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◆後編◆

後編です。


 わたしは辺境伯の娘だ。騎士に憧れ目指すのは自然な成り行きだったと思う。幼い頃から父や兄や家臣のおじさまたちに目一杯可愛がられていた。女の子だからと馬鹿にしないでわたしに剣術を授け、いっぱしに小さな騎士のつもりになっていた。と自分では思っていた。

 そんなころ、少し年上のお兄さんが二人、うちの父の主宰する騎士になる為の塾に弟子入りしてきたのだ。金髪で綺麗な顔のしゅっとしたほうの男の子はエドといい、やることなすこと卒がなく何でも器用にこなした。対して小太りな男の子は、フェルと呼ばれていたが、明るい雰囲気は持っていたけれど、どうやら長らく病気にかかっていたらしく、ちょっと鈍くさいところがあって、同時期に入門した他の弟子たちから揶揄いを受けていた。

 塾生に混ざって剣技を磨いていたわたしは憧れた、しゅっとした男の子に。だって絵本の中の王子様そっくりだったから。というか、それがホンモノの王子様で、今、目の前で間に合って良かったよかったと一人納得しているエドアルト殿下だったわけだけど。


 当時は王都から来た領主の知り合いの男の子だとだけの触れ込みで、みんなにはその少年が王子とは知らされていなかった。しゅっとしたエドは、いじめられっ子体質の小太りなフェルをいつも庇っていた。それでもいつも一緒にいられるわけではない。厳しい師範への不満を溜め込んだ子たちのいじめの標的になったのがフェルだった。

 わたしは、そのいじめの現場を見て激怒した。そう、正義感だけはやたらと強かったから。精一杯の威勢を張り、わたしはフェルを庇い彼の前に手を広げて立ち塞がった。いじめるなんて卑怯なこと、わたしが許しませんとかなんとか言いつつ。結果、わたしはいじめっ子たちに、それも年上の複数のいじめっ子たちにコテンパンにやられたのだった。

 訓練の辛さをいじめることでしか消化出来ずにいたいじめっ子たちに、ナマイキだ、女だからって贔屓されやがって、なんて言われつつ木刀で何度も小突かれたのだ。わたしだってただ打ち込まれていた訳じゃないけれど、多勢に無勢ってやつで終いには地面に倒れ込み蹲って頭を護った。その時いじめっ子から打ち込まれた痛みで転がっていたはずのフェルが、今度はわたしを庇うべく立ち上がった。苦しそうな息を吐き、それでもわたしを庇おうとして。


 ようやく助けが入ったのは、またもや打ち込まれて成すすべもなく、わたしに覆い被さって守ろうとしてくれたときだった。

 領主の娘と知らなかったとはいえ、数人がかりで同窓生を、加えて年下の女の子を木刀で殴るとは言語道断だということで、その時いじめに参加した塾生たちは破門の上家に返された。親である家門の当主たちはすっかり青褪めて、すかさず詫びを入れたようだが、娘を殴られた父親は本来の苛烈さを見せて、性根が悪いとその子たちの復帰を許そうとはしなかった。家門自体への影響はなかったことを願うけれど。一方、さすがにこれ以上男女一緒にはさせてやれないと、わたしは塾からは遠ざけられてしまった。


 青痣が薄くなってきたころ、遣いがやってきて二人は揃って王都に戻ることになった。しゅっとした王子様のエドは、別れ際にわたしへの謝罪を口にした。そんなの、彼のせいではなかったのに。そしてわたしを守ろうとあちこちに痣を作ったフェルは涙をためてわたしの手を握った。今膝をついている彼のように。


「もっと強くなる」


 涙を拭いながら感極まった様子でそう言った。


「君を守れずに本当にごめんなさい。僕はもっと強くなるよ。だから」


 大きくなったらエドじゃなく僕を選んでほしい。僕と結婚してほしい。

 そう言って王都へ帰っていったのだ。



「な、き、貴殿は、シュタイナー卿?!」


 あまりのことにぼうっとしていた父が絞り出すように、わたしの手を取り上げた男の名を呼んだ。その名なら、わたしだって聞いたことがある。王太子殿下の信頼の厚い側近中の側近で、軍の特殊部隊出身のすこぶる付きの優秀な護衛だと。普段は軍の任務であまり王宮には顔を見せないが、気紛れに夜会に姿を見せるとその場に居る女性陣の視線を独占してしまうという噂だ。愛想良く多くの令嬢たちに相対するものの、どんなに秋波を送っても結局はかわされてしまうという噂だった。にこやかに笑っているけれど、その実彼の目はまるで深淵なる沼のようで、あの笑顔は偽物だ、本当はとても冷徹な人だという評判が辺境にも漏れ聞こえてきていた。それなのに。

 冷たいはずの目の前の男は、蕩けるような笑みをわたしに向けている。


「ていうか、本当にフェルなの?」


 思わず素で聞いてしまった。すると益々笑みが深まり、瞳が熱っぽくなっていく。見ているこちらが恥ずかしくなってくるほどに。


「私の愛称を覚えておいでか。こんなに嬉しいことがあるだろうか」

「シュタイナー卿、貴殿なら娘を安心して預けられるぞ」


 ちょっと父、何よその掌返しは。


 ◆


 なんて律儀なこと。わたしなんてすっかり忘れてこの期に及ばないと思い出しもしなかったのに。しかも他の男と婚約までしていたというのに。


「私はあの時の女の子をどうしても忘れられなかった。どうしても結婚したかったから、エドに頼んだんだよ」


 何を?


