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9話 黒衣の隠剣

段落一個下げなんて機能ができたのか。めっちゃ便利っすな。

 

 都市の神経に、針が刺さるように、それはひっそりと、しかしヒタヒタと確実に始まった。

 それは爆音でも破砕でもない。ただ、じわじわと内部から“火の理論”を食い破る”侵攻”だった。


 ノルドレオン第七ノード地下搬入口。

 制服を着た搬入作業員に偽装した数名の影が、火導管分岐のアクセスパネルを静かに外す。


「第七ノード、電力供給軸確認。火導圧、標準値。……いける」

「演算パルスに干渉仕込みます。カバー3分間、やれるか」


 火導ノードの中枢封鎖環。

 そこに人が立つなど、想定されていないはずの空間に、

 工具でも、兵器でもない“手”が伸びていた。

 手早く干渉装置を接続する。それは、軍式でも、工学技術者用でもない。おそらくは、盗品。あるいは自作。

 火導波が、微かに乱れる。


 その瞬間、都市のどこかで水圧が跳ね、 信号灯が一瞬だけ黄から赤に変わった。


 誰も気づかない。 ノイズのひとつ。エラーのひとつ。

 その裏で、“火”が、ひとつ、黙った。


 破壊者たちは何も語らない。 ただ、整然と次のノードへ移動していく。

 影は、火導管の中を泳ぐように、次の神経へと潜っていった。


 ◆


「……なんだ?」


 地下ノード。深夜のメンテナンス体制下、照明は最低限。

 機械音は遠くで鳴っていたが、空気は乾ききっていた。


「どうした?」

「干渉波が……偏差域に揺れてる」


 巡回中の火装兵三人が足を止める。

 最前を歩く兵が、通信パネルを睨みながら呟いた。


「昨日も不安定だったぞ、南第六と連動制御か?」

「それにしちゃ変だ。干渉パルスが——」


 その言葉の途中で、ゴトリと首が落ちた。

 斜めに断たれた切断面。

 火装アーマーの首元がズレ、血と火花が一緒に吹き出した。

 銃声はなかった。

 一瞬、“空気が裂けた”だけだった。


「馬鹿な、敵ーーーーッ!?」


 二人目が火装銃の安全装置に指をかける。しかしそれが外れるより早く、その黒い影は滑るように跳んだ。

 センサーは作動していた。

 しかし、それが発火されるよりも早く、銀色の一閃と共に、その兵士の肩から袈裟にかけてが、ずるりと肉体から切り離され、物言わぬ肉塊になる。


「う、あッ……!!」


 シン、とした刹那の静寂。

 三人目は、逃げも、撃ちも、本部に連絡を入れることすらもできずに、ただ硬直していた。

 現実にはコンマ1秒にも満たない時間にあって、しかし、たった今目の前で二人の同僚の首が跳ね飛ばされる事を目の当たりにした彼には、アーマーの隙間に滑り込んできた冷たい鋼の感触と。

