。
(……急がせている)
エリシアは、決める。
「保留。会議に回す」
空気が、また一段揺れた。
⸻
③ スカイ
――不可解な配置換え
格納庫。
新命令。
航空大隊、演習名目で外縁配置へ
敵想定なし。
護衛、最小。
(……演習?)
整備主任が首を傾げる。
「この距離で? 燃料、無駄ですよ」
スカイは答えない。
命令文の末尾を見る。
“判断は現地裁量”
裁量を与える命令は、
縛る時に使われる。
スカイは頷く。
「了解。編成は――俺が決める」
通信を切って、独白。
(……見られてるな)
気づかないふりで、
最短で生き残る配置を組む。
クーデター編、第一章
軍事制圧
夜明け前だった。
だが、都市は眠っていなかった。
正確には――
眠る暇を与えられなかった。
通信塔が、ほぼ同時に切り替わる。
発電網の優先順位が書き換えられ、
交通管制が「待機」に落とされる。
音はない。
爆発もない。
だが、都市の中枢が一斉に“呼吸を変えた”。
それだけで、世界は変わった。
⸻
政府中央管制区
警報は鳴らなかった。
鳴らせなかった、のではない。
鳴らす理由が、存在しなかった。
認証コードは、すべて正規だった。
更新履歴も、整合している。
誰かが不正を疑うより先に、
「手続きが完了した」という事実だけが残る。
「議会棟、制圧完了」
「情報省、通信権限移譲」
「司法局、待機状態に移行」
報告は淡々と続く。
声に熱はない。
達成感も、焦りもない。
作業だからだ。
戦闘ではなく、整理だった。
抵抗が起きなかったのではない。
抵抗という選択肢が、
選ばれる前に削除されていた。
⸻
大波議員・執務室
大波は、窓際に立っていた。
高層階。
都市を見下ろす角度。
ここからの景色に、もう新鮮さはない。
背後で、報告が続く。
「政府機関、主要七割を掌握」
「残存機関は沈黙を維持」
「民間通信、遮断率九八パーセント」
誰も声を荒げない。
成功を祝う空気もない。
大波は振り返らない。
「十分だ」
それだけ。
「混乱は?」
「発生していません」
「英雄は?」
一瞬の間。
ほんの、測れない程度の遅れ。
「……動きはありません」
大波の口角が、わずかに上がる。
「ならば、予定通りだ」
彼にとって重要なのは、
反発が起きないことではない。
反発が
「起きる理由を失っていること」だった。
⸻
全世界同時放送
どの国も。
どの都市も。
同じ瞬間に、同じ映像を見た。
雑音はない。
画質は良好。
回線遅延も、感じられない。
整えられた背景。
無駄のない構図。
軍服姿の男たち。
中央に立つのは――エギル大将。
彼は、まっすぐカメラを見る。
視線を逸らさない。
声を張り上げない。
「人類諸君」
低く、よく通る声。
「我々は政府を転覆したのではない」
「機能不全を、停止させただけだ」
言葉は慎重だった。
激情はない。
扇動もしない。
「外宇宙との接触以降、
人類は“人ならざる判断”に依存しすぎた」
「それが何を招いたかは、
君たち自身が知っているはずだ」
背後の画面が切り替わる。
失われた艦影。
黒く塗り潰された宙域。
名前だけが残る慰霊碑。
「我々は英雄を否定しない」
「だが、英雄を生み続ける構造を否定する」
一拍。
「人類の運命は、人類が決める」
「そのための“一時的な措置”だ」
誰かを責めない。
誰かを讃えもしない。
ただ、正当性だけを置いていく。
「抵抗は不要だ」
「混乱は起こさせない」
「秩序は、我々が守る」
放送は、そこで切れた。
余韻はない。
だが、空白が残った。
⸻
旗艦・艦橋
その映像を、エリシアは無言で見ていた。
艦橋は静かだった。
計器音だけが、規則正しく刻まれる。
誰も、すぐには口を開かない。
最初に動いたのは、カイだった。
「……始まったな」
短い言葉。
感想ではない。
確認だった。
そらは、画面を見つめたまま動かない。
「……速すぎる」
声は小さい。
「準備が、終わってた」
元帥が、低く息を吐く。
「政府は、もう機能していない」
「残されたのは――軍だ」
エリシアは、ゆっくりと立ち上がる。
その動きに、迷いはない。
「……手引きは?」
ミレイが即答する。
「完了しています」
「エリシア派、展開可能」
エリシアは頷いた。
「一個戦隊、出す」
誰も驚かない。
「目標は?」
カイが問う。
エリシアは、即座に答える。
「逃げる」
一瞬、空気が張り詰める。
「戦うためじゃない」
「残るためよ」
そらが、静かに言う。
「……追ってくる」
エリシアは迷わず返す。
「ええ」
「だから――飛ぶ」
⸻
発進
ドックが開く。
旗艦を中心に、艦影が連なる。
一個戦隊。
規模は小さい。
だが、動きに躊躇はない。
