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24 戦勝の憩い

戦勝に祭りに、街は憩う。

 

 昼下がりのファダリア市街は、戦勝を祝う明るさに包まれていた。 

 石畳の大通りには色鮮やかな旗や花飾りが揺れ、屋台からは甘い果実酒や焼き菓子の香りが漂う。 商人たちは声高に「祝勝セールだ!」と叫び、子どもたちは紙の銃を振り回して追いかけっこに興じている。

 先日まで停止していた火導網が復旧し、街は再び動き始めていた。

 冷蔵庫を開けて品物を並べ直す女将、火装車のエンジン音を確かめる御者、火導灯を磨く店主——そんな何気ない仕草の一つひとつに、この都市が生き返った喜びが滲んでいた。


 結局、ファダリア市が戦場になることはなかった。

 トゥライナ王国軍はサリド平原砦を繰り返し攻めたものの、一度挫かれた攻撃の勢いを取り戻すことはできなかった。

 砦を落とせ間に、ノルドレオン隣接都市からの増援が到着する。当初、火導の完全麻痺により数日はかかると思われた増援は2日半ほどで戦場に到着した。

 戦線の膠着を受けたトゥライナ王国軍は、カルミナ連邦本国の援軍の到着を危惧し、早々に軍を退いた。

 終わってみれば、”西方の守護神”レティシア・エルネスト将軍の快勝で幕を閉じた。

 戦場での綱渡りを知らない市井の民は、いつも通りに平和が戻ってきたと、戦勝ムードに沸き上がっていた。


 その喧騒から少し離れた、日当たりの良いテラス席。

 アヤナとアスコは、木製の卓を挟んで向かい合っていた。

 卓上には焼きたての白パンと、香草を添えた焼き魚。

 隣の席では軍服姿の兵士たちがジョッキを打ち合わせ、笑い声を響かせている。

 アスコはフォークを持ったまま、しばらく視線を皿の縁から上げられなかった。

 街の明るさと人々の笑顔は、自分の胸の奥にあるシコリとはまるで別の世界の出来事のようだった。 小さく息を吸い、向かいの男を呼ぶ。


「……あの、アヤナさん」

「ん?」


 彼は片肘を卓に乗せたまま、半分齧ったパンをもぐもぐやっている。

 その気の抜けた様子に、一瞬だけ躊躇ったが、それでも言葉を続けた。


「……何も聞かないんですか?」

「何をだ」

「……私が、クレア・イリシア・アルノーだったって事」

「あー? なんか騒いでたな、そんな事」

 アヤナは気のない相槌を打ちながら、卓上の水差しからコップに水を注ぐ。

「俺に言いたくない理由があったんだろ? お前が言いたくない事を、無理に聞かねえよ」


 そのあまりにあっさりとした答えに、胸の奥がざわめく。


「で、でも!」


 アスコは身を乗り出し、思わず声を強めた。


 「……あの戦いで、私の本当の名前が知られてから、その……ずっと聞きたかったんです。アヤナさんがどう思ったのか……」

「なにをさ」

「火の武器が、カルミナが……私の作り出した理論が、結果的にアヤナさんの祖国と、仲間たちを滅ぼしてしまった事を……」


 アヤナは頬張った魚のムニエルを飲み込む。 

 そして、ゆっくりと手を上げ、無言で手招きをする。


「……?」


 首を傾げながら身を乗り出すと、アヤナの掌が、いきなり頬を挟んだ。


「ふにゅっ!?」

「……お前な。随分塞ぎ込んでると思ったら、そんな事を気にしてたのか」

「にゃ、にゃにを……」

「あのな」

 アヤナは、軽く片方の頬をむにっと押しながら続けた。

「火の武器が神州を滅ぼしたとか、碧血隊が敗けたとか、関係ねー」


 不意に、通りの向こうから焼き立てのパンを抱えた子どもたちの笑い声が聞こえてきた。

 アスコは、頬を解放されながら、彼の何気ない言葉と、その声が胸の奥で重なるのを感じていた。


「俺は天下国家なんかに興味なかった。ありゃあ、言ってみりゃただの喧嘩だ」


 立てかけていた串を一本手に取り、火で炙られた肉の匂いを確かめながら、淡々と続ける。


「気に入らねえ奴らに頭下げるのが嫌で、とことん喧嘩した。で、負けた。それだけの話だ」


 アスコは顔を上げる。

 その横顔は、相変わらずの仏頂面だが、戦場にいた時よりもずっと穏やかなのがわかる。


「だから、あの戦争の裏に何があったとか、なんのせいでああなったかなんてのは関係ねえし……お前が何を作ったとか、誰の娘だとかも、それとは関係ねえ」


