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26話 侵入者排除プロトコル

誰の名も刻まれぬ場所に、

役目だけが残されている。


忘れ去られた炉は、

それでもなお息をして、

愚直に使命を果たす。本来の目的すら忘れても、なお。

 今回の仕事ーーーー軍から下った依頼は、暴走中の霊導施設の鎮静と、制御コアの回収。加えて、炉心に残されたコードの書き換え。言ってみれば、放棄された兵器の“後始末”だ。


 ダンジョンの探索・整備・沈静化は、彼ら干渉士にとっては主だった仕事の一つでもある。

 報酬がよく、何より民間依頼と違って、払いそびれもない。

 ダンジョン内で見つけた「お宝」は依頼対象物でない限り、彼ら自身のものになる。

 その分、危険も伴うが。


 何百年も前に造られた古代の霊導施設は、いまや誰のものでもない。制御を失ったラムダが暴走し、周囲の磁場を歪めている。放っておけば、いずれ周囲の街道や集落まで飲み込まれるだろう。

 何よりも、火装国家・カルミナ連邦にとっては火装導路を破壊しかねない存在であり、優先的に処理しなければならない。

 一方で、ラムダ濃度の極端に濃いダンジョン磁場は、軍の一般的な兵装である火装が機能不全に陥ることも珍しくない。

 ゆえに、軍は彼らに依頼する。


 “あかつきの修理士”。


 放浪の便利屋などと嘯いてはいても、たいていは死人の出る仕事だ。



 淡い緑色の光が、長い石造りの通路をぼんやりと照らしていた。

 壁に埋め込まれた古代の光源――細長い管に封じられたラムダの残光は、千年の時を経てもなお脈動を続けている。

 アスコは立ち止まり、壁に指先を当てた。


「……この揺らぎ方、三〇〇年ほど前に一度、炉出力が大きく変動しています」

「ふうん。理由は?」

「地殻変動……か、あるいは外部からの干渉。規模からして後者の可能性が高いです」


 アスコは壁の刻印をなぞりながら、微細な霊性の流れを読む。


「あと……この先、三百メートルくらいの地点で磁場が不安定になっています。恐らく炉室と、その手前の防衛領域ですね」


 アヤナは短くうなずく。

「防衛領域ってことは、魔物か罠か……どっちにしろ歓迎されてねぇな」

 「……それと」


 アスコが少し顔を上げる。


「焦げ跡があります。熱量は高いけれど、魔物の吐息ではなく……人為的な高熱反応。かなり最近です」

「先客がいるってことか」

「はい。炉室を狙っている可能性が高いです」


 アヤナは短く鼻を鳴らした。


「急ぐか。先に炉をいじられたら依頼はパーだ」


 そういって、アヤナは凹凸の激しい地面を乗り越えるアスコの手を引く。


「はい、よっ……と」


 アスコはその手を支えに、ジャンプしながら少しアヤナに体をもたれるようにして段差を飛び越える。 

 アヤナはアスコの体を柔らかに受け止めると、そのままダンジョンの奥へ進んでいく。

 淡い光と足音が、闇へと吸い込まれていく。



 深緑の渓谷を抜けた先、古代の遺構へと続く石造りの通路は、ひんやりとした空気で満ちていた。

 外の湿った空気とは違う、乾いた金属とオゾンの匂いが鼻を刺す。

 壁面は黒曜石のような光沢を持ち、そこに刻まれた古代文字は、まるで鼓動するかのように淡く明滅していた。

 時折、壁の奥から低い唸りのような共鳴が響き、そのたびに光が呼吸するように脈打つ。

 天井から垂れ下がった結晶体の雫が床に落ちると、ラムダ粒子がぱっと花火のように弾け、足元の闇が淡く染まった。


「すごい……命が宿っているみたい」


 アスコが小声で呟く。


 「1000年経っても動くもんだな」


 アヤナが足元の瓦礫を蹴飛ばしながら道を開ける。

 そこに散らばっているのは、何の残骸か。

 錆びついた金属骨格、割れた結晶、そして、剥き出しの関節部から覗く古いケーブル。

 その中に、半透明の樹脂製ブラシのような部品や、床磨き用の研磨ディスクが混ざっていた。

 本来は磨き、清め、保守するための機構が、いまは鋭い刃や棘に変質している。


「……もぐもぐ、んむっ。やっぱりアヤナさんの卵焼きサンド、美味しいですねえ」

「こんなカビ臭いところでよく食えるな」


 足音だけが響くその中で、アヤナは片手でランタンを持ち、アスコは両手で紙に包まれたサンドイッチを頬張っていた。


「こういう時に食べておくのが大事なのです。ラムダ干渉って、意識している肉体疲労以上にカロリーを使うものですから」

「戦闘あるかもしれねえんだから、口の中いっぱいにするなよ。喉詰まらせたら助けてやれんぞ」

「はぁい……はむっ」

 アスコはぽんと最後のひとかけを口に放り込む。

 アヤナが腰に下げた水筒にストローをさして差し出してやると、アスコは水筒をアヤナにもたせたまま、ちうーと吸い始めた。

 アスコが、パンでパサパサになった口の中身を潤し終わる頃に、それは近づいてきた。


「……」