「絶対に私のものにしたいから何とかしてくれって」


 えっ。


「陛下や王妃様にもお願いしていたら、私が隣国にいる間にベルノルトと婚約させたからって返事が来て」


 へっ。


「エドに頼まれた要件のために隣国へ潜入していたから」


 潜入、……潜入?


「その間弟と婚約させておくから他の男から遠ざけられるし、きっと君を嫌うだろうから手を出すことも無いよって」


 はあ?


「いくらなんでも酷いだろうと思ったけれど、確実に君が手に入るよって」


 はあ?!


「コイツ笑えるくらい腹黒いんだよ。弟を弄んでさ、ベルノルトがちょっと可哀そうだよね、単なる当て馬じゃないかそれじゃ」


 そう言ってえくぼを窪ませふふっと笑った。

 いや、笑うところじゃないでしょう。しかも陛下や王妃様も分かってらしたってことなの?


「父上と母上が君を気に入っていたのは本当だし、娘になって欲しかったのも本当だ。だからベルノルトと婚約させたのは、そうなってくれたらいいなという願望でもあったんだな」


 なんてことを横から王太子殿下はさらりと言ってのけたけれど、ベルノルト殿下に対しても私に対してもそれひどくない? 素直に頷けないし。

 あまりにも憮然とした顔を見せていたのだろう、フェル、もとい、エドアルト殿下の側近であるフェルディナンド・フォン・シュタイナー次期伯爵はすくと立ち上がると、つないだわたしの両手をそのまま持ち上げて口元へと近づけ、じっとわたしの目を見下ろした。ズルい。まるで叱られた子犬のような情けない表情じゃないの。


「駄目かい? 私では物足りない? やはり君はエドのような、……」

「イヤです、こんな腹黒い人」


 慌ててわたしは食い気味に言い放った。マズい。無礼極まる言葉だったわ。でもこれだけ王家に振り回されてわたしには言っていい権利があると思う。


「わたしは今も昔も強い人が好きです。父からシュタイナー様は騎士として非常に優秀であると聞いていますし」

「フェルディナンドでいいよ。ていうか、昔のようにフェルと呼んでほしい」


 えっと。急には無理です。


「ていうか、その、今日のお式のお相手のお名前を今の今まで聞いてなかったというか」


 今まで嬉しそうに眉を下げていたフェルが、びっくりしたとぐるりと頭を巡らせ、王太子殿下へと視線を向けた。


「あ、それはえーと、あくまで聞かれなかったから」


 そうね、わたしもあんまり興味が無さ過ぎて、会えたら紹介されるだろうってぼんやりしてたわ。だって、いきなりの結婚式だなんて思わないじゃない?


「君はあの頃と変わらずうっかりさんだな」


 そんなふうに思ってらしたの?


「強がっていたけれど、あの頃確かに私には剣で君を負かすことは出来なかったけれど、案外怖がりだったし、考えなしでうっかりしたところが途轍もなく可愛かった」


 あ、あの……。


「婚約しようとする男の名前も聞かないでどうするつもりだったの。本当にうっかりさんだ」


 目を細めて可愛いと呟きつつ、派手なリップ音を立てて指先に口付けられて、そのまますりすりと頬にわたしの手を擦りつける。


「だ、だって、会えたら名前を聞けばいいって、でもいつまで経っても会えないし、何だか聞く機会がなくなって、今日ここへ連れて来られて」


 しどろもどろになってつらつらと言い訳をしながら、でもこれわたしのせいじゃないよね、と今度は怒りがふつふつと湧いてきた。


「だいたい! どうして今まで会えなかったんですか? 殿下のせい?」


 羞恥に駆られてついでのようにエドアルト殿下に八つ当たる。


「うん、僕のせいでいいよ。だからこのまま大人しくフェルと結婚してやって?」


 ぎゅぎゅっと眉をひそめてしまったわよ。


「お聞きしますが、今日はいったいどう捉えればいいのですか?」


 さっき求婚されたみたいだけど、でも婚約式だって聞いていたし、でもウエディングドレス着せられてるし、何がどうなってるんだか。誰か、整理して!


