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5話 ティータイムとひと匙の嘘

「我が副官カティアは軍務より菓子焼きに長けていてなーーーーと言うのは冗談だが。学生時代から彼女は菓子作りが得意でね。なかなかの味だろう?」

「……あのメガネの人か」

「すごく、すごいおいしいですっ!! あっ……す、すみません、取り乱して……」

(こいつ……本当にアップルベリーパイ目当てでノコノコきたんじゃあるまいな……)


白磁のティーカップから立ち上る湯気が、午後の陽光にゆるやかに滲んでいた。レティシアが銀のポットから紅茶を注ぎながら、アスコとアヤナを交互に見やった。


「改めて、お越しいただき感謝する。急なご招待となってしまったこと、お詫びしよう」


アヤナがティーカップに手を伸ばしながら、目だけで牽制を送る。レティシアは小さく微笑んだ。


「なに、我が軍もようやくまともな菓子を出せる程度には、軍府の食糧事情が改善したということだ。火装冷却庫様々だよ」

「……火装ですか」


アスコがぽつりと呟いた。


「ええ、アスコ殿ならよくご存知だろう。もはや我が国では“火”の無い生活は考えられない。火装鉄騎、火装厨房、火装通信網……すべて、“火の理論”とラムダ場制御技術の産物だ」

「ま、確かに便利な代物だな」

「君たち干渉士の活躍で導入された火装水路システムの実験都市でも、わが第七管区は最も早くに成果を挙げた。その意味では、我々は君たちの“技術の末裔”でもある」

「それはどうも。俺自身はその手の研究実績はゼロだがね」

「君たち『あかつきの修理士』は干渉士としてのランクがB+で登録されているが、火装技術師の等級もCランクで登録されているね? それに『あかつきの修理士』としては等級無しとなっていたが、よく調べるとアヤナ殿は個人で識域衛士A-の登録がされていた」

「すまないな、国のお役人にこんなこと言うのもなんだが、その辺の届出は俺らテキトーでね」

「個人の方の活動記録は3年前が最後になっているが……個人でAまで登り詰めたという事は相当の活躍だったはずだが、どうして辞めた?」


アヤナは紅茶に口をつけながら、気怠げに肩を竦めた。


「俺たちはランク上げて特権を貰おうって考えはあんまねえんだ。その日の収入のためにやってるだけだからよ。見た通りの移民だしな」

「その髪色や瞳の色からすると、東域の出身とお見受けするが……」

「ああ、神州の出身だよ。今は名前が変わって東州か。明和東州連邦だっけ?」

「うむ。我がカルミア連邦とは同盟国の関係にあるな」

「同盟国というか……実質の傀儡政権だろ? 東州は」

「そう、揶揄するものもいる」

「”火の武器”をはじめとした、あんたらの軍事技術提供によって革命が成功した。東州の現政府はあんたらのバックなしに成立しないからな」

「公式に認められた関係ではない」

「だが公然の秘密だ」


“火”――すなわち、ラムダ磁場の収束と定義によって生まれる人工的エネルギー制御技術。古来、炎を「育てる」ことが生活の中心にあった時代から、「構築する」火の時代へと、世界は劇的な転換を遂げた。

火理論文明圏と呼ばれる地域では、この技術の発展に伴い、エネルギー、通信、医療、兵器に至るまで、あらゆる産業が火装技術とラムダ理論を基盤とするようになった。それに伴い、火装士、干渉師、火導技術士、識域衛士(戦闘員)などの新しい技術職が国家資格として整備され、個人の資質・実績・応用能力によって等級が定められるようになった。

等級はE〜Sランクに分類され、Aランク以上の資格者には、都市間の無許可移動権・指定領域での干渉許可など、特権的なアクセスも与えられる。一方で、低ランク資格者には定期更新・補講義務も課され、違反すれば資格停止・罰金が科されるなど、国家の統制装置としての側面も強い。


──“火の理論”は世界を変えた。

元々は一部の天才科学者と霊性信仰者によって仮説として語られていた「定義可能な火」は、提唱者『アルノー博士』の発表によって初めて現実の技術体系となった。これにより、火=エネルギーは“再現可能な物理法則”として普遍化され、エネルギー供給、生活インフラ、兵器、交通網に至るまであらゆる分野での応用が始まる。

そして発表からわずか十数年足らずで、今や火装なしでは文明が成り立たない域にまで到達している。


「……でも、万能じゃない」


レティシアのその言葉に、アスコがほんのわずか、目を伏せた。


「ほう?」

「“火”は、人間の意思や精神、感情を媒介にして動いています。理論で再現可能になったとはいえ、ラムダは——神性の残滓です。だから、火は、時に、暴れる。時に、世界を変えてしまう」