 アヤナはそう言って、焼き串を彼女の手に押し付けた。


「今、お前がここにいて--お前は俺にとっての“相棒”で。それで十分だ」


 アヤナが、ふん、と鼻を鳴らす。


「そんな事でそんな暗い顔してるやつは――」


 アヤナは急に口元を歪め、両手の指先でアスコの頬をぐにぐにと押し広げた。


「ピヨピヨグチの刑だ。うりうり」

「ふ、ふにゅう……!」


 変な声が漏れる。慌てて両手で彼の手を外そうとするが、岩のように硬い両手はびくともしない。


「もっと笑え」


 そう言って、ぐにっと押していた指をようやく離した。

 頬に残る感触がほんのり熱い。


「過去はどうでもいい。お前は、笑っていた方がいい」


 その言葉は、からかいのように軽く放たれたのに、不思議と胸の奥に残った。

 アスコは、口元を押さえたまま、小さく、でも確かに笑った。

 通りの向こう、焼き串を売る店から漂ってくる香りと、行き交う人々の声。

 戦場の記憶も、血の匂いも、この瞬間だけは遠くにあった。


 ◆


「あーーいやがった!! おい、”あかつき”の!!」

「あん?」

 

 振り返ると、戦場で見たあの黒髪の小柄な女兵士が、通りの向こうから手を振っていた。


「おお、あんた確か……」

「マグネリア中隊長様?」

「ああ、階級は中尉だ。いやーすまねえな、あいさつが遅れちまった! ずっと礼を言いたかったんだよ」


 豪快に笑いながら、マグネリアはアヤナたちの席にドカッと腰を下ろす。


「おっちゃん、アタシビールね! あァ!? お前ら呑んでねーのかよ!?」

「俺たちは外では呑まん」

「外は何が起こるかわからないので……」

「何バカなこと言ってんだ、ビールは外で呑むもんだろが! おっちゃん、この二人もビール!!」

「おいおい」

「あァ!? アタシが払うんだからいいだろーが! 祝勝祭中に呑まねーなんてノルドレオンじゃ犯罪だかんな!」

「そんな法律は聞いたこともないが……」

「あァ!? じゃあ何か、ビールじゃなくてワインがいいってか、一杯目にワインだとかサワーだとかビール以外頼むんじゃねえよめんどくせェ! おっちゃん! 二杯目先に頼んじまうわ、赤と白!」

「お前話聞かないタイプの軍人だな」

「あっ、恐れ入りますウェイトレスさん、この”気まぐれシェフのココナッツあんみつ”いただいてもいいですか?」

「なんなの、カルミナって勝手に注文する女しかいないの?」


 ◆


「しかしよ、今回の戦は、どうにも妙だったなぁ」


 マグネリアはジョッキを片手に、豪快にひと口あおる。


「妙って、どの辺がですか?」


 アスコが首を傾げる。


「だってよ、あのトゥライナの連中、普段の霊導戦術とぜんぜん違ったんだぜ。あいつら、もっと柔らかく戦線を押し縮めながら圧をかけてくるのに、今回は最初っから一点集中でガン押しだ」


 アヤナが魚の骨を外しながら、ぼそっと言う。


「……確かに、勝った後の事をまるで考えていないような攻勢だった。火導麻痺のタイミングに合わせた速攻だったんだろうが、都市の攻略というより、単純に軍の撃破だけを念頭においたような勢いだった」

「そうそう。それでいて、勝ち筋が消えたわけでもねぇのに、急に引き上げた。あんな未練のねぇ撤退、トゥライナじゃ珍しいぜ」

「兵力的にはまだ優勢だったのにな」

「それよ」


 ビールグラスを握りながら、マグネリアは人差し指でアヤナを指す。


「普段のあいつらのしつこさじゃねえんだ。こっちは助かったけどな」

「増援の到着が早まったからじゃないのか? アスコが火導網を応急処置したから増援が当初の目算よりも早く到着したんだろう」

「それな!! あんたらがいなかったら本当にヤバかったぜ!! うちの中隊なんて間違いなく蒸発してたわ」


 兵士の笑い声や祝勝歌が通りの奥から聞こえてくる。

 マグネリアはビールをグビグビと飲み干し、豪快に口元を拭った。


「まるで軍記物語みてーだよな! 夜明け前に現れた”あかつきの修理士”、軍中じゃもっぱらの噂だぜ」

「あうう……あんまり有名になっても困るんですけど〜……」

「謙遜すんなって! “西方の守護神”のお膝元で大暴れしたんだ、中央からもお呼びがかかるかも知れねーぞ」

(ぜ、全然ありがたくない……)

