15話 神業的に
「なんだァ……ありゃあ……!?」
突如として飛来したたった二人一組のユニットが、瞬く間に敵の大群をズタズタに切り裂いていく。
恐れを知らぬマグネリアも、流石に呆然としてしまう。
(霊術……!? いや、アレは多分、火の技術だ、鉱筆を触媒にして反応を起こしてやがる! だが、火装も使わずにあんなちっぽけな鉱筆を何もねェ空間に打ち込んで、あんな大規模な反応を起こせるってのかよ!?)
男の拳脚はどちらかといえば、トゥライナの霊術に近い。武術と集中を媒介に、周囲の霊性粒子との共振を起こすタイプだ。神州淀には古くから「剣禅一如」という言葉もあるほどに、あの国の武人はこの技法に通じているという。
だが——あの鉱筆の投擲は明らかに違う。爆炎、雷鳴、プラズマのような空間反応。それは霊術ではない。明らかに火導式と同様の、物理干渉を誘発する術式反応。
理屈は、通る。
そもそも火導式ラムダ反応理論とは、大気中に遍在するエネルギー体“ラムダ粒子”を物理反応として顕在化させ、その作用を最大化する手法であり、火装はそれを誰でも扱えるよう仕組み化した装置にすぎない。すなわち、火装なしでも同じ反応を引き起こすことは理論上は可能なのだ——しかし。
霊性粒子の分布、干渉波の揺らぎ、敵弓の摩擦熱や軌道反射、空気密度や断層の歪み。そういった微細すぎる変数を、計測機器なしに、肉眼と体感と即興演算だけで読み抜き、蝋燭のゆらめきのような刹那の“起点”に、鉱筆一本を正確に撃ち込む。
マグネリアにそんな数式は理解できるはずもなかったが——それが、ただの偶然などではあり得ないことだけは直感で分かった。
現実において、何の装置も介さず、空気中に偶発的に霊性反応による物理的現象が起こる確率は、一説によれば「10の−10^70乗」——すなわち“限りなくゼロ”であるという。
もちろん、あのユニットは敵の動作や攻撃から生じる霊性磁場を巧みに逆用している。それによりその確率はある程度“現実的な水準”にまで押し上げられているとは言える。だが、それにしたって——
あの精度で、あのタイミングで、狙って連発できる人間など、本来いるはずがない。
それをまるで、銃の引き金でも引くかのように、当然のような動作で繰り返す。
(あんなもん、Bクラス干渉士どころか、国家級のSクラス術士にだって出来やしねえ、つーか聞いたこともねえ!)
つまりはおよそ信じ難い”神業”であった。
(一体何モンなんだよ……)
爆煙の向こうで敵兵が吹き飛ばされる。空間に刻まれた斬線。跳躍による突撃。そして空から落ちた雷鳴のような一撃。見たこともない術、聞いたこともない連携。あの二人は、マグネリアの知る戦場の理から明らかに逸脱していた。
(けど、今はそんなことはどうでもいい!!)
ブゥン、と重低音が響く。マグネリアの脚部ブースターが火を吹き、機動支援フレームが発光する。足元に蹴り込んだ火導バイパスが作動し、脚部パーツが緊急加速モードへと移行した。
「——チャンスだ」
声に温度が戻る。眼に火が灯る。
「とりあえずチャンスだ!! この機会逃したら二度と逆転できねえ!! てめえら、死ぬ気で突っ込めええええ!!!!」
咆哮とともに火導式ライフルを高々と掲げ、マグネリアは前線へと突進する。
「おおっ!! 中隊長に続けえええ!!」
その姿に呼応するように、カルミナ兵たちが一斉に追いすがる。
火装が再起動した者、投擲武器を掴んだ者、銃剣を握る者。マグネリア中隊長の号令一下、士気を爆発させ、命知らずの男たちは再び戦場の転換点に突っ込む。
◆
「ーーーーむ」
自分自身がまるで弾丸になったかのような速度で飛び回っていたアヤナの動きが、一瞬、はたと止まる。
「アスコ、弾切れだ! 鉱筆が切れた!」
「スプーン!」
「あァ? なんだって!?」
「ポーチの底にスプーンが! それ使ってください! 主軸九十二、斜め上空45度!」
「これか!」
背後から斬りかかってきたトゥライナの霊装重騎士の剣をかわして手刀を叩き込みながら、
アヤナは体を旋回、アスコのポーチに手を突っ込み、底に転がったスプーンを示された座標に投擲する。
ひときわ、激しいラムダ磁場振動がジッと音を立てたかと思うと、一瞬置いて通過してきた流れ矢がスプーンの銀と反応、稲妻の閃光が炸裂した。
カッ、という、視界を奪うほどの稲光の後に、プラズマの余波が周囲の兵士を巻き込み、バタバタと昏倒させていく。
「へっ、アスコの食いしん坊に救われたな」
「もうっ! そんな言い方しないでくださいっ!」
軽口を叩きながらも、アヤナはアスコの腰を左腕でガッチリと抱いて、大きくその場から飛び退いて離脱していく。
入れ替わるように、殺到するマグネリアの中隊が横を通り過ぎていった。
アヤナとマグネリアの視線は、一瞬だけ交差した。
お互いのことは知る由もない。霊導の盾が軋み、斉射陣が再整列する前に、マグネリアの機動が叩き込まれたのを、アヤナは高速移動する視界の端に捉えていた。
アヤナは戦場の形勢が変わる匂いを首筋に感じながら、獣のような健脚で退避していく。
「ーーーー姿は、まるで別人。刀を佩いておらぬ。だが、あの体術は……」
戦場を遠巻きに見つめる黒い影。
その存在を、アヤナもアスコも知る由もない。