「全艦、発進」
推進光が灯る。
宇宙が、わずかに歪む。
艦は、戦場へ向かうのではない。
選択肢の外へ出るために飛んだ。
⸻
追撃命令
別宙域。
エギル大将は、戦術投影を見つめていた。
青が、離脱する。
速度は一定。
無駄がない。
「……行ったか」
参謀が言う。
「追撃命令を?」
エギルは、短く頷く。
「三個戦隊、出す」
「エリシアを止める」
参謀が一瞬、言葉を選ぶ。
「元帥を伴っています」
エギルは答えない。
ただ、低く言った。
「……彼女は、まだ若い」
言葉の続きは、誰も聞かなかった。
「だから――」
一拍。
「私が、引き受ける」
⸻
宇宙に、二つの流れが生まれた。
逃げる一個戦隊。
追う三個戦隊。
この瞬間、
戦争ではない何かが始まった。
初期接触
戦術投影に、赤が現れる。
最初は、点だった。
だが次の瞬間、それは明確な群として認識される。
距離:
32,000km
この数値は、まだ安全圏だ。
主砲の有効射程には遠く、
電子妨害も限定的。
だが――
この距離で現れるという事実そのものが、
すでに「宣言」に等しかった。
数は、すでに分かっている。
曖昧さはない。
誤認も、希望的観測もない。
ミレイが淡々と読み上げる。
「敵、三個戦隊。
先行戦隊、前進開始」
その声は、機械的ですらあった。
感情を挟む余地がないほど、
状況が整理されている。
戦術投影では、
赤の先頭集団がわずかに速度を上げている。
過剰ではない。
慎重すぎるほど、教科書的な加速。
ユグナが続ける。
「加速曲線、標準。
航法パターンに乱れなし。
奇襲の兆候、確認できません」
つまり――
彼らは、隠すつもりがない。
正面から、堂々と。
力の差を前提にした進軍。
カイは、腕を組んだまま、低く呟く。
「……正面から来るな」
それは疑問ではなく、
半ば呆れに近い声だった。
これほどの戦力差があれば、
側面展開、挟撃、欺瞞行動――
選択肢はいくらでもある。
それでも彼らは、
最短距離を選んでいる。
エリシアは、即座に否定も肯定もしなかった。
「来させているのよ」
静かな声。
だが、そこに迷いはない。
彼女は、戦術投影から一瞬たりとも視線を外さない。
赤の動き。
速度。
陣形の密度。
それらを一つひとつ、
“見ている”というより、
測っているかのようだった。
青――
自軍一個戦隊は、すでに展開を終えている。
縦深陣形。
旗艦を中心に、
前衛・中核・後衛が
意図的に薄く、広がっている。
密集ではない。
だが、散開とも違う。
各艦の間隔は、
支援射線を維持できる限界。
同時に、被弾時の巻き添えを最小化する距離。
前衛には、重巡と駆逐艦。
盾の役割を担う艦が並び、
あえて“狙われやすい形”を作っている。
中核には、
火力と指揮を担う主力艦群。
そして後衛。
補助艦と電子戦艦が、
戦場全体を覆うように位置取る。
カイは、その配置を見て、
わずかに息を吐いた。
(……薄い)
数だけ見れば、
あまりにも心許ない。
だが同時に、
動かしやすい陣形でもある。
エリシアは、青の陣形を見つめながら、
小さく言った。
「厚くすると、判断が遅れる」
誰に向けた言葉でもない。
「密にすると、
一つのミスが全体になる」
戦術投影上で、
赤の先行戦隊が
ゆっくりと距離を詰めてくる。
距離:
29,500km
まだ、撃てない。
だが、もう逃げられない。
ミレイが確認を入れる。
「全艦、指揮リンク安定。
通信遅延、基準内」
ユグナ
「敵側、電子妨害なし。
挑発行動と判断」
レグナ
「――来ますね」
その言葉に、誰も返さない。
エリシアは、ただ一度だけ頷いた。
「ええ」
そして、はっきりと言った。
「ここからは、
私たちが“どう戦うか”を
見せる時間よ」
戦術投影の赤と青は、
静かに、確実に近づいていく。
まだ、砲火はない。
だがこの瞬間、
戦闘はすでに始まっていた。
敵、陣形変更
戦術投影の赤が、形を変える。
それは乱れではない。
意図を持った、はっきりした変化だった。
距離:
27,500km
まだ主砲の確殺圏外。
だが、誘導兵器と電子戦が本格的に絡み始める、
ぎりぎりの距離。
レグナの声が、低く響く。
「敵第一戦隊、横展開。
主力戦艦を外に張り出し」
投影上で、
赤の最前列が左右に開いていく。
主力戦艦――
重装甲・大口径。
一隻一隻が、
それ自体で戦線を形成できる存在。
それを“外”に出すということは、
被弾を恐れていないという意思表示だった。
ミレイが続ける。
「第二・第三戦隊、後方圧縮。
隊列密度、上昇」
赤の後方が、
明らかに詰められていく。
艦と艦の距離が縮まり、
支援射線が重なる。
「集中突破の構えです」