「……なんだかムカつくので殿下、娘はやはり領地へ連れて帰ります」


 すっかり放っておかれた父が冷えに冷えた声を響かせた。なかなかの迫力よ。さあ殿下、どうするの?


「待ってください。辺境伯、……いえ義父上」

「誰が義父上だ、まだ許しとらんぞ」

「ゲートシュタイン伯爵、どうかお嬢様との結婚をお許しください」


 いやいやさっき、安心して預けられるって言ってたじゃん、父。それに、ちょっと待って。先にわたしに聞きなさいよ。もう無茶苦茶だわよ。


「シュタイナー卿、貴殿の職務は分かっているつもりだ。王家の特務諜報官なのだろう? 現に今も隣国への潜入調査を任されている。そんな死と隣り合わせの人間に娘はやれん」

「いえ、その任務は今日この後報告すれば終了です。諜報活動は結婚するまでの約束で、今後は殿下の護衛兼補佐官として表に出て働く予定です」

「それに、あちらの末姫に懸想されているという話も聞いているぞ。末姫を溺愛しているあちらの国王に引き留められているのだろう?」

「そう見えたとしたらそれは、任務の為です。私の心はエルヴィーラ嬢のものです」

「本当か? 誓えるのか? 娘を大切にすると」

「はい。未来永劫エルヴィーラ嬢だけを大切にすると誓います」


 清々しく肯定したフェルは、わたしの視線を捉えるとふわりと微笑んだ。嬉しくて仕方がないと言わんばかりの頬の緩めようだ。なんだかぶんぶん振ってる尻尾が見えそうよ。氷のような人だと聞いていたのに、話が全然違うじゃない。これは、信じていいのでしょうか。

 しかめっ面の父の顔も少し緩んだように見えた。前々から王都のシュタイナー卿の噂は耳にしていて、こういう男なら文句ないんだけどな、なんて言ってたから、元々反対って訳でもなかったのよね。てことは、わたし、このままこの方といきなり結婚しちゃう訳?

 思考がばらばらな方向へ向いてるまま、目を回しそうになっていると、フェルが改めてわたしの手を掬い上げて真摯な眼差しを向けてきた。ああ、もう逃げられそうにない。


「改めて聞くよ。エルヴィーラ・フォン・ゲートシュタイン嬢、私と結婚してくれませんか」

「……ええっと、……はい」


 途端、ありがとうと声を上げながらわたしの腰を抱え上げ、くるくると回されて本当に目を回したところですとんと下ろされると、ぎゅっと力強く抱き込まれたのだった。


 ◆


 話し合いの結果、お互いの今を知り合う機会が欲しいと願うわたしの希望が聞き届けられて、この日は求婚及び婚約式ということになり、結婚式は日をおいて改めてということになった。

 幼い頃は病弱で、薬の副作用でむくみが強く出ていた身体も、今は全くの健康体であるらしい。騎士殿下なんて言われる王太子殿下以上に鍛え抜かれてしなやかな身体つきになっている。冗談半分で剣の手合わせをお願いして挑んでみたら、軽くいなされた上にあれやこれやと指導を受けてしまった。いいのかしら、普通の貴族令嬢は剣だこを作ったりしないのに。

 ちょっと楽しくて夢中になり過ぎたと謝りながら、私の掌に出来た剣だこの手当てをしてくれる。普通の令嬢じゃないところが好きなんだよ、なんてストレートな言葉を囁きながら、掌に何度もキスを落としながら。

 お茶も美味く淹れられないし、不器用で刺繍も苦手なのだと告白すると、そういうところも可愛いからいいんだ、なんてこちらが恥ずかしくなるようなことを平然と仰る。

 ついこの間まで任されていた潜入任務の引継ぎをしたり、残務処理をこなしたり、忙しそうにされているが、必ず日に一度は顔を見せてお茶にしようと誘ってくださる。どちらかというとわたしに自分のことを必死に売り込んでいるのでは、と思わないでもない。

 そこらの令嬢と違ってファッションや観劇など、社交的な話が出来ないわたしは、代わりに国境の在り方やら国際問題なんかをネタにして、二人で議論することもある。長く国外に出てらっしゃったので国際情勢にとてもお詳しいし、しかも話が上手くて楽しいのだ。外面だけは鍛えてるからね、なんて軽口も叩く。

 そう、知れば知るほどこの方で良かったと心から思えてくるのだ。不思議だなあ。

 こんな感じだと結婚しても楽しく暮らしていけそう、と思えるほどには心を許している。


 あの時、ベルノルト殿下に婚約破棄されて良かった、なんて思えるとは。人生って何が起こるか分からない。とりあえずわたしは幸せになるみたい。よ。


久々の投稿、かなり緊張しております。

読んでくださり、ありがとうございました。

多少なりともお気に召していただければ、追補編も出すかもです。


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