 引き切られた時の一瞬遅れてやってくる熱さが、スローモーションのように生々しく体験できてしまった。

 ヒュッ、という音と共に、薄暗い安全灯に照らされた鱗のような銀色がきらめき、血飛沫を上げた。

 三人目が噴水のような出血とともに、声もなく、どう、と斃れる瞬間。


「ッ……ッ!!」


 わずかに離れた位置で、四人目の火装兵がいた。リベロ配置。補助観察要員。死角に隠れ、咄嗟の射撃のために待機していた。


 だが彼の銃口が敵を捉える前に――

 斬撃の主は、すでに刀を手放していた。


 両手持ちの太刀をボッと放り投げると、二尺七寸の刃が、闇の中をまっすぐ飛んだ。それは、火装銃のサイトにすら映らない速度で。

 喉を貫かれた兵士は、一歩も動けずに倒れた。


 銃は発射されることなく、そのまま持ち主とともに、静かに地面に倒れていく。


「……すげえな」


 誰ともなく、その黒衣の男に従っていた曲者のうちの一人がぽつりと呟いた。


「神州淀の剣士は銃より速え、って……聞いちゃいたけど……見るまで嘘だと思ってたぜ」


 彼らも火装銃を携帯していたが、彼らが銃の弾込めを終える間に、全ての戦闘は終わっていた。

 黒衣の男は、何も言わない。

 その視線はただ、死体に刺さったままの自らの刀に向いている。

 赤黒く濡れた刃が、喉元に深く突き立っている。喉を覆う硬い金属繊維の防護シートは、何の抵抗もない、淀刀の切っ先は深々と喉笛をーーーー命を貫いていた。


 ――ズ……ッ


 黒衣の男は、無造作に柄を掴む。音もなく、刀身が抜ける。喉の奥から、空気の泡と血がわずかに吹き出した。重力に引かれるように、臥した死体がぐらりと蠢いた。


「ソウマ同志長、掃討は完了いたしました。進行ルートも確保」

「次のノードまで、静音移動で十二分に間に合います」


 仄暗い闘気を纏う黒衣の男に、別の者たちが短く報告をする。


「妨害層は?」


 ソウマはようやく口を開いた。

 低く、短く、そして冷たい声だった。


「すでに制御炉から干渉波が途絶しています。安全域です」

「火が黙ったなら、次なるは、刃」


 その言葉に、誰も何も返さなかった。

 ただ、一同は静かに、血染めの刃を拭い、鞘に収めた男の背中を追って、次の影の中へと消えていった。


 ◆


 ぶ厚い銅製の机の上に、紙の束が投げ出された。


「……またノード異常報告です! 第七、南第三、東制御区画……続々と重複してます!」

「被害状況、まだ確定せず! ですが、電力・上水・干渉通信、すべてで“断続的遅延”が発生中!」

「現場との火導通信は一部不通。手動での確認が始まってますが――」


 会議室は、完全に“沈静な混乱”の中にあった。

 報告将校たちは、次々と書類を差し出しながら、言葉を重ねていく。

 発声は訓練された軍人のそれだが、内容が追いつかない。

 書類の束は、情報が洪水と氾濫を起こしたように、処理しきれぬまま次から次へとレティシアの目の前に積まれていく。


「落ち着け。これはどう考えても、事故ではあるまい」


 レティシアは一つため息を吐きながら、静かに、紙を伏せた。

 それだけで、会議室の空気が変わった。


「ここ二十日の間に発生した不穏分子の動きと、既知の破壊活動のすべてを洗い出せ。司法記録を精査。裁判中の火導妨害事件、思想系テロ関係者……今回と繋がりがありそうな被告はいるか? 該当者リスト、まだ上がらんのか?」


 報告係が慌てて答える。


「リスト整理中ですが、火導関連の公判待ちは26件。既出の“火否定派”は……4件」

「“火否定派”で括るな。思想の濃淡を分けろ。『火装兵器を用いた破壊を許容する』という供述のある者は優先だ」


 レティシアは短く首を振った。


「現時点の想定侵入経路は“火導ノードを使った”ものとみなす。干渉演算に“外部意志のパターン”が混じっているなら、それはもう──都市の神経が、食い破られているということだ」


 息を呑む音が、会議卓の端で漏れた。


「外部の組織的破壊工作だとすると、これは点の行為ではない。必ずこの裏で別の作戦が進行している。だとすれば一刻の猶予も許されん」

「……閣下」


 嵐のような喧騒の最中、副官カティア・ルーデルが一言、差し込む


「今回の事件、天兵党が行ったアストラム駐屯区事件と同様の手口であると感じます。同一派の犯行の可能性が高いのでは……」

「断定はできん。だが、今ここでそれを論じても意味が……」


 そこまで続けて、レティシアの言葉は鉈で断ち切られたようにぶつ切りとなった。


「……カティア、天兵党の事件でトゥライナ王国に関係するものがあるか、すぐにわかるか?」

「え、あ——はい。確か……境界通信の誘導妨害というのがありました。ノルドレオン北部境界ノードで起こったもので、干渉指令に偽装された“境界応答パターン”を挿入し、トゥライナ王国の傍受可能な火導波形が漏洩した疑惑があるものです。もっともこれは一年以上前の事件ですが……」

「……やられたな」

「それは、どういう———」


 レティシアは黙ってカティアを見た。その目には、感情よりも先に、理解と諦観が浮かんでいた。

 深く、息を吸う。それから、わずかに視線を落としながら、机の上に置かれていた軍帽を手に取る。

 指先で埃を払い、静かに被った。

 帽子の影にその瞳が隠れた瞬間、声が変わった。


「――本国に救援要請。第七管区、火導網不全による全面的な軍事機能低下を報告。侵入、あるいは破壊活動の可能性高し。緊急支援部隊の展開を要請する、と。カティア、文面をまとめろ」

「……はっ」


 その電報指示により、諸将もわからぬままに事態の緊急性とその重みを理解した。


「西のエイマント、南のトレス市、東のガルバ。いずれも第七管区配下。火装中隊および支援隊、併せて約一万五千。ノルドレオン地域全域において徹底して連携し、国境守備と内部防衛にあたれ。ネズミ一匹不穏な動きを許すな」

「はっ!!」


 その指示で、何人かの将校が弾けたように会議室を飛び出していく。

 もはや疑う余地もなく、それは臨戦体制の指示だった。


「……いずれにしろ、間に合わんとは思うがな」


 レティシア少将の懸念は——残念ながら的中することになる。

トゥライナ王国……大陸西南部に広大な領土を有する、古き血統の王国。

火の理論がもたらした近代化の波を頑なに拒み、霊導術と騎士団を中核とする軍制を維持している。

大陸でも稀少な「火導網非依存国家」であり、技術覇権国カルミナ連邦にとっては最大の対立勢力。



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