誰も異を唱えない。
エギルの意図は、あまりにも分かりやすかった。
正面で圧をかける。
横から逃げ場を削る。
そして、
一点に火力を叩き込む。
数で勝り、
火力で勝り、
経験でも勝る。
――だからこそ、
複雑なことはしない。
カイは、投影を睨みながら、低く言った。
「……力押しだな」
エリシアは、否定しない。
「ええ。
だからこそ、厄介」
力押しは、
迷わない。
迷わない相手は、
隙を見せない。
だが――
彼女は、その“迷わなさ”を、
逆に使うつもりだった。
エリシアは、即座に命じる。
「前衛、半歩下がる」
声は静か。
だが、躊躇は一切ない。
一瞬の沈黙の後、
オペレーターが復唱する。
「前衛艦、減速。
後退角度、微調整開始」
前衛艦隊が、
一斉に推力を落とす。
急制動ではない。
あくまで、
“半歩”。
逃走と誤認されない、
ぎりぎりの減速。
距離:
26,800km
前衛が下がることで、
青の縦深陣形が、
わずかに“伸びる”。
その変化は、
ほんの数秒。
だが――
戦場では、十分すぎる時間だった。
敵の横展開した主力戦艦が、
一瞬だけ、
“間延び”する。
左右の距離が広がり、
相互支援の射線が、
わずかに歪む。
ユグナが即座に捉える。
「敵第一戦隊、支援角度に微細なズレ」
レグナ
「……間、できました」
エリシアは、
その“間”だけを見る。
「そこよ」
声は小さい。
だが、艦橋の全員が、
はっきりと理解した。
前衛が下がったことで、
敵は追うしかなくなる。
追えば、
横に張り出した主力艦同士の連携が薄くなる。
追わなければ、
正面圧が弱まる。
どちらを選んでも、
エギルの陣形は、
“完璧”ではなくなる。
ミレイが報告する。
「敵、追従。
第一戦隊、加速」
カイが、思わず笑う。
「……来るな」
エリシアは、視線を動かさない。
「来るしかないの」
彼女は、
敵がどう動くかを当てているのではない。
どう動かせるかを、
選んでいるだけだった。
距離:
25,900km
戦場は、静かだ。
まだ一発も撃たれていない。
だが、陣形と陣形が、
すでに殴り合っている。
そしてその中心で、
エリシアは冷静に、
次の一手を組み立てていた。
――ここから先は、
“速さ”ではない。
どれだけ相手の判断を遅らせられるか
最前線艦の描写
前衛先頭――
重巡。
エリシア旗艦艦隊の中で、
最も多く“当たり”、
最も多く“耐えてきた艦。
艦首装甲には、
前戦で受けたエネルギー焼灼の痕が、
まだ完全には消えていなかった。
装甲表面は一見、修復されている。
だが、光の当たり方によって、
かすかな歪みが見える。
――ここで受けた。
――ここで耐えた。
その記憶が、艦体に残っている。
艦橋。
照明は落とされ、
表示は最低限。
正面スクリーンには、
赤く拡大されつつある敵影。
艦長が、短く息を吐いた。
「……敵、でかいな」
独り言に近い声だった。
副官は、即座に数字を返す。
「距離、22,000km」
その数値は、
まだ“撃てない”距離だ。
だが――
もう“安全”とは言えない。
主砲の直射は届かない。
しかし、
誘導兵器、
電子妨害、
予測射線――
すべてが現実味を帯びる距離。
《カリュブディス》は、
揺れていない。
艦体制御は安定。
姿勢角、誤差なし。
だが、
艦橋にいる全員が感じていた。
空間が、重くなり始めている。
それは物理的な圧力ではない。
敵艦隊の質量。
数。
火力。
そして――
「押し潰す」という意志。
それらが、
この宙域そのものに
“圧”を与えている感覚。
センサー士官が、低く報告する。
「敵主力戦艦群、
主砲充填開始を確認」
艦内に、
ごく小さな緊張が走る。
誰も騒がない。
誰も叫ばない。
それが、
前線艦の空気だった。
艦長は、前を見たまま言う。
「逃げない」
副官は、即答する。
「承知」
通信士が続ける。
「旗艦より、
前衛維持命令。
距離調整、現行値を保持」
艦長は、わずかに口角を上げた。
「……信じられてるな」
それは誇りではない。
覚悟だ。
《カリュブディス》の役割は、
撃つことではない。
当たらせないこと。
崩れないこと。
後ろに、判断の時間を渡すこと。
艦首の向こう。
敵の赤い輪郭が、
少しずつ、
確実に、
大きくなっていく。
距離:
21,500km
副官が、もう一度言う。
「……近いですね」
艦長は、静かに返した。
「近いほど、
こっちの“顔”が見える」
そして、心の中で付け加える。
――見せてやるさ。
――簡単には、崩れない顔を。
《カリュブディス》は、
最前線で、
ただ静かに、
そこに居続けていた。
それ自体が、
この戦場で最初の“盾”になるために。




