16話 火の還る砦
火が消えた世界に、ふたたび光が戻る。だが、その灯の裏で、影もまた再び像をなす。
「———ッツ!!」
レティシアの陣取る臨時指揮所に築かれた砦に、”あかつきの干渉士”が飛んできた。
砦の壁を乗り越えて砲弾のように飛来し、火花を散らすかのようなブレーキ音をブーツから鳴らして、滑走しながら着地する。
「め、目が……お星様が、ぐるぐる……」
「吐くなよアスコ」
着地の勢いを吸収するように、くるりと緩やかに一回転した。
高速移動の余波で目をぐるぐると回したアスコを、アヤナは改めて両腕で抱き直す。
「お、おい待て……貴様、誰の許可で——」
「いいんだ。私の許可だ」
砦内部のカルミナ兵が慌てて駆け寄る。
しかしその声を静止するように、奥から足早に防弾マントを羽織った麗人が現れた。
「君たちの力になるつもりが、逆に救われてしまった。礼を言う、”あかつきの干渉士”」
カルミナ第七管区司令官——レティシア・マリア・フォン・エルネスト。
この戦場を預かる女将軍が、爆炎の煤を拭もせずに、二人を出迎える。
「俺じゃねえ。あんたを助けたがったのは、こっちだ」
「ク——アスコ様を戦場に立たせてしまったのは、私の一生の不覚だよ。だが、君たちの活躍がなければ形勢を巻き返すどころか、陥落は必至だったろう。改めて礼を言う」
砦から見下ろす戦線では、マグネリア率いる部隊が激しく前へと駆け上がっていた。
兵数の不利は依然として大きいながらも、勢いは完全に逆転しており、失地奪還の波が生まれている。
この勢いが崩れなければ、防衛臨界点を超えてのカウンターライン構築も現実的だ。
「おえっぷ……いえ、まだです。レティお姉様。破壊された火導網が未だ復旧していないのでしょう。このままでは近隣の増援が到着する前にまた圧し返されます」
アヤナの両腕からスッと地面に降りたアスコは、頭の重さを振り払うように、フルフルと少し頭を振る。
「ここ、使わせてもらいます」
アスコはそう言うと、レティシアの隣からすっと砦の床へしゃがみ込み、鉱筆を抜いた。
「……火装網は死んでても、ラムダは生きてます。この場だけ、“疑似地場”を作ります」
周囲の兵士たちは理解できなくても口を挟まなかった。いや、レティシアが一言も許さなかったのだ。静かに目だけで制した。
「あ……アヤナさん、鉱筆一本余ってますか?」
「ない。打ち尽くした」
「じゃあいいです、フォークで代用します」
「青タヌキのポケットかよ……」
アスコはフォークを床に突き立てる。
——キィン、と微かな金属音。
続いて、砦の地面に淡い光の線が走り出す。まるで足元の空気が、目に見えない風を通したように揺らぎ始めた。
「座標補正完了。ラムダ誘導、地場再生成——開始」
彼女の声に反応するかのように、周囲に置かれていた火装銃のインジケーターが、カチリ、と音を立てて切り替わった。
「……え、再起動?」
「おい、反応戻ってきてるぞ!」
ざわつく兵士たち。手にした銃が、微かに光を帯びる。
「これは——」
レティシアが小さく息をのむ。
「本来なら復旧できない装備でも、“ラムダの流れ”さえ正せば再起動できるってことです。火導網の代わりに、わたしが“土台だけ”つくってあげてる感じ。範囲は狭いですけど」
「……ただの干渉士とは思えない芸当だな。アスコ様、やはりあなたは、目立ちすぎです」
「あんたもそう思うか?」
もう言っても仕方がない、と言うふうなアヤナに、アスコは笑ってごまかした。
レティシアはその答えに何も言わず、ただほんのわずか、安堵にも似た微笑を返した。彼女の正体を知る者は、ここにはほとんどいない。
だがそれでいい。今はただ、この“奇跡”が必要だった。これで砦は完全に息を吹き返したといえる。
今の戦局に火装の機能が戻れば、増援まではおそらく持つだろう。
そして——砦に火が戻ったその時。
遠く、黒煙と銃声の向こう。戦場の喧騒のさらに外縁を、何かが静かに走っていた。
足音はない。声も、気配すらも、風に紛れて消えていく。
ただ、地を蹴る度に残るわずかな霊性の乱れが、まるで“存在の証”のように砂塵を歪ませる。
理外の外の高密度のラムダ磁場発生、そしてそれに伴う火装網の復活の兆しを、見逃さなかったものがいる。
黒色の幽霊のように、闇に溶けていく。
その刃はおそらく、夜明け前に届くだろう。音も立てずに。




