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21 追憶の血風(かぜ)が吹く。

血が呼び覚ますのは、過去か、宿命か。

  忘れたはずの風が、再び戦場を駆け抜ける。

『――今日は、祭りか』


 旅籠の門前に立ちながら、ソウマはそう呟いた。当時まだ二十代前半、背は高く、体つきは未熟だが、その目元には早熟な静謐さがあった。革命壮士の一人として諜報と警護を兼ね、仲間たちの密談を見張っている最中だった。


『こういう時くらい、碧血隊の狼どもも団子でも与えて寝ててくれりゃあいいがな』


 隣に立つ同志がぼやく。


『どうかな……何しろあの血狂いの狂犬どもだからね。一度臭いを覚えられたら、地の果てまで追ってきそうだ』


 二階からは談合の声が聞こえてくる。政都に火を放ち、混乱に乗じて帝を西へ動かす——大胆不敵な策に、声は酒気を含んでいた。


『おいソウマ、お前なら誰に出くわしたくねえ?』

『……副長、ヒュウガ。あれは味方にも容赦がない。斬ることに躊躇がない人間は、戦場で最も厄介だ』

『なら、アヤナってのは知ってるか? “死番のアヤナ”』

『……名前だけだ。聞くに堪えん凶暴さだと、あちこちで噂されていたな』

『碧血隊の中で、最も命を惜しまない剣士。ちょっとでも気に障ったら、味方でも平気で斬るってよ。』

『おいおい、敵味方の分別のない者ばかりではないか』

『なんたって、“死番”ってのは先陣の役目。敵と一番槍で交わる場所だ。当然死亡率も高い……普通なら持ち回りだが、あいつはそれを進んでやるらしい』

『……死に狂いだ』

『イカれてやがんだ。しかも……そのアヤナってのは、まだ13歳か、14歳そこららしいぜ』


 ソウマは目を細めた。


『そんな童までが斬り合いか。酷い時代だ。それにしてもアヤナ(要らないもの)……皮肉な名だな』

『本名かどうかも怪しいさ。町民あがりの掃き溜め部隊だ。何が出てくるかもわからん』


 そのときだった。

 不意に、風ーーーー否。音が消えた。祭囃子がピタリと途切れた。

 そんな錯覚さえした。


『……!?』


 ソウマが異変に気づいた瞬間、すぐ隣の同志の首が——落ちた。

 血飛沫が視界にかかる。剣を抜こうとする。だが、早い。異常なまでに。

 視界の端に入ったのは、一人の少年だった。

 少年——というより、殺気の塊に肉体がついているような何か。鼻筋の通った小さな顔に、眼光ばかりが刃のように鋭い

 総髪をなびかせ、抜き身の刃をぶら下げている。刃は既に赤く濡れ、しかもまだ、誰も倒し足りないとでも言いたげだった。


(速、やーーーーッ!)


 声を発する間もない。まばたきよりも速かった。

 ソウマが鯉口を切るよりも先に、斬撃が眉間に迫る。ほぼ突き気味の差し面一本が眉間を貫いていた。

 鮮血を噴き出しながら、一合も合わす間もなく、意識が身体に追いつかない。

 そのまま仰向けに、ソウマは昏倒した。


 視界の端に映った少年が、唇の端を少しだけ吊り上げたが見えた。


『さあ、勝負だ。こんなに面白い祭りもねえもんさ。死にてぇ虫は掛かってこい。生きてぇ虫は……どっちでもいいな。全員斬る』


 そのまま、真っ赤な血溜まりをぱちゃりと踏みしめて、少年は旅籠へと悠々と歩いていった。


 続くように、黒羽織の段だら染めの者たちが数名。数は少ない。しかし、数の問題ではなかった。その者たちの怖さは。

 この世で一番、血の臭いの強い場所。そこに必ず、そいつらはいる。


『碧血隊だ! 国家転覆を謀るテロリストども、神妙にして縄につけや!!』


 最後尾に陣取る、副長・ヒュウガによる突入の号令。旅籠の中で交わされていた談合は、瞬く間に鮮血に塗れていく。剣戟の音、断末魔、時々発破する銃声、火薬の臭い。全てが一斉に重なり、夜の町を“戦場”へと変えた。


 その中心で、先頭で切り込んだ死番のアヤナは、穏やかだった。

 それどころか、少し笑っていた気もする。

 まだあどけなさの残るその顔で。瞳は完全に、人斬りの目だった。


『てめえらにもう、明日はねえ。今夜は俺が先頭だ』


 血の臭いのする風が吹く。

 碧血隊・先遣隊長、死番のアヤナ。神をも恐れぬ碧血隊の中にあって、最も命の価値を知らぬ男。


 ――――その戦いは、のべ四十名以上の革命派壮士が捕縛、あるいは斬殺される大捕物となった。

 突入した碧血隊隊士は、わずか十二名であったという。

 その後、息を吹き返したソウマは、一旦は政都から脱出し、潜伏活動を経てのちの新政権樹立後、明和東州連邦軍指揮官の一人として、革命戦争ーーーー世に言う"開明の役"にて、旧政権勢力を追い詰める事となる。

 碧血隊先遣隊長・死番のアヤナは旧政府派の主力として戦争末期まで戦い抜き、既に火導式最新装備に身を固めた新政府軍に対し、淀刀一本で獅子奮迅の働きを見せる様から、“鬼人”の異名を取り、畏れられた。

 その後、開明の役、最後の戦いの舞台となった極北の戦いでその消息を絶つ。

 その最期は玉砕した碧血隊総勢200名、うち最後まで生き残った残党四十七士の中に含まれていたものと思われていた。



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