2話 あかつきの干渉士
全九章構成、一章は完成しています。
全体プロットと設定はある程度固まりましたので、仕事が忙しくない限りはコンスタントに更新できると思います(エタリオウが何言ってんだって話ですが)。
「ーーーーああ!! 干渉測定士さんですね、すみませんねこんな朝早くに。早速なんですがここの火導制御盤盤がね、数分ごとに……」
「違う、俺じゃない。こっちだ」
「え?」
市街地の端、水源地につながる火導制御室。
出迎えてくれた水路管理局の技術兵がアヤナに声をかけるが、アヤナはいつものことというふうに、自分の肩口あたりを指差す。
技術兵が目線を落とすと、ちょこんと手を上げながらニコニコと笑う、アスコ。
「えー、と?」
「はい」
「……こ、このお嬢さん?」
「はい♪ よろしくお願いします」
奥の反応盤に案内しながら、何度か同じ説明を繰り返していた。
「……という感じで、確かに正常値なんですけど、数分ごとに圧が不安定になって、勝手に再起動が……ラムダ場の波形も、解析不能で……」
説明を聞きながら、アスコの長いまつ毛が震える。本来の髪色に近い色素の薄い瞳とまつ毛が、真剣な横顔に映えるが、
技術屋の男たちにとっては、その造形の類まれなる美しさはどうやら目に入っていないようだ。
説明を受けるアスコの背中を、職員たちは不安そうに見つめている。
「B+クラスの干渉士さんって聞いてたんだけどな……」
「大丈夫かね? あんな若い子が……」
「触媒も何も持ってないじゃないか。手ぶらでどう直すんだよ、仕事ナメてねえか?」
アヤナが咳払いをすると、はっとしてバツが悪そうに振り返った。
アヤナは腕組みをしたまま、何やら口元に手を当てたり、しゃがんで火導管の継ぎ目をなぞるアスコを見守っている。
「ま……たぶん大丈夫だ。少し集中させてやってくれ。すぐ終わると思うぜ」
ほどなくするうちに、長机ほどの制御盤の隅に、細く亀裂の入った金属継ぎ目。
そこに、アスコは肉眼では見えないレベルの微細な干渉場の“震え”を見つけた。
「ああ……これですね」
アスコは目を閉じて、スッと集中する。
ピリッと空間に一瞬、電磁波のような閃が入り、アスコの周りに、淡い緑色の光が輪を描く。
高濃度ラムダ磁場による顕在化反応——それにより浮き彫りにされた、空間のひずみ、ゆがみに重ねるように、アスコは空中に指を走らせると、空に霧のような数式群が浮かんだ。
λ(x) ∂ψ/∂t − i ∇φ ≠ 0
→ Δ干渉 → 位相反転 → λ補正 → Ψ再収束
彼女の指がひとつ、空間に弧を描いた瞬間、機械が、パチン、と乾いた音を弾いたのをきっかけに、耳障りな異音が一気に沈黙した。
火導管の振動が止まり、水流が一定に戻り、制御盤の赤い警告ランプがひとつ、またひとつと消えていく。
「──完了、です」
アスコは立ち上がって、手の埃を払った。目の前でポカンと口を開けていた職員の男が、絞り出すように言う。
「……な、何を、したんですか?」
「場の対称性が不整合だったので、干渉関数の振幅だけ一時的に固定しました。火導核が再同期すれば、あとは自然に収束します。一応、しばらく運転してみてほしいんですけど、たぶん大丈夫かと」
「…………は、はぁ……」
「あ、でも機械の亀裂は業者さんをよんで、補修してもらってくださいね! 物理的な損傷を根治しないと、またエラーしちゃいますから。肉眼でわからないくらいの亀裂なので、養生テープでも貼っておきますね」
「あ、ありがとうございます……?」
アヤナが後ろから口を開いた。
「とりあえず、解決したってことだ」
◆
「いやあ、すげえなあ。一時はあんな若いお嬢ちゃんでどうなることかと思ったけど」
「B+干渉師とかになるとああいう芸当ができるんだな。すげえよ、触媒もなしに」
「いや、おかしいだろ! Aクラスの技師さんでもみたことないぞ、あんなの。何者だよあのお嬢ちゃん」
「いやあ……えへへ」
「……おい、これで仕事は終わりか? 終わりなら終了印をもらって、俺たちは帰るぞ。昼に間に合わん」
「あ、すみません! えーとですね、実は他にも相談したいことがあったんですけど……」
「なんですか?」
「おい。アスコ……」
お人好しにも次の相談を受けようとしているアスコを、アヤナが止めようとした。
単に時間外労働というのも、今日行くと決めている麻辣湯の店の席が埋まってしまっていることを危惧していることもあるが。
「……アスコ、無闇に目立つところを見せるな。なんのために変装してるかわかってんのか」
「い、いひゃい、いひゃいっす、ハヤナひゃん」
小声でアスコを静止しながら、アヤナに両頬をむにーっとつねられると、アスコが変な顔のまま抗議の声を上げる。
「まったく……」