 通路の奥から、カチ……カチ……と何かが石を叩くような規則的な音が響いてきた。

 アスコが手を挙げて合図し、足を止める。

 ほのかに、アスコの金色の瞳が、闇の中で淡く光った気がした。


「……います。四つ、いえ、六……いいえ、八。小型ですが、速いです」


 声を潜めながらも、その金色の瞳は暗闇の奥を射抜いていた。


「種別は?」

「……古代式の清掃機構が変異したタイプ。金属と生体部品が混ざってます。弱点は関節部――ただし、動きはかなり速いです」


 アヤナが構えを直した。ブーツの先端をトントンと鳴らす。


「掃除道具が魔物になってんのか。前時代の人間も器用なことをしやがる」 


 次の瞬間、闇の中から金属音を伴った影が一気に飛び出した。

 脚部は昆虫のように節くれ立ち、胴は研ぎ澄まされた鋼板で覆われている。

 脚部の先端に取り憑いた鋭利な研磨刃が、壁を蹴るたびに石が削られ、粉塵が舞い、金属臭が鼻を刺す。

 赤いセンサーがぎらりと光った瞬間、天井を走る個体が石壁を研ぎながら火花を散らした。

 耳をつんざく金属音が響き、残りの個体も壁や天井を駆けながら迫ってくる。


「右、三!」


 アスコの声と同時に、アヤナは壁を蹴って側面へ滑り込み、最初の一体の首関節に打ち下ろすような延髄蹴りを叩き込む。

 鋼板が悲鳴を上げ、火花と黒い液体が飛び散った。

 背後から迫る二体目を、アスコが腰の鉱筆で床面に素早く線を描く。

 淡緑色の霊性陣が瞬時に展開し、飛び込んできた魔物の脚を絡め取った。


「今です!」


 アヤナが振り向きざまに、鉱筆を霊性陣に投擲する。

 一瞬のスパークで、その個体は激しく振動し、電池が切れたようにガシャン、と崩れ落ちた。

 残りの六体も一斉に突撃してきたが、二人の動きは淀みなかった。 アスコが今一度、足元に追加の式を書き加えると、先ほどの三倍強の霊性陣が展開。アスコの陣取る中央にだけ空白が模られる。

 全ての個体が淡い緑色の光に照らされたのとほぼ同時、跳躍したアヤナが鉱筆を投げ込むと、衝撃と触媒がラムダに反応、エネルギーは物理的反応に変換される。

 暗い坑内を一瞬、昼と見紛うほどにフラッシュする閃光。発生した紫電がまとめて全体を行動不能に至らしめた。


「……ふうっ!」


 わずか十数秒後、通路には沈黙と黒煙だけが残った。


「怪我ないか、アスコ」

「全然問題ないです」

 

 アスコは小さく息を整え、床に転がる機構の残骸を一瞥する。


「……やっぱり最近、誰かが通った形跡があります。破片の一部が、外部の武器で斬られた跡です。これはおそらく……大剣のような超重量武器……」

「となると、炉室はもう荒らされてるかもしれねぇな」


 二人は埃をものともせず、足早に通路を進む。

 やがて、通路は急に開け——半球状の巨大な空間が姿を現した。


「ここが炉室……」


 中央には黒鉄の柱を思わせる炉心がそびえ立ち、その根元から何十本もの管と配線が絡みつき、まるで金属の樹木の根のように床へ潜り込んでいる。

 青白い光が断続的に脈動し、足元の床には微細なラムダの粒子が舞っている。


「すごいですね……肌でピリピリとわかるほどラムダのエネルギーを感じます」

「だが、なんか……」


 しかしその光は、どこか不安定だった。

 まるで呼吸を乱す病人のように弱く、時折くぐもった唸り声のような共鳴音が空間全体を震わせる。

 足元の石床までもがかすかに軋み、踏みしめた靴底から不気味な振動が伝わってきた。


「……磁場が乱れてます。何かにエネルギーの円環を乱された痕跡があります」

「何か? それってつまり――」


 アヤナが言い終える前に、炉心の影がゆっくりと“形”を持ちはじめた。

 暗がりの奥から、金属が軋む音と、石を引きずる低い響き。

 四つの脚が闇を割り、鋼と岩で構成された巨体が姿を現す。

 頭部には古代の紋様が刻まれ、その奥で赤い光が脈打ち、こちらを捉えた瞬間——炉室の空気がずしりと重くなった。 

 まるで、空気そのものが敵意を帯びたかのようだった。


「……守護機構……!!」


 アスコの声がわずかに硬くなる。

 炉室を守るために造られた古代の防衛兵器――それが千年の間に変質し、今や侵入者を無差別に屠る魔物と化していた。


「……こいつを片付けねぇと、炉心に近づけねぇってわけだな」


 アヤナは一歩前へ出て、アスコの腰を抱き寄せる。


「ええ……でも、気をつけてください。あの巨体、ただの金属じゃありません。ラムダで自己修復します」

「めんどくせぇな。単純な殴る蹴るじゃ厳しいか」 


 アスコはアヤナの首に腕を回して肢体を固定すると、速やかに霊性の足場を形成した。

 鈍色のプレッシャーに髪を靡かせながら、アヤナは猫科の魔獣のような臨戦体制を取る。

 異形の魔物が咆哮する。その瞬間、全ての音が一瞬だけ遠のき、炉室全体が、戦いの気配で満ちた。

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