18話 碧血の亡霊
血で染まった誓いが、再びその名を呼び覚ます。
「……どういうことかね?」
レティシアにはアヤナの言葉の真意がわからない。アヤナは続けて言う。
「人斬りという人種はな。ギリギリの局面になったとき、他人よりも自分の力に恃むって習性がある。猜疑心の塊だからね」
「……なんだと?」
「他人のテッポウなんかより自分の剣の方が信頼できるってことさ。同じ穴のムジナだからわかるもんよ……どこのどいつか知らねえが、この粘っこくて、陰湿な気は」
万衆の狭間を黒い一陣のつむじかぜが吹き抜ける。
混乱する烏合の衆を歯牙にもかけず、みずちのように低い姿勢は、まるで地を這うかのようだ。
ヒュンッ、と、何かが駆け抜けていったと思えば、既にいない。もし敵であるならば、すれ違い様に斬られているのだろう。
股関節を緩め、上体はほとんどねじらず重心移動のみで移動する、独特の歩法。
"オシタリ"あるいは"チドリ"と呼ばれるこの歩法は、古くは神州淀、1000年前の内乱時代に”シノビ"と呼ばれた特殊部隊に端を発するという。
「ーーーーっ!?」
音もなく、砦の壁を登ってくる影があった。
地を蹴る音もなく、壁を掴む気配もない。ただ、空間がわずかに歪み、霊性粒子が一瞬だけ静電気のように軋んだ。
——見えない“階”を、踏んでいる。
干渉波を読み、空間の“たわみ”に、足を乗せて進む、古の神州“シノビ”が使ったという“叢雲足”。
音もなく、8mはある壁面を一気に駆け登り、その黒衣の剣士は現れた。
ティシアがわずかに振り向こうとしたその瞬間、斬撃の風が、その背後に走っていた。
「——ッ!」
干渉波の乱れが、風鈴のように戦場を鳴らす。
ほぼ反射的にレティシアはサーベルに手を掛ける。しかし、それは間に合わない。
だが、黒衣の剣士の斬撃が届くよりも一瞬だけ早く、一瞬で詰め寄ったアヤナが、その間に滑り込んでいた。
ーーーー音もなく、黒衣の剣士の体が宙に跳ね上がった。
磁力の反発現象のような飛び方。しかし、火導兵装による反応とは明らかに異なる。
合気。力を止めるのではなく、“流す”。
体重移動を利用し、アヤナは突進してきた剣士の力を受け流すように捌き、そのまま軸を崩して反動ごと肘を天に跳ね上げた。
体は連動し、打ち込みの力そのまま、空高く放り投げ出される。
ぶしゅっ、と、一筋の血液。
掠めた斬撃が、アヤナの右肩口をわずかに浅く抉り、赤い軌跡を残す。
「……これは、よもやだ。懐かしい名だな」
その血が空に散ると同時に、黒衣の剣士の身体は宙を舞っていた。
くるり——と、空中で一回転。霊性足場を利用して、地に接地する寸前に体勢を整える。
土煙がふわりと舞い、着地の際の靴裏が砦の石を噛んだ音が、やけに大きく響いた。
浅く抉られた右肩からしたたる血を気に求めず、アヤナは敵に向かい、体勢を転換させる。
外套の合わせ目がわずかに裂けた一瞬にのぞいた縫い取り。
『尽忠報国 万折不撓 藏其血三年而 化為碧』
「精忠報国・碧血隊。一人残らず玉砕したのではなかったか?」
幽鬼のように線が細く、それでいて大柄な黒衣の剣士。
天兵党・筆頭同志、ソウマの携えた淀刀が、血を吸って月明かりに妖しく光った。