アヤナがようやく手を離すと、アスコは両頬をおさえてぷくっとふくれた。
「…で、こっちの動力炉なんですが、これも妙な……って、あれ? おい、ちょっと待て。おかしいな……また反応が……」
そんな二人にお構いなしに話を進める職員が、計器の異常性を捉える。
「え?」
「いや、今、反応盤のバックアップ電源に微妙な揺れが出たんだよ。信号波、空間側から跳ね返ってきてる……」
もう一人の職員も眉をひそめる。
「……さっきまで完全に収束してたのに、別の場所でまた干渉してんのか?」
アスコが小さく手を上げた。
「それ、残留場です。おそらく局所的な霊性の反響波……放っておいても自然に消えると思いますけど、数時間は空間に“圧”が残ります」
「……例の“かゆくなる”やつか」
「そうです。うーん、基本的には放置でいいんですけど……」
「えー! 干渉師さん、なんとかなりませんか? 数時間も続くと仕事になりません! 納期も迫ってるんでなんとかしてください!!」
「お前らの都合なんか知るか。仕様書に書いてある内容以外のことをあれもこれも引き受けてたらキリがねえだろ」
「そんなあ、冷たいこと言わないでくださいよ」
「知らん、俺たちは別に良い人じゃねえんだ。さっさと終了印くれ」
「でもアヤナさん、”斬っちゃえば”すぐ解決しますよ、この事象」
「……アスコ、お前な……」
余計なこと言いやがって、とアスコを睨んだアヤナだったが、アスコは続けて答える。
「対比シミュレーションを暗算でやってみたんですけど、このまま押し問答を経て麻辣湯に間に合う確率が42.75%に対して、サクッと解決してあげてさっさと引き上げた場合の確率は75.25%です。私ももう麻辣湯の口ですし、ねっ?」
「……ったく。本当にそんなシミュレーションやってるんだろうな?」
「今日は良い天気ですねえ〜?」
「地下だよ、バカ」
ため息まじりに、アヤナは白髪の混ざる黒髪をガシガシとかいた。
もっともらしく飯にかこつけているが、アスコの困っている人を見過ごせない悪癖が出ただけだろう。
そう、これは”悪癖”なのだ。今まで散々それで損をしてきたのだから、良い加減に改めれば良いのに。
今日の宿でまたその恨み言を俺が言って、しかしこいつは右から左なのだろうな、と言うところまで予見できて、もう一度深いため息をついた。
「わかったよ。で、どこだ?」
「あの天井近くの梁、わかりますか?」
「……ああ、あのへんか。”揺れ”を感じるが、それか?」
「たぶん。私には光って見えてます。触媒要りますか? スプーンくらいならありますけど」
「要らん。てかなんでそんなもん鞄に入ってんだ……」
アヤナは呆れたように目を細めながら、梁の方へ一歩進み出た。足音ひとつ、周囲の空気がわずかに震える。
アヤナが”それ”を行うために、意識を集中したのは一瞬にも満たない短い時間だっただろう。しかし彼の周囲だけ、何か“重力とは別の引力”が生まれたような気配わからぬまま感じ取り、職員たちが自然と黙り込んだ。
アヤナは左手を下げ、右手の指を、すっと二本立てた。人差し指と中指――“剣指”の型。
「……そこだな」
シュ、と音もなく、アヤナの腕が振り抜かれる。
指先が虚空を切り裂いた。何も持っていないはずのその手が、“在るべきでない何か”を明確に断ち切った。
瞬間、梁の上の空間がバシィッと音もなく“破れる”。見えない膜が引き裂かれたかのように、空気が弾け、足元に一陣の風が吹き抜けた。
ブツリと断たれた磁場の歪みが、波紋のように消え、室内の火導装置のランプが、すべて“安定”の緑色に切り替わる。
それまで赤く点滅していた機器が、一つ、また一つ、静かに沈黙していった。
「……終わり」
アヤナは手を下ろし、また、何かバツが悪そうに髪をガシガシとかいた。
「えええええ!?」
「な、なに!? 今の何したんですか!?」
「うるっせえな。これ以上詮索すんな。さっさとハンコ寄越せ」
「霊性磁場の歪みを“斬って”もらっただけです。あそこ、対称性が崩れていたので」
「……いや、“斬る”って……いや……斬った、のか……?」
「斬ったんです」
「……スプーンなしで……?」
「スプーンは私用です」
「もういいだろう? さっさと手続きしてくれ」
「えっ……あ、はいっ! も、もちろん! あの、ありがとうございました!」
職員たちがあたふたと手続きを進める横で、アスコは鞄からスプーンを取り出してにこにこしながら言った。
「次はぜひ、これでお願いします」
「断る」
ラムダ……世界の根源に存在する霊性・磁場のような力。精神・想念・記憶に呼応し、時に現実へ干渉できる特性を持つ。
触媒……ラムダ磁場へ干渉する際の「きっかけ」となる物質や道具。