アスコの言葉に、場の空気が一瞬、静かになった。アヤナがちらりと横目で見やると、アスコの掌は、微かに震えていた。


「……すみません。少し、語りすぎました」

「いや。実に興味深い。火の根源、つまりラムダ及び霊性磁場の顕在化は偶然の産物に過ぎず、それに動力源を依存する現行の”火の理論”は産業や普遍的エネルギー回路の仕組みとして組み込むにはあまりにも不完全である——我が軍にもそう進言している者がいる。名は……そう、ゼノ博士というが」

「ゼノ博士!」


アスコが一瞬だけ、パッと目を開いた

「懐かしいお名前です。博士、お元気ですか?」

「相変わらず破天荒だよ。論理と爆発音を同時に持ち込む御仁だからな。君とも旧知であったか?」

「いえ、直接お話ししたことは。ですが、博士の論文は何度も参考にさせていただきました」


レティシアがその表情をじっと見つめながら、ゆっくりと茶を啜った。


「……そうだな。『火』という恩恵がこの世界にもたらされた代わりに、我々が何を失ったのか、それを正確に理解している者は少ないかもしれん」

「“神”を、ですよね」


アスコがぼそりと呟いた。

レティシアの眉が、ほんのわずかに動いた。


「……君は神を信じるか? アヤナ殿」

「俺か? 俺は信じてねぇよ。信じるものは、自分と、あとは……」


ちら、と横目でアスコを見やる。アスコは困ったように微笑み、肩をすくめて応じた。


「……そうだな。信じるものは、自分で選ぶ」

「ふむ。君はいかにも武人らしく、そして冒険者らしい」

「……で? 俺たちは何のために呼ばれたんだ? 本当に茶会をするために、一介の火装術師を呼び出したわけじゃねえだろう」


アヤナが低い声で言うと、カップを持っていたレティシアの手が静かに止まった。湯気の向こうで、金のまつ毛がわずかに揺れた。


「うむ……そうだな」


微笑みを崩さぬまま、レティシアは紅茶を一口啜ると、アスコの方を見つめた。


「アスコ殿。私は少し、貴殿と話がしたい。もしよければ、私の私室にお招きする。二人きりで、静かな場でな」


アヤナの表情が、明確に険しくなった。


「……断る。二人きりってのはダメだ」

「アヤナ殿、君は先ほどから何を警戒している? 国家登録されている火装術師が、国の役人を過剰に警戒する必要がないだろう」

「冒険屋稼業のサガでね。仕事は受けるが、過剰に国家と付き合う気はない。本題がないなら、お暇させて頂く」

「いえ。良いですよ。参ります」


きっぱりとしたアスコの返答に、アヤナが思わず声を荒げた。


「……おいっ!」

「大丈夫です、アヤナさん。この方は大丈夫」


アヤナがレティシアを睨むように見た。だが、その眼差しの奥にあったのは、どこか探るような柔らかさだった。


「察しているとは思うが、仮に君の警戒するような剣呑な展開だった場合——」

レティシアは紅茶のカップを置き、姿勢を正した。


「その気になれば軍を動かして、とっくに君たちは“紅茶のない牢屋”にいたはずだ。だが私は、ケーキと会話の方が好みでね。あくまで任意の同行。親交と知見を交換するためだということは理解してほしい」


机の上で両手を組み、柔和に笑う。


「本当に嫌なら、このまま軍府を後にして頂いても構わん。強制はしない」


アスコはゆっくりと頷いた。


「もちろん、わかっています。レティシア少将。私も、あなたとはお話してみたかった」

「……アスコ」

「大丈夫です、アヤナさん。心配しないでください。信じて」


アヤナはしばらく、口をつぐんだままアスコの横顔を見ていた。そして、静かに息を吐いた。


「……俺も会談が終わるまで、ここに残らせてもらう。いいな?」

「無論だ。ご協力とご理解に感謝する。チーズケーキとコーヒーを入れさせよう。我が軍府はコーヒーも美味しいのだよ」

「……アスコ、気をつけろよ」

「大丈夫ですよ♪ あ、私の分のケーキ、ちゃんと残してくれないと嫌ですからね!」


そう言って笑ったアスコの笑顔に、アヤナの眉間の皺が、わずかにほどけた。

──部屋を出てゆくアスコとレティシアの後ろ姿を、アヤナは無言で見送った。扉が閉まる直前、彼はふとこう思った。


(……敵意も、野心も……感じなかった。ただ、あの背中からは——妙に素直な敬意と、親愛? そんなようなものだけが、滲んでいた)


終了印……依頼達成の証。火導資格者たちはミッションの達成を役所に届ける事で報酬を得る。依頼主は民間ギルドから国家までさまざま。

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