(だから目立つなって言ってんだ)


 豪快に笑いつつ、既にマグネリア・ワークスのジョッキは三杯目に突入している。

 空いたジョッキを片付けながら給仕が気さくに声をかけてくる。


「いや〜マグちゃん、相変わらず呑むねぇ〜、よく太んないよねえ」

「勝った時くれえ、腹が裂けるまで呑み荒らすんだよ! こんなんじゃァ、まだまだよ!」

「マグネリアちゃんはカロリーは全部ぺぇにいってんでしょ?」

「うるせェなしばくぞ!! お前らも呑みやがれ!!」

「「いただきまぁす!!」」


 周りを巻き込みながら陽の気で場を満たす。

 どうやら、祝勝のたびにこうして周囲の席まで巻き込むのが彼女の流儀らしい。


 そんな最中――


「アリス! アリス中尉、いるか!」


 通りの向こうからレティシアの声が響いた。


「アリス……?」

「……」

「ん? おお、いたか! アリス中尉! いや、良かった良かった!」

「……」

「相変わらずのビール党だな! 今日は”あかつき”のお二人と同席であったか、社交的で何よりである!」


 “西方の守護神”ことレティシア・エルネスト少将が、からからと笑っている。

 “あかつきの修理士”の二人の頭には?マークだ。

 マグネリアは--どこかバツが悪そうにジョッキに口をつけたままおしだまった。心なしか、タンクトップから覗く素肌にかかった赤毛が揺れているように見える。


「ごほん、この度、アリス・マグネリア・ワークス中尉は、レティシア・マリア・フォン・エルネスト少将による推薦稟議が中央議会で可決され、めでたく大尉に昇進することとなった! 先の戦闘での獅子奮迅の活躍、改めて誠に見事である!!」


 口上を朗らかに述べた後、レティシアはマグネリアの肩を力強く叩く。


「これからも頼むぞ、アリス大尉! 今夜は昇進祝いの酒宴を設けているから。この席でのビールはほどほどにするように、では、後ほどな!」


 台風のようにやってきて、はっはっは、と高らかに笑いながら、レティシアは足早に去っていった。


「……アリス?」

「うるッ゙せェ、アタシがアリスだったら悪いか、あァン!?」

「いや、なんも言っとらんが……」

「と、とっても可愛らしくて素敵なお名前だと思います! 中尉、いや、大尉のお顔立ちにもピッタリのイメージですし……」

(……それはフォローではなく煽りだ、アスコ!)


 アヤナは額に手を当てた。

 ヤケクソのようにガブガブとビールを呑みまくるアリス大尉。


「いいか! 名前なんざなぁ、戦場じゃ叫びやすけりゃそれでいいんだよ! 『アリス!』って叫ばれたらなぁ、敵も味方も一発で振り向くんだぜ! それがどうした! アリス様だ文句あっか!」

「いや、別に……」

「突撃の時に『アリス!』って叫ばれたら、花売りの娘かなんかが走ってくる絵が頭に浮かんじまうってか! うるせえ、名前と戦闘が関係あんのかばかやろー!」

「だから、何も言ってないって……」

「それになァ!」


 テーブルをドンと叩き、そのままカラのジョッキを振り回して、なぜか通りすがりの給仕にまで説教を始めた。


「この名前を笑ったヤツは全員、腕相撲でひねり潰してきたんだ! 性別も年齢も関係ねぇ! どうだ、お前らも一丁やるか!」

「知らん、勝手にやってろ」

「私は……ちょっと自信が……」

「お、じゃあハンデだ。片手の小指だけで相手してやる!!」

「おい、アスコを変なことに巻き込むな……アスコ、お前もアップはじめんな、何やる気になってんだ」

「おい、男どもォ! アタシが勝ったらおめーらの奢り、おめーらがが勝ったら……そうだな、負かしたヤツの部屋まで行ってアリスロリータ着て酌してやらあ! どうだ、やるか!!」

「おおおお!?」

「変な想像はすんなよバカヤロウ!! 酒注ぐだけだっつの!」


 その豪快な発言に俄に色めきたつ男たち。

 それ以降、アリス大尉はビールとワインを交互にあおり、歌い、踊り、最終的には「アリスコール」を背にウィスキーをボトル飲み。

 結局、レティシアが迎えに来るまでに、すっかりへべれけになっていたという。


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